【Side:太老】
会場を抜け出した俺は、先程の模造剣を手にしたまま、四方を城壁に囲まれた城の中庭にいた。
「ううむ……」
俺が唸っているのには理由があった。さっきのダグマイア達との決闘について、自分でも納得が行かない不可思議な点があったからだ。
実のところ、彼等を全裸にするつもりなど毛頭なかった。と言うか、木製の模造剣で、そんな器用な芸当が俺に出来るはずもない。
勝仁や、最低でも剣士クラスの腕前があれば、それも可能なのかもしれないが、俺の剣術の腕はあの人達と比べたら随分と劣る。
だが、結果はあの通り。ズボンの紐を狙ったつもりが、剣先から出た衝撃波だけで衣服は細切れに切り裂かれていた。
さすがにやり過ぎてしまったか? とあの場に残るのは居た堪れなくなり、
『認めたくないものだな……若さ故の過ちと言うものを』
などと言って誤魔化して、会場を後にしてしまったが、実際にどうやったのか謎だ。
いや、一度言ってみたかった台詞とは言っても、本当に色々と申し訳ない。
俺の不注意、若さ故の過ちだ。一体、何で、あんな事になってしまったのか?
「……光ってる。まさか原因はこいつか?」
懐に入れてあったランから奪い取ったダグマイアのクリスタル≠ェ、緑色の光を放っていた。
先程まではこんな反応などしなかったのに、急にここにきて何故?
俺は疑問を挟み包みも、試しに模造剣を振ってみる。
――ヒュン
風が巻き起こり、剣の先から発生したカマイタチが、直ぐ近くにあった樹木の枝を切り落とし、木の葉を宙に舞い上がらせる。
「……風属性の亜法が発生してるのか?」
どう言う原理かは知らないが、このクリスタルの力で風属性の亜法が使えるようだ。
だとすれば、連中の服が切り刻まれた理由にも説明がつく。
「太老、こんなところにおったのか」
「ラシャラ? 丁度よかった」
「……ん?」
ラシャラに、手に持っていたクリスタルを手渡す。
俺以外の人間でも、反応があるかどうかを確かめたかったからだ。
少なくともランには反応がなかったはずだ。個人差があるのか? それとも――
「やっぱり反応はなしか」
「何じゃ? これが、どうかしたのか?」
「いや、いいんだよ。ちょっと確かめたかった事があってね」
ラシャラにも反応はない。やはり、このクリスタルの発動には何か条件があるようだ。
考えられる可能性は二つ。
――亜法の効果を直接体に付加するには、『女神の洗礼』を受けていないとダメだという事
――もう一つは、何らかの偶然が重なり、俺の体内にあるナノマシンに反応していると言う可能性
女神の洗礼というものが、どういったものかは知らない。しかし、俺はそんな洗礼を受けた記憶はこれっぽちもない。
それはそうだ。聖地の学院になど、一度も行った事がないのだから。聖機師の修行を終えていない俺が、洗礼を受けているはずもない。
だとすれば、考えられるのは後者。ナノマシンに直接反応していると言う可能性だ。
実際、このクリスタルを使用する際、体の芯が熱くなり、体細胞が活性化しているのがよく分かる。
(いや、女神があの三人を指し示しているなら、どこかで受けてた可能性も……)
この世界が、鷲羽、訪希深、津名魅、頂神の彼女達の何れかが創った世界だと考えれば、彼等の指し示す『洗礼』というものを受けていた可能性も十分にありえる。
俺はその三人と、嫌と言うほど面識があるのだから当然だ。
どちらにせよ、これを使用するには、何らかの条件が必要な事は分かった。
(連中には悪いが、まあ、裸になったのも自業自得だしな)
ダグマイアが何でこんな物を持っていたのかは分からないが、あの様子では碌でもない事に使おうとしていたのは間違いない。
マリアに『小さい』などと言われたのは少し可哀想かな? と同じ男として哀れみもしたが、自分の私物でこんな目に遭ったのだから、ある意味で自業自得、因果応報とも言えるだろう。
少し予定は違ったが、良い薬にはなっただろうし、これで納得しておく事にした。
(取り敢えず、アカデミーの戦闘服の件もあるし、こいつは返ってから水穂に相談しよう)
【Side out】
異世界の伝道師 第87話『ジョブチェンジ』
作者 193
【Side:ラシャラ】
月明かりが射す中庭に出ると、そこに太老は愁いを帯びた表情を浮かべ、月を見上げながら佇んでいた。
我が太老の後を追い掛けたのは、あの言葉の意味を知りたかったからじゃ。
