【Side:ダグマイア】

「ない、ないっ! そんなはずが――」

 幾ら探しても見つからない。懐に入れてあったクリスタル≠ェなくなっていた。
 あれは、父上に頂いた聖機人に属性を付加するための小型ユニット。燭台に付けられた水晶が、その数と組み合わせに応じて特定の属性を聖機人に付加する。
 その中でも、俺が持っていたのは通常二つのところを三つの水晶を取り付けることで、より強力な効果が得られるように、と調整された特別製。
 あれを使用すれば、聖機人の外見を変化させるばかりでなく、亜法結界炉の出力と機体性能を数段階引き上げることが可能となる。
 シトレイユを代表するほどの優秀な聖機工≠ナもある父上が、来るべき計画の日のために、と研究していた代物の一つだ。

「くそっ! あれを無くしてしまったなんて父上に知れたら――俺は!」

 あれは、ようやく調整が済み、完成したばかりの代物。計画の日までに使い慣れておけ、と父上が俺にくださった物だ。
 無くしたなんて事が知られれば、呆れられるだけならいいが、下手をすれば『役立たず』と思われる可能性だってある。
 父上は厳格で、しかも冷酷な人だ。例え、自分の息子といえど、計画に支障が出る、役立たずだと判断すれば、切り捨てるくらいのことは平気でする。
 力を、結果を示さないといけないにも関わらず、まだ何も始まってすらいないというのに、こんなところで躓くなんて……。

「ダグマイア様、そろそろ約束のお時間ですが」
「分かっている!」

 後で対策を考えなければ、本気で父上に見限られる可能性だってある。俺は舌打ちをして、部屋を後にする。
 だが、まだ終わってはいない。正木太老、計画の障害となるあいつ≠ここで排除することが出来れば、父上とて俺のことを認めざる得ないはずだ。
 ハヴォニワの男性聖機師をたった一人で手玉にとっただの、山賊団を聖機師も使わず壊滅させただの、根も葉もない誇張された噂に踊らされる愚民共が多すぎる。
 貴族達との一件も映像で見たが、正々堂々と戦おうとせず、姑息な罠に嵌まって最後は連中が自滅しただけのことじゃないか。

(奴の化けの皮を必ず剥がしてやる!)

 ようは、奴が噂ほどの人物でないことを証明すればいいだけのこと。
 相手が自分の力に自信をもてない、姑息な手段ばかりを使う卑怯者≠セということは分かっている。
 ならば、観衆の前で、俺達、男性聖機師の力を奴に示してやればいい。
 万が一にも噂通りの実力があれば、俺達全員を倒せるかもしれないが、そんな事はまずありえない。
 俺を含め、シトレイユの男性聖機師は、立場上後衛に甘んじているが、有能な女性聖機師に勝るとも劣らない腕利きばかりだ。
 ハヴォニワのような田舎にいる、軟弱な聖機師共とは格が違う。そのことを、奴にたっぷりと思い知らせてやる。

【Side out】





異世界の伝道師 第86話『太老の教育』
作者 193






【Side:太老】

 先程まで、ダンスで賑わっていた大広間の中心に俺はいた。ダグマイア達に指導≠キるためだ。
 他の貴族達は広間の中央を囲い、大きな輪になって、今か今かと勝負が始まるのを待っている。

「さあ、どちらに賭けるのじゃ?」
「そんなもの、太老殿に決まっておろうが!」
「私も当然、お兄様に賭けますわ」

 会場の様子を見渡してみると、何やらラシャラがブックメーカーを取り仕切り、賭けを始めていた。
 商売根性逞しいというか、何が何でもタダでは転ばない子だ。
 シトレイユ皇、それにマリアまで賭けに参加している。ユキネは少し呆れている様子だ。

「さあ、どっちにするんだい? 今のところ配当率は八対二でシトレイユ側≠ェ優勢だよ!」

 ランはラシャラと同じくらいノリノリで、賭け札の販売の手伝いをしていた。

(あいつ、俺に注意されたばかりなのに、全く懲りてないな)

 取り敢えず、ランのお仕置きはより厳しくしないと駄目なようだ。
 そんな事で懲りるような奴とは思えないが、少しは自重させないと。
 しかし、マリア達は俺に賭けてくれているようだが、観客の貴族達の殆どはダグマイア達に賭けているようだ。
 まあ、この人数差だし、普通はそう思うだろう。

(ククッ! 俺に賭けなかったことを後悔して、涙で床を濡らしながら地団駄を踏むがいい!)

