【Side:太老】
「……やっぱり、私も行くべきだったかしら? 行く先々でトラブルばかり起こして」
「いや、俺も今回は被害者なんですけど……」
大商会倒産の件や、ダグマイア達に絡まれた件、シトレイユ皇のことなど、シトレイユ皇国であった出来事を水穂に順を追って話して聞かせた。
俺がトラブルを引き起こしたような物言いだが、どう考えても俺の方が被害者だ。
大体、シトレイユ皇のことは自業自得だし、ダグマイア達のことは因果応報、大商会に至っては直接関与すらしてない不可抗力だ。
「ああ、それでシトレイユ皇のことを相談したいんだけど」
「実際に調べてみないと分からないわね。連れてきた方が早かったのに」
「アンタは国皇を拉致しろ、と言いますか……」
「分家とは言え、太老くんも皇族なんだけどね。それも、銀河最大の軍事国家の」
それを言ったら水穂は、銀河最大の軍事国家に名を連ねる四大皇家、その直系のお姫様だ。
メイド服なんて着てはいるが、お姫様の中のお姫様と言えるような存在だった。
ここに皇家の船があって、彼女がその気になれば、世界を滅ぼすことも支配することも思うがまま。
実際、船が無くても水穂が凄いことに変わりはない。本気で行動を起こせば、世界征服くらい簡単に成し遂げてしまうだろう。
樹雷皇家の血筋とはそういうものだ。トラブルの火種という点で言えば、俺以上に水穂の方が厄介な存在と言える。
「仕方ないわね……早い方がいいのでしょう?
準備を済ませて一ヶ月後くらいにでも、シトレイユに行きましょうか?」
「よろしくお願いします。機材もなしにじゃ、はっきり言って手の打ちようがなかったので。ああ、それと――」
水穂にシトレイユ皇国で偶然入手した銀製の腕輪を手渡した。
アカデミー製の戦闘服が収納されているアレだ。
「太老くん……こんな物をどこで?」
「シトレイユですよ。市場で偶然発見したんで、危ないから回収してきました」
「市場……それに偶然って」
呆れたように溜息を吐きながら、そう呟く水穂。
確かに、少しばかり出来過ぎかな? と思わなくはないが、そこまで溜息を吐くような内容だろうか?
悪用される前に、事前に回収できただけ幸運だった、と思ってもらいたい。
「でも、これは使えそうね」
「使える?」
「こっちに持ってきた機材とかって、殆どが簡易的な物ばかりだったから、足りない物も多いのよ」
「ああ、なるほど」
この世界では手に入らない資材とかもあるので、完全に向こうの技術を再現することは難しい。
だが、基となる装備があるのなら話は別だ。アカデミー製の戦闘服には、高度な演算処理を可能とするコンピューターも搭載されている。
それに、十徳ナイフも真っ青なほどの多機能さと、高性能を売りにしている最先端技術の塊だ。
こちらの世界で言えば、向こう数千年掛っても到達不可能なオーバーテクノロジー≠フ集大成とも言える代物だった。
核となる演算装置を利用するなり、機能の一部を流用するなり、利用価値は高い。
完全に、とまでは行かないまでも、幾つかの科学技術はこれを応用すれば再現が可能なはずだ。
「でも、余り無茶はしないでくださいよ? こっちと向こうは違うんですから」
「分かってるわよ。そんなに危ない物≠ヘ作らないから」
「…………」
それを渡して、水穂が一番危ないことに気付いた俺だったが、時は既に遅い。
その時の水穂の微笑みが、鷲羽や鬼姫が悪巧みをしていた時のそれと嫌に酷似していたので不安になった。
兼光曰く、段々と自分の奥さんに似てきたそうで、その最終進化形が神木瀬戸樹雷――鬼姫だと話を聞かされていたことを思い出す。
(俺、もしかして地雷を踏んだんじゃ)
今の水穂からは、マッド臭がプンプンと漂っていた。
異世界の伝道師 第99話『結界工房』
作者 193
「そう言えば、シンシアとグレースはどうしたんだ?」
帰ってきてから一度も二人の顔を見ていないことを思い出した俺は、マリエルにそのことを尋ねてみた。
ミツキは昨夜、屋敷に戻った時に会って挨拶を交わしたのだが、二人の姿だけが見えなかったからだ。
「二人とも、平日はずっと学院で暮らしてますから。週末になれば帰ってくると思いますよ」
「あれ? あそこって全寮制だったっけ?」
そんなはずはないのだが、少なくとも以前にパンフレットを見せてもらった時には、そんな事は一言も書かれていなかった。
確かに寮はあるようなことが書かれていたが、それは地方から通うのが大変な子女のために設けられているのであって、王立学院のある首都に家を持つシンシアとグレースには関係のない話のはずだ。
「編入試験で、二人とも並んで歴代一位の成績を出してしまったそうで、そのことで脚光を浴びて、王立学院の先生方の目に留まったそうです。
今は、シンシアが『次世代亜法演算器』の開発主任、グレースが『新型亜法結界炉』の開発主任を任せられて、かなり多忙な毎日を送っているそうで」
「ああ、それで」
同じ首都にあると行っても、車で片道一時間以上は掛る距離に王立学院はある。
確かに、それだけ多忙なら、ここから通うよりは寮で生活を送った方が何かと楽だろう。
しかし、編入して直ぐに開発主任って、あの二人は一体どれだけ優秀なんだ?