『認めたくないものだな……若さ故の過ちと言うものを』
あれは我の予測が正しければ、ダグマイア達の事を指し示していたに違いない。
何故、太老がこのような決闘を受けたのか、そこだけが我には未だ分からずにいた。
普通であれば、ハヴォニワから正式に抗議があっても、何ら不思議ではないほどの大問題じゃ。
断ろうと思えば、簡単に断れたはず。しかし、敢えて太老は真っ向から、彼等の挑戦を受けた。
そして、太老から感じられた静かな怒り、悲しげな表情、先程の一言――
導き出される答えは、たった一つしかない。
「太老、こんなところにおったのか」
「ラシャラ? 丁度よかった」
「……ん?」
声を掛けるなり、行き成り見た事もない工芸品を手渡され、我は首を傾げる。
燭台? いや、ランプか? それにしても妙な形をした代物じゃった。
「やっぱり反応はなしか」
「何じゃ? これが、どうかしたのか?」
「いや、いいんだよ。ちょっと確かめたかった事があってね」
確かめたい事、それが何なのかは分からぬが、一人納得した様子でしきりに頷く太老。
また、我等に内緒で何かを企んでいるのやもしれぬ。太老なら、十分にありえる事じゃ。
「太老、少し聞きたい事があるのじゃが、よいか?」
「ん? ああ、ごめん。それで、何かな?」
「今回の決闘騒ぎ、御主はどうして受ける気になったのじゃ?」
我の予想する答え、もし、その通りであるのじゃとすれば――
「言ったろ? 単に反抗期のバカに灸を据えてやっただけだよ」
その一言で十分じゃった。
全ては、若さ故に彼等が暴走しただけの事、『シトレイユを責めるつもりはない』――太老は、そう言ってくれておるのじゃ。
最初から、そのつもりだったのじゃろう。太老の逆鱗に触れてしまい、下手をすればハヴォニワとの国際問題になる事も覚悟しておったが、太老には最初からその気はなかった。
逆に、敵意を剥き出しにし、決闘を企てた者達の事まで、気遣う余裕を見せていた。
今回の事も、言葉通り、『指導』という事で全て終わらせるつもりなのじゃろう。
(あれでも全く本気ではなく、逆にシトレイユの事を配慮してくれたという事か……)
服を切り裂くだけに止め、彼等に傷一つ負わせず勝利を収めたのも、指導と言う範囲で丸く収まるためじゃと考える。
幾ら、こちらから仕掛けた事とはいえ、男性聖機師が大怪我を負えば、それを理由に、またバカな貴族達が騒ぎ立てるのは目に見えている。
こんなバカな企てをする連中の事じゃ、戦争などといった短慮な考えを起こさぬとも限らぬ。
どちらに転ぼうが、今回の件に難癖をつけ、太老やハヴォニワを責め立てる算段でいたのじゃろう。
(思慮浅はかにも程がある。太老の寛大な心がなければ、大変な事になっておるところじゃった)
しかし、太老は一切の血を流さず、無血で決着をつけた。
太老からしてみれば、あれは試合ですらなかった、という意思表示だったのかもしれぬ。
今回の企てに関与した貴族達も、これで少しは大人しくなってくれるとよいのじゃが……。
(やはり、太老には頭が上がらぬな……)
シトレイユはまた一つ、太老に大きな借りを作ってしまった。
【Side out】
【Side:ババルン】
「使えぬとは思っていたが、まさか、ここまで無能≠ニはな」
やはり、ダグマイア如きでは、あの正木太老を本気にさせる事など叶わなかったか。
勝てるなどとは微塵も思ってはおらんかったが、あのような恥を晒しおって……奴には何一つ任せられそうにない。
ダグマイアを計画の駒に数えるのも、最初から考え直した方が良さそうだ。
「ババルン!」
名前を呼ばれ、声のした方を振り返る。
このように馴れ馴れしく、気さくに話し掛けて来る人物など、この会場には一人しかいない。
正木太老――現在、我が計画の最大の障害と目される男。
「少し、話があるんだけど」
邪魔者は徹底的に排除する冷酷な一面を持つかと思えば、この飄々とした態度。
先程の勝負ですら、この男にとっては退屈しのぎの余興に過ぎなかったに違いない。現に、ダグマイア達は敵としても見てもらえていなかった。
今回の企てをした者達の考えを読み、敢えて渦中に飛び込む事で無血≠ナ決着をつけるなど、余程、自分の実力に自信がないと出来ぬ事だ。
しかし、この男は連中の企みを歯牙にもかけぬ様子で、いとも容易く打ち砕いてみせた。
数々の噂は、誇張でも過大評価でもない。それですら、この男の実力の、ほんの一端に過ぎぬのだと儂には分かる。