 はっきり言って、俺はこういう如何にもな貴族は大嫌いだ。
 シトレイユの男性聖機師や、貴族は特にそれが顕著に表面に現れている。
 見栄や建て前、煌びやかなドレスや装飾品の数々も、彼等の自己顕示欲の現れ。自分達が特権階級であるという根底の元にある薄っぺらいものだ。
 シトレイユ皇やラシャラ、それにババルンのような人物もいるが、その大半は前者に挙げたような連中ばかりだ。
 例に挙げれば、ダグマイア率いる男性聖機師共も良い例だろう。
 今回のこの騒ぎも、自分達を特別だと勘違いしている連中にありがちな発想と言える。

「逃げずにきたみたいだな。随分と遅いから、てっきり怖くなって逃げ出したのかと思ったよ」
「な、何だと!」

 ダグマイアが十人ほどの男性聖機師を引き連れ、ようやく姿を現した。
 少し挑発してやっただけでこれだ。こんな短慮な行動に出るくらいだし、自分達の仕えている国の主君や、家族にどんな迷惑を掛けることになるか分かってない辺り、頭もそれほどよいとは思えない。
 どうせ、感情を優先した結果の暴走なのは目に見えていた。プライドばかりが先行したのだろう。
 基本的に、俺はそういうバカには遠慮をしない。率先して相手をしたいとも思わないが、向かってくるバカには容赦しないのが俺の主義だ。
 バカは甘やかすとつけあがるし、下手に情けをかけると勘違いして、また噛み付いてくる。
 徹底的に、こう言う奴等には力関係を、体に教え込んでやった方がいい。

「貴公の武器だ、受け取り給え」

 そう言って、俺に木製の模造剣を投げつけるダグマイア。
 既に目の前の連中は戦闘準備万端と言った様子で、こちらに向かって剣を構えていた。

「貴公はたった一人でハヴォニワの男性聖機師を手玉にとったり、山賊を討伐して見せたと聞く。
 その腕前を見込んで、是非に、我々に集団戦の捌き方をご指導頂きたくてね」

 にやけた笑みを浮かべ、挑発するように俺にそう言ってくるダグマイア。
 ようは集団リンチ≠ェしたいってことだろう。本当に小者だな……ババルンの息子とは思えないほどの小者振りだ。
 それに平然とした顔で付き合う男性聖機師共もそうだが、この状況を見て何一つ言わず、止めようともしないシトレイユの貴族達もバカ揃いのようだ。

 逆に、シトレイユ皇やラシャラ、それにマリア達の場合は、俺の勝利を疑っていないといった様子だ。
 まあ、シトレイユ皇はラシャラから、それなりに俺のハヴォニワでの話を聞いて知っているのだろう。
 それにババルンも落ち着いて観戦している様子だが、大国の宰相を務めるほどの人物だ。
 既に俺の実力についても、大体のところを把握している可能性が高い。

「俺は全然構わないよ。それよりも、たったそれだけの人数≠ナ本当にいいのか?」
「なっ――嘗めるのも大概にしたまえ!」

 明らかに実力差が分かっていないのは、連中の方だ。
 聖機人での戦いならいざ知らず、生身での白兵戦ともなれば、実戦経験の浅い連中の実力など高が知れている。
 正規の軍人の中には、聖機人に乗れないというだけで、彼等よりもずっと実力のある人物が大勢いる。
 勘違いしているようだが、凄いのは聖機人であって彼等じゃない。そのことに気付かない限り、彼等はいつまで経っても、このままだろう。

「さあ、(パーティー)の始まりだ」

 だから、体に教え込んでやる。自分達が、如何に愚かな選択をしたか、ということを――

【Side out】





【Side:ラシャラ】

 太老が戦っておるところを直に見るのは、キャイアが軽くあしらわれたあの一件∴ネ来じゃが……やはり、さすがじゃ。

「凄い……」
「強いな、彼は……」

 ハヴォニワでも有数の聖機師、『アイスドール』という二つ名を持つユキネと、そして自らも類稀ない武芸の達人である父皇。
 その二人に溜め息を吐かせ、感歎させるほどの実力。今、目の前では、ダグマイア達と太老の戦いが繰り広げられているが、その実力差は圧倒的じゃった。
 いや、これは戦いと呼べるものですらない。まだ、太老は模造剣を握ってはいるが、一太刀も振るってはいない。
 その足裁きだけで、四方から迫る彼等の攻撃を、難なくかわし続けていた。

「くそっ! ちょこまかと!」

 焦りから悪態を吐く男性聖機師。太老は未だ涼しい顔をしているが、彼等は既に息が上がっていた。
 激しく肩を上下に揺らし、呼吸も荒々しく整っていない。受け止められるならいざ知らず、その攻撃の全てを尽く回避され、ああも大振りな攻撃を続けさせられていれば、体力の消耗も相当に激しいはずだ。
 ダグマイアは、さすがといったところか? 他の男性聖機師に比べて、まだ余裕があるように見えるが、それでも息が乱れてきていた。
 幾ら優秀といっても、それは男性聖機師の中で見れば、といった話。聖機師全体で言えば、ダグマイアの実力は上の下、中の上と言ったところが精々。
 太老は、あのキャイアですら赤子扱いしたほどの実力者だ。フローラ伯母とユキネを同時に相手にして、手玉にとったとも話に聞いている。
 そのキャイアとでさえ、大きく実力に開きがあるダグマイアでは、太老に勝てるはずもない。

