【Side:太老】
「太老、話というのはなんじゃ?」
結局、このままでは埒が明かないと言う事で、俺はシトレイユ皇を連れてラシャラの部屋を訪れていた。
今日の夕方には商会の方に俺も戻る。それに後四日もすれば、ハヴォニワに帰る予定になっている。
そのことを考えると、余り時間は残されていなかった。
「シトレイユ皇のことなんだけど」
「父皇のこと?」
現状、シトレイユ皇の問題をどうにかするには、水穂と相談して決めるしかない。
一度、シトレイユ皇にはハヴォニワに来てもらうか、水穂にこちらに来てもらう必要も出て来るし、せめて、ラシャラにだけでも事情を説明しておくべきだと俺は考えた。
シトレイユ皇もようやく観念したのか、大人しくしている様子だ。エメラの一件で少し懲りたのかも知れない。
「実はこれなんだけど」
「何じゃ? そのヌイグルミがどうかしたのか?」
差し出された白猫のヌイグルミを見て、首を傾げるラシャラ。
それも無理はないだろう。これだけでは、何のことか意味が分からないはずだ。
俺はヌイグルミの頭を指先で少し小突き、シトレイユ皇に何か喋るようにと催促した。
『……ラシャラ、驚かないで聞いて欲しいのじゃが』
「ぬ、ヌイグルミが喋った!」
驚くな、というのは無理があった。
ヌイグルミが喋って、しかも動いているのを見て、驚愕した表情で後ずさるラシャラ。
それはそうだろう。本来であれば、これが正常な反応だ。
俺の場合は、魎呼の影響もあって魑魅魍魎には見慣れていたし、扱いにも慣れていたというのがあっただけで、この年頃の普通の女の子であれば、人形が喋って動いていれば驚いて当然だろう。
「驚くなって方が無理があるんだけど、出来れば冷静に話を聞いて欲しい」
「……う、うむ。太老がそう言うなら」
ラシャラをどうにか落ち着かせ、俺はシトレイユ皇が憑依したヌイグルミを机の上に置いて、話を進める。
「実は、このヌイグルミがシトレイユ皇≠ネんだ」
「…………はあ!?」
目を点にして驚いてるラシャラ。言葉も出ないと言った様子で机の上のヌイグルミを見ていた。
だが、こう言うのは話が広がって取り返しがつかなくなる前に、きちんと誤解を解いておいた方がいい。
【Side out】
異世界の伝道師 第92話『助言者』
作者 193
【Side:ラシャラ】
太老が自分から、我の部屋を訪ねてくるとは思わなかった。
男を部屋に入れたと知られれば、マーヤに何を言われるか分かったものではないが、太老ならば問題はあるまい。
父皇も気に入っていた様子じゃし、マーヤも太老のことは随分と高く評価しておった。
それに、我も太老が相手であれば、噂をされても嫌な気など一切せん。
寧ろ、父皇が健在であれば、自分から率先して既成事実をでっち上げようとしそうで、そちらの方がどちらかと言うと不安じゃった。
「シトレイユ皇のことなんだけど」
「父皇のこと?」
話があるというから何かと思えば、父皇のことじゃった。
(そうか、我やシトレイユのことを案じてくれておるのやもしれぬな……)
太老のことじゃ、恐らくは心配になって様子を見に来てくれたに違いないと思った。
その上で話があると言うからには、何か重要なアドバイスでも持って来てくれたのかもしれぬ。
これ以上、太老に頼ってばかりというのも悪い気がするが、それでも、これからのことを思うと心強くもあった。
「実はこれなんだけど」
「何じゃ? そのヌイグルミがどうかしたのか?」
太老はハヴォニワの貴族じゃ。表立って、我に協力するような真似は出来んじゃろう。
しかし、助言くらいならば、と気を遣ってくれたに違いない。
(白猫のヌイグルミとは、何か意味があるのじゃろうか?)
