【Side:太老】
「――父皇!」
俺の背中で、ピクリとも動かず死んだように眠っているシトレイユ皇を見て、驚愕した様子で慌てて駆け寄るラシャラ。
このままでは事情を説明し辛いので、シトレイユ皇の体≠近くのソファーに寝かせた。
「な、何故こんな事にっ!」
「ラシャラ・アース……」
事情をシトレイユ皇に説明させようと思ったのだが、何やら盛り上がっている様子で、涙を流して泣き叫んでいるラシャラ。
そんな、ラシャラを気遣ってか、いつになく優しい雰囲気のマリア。
その後でユキネとエメラも、暗い影を落としている。
「……早く、名乗り出てくださいよ」
『い、いや、これはさすがに洒落になっとらん気がするんだが』
冷や汗を流し、どうしたものかと頭を抱えている白猫のヌイグルミ。そう、シトレイユ皇だ。
本人のアストラルボディはヌイグルミの中に、そして体の方は仮死状態で眠り続けたままになっている。
まだ亡くなった訳ではないのだが、あちらは既にお通夜∴齔Fといった雰囲気になっていた。
このままでは、明日には国葬されてしまいかねない勢いだ。
「取り敢えず、俺が切っ掛けを作りますから」
『う、うむ……』
確かに、この雰囲気ではシトレイユ皇も名乗り出難いだろう。
とは言え、このままと言う訳にはいかない。仕方なく、少し助け舟を出すことにした。
「あのラシャラちゃん……何て言ったらいいのか分からないけど」
「……大丈夫じゃ、太老が悪い訳ではないのは分かっておる」
そりゃ、俺が悪いはずもない。どう考えても、シトレイユ皇の自業自得だろう。
「しかし、何故こんな事に……結界炉が暴走など、これまでになかったことじゃというのに」
「ああ、あれは暴走なんかじゃないよ」
「な、なんじゃと!?」
シトレイユ皇が自分で制御弁を緩めて、出力を上げ過ぎたのがそもそもの原因だ。
あれは事故でも何でもない。何をしたかったのかは分からないが、全く、本当に困ったおっさんだ。
早く名乗り出て、自分の口から説明するように、とシトレイユ皇に指で合図を送る。
しかし、俺の肩に掴まり背中に隠れたまま一向に出てこようとしないシトレイユ皇。
(早く事情を説明してくださいよ)
(わ、分かっとるが、色々と不味い気がするんじゃ!)
このまま放って置く方が不味いような気がするのは、俺の気の所為だろうか?
何やら思い詰めた様子で、俯きがちにボソボソと独り言を呟いているラシャラ。
「父皇の仇は、我が必ず討つ!」
いや、生きてるんだけどね?
俺は、心の中で素早くラシャラに突っ込みを入れていた。
【Side out】
異世界の伝道師 第91話『ラシャラの決意』
作者 193
【Side:ラシャラ】
父皇が意識不明になった事故の原因は、暴走などではなく人為的に引き起こされたものだ、と太老の報告で分かった。
直ぐに調査隊を向かわせ、大型結界炉の調査に当たらせたが、その答えは太老と同じ回答じゃった。
大型結界炉に暴走するような原因は見当たらず、父皇の施した応急修理も完璧だったというのだ。
だとすれば、これは何者かが父皇を亡き者にしようと画策したからに違いない。
「ラシャラ・アース、大丈夫ですか?」
「マリアか……何じゃ、随分と優しいではないか」
「私だって、時と場合は考えます」
マリアにまで気を遣わせてしまうとは情けない。それほどに我の顔色は悪かったのじゃろう。
しかし、今は落ち込んでいる場合ではない。一命を取り留めたとはいえ、父皇は意識不明の重体。いつ目が覚めるとも分からぬ眠りについておる。
国一番の聖衛士に回復亜法を掛けてもらったが効果はなし。医者の診たてでも、まるで魂がそこに存在しないかのように、深い眠りについておるということじゃった。
明日目覚めるかも知れぬし、半年、一年、下手をすれば、このままずっと目覚めぬ可能性だってある。
(このままでは、行かぬじゃろうな)
皇がいなくては国は成り立たぬ。この状態が長く続けば、直ぐに次の国の代表を擁立する動きが出てくるじゃろう。
父皇のことで、落ち込んでいられる猶予はなかった。
「ラシャラ・アース、あなたは今回のことをどうお考えなのですか?」
「……国の恥を晒すようじゃが、恐らくは皇族派を快く思わない者の犯行じゃろう」
母上を随分と前に亡くしたこともあって、それ以降、后を娶ろうとしなんだ父皇には、我の他に子供はおらぬ。
血筋から考えて、次のシトレイユの国皇は、順当に行けば我ということになる。