「それに、二人にその計画を勧められたのは水穂様とフローラ様で、スポンサーには正木商会が後ろ盾としてついていますので」
「ん? それって、情報部の特別計上予算として以前に申請があった奴のこと?」
「はい、何でも正木商会の今後に、どうしても必要な物らしいです。詳しくはお二人に尋ねられた方がよろしいかと」
水穂には好きにしていいと言ったこともあり、額としては大した物ではなかったので、フローラの押印もあったことで、問題ないだろう、と許可を出した予算申請書のことだった。
確かに、研究開発費という名目で予算申請があったのだが、水穂がまた何か足りない物でも調達するために必要としているのかと考えていた。
その計画にシンシアとグレースが関わっていた、ということも驚きだが、『次世代亜法演算器』に『新型亜法結界炉』という物に俺は興味を惹かれていた。
単純な話、向こうで言うところのスパコン、謂わば『スーパーコンピューター』を作ろうとしていると言う事だ。
そして新型亜法結界炉というのは、シトレイユ城の地下で見たような他国にはない新しいエネルギー駆動炉を開発しようとしているのだろう。
あの二人だけでなく、水穂が率先して取り組んでいるということは、それなりに成果は期待できる。
問題は、アカデミーの技術を余り取り入れすぎて、面倒なことにならないかだけだが、水穂ならそこのところは考えているだろうし、上手くやってくれるだろう……多分。
正直、アカデミー製の戦闘服を渡した時の水穂の微笑みが忘れられなくて、今一つ不安が払拭できなかった。
【Side out】
ハヴォニワの首都から西南西に百キロほど行った場所にある街道。
宙に浮かぶ大きなコンテナを引き摺った一台のエアトラクターが、その街道を首都に向けて走っていた。
「外界に出るのは久し振りだけど、随分とこの辺りも変わっちゃってるわね」
運転席に座り、そのエアトラクター操縦する一人の少女。
見た目、年の頃は十四、五といったところ。鮮やかな紫色の髪の毛を、洗濯挟みのような一風変わった髪留めで左右に束ね、テカテカとした広い額をした、さばさばとした明るそうな少女である。
「以前は、こんなに綺麗に街道も整備されてなかったしね。ハヴォニワも、それだけ発展したってことかな?」
彼女の来た方角、そちらには技術者集団として名高い『結界工房』の本拠地があった。
こんな身形ではあるが、彼女はその結界工房に所属する優秀な聖機工。自身も優秀な聖機師の資質を持つ。
後ろのコンテナには、結界工房から持ってきた彼女専用の聖機人と、沢山の研究資料や機材が積み込まれていた。
専用の聖機人を持つ者など、大国と呼ばれる三国ですら数少ない。
幾ら大陸最大の技術者集団といえど、それを専用に与えられている彼女が特別な存在であるということは、自明の理だった。
「何はともあれ、まずはフローラ様に挨拶に行かないと」
彼女の名は、ワウアンリー・シュメ。結界工房の技師の中でも有力視され、将来を渇望される聖機工の一人だ。
聖機人を供与されているとは言っても、結界工房は国ではなく『組織』だ。
彼女も聖機師を目指すことになる以上、どこかの国に属し、聖地の学院に通う必要がある。
こうして、結界工房の外に出るのは数年振りのこと。外界とは完全に隔離された環境の下、自らの研究に明け暮れていたワウにとって、外の空気は懐かしく、新鮮な物だった。
彼女は恩師の提案で、聖機師になるため、そして見聞を広めるために、と外界に飛び出した。
まだ、どこの国に所属するかは決めていないが、以前から交流のあるハヴォニワか、恩師の勧めもあったシトレイユにしようか決めかねていた。
結界工房は、ハヴォニワ国内にある。
ハヴォニワ南部の元々鉱山だった一角を再利用して作られた場所にあり、喫水と岩壁に囲まれた巨大な縦穴を住処としていた。
