【Side:エメラ】
私の名はエメラ。ダグマイア様の従者をしている。
秘書のような仕事から身辺の警護まで、ダグマイア様の御傍にお仕えし、お役に立つことが私の仕事だ。
普段は聖地の学院に通いながら、ダグマイア様専属の従者をさせて頂いているが、今回は急な公務ということでダグマイア様がシトレイユ皇国へお戻りになることになり、私もその後を同行していた。
「ダグマイア様、幾らなんでも危険すぎます!」
最近、聖地の学院に通う生徒達の間でも話題となっている件の人物。
ハヴォニワの大貴族、『天の御遣い』とまで噂される正木太老様≠ニ決闘をされると聞いて、私は心配でならなかった。
民衆の間で騒がれている『ハヴォニワの大粛清』と呼ばれる封建貴族との一件や、最近耳にしたハヴォニワでの『山賊討伐』の話から推測してみても、実戦慣れしたかなりの手練であることは間違いない。しかも、あのキャイア・フランを赤子のように軽くあしらったと聞き及んでいる。
キャイアは戦闘力だけなら、学院に通う聖機師の中でもトップクラスの実力を持つ。軍の正規兵の中にも、キャイアに敵うほどの剣の使い手は、そうはいないはずだ。
それだけの実力者を赤子扱いするほどの手練。噂通りの人物であれば、ダグマイア様では万が一にも勝ち目はない。
「黙れ! この俺に意見する気か? 従者の分際で!」
「で、ですがっ!」
「くどい! 幾ら奴が凄かろうと所詮は一人だ。男性聖機師全員に敵うはずがない!」
それは、思慮浅はかな考えだ、としか言えない。
噂だけなので、まだ何とも言えないが、少なくとも人数を揃えれば、どうにかなるような相手とは思えない。
普段通りのダグマイア様なら、もう少し冷静な判断が出来るはずだった。
しかし、怒りで頭に血が上って、視野狭窄になっておられる。
そのことが分かっていながら、私には、今のダグマイア様を止められるだけの力はなかった。
「御機嫌よう」
正面から歩いてきた、誰かの従者と思しき女性が軽く会釈し、私達と擦れ違っていく。
(彼女は……)
主だった貴族の方と、その従者や護衛機師の顔は大体だが記憶している。
従者として、主に恥を掻かせる訳にはいかない。そのため、相手の方に粗相があってはいけない、と考えてのことだ。
少なくとも私の記憶の中に、彼女のような従者はいない。見覚えのない顔だ。
「シトレイユの方ではないみたいだったけど……」
他国ではいざ知らず、褐色の肌はシトレイユでは珍しい。
それなりに見栄えもよく、一度顔を合わせていれば、忘れそうもない顔立ちだった。
「何をしている。行くぞ、エメラ!」
「は、はい。申し訳ありません」
慌ててダグマイア様の後を追いかける。
少し気になる女性だったが、今はそれよりも、こちらの方が気になっていた。
(何事もなければいいのだけど……)
心配ではあるが、今の私には、ダグマイア様の無事を祈る程度のことしか出来なかった。
【Side out】
異世界の伝道師 第85話『静かな怒り』
作者 193
【Side:太老】
「全くお兄様は……目を離した、私達もバカでしたけど」
「すまぬ、太老……何と詫びたらいいか」
マリアには心配半分と言った様子で呆れられ、ラシャラからはこちらが畏まるくらい丁寧に頭を下げられた。
マリアはともかく、ラシャラは自分の国が雇い入れている聖機師達のしでかしたことだ。
別に彼女が悪いと言う訳ではないのだが、色々と思うところもあるのだろう。
「ラシャラちゃんが気にする必要はないよ。まあ、それに模造剣を使った単なる指導≠セしね」
「……太老」
ラシャラの頭にポンと手を置き、さわさわと優しく撫でてやる。
彼女を落ち込ませるつもりで、こんなバカげた話を受けた訳じゃない。
悪いのは連中なのだから、ラシャラが気にすることでは全くない。
「ですが、本気でやるつもりなのですか?」
「そうしないと向こうも納得しそうになかったしね。ああいうのは口で言っても分からないから」
そう考えると、本当に鬱陶しい連中だった。ラシャラにまで、こんな顔をさせるなんて。
ババルンには悪いが、あんなのが跡取り息子では、メスト家に未来はないとさえ思える。
ハヴォニワでも最初はそうだったが、どこの国でも男性聖機師というのは、皆こういうものなのだろうか?