「逃げるのだけは上手いようだが、逃げてばかりでは勝てんぞ!」

 男性聖機師の一人がそう言うと、太老はニヤリと悪辣な笑みを浮かべた。
 その瞬間、急激に周囲の温度が下がったような錯覚に襲われる。太老の発した殺気が、広間全体を覆っていたからだ。

「なら、見せてやるよ。逃げるのが上手いだけじゃない、ってことを」

 刹那――太老の姿が掻き消えた。いや、余りの速度に消えたように見えた、という方が正しいのじゃろう。
 ユキネと父皇は何とか太老の動きを掴めているようじゃが、それでも、その人間離れした太老の動きに驚きを隠せない様子。
 身体能力に定評のあるシュリフォン王国のダークエルフですら、ここまでの動きはまず出来ない。
 そのダークエルフ最強の使い手と謳われるシュリフォン王ですら、恐らくは太老の足元にも及ばないじゃろう。

『――なっ!』

 バサッ――布が切れるような、奇妙な音が聴こえる。
 当事者である男性聖機師達や、観客全員が目を点にして固まってしまっていた。
 太老の動きが止まった、かと思えば、次の瞬間――男性聖機師達の衣服が細切れになって飛び散ってしまったのじゃ。

『ワハハハハハッ!』

 ドッと沸き上がる観客達の笑い声。慌てて、前を隠そうとする男性聖機師達じゃが、隠すべき衣服は見るも無残に細切れにされ、何一つ隠す物がなかった。
 結局、身動きが取れず、身を寄せ合い、その場に蹲ってしまう。余りに情けなく、無残な姿じゃった。
 マリアとユキネは顔を真っ赤にして俯き、父皇とランは腹を抱えて笑っている。
 しかし、あの木製の模造刀で衣服だけを切り裂いてしまうとは……太老の剣の技量、実力の高さが窺える。

「貴様! 卑怯だぞ!」
「卑怯? 引ん剥かれただけで大袈裟な。実戦なら、今ので全員死んでたと思うけど?」

 ダグマイアの批判を軽く受け流す太老。
 当然じゃろう。太老の言っていることは何一つ間違っていない。
 指導して欲しい、と言ったのは彼等の方じゃし、これが実戦なら間違いなく今の一撃で彼等は命を失っている。

「さーて、次はお前の番だな、ダグマイア」
「ええい! 寄るな、寄るなぁー!!」

 模造剣を左右に振りながら、後に後退するダグマイア。
 太老の放つ威圧感。その殺気に当てられ、先程までの威勢の良さはどこかに消え、惨めにも錯乱していた。

「――っ!」

 太老が足を踏み出した刹那――次の瞬間には、他の男性聖機師と同様、ダグマイアの衣服は細切れに裂かれ、見るも無残に裸に引ん剥かれ、恥部を晒す結果になっていた。
 一瞬、何が起こったのか? 自分でも理解できなかったのじゃろう。
 全員の視線が自分に集中していることに気付き、恐る恐る視線を下げるダグマイア。

「……小さい」

 マリアの一言がトドメとなった。

 再び、ドッと沸き上がる大きな笑い声。
 その何じゃ、大きさが全てと言う訳ではないが、確かにあれは小さかった。
 先に見た男性聖機師に比べ、随分と小さく粗末なモノを晒し、ダグマイアは顔を蒼白にして、股間を慌てて両手で隠し、その場に蹲る。
 あの様子から察するに、他人には決して見られたくなどなかった部分≠ネのじゃろう。
 まあ、自分から見せたいと思う奴は余程の物好きを除いておらぬじゃろうが、シトレイユの男性聖機師の中でも若手随一≠ニ称される優秀な男のアレ≠ェ、まさかあんな貧相≠ネモノだとは誰も思ってはおらぬかったじゃろうしな。

「ま、まあ、あそこの大きさだけが男の価値ではないのだし……ぷぷっ!」
「く、あはは、もう駄目、死ぬ、笑い死んじゃう!」

 父皇とランは床に蹲り、腹を抱えて笑い悶えていた。
 他の貴族達も同様、先程までダグマイア達を応援していた者達でさえ、我慢が出来ずに笑い転げている。
 あのユキネでさえ、誰とも視線を合わせようとせず、一人後ろを向いて小刻みに肩を震わせていた。
 恐らくはマリアの一言が最後のトドメとなり、彼等のツボ≠ノでも嵌ったのじゃろう。

「認めたくないものだな……若さ故の過ちと言うものを」

 そう言って、悲しげな表情を浮かべ、醜態を晒して蹲るダグマイア達を背に、会場を後にする太老。
 最後に、太老が彼等に残した言葉。そこには、どんな思いが籠められていたのか?

(太老……まさか、御主は)

 心の籠められたその言葉が、我の胸に強く刻まれていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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