入り口となるのは、鉱山の門へと通じる船が二隻どうにかすれ違うことが出来る程度の細い横穴のみ。その上は喫水外となるため、門以外からの船や聖機人での進入は不可能となる。
外界に比べ、何年も進んだ最先端の技術が日々研究、開発されているため、その技術にあやかろうと進入を試みる者も後を絶たない。
そんな外敵から身を守るための要塞として、堅牢な作りをしていることも一つの特徴となっていた。
ハヴォニワの技術水準が高いと言われている所以の一つに、この結界工房出身の技師が多く在籍していることも要因にあった。
ハヴォニワは他の二国に比べて確かに国力は小さいが、レース編みや組紐などを始めとする様々な工芸品や、装甲列車などに代表される機械技術に定評がある国だ。
太老の聖機人を解析し、亜法を弾く特殊素材を開発したことからも分かる通り、技師のレベルは相当に高い水準にあった。
そんな優秀な技師の中でも、一際優れた才能を持つ少女。それが、ワウだ。
「おっ、首都が見えてきたわね」
ワウは、ハヴォニワ最大の首都を目の前にして、これから始る新しい生活に期待を寄せ、胸を膨らませていた。
当分の間は身の振り方を考えながら、このハヴォニワに滞在し、それからシトレイユに行くなりハヴォニワに残るなり、先のことをゆっくり考えようと思っていた。
何れにせよ、この国の女王フローラには挨拶に行かないといけない、とワウは考える。
ワウ自体は、フローラにまだ一度しか会ったことがないが、恩師とも友好のある人物だ。
結界工房から出てきたことも報告しないといけないし、挨拶もなしに、と言う訳にはいかない。
「少し苦手なんだよね……あの人」
結界工房にとってもお得意様。先日も、結界工房で開発された亜法結界炉を、新造艦を造るとか言う話で購入してもらったばかりだ。
しかも、恩師の友人でもある。だからと言って、彼女がフローラを苦手とすることに変わりはなかった。
【Side:太老】
「あっ!」
今更ながらに上着のポケットに入れたままにして忘れていたクリスタル≠フことを思い出した。
そう、ダグマイアからランが掠め取ったアレのことだ。
水穂に、これも見せておくつもりだったのだが、完全に失念していた。
「まあ、別にいつでもいいか」
色々と忙しいようだし、これ以上、水穂の仕事を増やすのも気が引ける。
単に、亜法を発生させることが出来る、と言うだけの道具だし、カマイタチを起こせたところで生活の役に立つとは思えない。
宴会芸で用いたら魔法みたいでウケるかもしれないが、今のところ余り使い道は思いつかない。
気になっていたのは、俺にだけ反応していることだった。
それを調べたかっただけなので、その程度のことで水穂を扱き使うのも悪い気がしていた。
暇な時、それとなく頼んでみるくらいでいいだろう。他に誰も使えないなら、事故も起こらないだろうし。
俺は元通り、それをポケットにしまった。
「さて、今日も張り切って仕事するか!」
皆が頑張っているのに、俺だけ遊んでいる訳にもいかない。シンシアやグレースまで頑張っているというのだから尚更だ。
軍からの連絡もそろそろある頃だろうし、軍事訓練の内容を考え、明後日に決まった経営会議に向けて、必要な資料を揃え企画書を作るなど、山のように仕事は残っている。
「ラン、仕事に行くぞ!」
「ちょっ! アンタ、あれだけやって、まだ仕事する気かい!?」
「まだ、全然終わってないんだよ」
二日貫徹させたことを、まだ根に持っているのか? 嫌がるランを引っ張って商会へと向かう。
幼い少女達に働かせて、自分だけ遊んでいるなんて真似――俺のなけなしのプライドが許さなかった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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