正直、これだけでは意味が分からんかった。
太老とヌイグルミが結びつかない。そう言う趣味があると言う話は、マリアからも聞いていない。
しかし、太老が何の意味もないことをするとは考え難い。
これには、何か深い理由があるのじゃと我は考えた。
『……ラシャラ、驚かないで聞いて欲しいのじゃが』
「ぬ、ヌイグルミが喋った!」
突然のことで驚いてしまった。まさか、ヌイグルミが喋るなどと思いもしなかったからじゃ。
いや、普通はこんな事、予想もつかないじゃろう。
太老が、普通のヌイグルミを持ってくるはずもない、とは思うておったが、喋るヌイグルミとは意表をつかれた。
亜法で動いている訳でもなさそうじゃし、そもそもこれほど滑舌に喋り、自律して動く自動人形なんぞ聞いたこともない。
見た目はヌイグルミじゃが、その仕草や話し方、雰囲気は人間そっくりじゃった。
「驚くなって方が無理があるんだけど、出来れば冷静に話を聞いて欲しい」
「……う、うむ。太老がそう言うなら」
さすがに驚かずにいられなかったが、先程のは心構えも出来ていないところに突然だったから余計じゃ。
今度は何を言われても驚かぬように、と心を落ち着かせる。
いつも、我の予想しない方向で驚かせてくるのが太老じゃ。
きっと、またとんでもないことを言い出すのではないか、という予感があった。
「実は、このヌイグルミがシトレイユ皇≠ネんだ」
「…………はあ!?」
突然、何を言い出すかと思えば、このヌイグルミが『シトレイユの皇』じゃという太老。
普通であれば、『何を冗談を』と切り捨てるところじゃが、太老の真剣な表情がそれが冗談ではないことを物語っていた。
(もしや、太老は……)
太老が連れてきたヌイグルミが普通と思ってはならぬ。
天の御遣いと称させる太老が連れてきたヌイグルミじゃ。
きっと外見はヌイグルミのように見えるが、伝承や御伽噺に出てくるような精霊の類なのやもしれぬ。
だとすれば、納得の行く話でもあった。
――このヌイグルミに認められし者が、シトレイユ皇国を背負う皇になる
このヌイグルミを『シトレイユの皇』じゃという太老の言葉の意味を考えれば、それしか答えはない。
ようは、このヌイグルミを助言者≠ニして我の傍に置けと、そう言っておるのじゃろう。
確かにヌイグルミの姿をしておれば、他の者に怪しまれるようなことはない。
太老が直接力を貸す訳ではないし、内政干渉だと騒がれる心配もない。
(太老の心遣い……無碍には出来ぬな)
強がってはいても、一人では色々と心細かったのは事実じゃ。
太老の心遣いが、胸に染み渡るようじゃった。
我も当然、その期待に応えねばならぬじゃろう。
悲しんでばかりではおられぬ。立派な皇となった姿を、太老に見てもらうためにも。
【Side out】
【Side:太老】
ラシャラに、一先ずシトレイユ皇を預けてきた。
やはり、アストラルボディだけとはいえ、国皇をハヴォニワに持って帰るのは色々と不味い気がした。
それに、状況がかなり特殊なだけに、肉体から距離を離して大丈夫かどうかが分からない。
確かめもせず無茶をして、悪影響が出てからでは取り返しがつかなくなる。
一度、きちんとした調査をしてからでないと安心は出来ない、と判断したからだ。
国家の一大事に関わる問題だ。通信越しに話せるような内容でもない。
ハヴォニワに戻ったら、直ぐに水穂と相談をしようと心に決めていた。
「ラシャラちゃん、お世話になったね」
「こちらこそ、色々と迷惑を掛けてしまったようですまなんだ」
城の方はゴタゴタしている様子だし、余り長居をして迷惑を掛けるのも悪いので、支部の方に戻ることにした。
忙しいだろうに、態々見送りにきてくれる辺り、ラシャラも義理堅い。
そのラシャラの手には、シトレイユ皇が憑依している白猫のヌイグルミが抱かれていた。
(少しは反省して、大人しくしておいてくださいよ)
(分かっておる……こんな体では何も出来ぬしな)
シトレイユ皇に小さく耳打ちをして、水穂を連れて戻ってくるまで大人しくしておくように、と釘を刺す。
前科があるだけに信用は出来ない。悪い人ではないのだが、行動が子供染みているから心配でならなかった。
「あれ? エメラさんも来るの?」
「はい。太老様のお世話をするように、とラシャラ様が」