異世界人だと予想していたが、それを考慮しても常軌を逸した能力だ。全く、底が読めん。
「……何だ?」
「一つだけ忠告しておこうと思ってね」
話があると言われ、儂は険しい表情を浮かべ、太老の一言を待つ。
ダグマイアが儂の息子だという事は分かっているはず。
だとすれば、今回の企てに儂が関与していたと考えても不思議ではない。
「ダグマイアの事だけど」
やはり、その事か。恐らくは何らかの、探りを入れにきたのだろう。
計画の内容についてまで知られているとは思えぬが、この男の事だ。薄々と、勘付いている可能性も否定できぬ。
万が一という事もある。慎重に受け応えせねば……。
「ババルンが大変なのは分かるけど、余り甘やかさない方がいいよ」
大変なのが分かっている? それに甘やかさない方がいい、というのはダグマイアの事か。
どこまで知っている? しかし、ここで下手な反応をする訳にはいかぬ。
ダグマイアの事を甘やかさぬ方がいい、というのは、奴に好き勝手させていれば、計画に支障をきたす、と警告しておるのだろう。
やはり、ダグマイアをこの男に接触させた事は失敗だったか。
少なくとも、ある程度の目星をつけて、この男が接触してきた事は間違いない。
「……忠告は素直に受け取っておこう。儂も奴には手を焼いているのでな」
本当に余計な手間を掛けさせてくれる。一番厄介な男に目を付けられてしまうとは――
「おっと……」
「――!」
驚愕した。太老が上着のポケットから落とした物、それは儂がダグマイアに、『計画のために』と与えたクリスタルだった。
何故、この男がそれを持っているのかは分からない。しかし、儂の動揺を誘うには、それだけで十分だった。
「そ、それは……」
「珍しい工芸品≠ナしょ? 見た目だけじゃなく、色々と面白い機能≠烽ってね」
儂は動揺を必死に抑えながら、心の中で苦虫を噛み締める。
恐らくは、あの決闘騒ぎの最中、混乱に乗じて奴から奪い取ったのだろう。あのまま疲れさせて動けなくするなり、意識だけを刈り取るなり、手は他に幾らでもあったはず。服を脱がせるような真似を態々したのも、全てはこのためか。
しかも、一目見ただけで、それを聖機人に属性を付加するためのクリスタルだと見破るとは……技師としても超一流だという証だ。
下手をすれば、儂以上に優秀な聖機工である可能性も否定できん。
あの商会の手法や、これまでの手際の良さをみても分かる。ただ博識なだけでなく、知略にも富んだ策士だという事が。
敢えて、儂にこれを見せたという事は誘っておるに違いない。
ここで、儂がクリスタルの返却を申し出れば、それは自分の物だと証明しているようなもの。
――何故、こんな物を持っているのか?
と問い詰められれば、その場は誤魔化せたとしても、シトレイユ皇や、ハヴォニワの女王の耳に入る事は間違いない。
だとすれば、このクリスタルを使い、聖機人の姿を変えての隠密行動は難しくなる。
聖機人の姿を確認すれば、どこの国の誰の聖機人か、というのは直ぐに判明する。
色や外見、ほんの僅かな違いではあっても、全く同じ聖機人は二つと存在しないからだ。
(クッ! 牽制のつもりか)
見知らぬ聖機人が確認されれば、必然的に、このクリスタルを作った儂に疑いが掛かる。
そうなれば、より身動きの取り難い状況になる事は想像に容易い。
事が明るみになれば、以前のように宰相の強権を使って、議会を黙らせる事は難しい。
ただでさえ、今の儂は、シトレイユでも微妙な立場に追いやられている。全ては、この男の企ての所為で、だ。
「それじゃあ、俺は行くから。ババルンも苦労するだろうけど、頑張ってね」
そう言って、手を振って立ち去っていく太老。やはり、この男は、儂の企てに勘付いている可能性が高い。
シトレイユ皇にすら、未だ気付かれていない儂の計画をどこで知ったのか?
何れにせよ、最大の障害であるという認識は間違っていなかったようだ。
いや、障害などと言った生温い相手ではない。少しでも油断をすれば、瞬く間に食い破られる。
これは奴からの警告だ、と儂は受け取った。
――邪魔をすれば、容赦なく潰す
そう、警告しておるのだと。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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