だとすれば、どの国も男性聖機師に対する姿勢を見直すべきだ。
聖機人の重要性や、男性聖機師が貴重なのは分かるが、余りに過保護に接しすぎている。
――怪我をさせたくない?
――万が一の時はどうする?
日常の至る所に危険など存在する。そんな事を言っていたら、何もさせることが出来なくなるだろう。
今の彼等は、周りに甘やかされ過ぎて、苦労を知らず、口ばかり達者で現実≠ェ何一つ見えていない。
大切にするのと甘やかすのは違う。今の状態なら、バカな無能≠量産しているだけだ。
「ババルンめ……何か仕掛けてくるとは思っておったが、こんなにあからさまな手でくるとは」
「いや、ババルンは関係ないと思うよ」
「……何じゃと?」
親の監督不行届きだ、とラシャラは言いたいのだろうが、それを言ってやったらババルンが可哀想だ。
少し遅い気もするが、反抗期も入っているのだろう。俺が思うに、ババルンも相当に苦労していると見た。
男性聖機師は甘やかされて育った所為か、幾つになっても子供のような連中が多い。
言ってみれば、夜遅くに街でたむろしている非行少年と同じようなものだ。
「反抗期のバカ共には、少し灸を据えてやらないとな」
古臭い考えだと笑われるかもしれないが、口で言っても分からないバカには体罰も必要だと俺は思う。
やり過ぎはよくないが、甘やかすだけじゃなく叱ってやることも時には大事だ。
恐らくは、聖機師であるばかりに、何一つ大切なことを教わる機会に恵まれなかったのだろう。
彼等の傍に、もっと彼等と正面からきちんと向き合い、叱ってくれる大人が居たならば、こんな事にはならなかったはずだ。
不幸なことがあるとすれば、聖機師として生まれてきた、彼等の境遇こそが不幸だと思う。
とは言え、そうなってしまったのは誰の責任でもない。非は彼等にある。
どんな境遇だろうと、懸命に生き、目的のために努力をしている人達は必ずいる。
そうした人達は、そのことで卑屈になったり、自分の生まれを他人の所為にするようなことはない。
柾木家の家訓に『自分の尻は自分で拭け』という言葉があるが、他人に尻ばかり拭いてもらっていた彼等は、そのことが自覚できていないに違いない。
聖機師だから何でも許される、と思ったら大間違いだ。責任はきちんと取ってもらう。
今回のことは、彼等が望んだことだ。その結果どうなろうと、それは彼等の自己責任であって、ババルンの所為でも、ましてやラシャラの所為でもない。
そう言う意味でも、少し教育≠ェ必要だと俺は考えていた。
「ただいま――おっ、もう踊るのはやめたのかい?」
「……ただいま、じゃないだろ。どこに行ってた!」
「え……いや、その辺りをぶらっと散歩に」
色々と考え事をしていると、随分とご機嫌な様子でランが帰ってきた。
明らかに挙動が怪しい。ランは俺と視線を合わせようとせず、手を後に回したまま摺り足で距離を取ろうとしていた。
「……待て、何を胸元と後に隠してる」
「――ギクッ!」
ランの腕を掴み、会場の外に連れ出すと、中からは死角になっているカーテンの裏に連れ込む。
明らかにジャラジャラと貴金属が擦れ合うような音が、ランの服の中から聞こえていた。
少し厳しく恫喝して、強引に服に隠している物を出させる。
「あはは……」
「やっぱりな……お前、全然懲りてないだろ?」
案の定、服の中から出て来る装飾品の山。こんな事だろうと思った。
本気で一回、役人に突き出してやろうか? と考える。
何れにせよ、これをマリアとラシャラに知られる訳にはいかない。また、何を言われることか。
「これ、どこから盗ってきたんだ?」
「……うっ、男性聖機師が群で歩いててさ。余りにも無防備なもんだから、遂……」
「遂、じゃないだろ。今度やったら、絶対に役人に突き出すからな」
ランに釘を刺して、取り敢えずこの場は治めることにした。
こんな事が発覚すれば、俺だけでなくマリアにまで迷惑をかけることになる。
それに被害者があの連中だけであれば、それほど心は痛まなかった。
先程の件もあるし、丁度良い薬だろう。
「ん? これは?」
「ああ、そいつは最後に擦れ違った、従者を引き連れて歩いてた偉そうな金髪から盗ったんだ」
「偉そうな金髪?」
あの連中の中で、『偉そうな金髪』で思い当たるのはダグマイアだけだ。
男の持ち物にしては妙だし、装飾品にしては変な形をしている。手の平に乗るほどの小さな置物。左右と中央の皿に色違いの小さな水晶玉が乗った、枝付きの燭台のような奇妙な形をした代物だった。
名のある人物の工芸品か? それとも何か特別なことに使う儀式の道具か?