アンジェラとヴァネッサは、城の騒ぎもあって忙しいらしく、今回は同行しなかった。
代わりにエメラがシトレイユ滞在中の世話役に付いてくれた。ラシャラが気を利かせてくれたようだ。
それに先日までダグマイアの従者をしていた彼女だ。
今のところ、ラシャラの預かりとなっているだけで、配属先も今後の処遇も決まっていない。
手が空いているのは彼女だけだった、と言うのも理由にあったのだろう。
それでも、彼女が優秀なことは知っている。エメラが一緒なら、確かにこれ以上心強いことはない。
ここは素直に、ラシャラの厚意に甘えさせてもらうことにした。
「ラシャラちゃん、それじゃあまた」
「……うむ。少し落ち着いたら、商会の方にまた顔を出す」
「待ってるよ。後四日ほど滞在するつもりでいるから」
そう言って、ラシャラに別れを告げた。
これから大変だろうが、彼女ならきっと大丈夫だ。
一応、外見は変わってしまったが、父親も一緒のことだし心配はないだろう、と俺は考えていた。
【Side out】
【Side:エメラ】
ラシャラ様に太老様のお世話をするように、と言い付けられた。
思いもしなかった命令だったが、私は反論を唱えられる立場にない。
本来であれば、ダグマイア様のように、牢に入れられていても不思議ではないと考えていたからだ。
(でも、これはチャンスかも)
ダグマイア様の件で、太老様には随分と迷惑をお掛けした。
そのお返しと言う訳ではないが、太老様に尽くすことで、少しでもダグマイア様の罪が軽くなる可能性もある。
事はハヴォニワとシトレイユの国際問題だ。そのくらいで許されるとは思ってなどいない。
しかし、ほんの僅かな望みではあるが、太老様の人柄を見れば、それも無駄な行為ではないように思えていた。
(……太老様のお世話をする)
その奉仕が、どこまでの範囲を示すのかは分からない。
でも、私に出来る誠心誠意の奉仕をしなければ、きっとこの気持ちは伝わらないだろう。
このような真似をすればダグマイア様を裏切ることになり、二度と従者としてお傍には戻れないかもしれない。
それでも、ダグマイア様には無事でいて欲しかった。
メスト家の嫡子、男性聖機師ということで、処刑されるようなことはないかもしれないが、処罰は免れないだろう。
そして処罰を受ければ、間違いなくダグマイア様は孤立する。
聖機師を作るための種馬とされ、一生屋敷に軟禁される生活に、満足されるような方ではない。
それに、ババルン様が大きなミスを犯したダグマイア様を、お許しになるとは到底思えない。
そうなってしまえば、あの方は今まで以上に孤立した立場に立たされるだろう。
何が何でも太老様との決闘を止めるべきだった、と私は今頃になって後悔していた。
もう手遅れかもしれないが、太老様の口添えがあれば恩情を受けられ、今回の罪に関しては厳しく問われないかもしれない。
太老様のいうことであれば、マリア様も納得されるはずだ。
ほんの少しでも、ダグマイア様の助けになるのであれば、私は自分の身など惜しくはなかった。
これが、恐らくダグマイア様のために私が出来る、最後の奉公になるだろう。
(ラシャラ様の持っているあのヌイグルミは)
これからのことを考え、思い悩んでいると、ラシャラ様が城外に出て来られた。
太老様達の見送りに来られたのだろう。
ラシャラ様が胸に抱いている『白猫のヌイグルミ』が目に入る。
間違いない。あれは、私が太老様に差し上げたものだ。
(なるほど……だから太老様は)
少しおかしいとは思っていたが、太老様がヌイグルミを欲しがっておられた理由がようやく分かった。
恐らくは、国皇様があんな事になり、気落ちしているであろうラシャラ様を、励まして差し上げたかったに違いない。
「太老様、しばらくの間、よろしくお願い致します」
「ああ、こちらこそよろしくね。エメラ」
先程まで不安で一杯だった胸の中が、太老様の優しさに触れ、幾分かマシになっていた。
この時から、太老様の持つ不思議な魅力に、私も惹かれ始めていたのかもしれない。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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