しかし、我はまだ未成年。来年、十二を迎えるばかりじゃ。そんな幼き皇を、貴族達が喜んで向かい入れるとは思えぬ。
(……タイミングも最悪じゃしの)
それに、来年には聖地の学院に入学することも決まっておる。そうなれば、凡そ六年もの間、国を留守にすることになる。
これは聖機師同様、皇族に生まれた者の義務でもある。今更、学院に通わぬなどと言った我が侭が許されるはずもない。
当然、国皇が不在ということになれば、皇の代わりに国の采配を揮う者が別に必要となる。
(順当に考えれば、宰相のババルンが適任じゃろうな)
議会も当然、ババルンを推挙するはずじゃ。
そうなってくると、父皇の件も一番怪しいのはババルンということになるが、残念ながら何の証拠もない。
ここで下手に騒ぎ立てれば、益々、奴等の思う壺になってしまう。
「どうしますの? 事がシトレイユの内政問題であれば、私は何も協力することが出来ませんが……」
「大丈夫じゃ、以前なら厄介な問題じゃったが、今なら多少なりとも手はある」
不幸中の幸いは、父皇が意識不明とはいえ、存命なことじゃ。
そして、我の国内の影響力が以前よりも、ずっと大きなものとなっていることも有利に働く、と考えた。
これはババルンや、宰相派の貴族達への牽制にもなるからじゃ。
(太老には感謝せねばならぬな)
以前の何の力もない我なら、ババルンのいい様にされ、国皇とは名ばかりの傀儡にされた可能性もあった。
しかし、今は違う。皇族派を一纏めにし、国内での人気をより確固たるものとすることが出来れば、ババルンとてシトレイユの実権の全てを掌握することは不可能。議会とて、我を無視して重要な国策を進めることは難しくなる。
皇族派と正木商会、その二つを使って、内と外、政治と経済の両方から牽制をすることで、離れた場所からでもシトレイユに影響を及ぼすことが可能なはず。
(何もかも、思い通りにいくと思ったら大間違いじゃ)
今回のことを画策した者が必ずいる。じゃが、そのことで、恨み言を述べるつもりはない。
皇族として生まれた以上、覚悟はしておるつもりじゃし、そうした動きを抑え切れなかったのは父皇の失策じゃ。
より強い者が、より賢い者が国を支配する、それは悪いことばかりではない。
国民にとって、国が潤い、生活が豊かになるのであれば、支配者が変わるだけのことで不平不満など出ぬじゃろう。
しかし、やられっ放しというのは性に合わん。
この国が、それほどに欲しいというのなら、奴等にやっても構わぬが、それだけでは我の気が治まらぬ。
ここまで虚仮にされて、何もせず、指を咥えて見ているつもりはなかった。
向こうがそのつもりなら、こちらも覚悟を決めて迎え撃つだけじゃ。
「恐らく、太老はこの事に気付いておるのじゃろうな」
「ええ、お兄様のことですから」
一番に、我に忠告してくれたのは太老じゃった。
我の国の事情を察し、力を貸してくれたのも太老。今回のことも薄々勘付いておったのやもしれぬ。
身内の恥を晒すようじゃが、それでも太老が味方についていてくれると思うだけで、心強いものがあった。
【Side out】
【Side:太老】
「言い出せる空気じゃなかったのは分かりますけど……さすがに、このままじゃ不味いと思いますよ?」
『それは理解しておるのじゃが……あの雰囲気では』
結局、何も事情を話せなかった。
気持ちは分からないでもないのだが、ここは潔く、『ヌイグルミになりました』と素直に告白すれば楽になるというのに。
あれ? 『幽霊になりました』の間違いか、いや、そんな事を本当に告白したら死人扱いされそうだな。
「――太老様、誰か他にいらっしゃるのですか?」
「うっ……ちょっとした独り言だよ。それより、エメラは何でここに?」
「朝から何もお取りになっていないご様子でしたので、何か口に出来る物を、と思いまして」
昨日も厄介になった談話室の一室を借りて、シトレイユ皇と今後のことについて話し合っていると、エメラが尋ねてきた。
カートに食事を載せて、持って来てくれたようだ。
「美味しそうだね。これはエメラが?」
「はい、国皇様があんな事になってしまって、城の中はどこもバタバタしていますから。
肉や野菜を挟んだだけの、簡単なサンドウィッチですが、よろしければ」
確かに、朝からバタバタしていたし、何も食っていないから腹は減っている。
