【Side:ワウ】
「お久し振りです。フローラ様」
「こちらに出て来るとは聞いていたけど、随分と早かったわね。あなたの聖地入りは来年の予定ではなかったかしら?」
相変わらず情報に聡いお方だ。
情報源については大凡の見当がつくが、何はともあれ、真っ先に挨拶に来て良かった。
これで後回しにしていたら、何を言われたか分かったものじゃない。
「いや、その……長い間、外には出てませんでしたし、見聞を広める意味でも今の内に世情に慣れておこうかと思いまして」
実のところ開発中の代物のスポンサー探しやら、色々と事情もあって早く出てきたのだが、そんな事をフローラ様に言えるはずもない。
私としては、より条件のいいスポンサーをつけたいので、ハヴォニワの他にシトレイユにも行ってみるつもりでいた。
他の国、特にシトレイユと比較されて気持ちのいい話ではないはずだ。
ハヴォニワが結界工房のお得意様であることに変わりはないが、羽振りの良さではシトレイユにはやはり敵わない。
「学院長も、随分と心配されてたわよ。休学したまま一年も音沙汰なし、『修行の方はどうするのですか?』ってね」
「うっ! それを言われると辛いんですが……だから、こうして出て来たんじゃないですか」
去年から、ずっと休学して放ったらかしにしていた聖地の学院に復学する予定となっていた。
休学していた理由は色々とあるが、主には遣り掛けになっていた研究開発に専念したかったからというのがある。
それに、既に私は四年間聖地に通い、一通りの修行を終え、下級課程の修了証明を得ていた。
後、残されているのは上級生の二年間。しかし、そうは言っても、聖地の上級生と言えば就職活動期間のようなものだ。
聖機人の数は限られているため、一国が雇用出来る聖機師の数も決まっている。
上級生になり、正式な聖機師として認められたからといって、それで聖機師になれると言う訳ではない。
国に雇ってもらえなければ、正規の聖機師とは言えないからだ。
数少ない男性聖機師はともかくとして、私達、女性聖機師は就職活動にあぶれてしまえばそれまでだ。
無役の聖機師には、本来、聖機師に与えられるはずの特権や栄誉はない。
就職の決まっていない聖機師達は、学院卒業後、別の仕事を探すか浪人として落ちぶれるしかなかった。
私は、そんな風になるつもりはない。目標としては、どこかの王侯貴族のお抱え聖機師になり、順風満帆な人生を送ることだ。
丁度、私が休学した年度は、その王侯貴族の方々の護衛騎士や従者の定員は埋まっており、つけいる隙がなかったというのも、私が休学した大きな理由となっていた。
しかし、来年度は違う。
例年になく、王侯貴族の方々が多く聖地に通われ、あのシトレイユのラシャラ姫も十二の歳を迎え、聖地入りされるという。
今年こそは――と期待に胸を膨らませ、士官の椅子を狙っている子達も少なくないはずだ。
「暫くはハヴォニワに滞在するのでしょう?」
「ええ、他も見て回るつもりですが、一先ず腰を落ち着けてみようかと」
「宿とかは決まっているのかしら? あれだけのコンテナを持ち込める場所となると限られているとは思うけど」
「うっ……それはまだ」
出来れば、私の研究は機密に関する物が殆どなので、軍や他の工房のお世話にはなりたくない。
しかし、フローラ様の言うとおり、一般の宿とかに泊めてもらう訳にはいかないだろう。
実のところ、そのことでフローラ様にお願いもあって来たのだが、案の定、察しておられたようだ。
「良い宿なら、紹介してあげるわよ。あなたも皇宮よりは、そっちの方がいいでしょうし」
「……宿ですか?」
てっきり、城の離れか、皇宮の一角をあてがわれると思っていたのだが、『宿』という言葉が気になった。
「今、大陸中で話題をさらっている――時の人のお屋敷よ」
「……はい?」
異世界の伝道師 第100話『ワウの工房』
作者 193
「うわ……」
フローラ様に手渡された地図を片手に、首都郊外にある屋敷までやってきた。
目の前に精悍な佇まいでそびえ立つ巨大な建造物。思わず溜息が漏れるほど大きなお屋敷だ。
首都の外れとはいえ、これだけのお屋敷はなかなかお目に掛かれるものではない。
フローラ様の話では、ここに数々の功績を積み重ね、侯爵の地位を得た、凄い人物が住んでいるという話だった。
あのフローラ様が手放しで絶賛するほどの人物だ。相当の傑物に違いない。
「お待ちしていました。ワウアンリー様ですね。私は案内を任されましたメイド長の『マリエル』と申します」
「あ、はい! お世話になりますっ!」
メイド服に身を包んだ侍従と思しき少女に挨拶をされ、私は慌てて頭を下げ、返事をした。
第一印象が何よりも大切だ。ハヴォニワでも今一番有力視されている人物だと、フローラ様からは紹介を受けている。
マリア様の覚えもいいと言う話だし、粗相があってはまずい。
しかし、このマリエルという少女、自分のことを『メイド長』と名乗ったが、それは侍従長≠フことだろうか?