何れにせよ、高価な代物であることは間違いなさそうだ。
(親のすねをかじってる分際でこんな物を……浪費癖もあるみたいだな)
やはり、たっぷりと灸を据えてやる必要がありそうだ。
ババルンにも後で、『余り甘やかしては駄目だ』と注意しておく必要があるだろう。
こんな物を買えるような金を与えるから、余計に駄目になる。小遣いの額はきちんと決めて、その範囲で遣り繰りさせることを覚えさせないと、益々独り立ち出来なくなるのは目に見えている。
これでは連中が、『男性聖機師』と呼ばれる日も遠くなさそうだ。
連中がそう呼ばれるのは別に構わないが、俺まで世間に一緒くたに見られるのは堪ったものではない。
男性聖機師ってだけで、後ろ指を差されるようにはなりたくない。
「ん? そろそろ時間だな」
「おっ、もう帰るのか?」
「違うよ。ちょっとした反抗期の子供を躾けに、な」
「……はあ?」
意味が分からないといった様子で首を傾げるラン。それは、お前が悪さばかりして、その場にいないから悪い。
ランのお仕置きは後で必ずするとして、まずはダグマイア率いる男性聖機師の躾けからだ。
どんな目に遭わせてやろうか? 俺は悪辣な笑みを浮かべ、そのことを考えながら会場へと向かった。
【Side out】
【Side:ラシャラ】
太老がダグマイア達に決闘≠申し込まれたと聞いて、正直、肝が冷える思いじゃった。
絡まれた本人は『単なる余興、指導を頼まれただけだよ』などと軽く言っておったが、そんな単純な話でないことくらい我にも分かる。
こうも、あからさまな手でくるとは、さすがに我も予想しなかったが、これは紛れもなく太老のことを快く思わない者達の陰謀に違いない。
「ババルンめ……何か仕掛けてくるとは思っておったが、こんなにあからさまな手でくるとは」
「いや、ババルンは関係ないと思うよ」
「……何じゃと?」
ババルンではなく、ダグマイア達の独断専行だと断言する太老。
確かに、そう言われてみれば、ババルンの策にしては些か思慮に欠けるように思える。
そう考えると、太老のことを快く思っていない貴族達と、ダグマイアや男性聖機師達の暴走と考える方が、確かにしっくりときた。
(なるほど……ババルンなら、このような愚策を打つはずもない)
ダグマイアは聖機師としてはそれなりに優秀じゃが、変にプライドが高いところがある。
幼馴染のキャイアへの接し方一つを取って見ても、それはよく分かる。昔は仲良く、共に剣の稽古をしていたこともある、と聞いておるが、キャイアとの間に明確な力量差が出来てきた辺りから、あの男はキャイアを避けるようになっていった。
時々、キャイアが寂しそうな顔をしておることがあるが、それはダグマイアのことを考えてのことだと、我は密かに察していた。
(……ダグマイア・メストか)
聖機師であるということ、そしてメスト家の嫡子であるということ、なまじ優秀な血統を持つが故に、あれはそうしたことに固執し過ぎていた。
その若さ故か、感情とプライドを優先する余り、思慮に欠けるところがある。父親のような狡猾さが、あの男には足りない。
恐らくは、ダグマイアの行動に触発された男性聖機師と、太老のことを快く思っていない貴族達が結託して、今回の騒ぎを引き起こしたのじゃろう。
少し考えれば分かることじゃった。
誰よりも優秀な聖機師≠ナあることに拘っているダグマイアの性格を考えれば、太老の存在は分かってはいても認めたくはない、最悪の相手と言っていい。
「反抗期のバカ共には、少し灸を据えてやらないとな」
太老のその言葉に、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
貴族達への身勝手な行動に対してか? ダグマイアや男性聖機師達の浅はかさを呆れてか?
何れにせよ此度のことで、静かに怒りを滲ませていることが、我にも強く伝わってきた。
マリアとユキネも、太老の放つ迫力に気圧されてか、何も言葉がでなくなっていた。
(くっ――あの戯け共が!)
従者を連れて、会場の外へと姿を消す太老。恐らくは、精神集中をするために、外の風に当たりに行ったに違いない。
こうなってしまっては、我に太老を止めることは出来ん。マリアやユキネにも不可能じゃろう。
ある意味で、奴等は一番最悪の事態を引き起こしてくれたことになる。
天の御遣い――その逆鱗に、触れてしまったのだから。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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