これだけの騒ぎだというのに、暢気に寝ているランと違って、随分と気の利く従者だ。内心、ダグマイアには勿体無いと本気で考えていた。
いや、主人が駄目だから、しっかりした従者でないと駄目だということか。
(駄目な亭主と、しっかり者の嫁さんみたいな関係だな……)
俺もマリエル達に頼りきりな部分があるので、余り人のことを大きく口に出して言えないが、少なくともダグマイアよりはマシだと思う。
「うん、美味い」
簡単などと謙遜もいいところだ。
パンの間に挟まっている素材が良いのは当然としても、肉の味を引き立てるスパイスや、ソースの味付けが絶妙だった。
一見、単純そうに見えて、食材のバランスや彩りもよく、色々なところに細やかな工夫がされているのが分かる。
エメラは、どうやら料理も上手なようだ。アンジェラやヴァネッサに見劣りしないほど優秀な従者だ、とラシャラからは聞いていたが、本当に非の打ちどころがない優秀な人物のようで感心した。
「そのヌイグルミは……」
「ああ、ユキネさんから預かった鞄に入ってたんだけど……まさか」
「……はい、私のです」
頬を赤くして恥ずかしそうに、そう告白するエメラ。
ユキネのだとばかり思っていたのだが、どうやらエメラのだったらしい。
「すみません。慌てて準備をしたものですから、紛れ込んだのかもしれません」
あの鞄は、やはりエメラが準備したようだ。
そりゃ、ここはハヴォニワではなくシトレイユなのだし、ユキネが都合よくあんな準備をしているはずもないか。
「あの……出来れば、それを返して欲しいのですが」
「え? ああ、そうだよね」
少々困ったことになった。エメラの私物なのだから、返してやるのが当然なのだが、色々とこちらにも事情がある。
別の物に憑依させようにも、そう都合の良い物が転がっているはずもないし、エメラの目の前でアストラルボディを晒させる訳にはいかない。
こちらの気も知らず、シトレイユ皇はエメラにバレないように、ヌイグルミのフリをして素知らぬ顔をしていた。
「……やはり変でしょうか? 恥ずかしいですよね、この歳になってヌイグルミだなんて……」
「いや、そんな事ないよ! 男だって人形やヌイグルミを好きな奴なんて大勢いるし!」
俺が、いつまで経っても返事をしないためか、何やらエメラが勘違いしそうだったので、慌てて否定した。
別に間違ったことは言っていない。男だって人形≠ェ好きな奴は大勢いる。
俺は、そっちの趣味がある訳ではないが、確かに可愛い物は嫌いじゃない。
「ほ、本当ですか!」
「え、うん……まあ……」
ズイッと詰め寄ってきて、興奮した様子で俺にそう尋ねてくるエメラ。
エメラの変貌に、冷や汗を流しながら、思わず身を引いてしまった。
「皆、分かってくれないんです。趣味を分かち合えたのは、今のところユキネ様くらいで」
そう言えば、とユキネの部屋にも多くの人形が、大切そうに戸棚に飾られていたことを思い出した。
聖機師達の間では『アイスドール』なんて二つ名で呼ばれてはいるが、花の世話が趣味だったり、人形が好きだったり、と女の子らしい一面がある。
実のところ、マリアよりも少女チックな趣味を持っていた。
(そう言えば、水穂もこう言うの好きだったよな……)
本人は隠しているつもりなのだろうが、水穂も歳に似合わず少女趣味なところがある。
鬼姫と結託して、コスプレを何度かさせたことがあるが、思いの外、気に入っている様子だったことを思い出す。
口では文句を言っていても、それほど嫌がっていないことは一目瞭然だったからだ。
現に、あれだけ最初は文句を言っていた癖に、今もメイド服を手放さず、仕事着として毎日着用していた。
「こうして、同じ趣味≠理解してくれる人に出会えて本当に嬉しいです!」
「そ、そうだね」
今更、違いますなどと言える雰囲気ではなかった。
結局、俺がこの『白猫のヌイグルミ』を気に入っている、とエメラは勘違いしたらしく、友好の証としてヌイグルミをくれた。
(何だかなぁ……)
エメラに返却せずに済んだのは助かったが、その所為でヌイグルミ好きの男≠ニ思われてしまった。
今更、弁明など出来るはずもなく、内心は複雑な思いだった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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