だとすれば、随分と若い侍従長だ。見た目、十四、五と言ったところ、こんなに若い侍従長など、私の知る限りでは見たことがない。
「それではお部屋の方にご案内します。それとも、先に工房の方にご案内した方がよろしいですか?」
「あっ、じゃあ悪いんですけど、工房の方にお願いしていいですか?
コンテナの荷物だけでも運び入れておきたいんで」
屋敷の敷地内に工房があるというのも驚きだったが、庭の様子を見る限り、この屋敷も相当に金が掛っている様子だ。
生半可な金持ちではない。大貴族と呼ばれる人物は数多くいれど、どうにも桁違いの富豪のようだった。
凄い人物だとは聞いていたが、一体どんなことをされている人物なのだろう? と私は疑問を抱いた。
「太老様のことをお知りでない?」
「えっと……何かまずいんでしょうか? ここ一年ほど結界工房に籠もってたんで、外の事情に詳しくないんですよね」
工房に案内してもらう途中、そのことを質問してみると、何やら困惑した様子で質問を返されてしまった。
フローラ様があれだけ褒めちぎっていたほどの人物だ。相当に有名人なのは間違いない。
彼女の反応から察するに、知らないというのは、相当に世間知らずということになるのだろう。
「そう言う理由なら仕方ありませんね。よろしければ、簡単にご説明致しますが」
「よろしくお願いします」
このままでは、本人に会った時、どんな粗相をしてしまうか分かったものではない。
相手の情報を仕入れておくというのは重要なことだ。私は素直にマリエルの説明を受けることにした。
「――と言う訳です。お分かり頂けましたか?」
「えっと、まあ……」
どこまでが本当なのか? と疑いたくなるような話だった。
ハヴォニワの革命に始り、ハヴォニワの大粛正と呼ばれる封建貴族達の粛正。
ただの平民から大貴族までのし上がり、その上、聖機師で、一人で戦局を左右するとまで噂される資質を持つ。
更には、ハヴォニワ随一、今やシトレイユにも支部を持つ大商会の担い手。
数々の改革を成し遂げ、現在のハヴォニワの高度成長の礎を築いたのも、その人物だという。
(それが本当なら、あのフローラ様の態度も納得が行くけど……どんな完璧超人だって言うのよ)
自分のことのように自慢げに話すマリエルの態度を見れば、その人物が相当に信頼されているということが窺える。
フローラ様の人を見る目が確かなことは私も知っているので、ただ功績が凄いだけでなく相当の人格者なのだろう。
「天の御遣い……ですか」
「はい、民衆の味方、ハヴォニワの救世主と称えられているのも、そのためです」
フローラ様が、私にこの屋敷を紹介した理由がようやく分かった。
いつもの悪戯癖が、また出たのだろう。今頃、してやった、と言う表情を浮かべているに違いない。
(でも、これはチャンスかもね)
大貴族であるばかりか、今一番勢いのある大商会の代表も務める人物だ。
私が求めるスポンサーとしては、これ以上、有力な人物は他にいなかった。
【Side out】
【Side:太老】
フローラから『古い知人を預かって欲しい』と頼まれ、俺は仕事を一段落させると屋敷の方へ急ぎ戻っていた。
噂に聞いていた技術者集団『結界工房』の聖機工という話だから、少し興味を惹かれたというのも引き受けた理由にある。
ハヴォニワに住む人で、『結界工房』の名を知らない者はいない。それほどに、優秀な技師達が集う組織だ。
俺が度々お世話になっている軍の工房にいる技師達の中にも、結界工房出身の技師は多く紛れていた。
工房に籠もり、外界とは何年も進んだ技術を研究しているとあって、その知識と技術力はバカに出来たものではない。
ハヴォニワの技術レベルを支えているのも、彼等の力があってこそ、と言えた。
「マリエル、結界工房の技師がきてるって聞いたんだけど」
「太老様、お帰りなさいませ。ワウアンリー様のことですか?
それでしたら、裏庭にある工房の方で荷物の整理をなさっていますが」
屋敷に戻るなり、そのことをマリエルに尋ねてみると、やはりもう到着していたようだった。
部屋で休むよりも先に工房の整理とは、やはり根っからの技師、職人気質を持つ人物のようだ。
「工房、工房っと」
屋敷の裏手には、大きな倉庫や、幾つかの工房などに用いられるスペースが設けられている。
これは、屋敷を改装する時に、大量にあった倉庫の幾つかを工房へと改築してもらったものだった。
聖機人が楽に二体は入る格納庫に、軍の工房でも使われている機材を持ち込んでいるので、そこらにある街中の工房よりも遙かに設備は充実しているはずだ。
俺も、機械弄りは嫌いではないし、以前からずっと勉強している亜法技術を試してみたくて、こんな物を作っていた。
「おっ! 早速やってるみたいだな」
カタカタと歯車が回るような、機械の動く音が工房の中から聞こえてくる。
工房の中で、早速何か作業をしているようだ。恐らくは、持ち込んだという機材の整理をしているのだろう。
色々と見てみたい気持ちはあるが、工房というと技師にとっては命ともいうべきものだ。
機密に関する物も多くあるだろうし、礼儀として勝手に盗み見る訳にもいかない。
「――ワウアンリーさん! いますか?」
工房の大きな木製の扉をコンコンと叩き、聞こえるようにと大声で彼女の名前を叫んだ。
奥から「はーい!」と元気な声が返ってくる。声の感じからして随分と若い女性のようだ。
「あれ? もう少し年配の人かと思ってたんだが」
フローラの古い知人というからには、もっと歳のいった人物だとばかりに思っていた。
しかし、返ってきたのはマリエルと比べても大差ない若々しい声。もうすぐ、三十にもなるフローラの知人とは思えない。
歳の話など、フローラの前では出来ないから、ここだけの話だが。
「すみません。予想してたのと随分と違ったんで、色々と戸惑っちゃって」
「キミが、ワウアンリーさん?」
「あ、はい! ワウアンリー・シュメです。屋敷の方ですか?」
「まあね。結界工房の聖機工が来てるって聞いてね。物珍しさもあって様子を見に、迷惑だったかな?」
「いえ、構いませんよ。大方、荷物の方は整理しちゃいましたし、よかったら少し中を覗いてみますか?」
「おおっ! いいの? 実は、かなり興味があったんだよね」
ワウアンリーに工房の中に入る許可をもらい、いつになく浮き足立っていた。
結界工房に所属する現役の聖機工の工房ともなれば、気にならない訳がない。工房自体は、うちの屋敷の物だが、宿主が違えば中身も随分と変わるものだ。
工房一つとっても、軍の中ですら、技師によって多種多様に色が違う。
それに何よりも、ワウが持ち込んだ物の方に俺は興味があった。
庭にあったトレーラーは彼女の物だろう。
あれだけの巨大なコンテナを使って持ち込んだ物――それに興味が湧かないはずもない。
「そういえば、予想と違ってたって言ってたけど、何か不備でもあった?」
「いや、そう言う訳じゃないんですけどね。
寧ろ、逆っていうか、ここまで充実した設備は軍でも余り見られないレベルだから、思わず興奮しちゃって」
プロの目から見て、そう言ってもらえると頑張って準備した甲斐があるというものだ。
あの後直ぐにシトレイユの出張があったり、その後も仕事が忙しいこともあって、折角作ったというのに利用する機会がなくて勿体ない思いをしていたので、こうして喜んで使ってくれる人がいるというだけでも、嬉しいものがあった。
「おおっ! ロボットだ!」
工房の中に入ると、最初に目に入ったのは、格納庫に鎮座していた聖機人のコクーンと、鋼鉄製の巨大なロボットだった。
大きさは聖機人の全高三分の一ほどと言ったところだが、それでも十分に大きい。
「ロボットを知ってるの!? こっちじゃ、余り知られてないと思ったのに」
「そりゃ、知ってるよ! ロボットは男の浪漫だからね」
聖機人はロボットというより生物的なイメージがあるので、俺としてはこちらの方がロボットという感じがして好きだった。
それに何より、ロボットなら黄金に変化する心配もない。
「いやー、こんなところでお兄さんみたいに話の分かる人に会えるとは思わなかった」
「ワウアンリーさんこそ、いいセンスしてるよ! これ、もう動くの?」
「ワウでいいですよ。実のところ、動力炉の調整がまだ済んでなくて……でも、もう少しってとこかな?」
「あ、俺も『太老』って呼んでくれていいから。動力炉って、亜法結界炉を使ってるの?」
「いや、こっちでは珍しいと思うけど『蒸気動力炉』っていう――え? 太老?」
蒸気動力炉か、話には聞いてたけど実際に使っている物を見るのは初めてだ。
エナという扱いやすいエネルギーがあるのに、態々そんな物を使おうなんて物好きは、早々いないからだ。
しかし、一見便利に見える亜法結界炉にも欠点はある。エナの海の中でしか使えない、ということだ。
そのため、エナの喫水外に位置する高地などでは、彼女のいう蒸気動力炉が亜法結界炉の変わりとして、使われていることも珍しくないという。
「太老、太老って、この屋敷の主の――」
こちらを指さして、何やら慌てた様子のワウを見て、俺は少し思案する。
そう言えば、まだ自己紹介をしていないことを思い出した。
工房の中に案内してくれる、という話をきいて、舞い上がって失念していたようだ。
「自己紹介が遅れてごめん。正木太老です。どうぞ、よろしく」
何やら放心状態のワウに、俺は頭を下げて挨拶を交わす。
そんなに、自己紹介を忘れていたことを気にしていたのだろうか?
ワウには、少し悪いことをしたかもしれない。
でも、フローラの知人をいうことで少し心配していたのだが、人当たりも良く、明るく礼儀正しい子のようで安心した。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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