【Side:太老】

「何か……客寄せパンダになった気分だ」
「そう仰らずに、皆さん、太老様にお会いになれて嬉しいのだと思いますし」

 ミツキはそう言うが、これはこれで神経を使うし、結構疲れるものなのだ。
 二人がお世話になっているので、先生方にご挨拶しようと職員室に足を運ぶと、また例の如く教師達から握手を求められてしまった。
 学院長や教頭まで出て来たことには驚きだったが、『学院を案内してくれる』という誘いを丁重に断ってきた。
 学院長自ら案内をして貰うほどのことでもない。そんな事をされたら、逆に恐縮してしまって落ち着かない。

「へえ、この学院って地下もあるんだ」
「機密に関する物も多いですから、出来るだけ人目に触れないよう、重要な研究施設は地下に集約してあるらしいです」

 俺はミツキの案内で、シンシアとグレースの在籍しているという研究開発室に向かっていた。
 前に一度来たことがあるらしく、案内図も見ないで先々に進んでいくミツキ。
 まるで迷路のように入り組んだ通路を、一度来たことがある、というだけで良くここまで覚えているものだ。

「いえ、壁の数字を参考に進んでるだけですから、私も完璧に道を覚えている、と言う訳ではありませんし」
「壁の数字?」

 確かにミツキの言うとおり、壁には『ヘの六』と言ったように数字が記されていた。
 ブロック毎に、こうして数字を割り振っているようだ。
 確かにこれなら、この迷路のように入り組んだ研究棟の中を、迷わずに進めるのにも頷ける。

 シンシアとグレースの研究施設は、正木商会が借り受けている特別棟にあるらしく、この先『トの三』にあると言う話だった。
 第一研究施設から『イ』、『ロ』、『ハ』、『ニ』、『ホ』、『ヘ』、『ト』と大まかに七つの研究ブロックに分けられており、奥に行くほど機密性の高い重要な施設になっていくようだ。
 『ト』は企業用。学院に出資している商会や、軍からの委託で研究開発している部署がある最重要ブロックらしく、一般の生徒は疎か、教職員ですら許可無く立ち入ることは出来ない。
 そんな場所で、シンシアとグレースの二人は、日々研究開発を行っているそうだ。

「やっぱり、あの二人って頭が良いんだね」
「私の子にしては、出来過ぎな気もしますけどね。
 でも、夫も優秀な技師でしたから、あの人の血を濃く受継いでくれたのかもしれません」

 ミツキの今は亡き旦那さん、シンシアとグレースの父親。
 首都で『時計技師』をやっていた、と言う話を聞いていたが、シンシアとグレースの父親だ。
 あの二人を見ていれば、それは、優秀な技師だったことは容易に想像が付く。
 まあ、あの二人が優秀なのはそれだけが理由ではないと思うが。

「何か?」
「いや、俺から見れば十分にミツキも凄く見えるんだけどね」
「そ、そんなっ! 私なんて」

 謙遜した様子で顔を真っ赤にして、あたふたと慌てふためくミツキ。
 俺から見れば、あの二人はミツキの血も十分に受継いでいる。
 同じく優秀という意味で言えば、僅かな期間で生体強化のリハビリを克服し、あの水穂の片腕を担えているミツキも十分に規格外な存在だ。

「あ、ここですね。太老様、着きましたよ」

 そう言って、懐から取り出した亜法陣が記された札を、入り口の端末にかざすミツキ。
 あれが、この目の前の、鋼鉄製の重厚な扉を開く、セキュリティパスになっているようだ。

「お待ちしていました。太老様、ミツキ様」
「……へ?」

 扉の向こうで待っていた人物。
 それは思いも寄らぬ、人物との再会だった。





異世界の伝道師 第106話『超科学』
作者 193






「アンジェラさんが、こっちに来てるとは知らなかったよ。知らせてくれてもよかったのに……」

 扉の向こうで待っていたのは、ラシャラの従者、あのアンジェラだった。
 彼女とは、二週間ほど前にシトレイユで別れたばかりだ。
 こんなにも早く、それもハヴォニワで再会することなるとは思ってもいなかっただけに、正直驚かされた。

「申し訳ありません。私も、お話を頂いたのは急だったもので」

 彼女の話によると、今回の『新型亜法動力』と『次世代型演算器』は、正木商会を挙げての一大プロジェクトらしく、国皇の代行などで忙しいラシャラに代わって、彼女がシトレイユ支部の代表としてこちらに出向してきたらしい。

「そうなんだ。ラシャラちゃんや他の皆は元気にやってる?」
「はい。『父皇なぞいなくても、我だけでも立派に役目を果たしてみせる!』と言って、張り切っておられますよ。
 ヴァネッサや、マーヤ様もついていらっしゃいますから、あちらのことはご安心ください」

 確かに、あのラシャラの片腕とも言うべき、有能な秘書であり従者でもあるヴァネッサや、侍従長のマーヤが一緒ならば、俺の心配など余計だろう。
 それにシトレイユ支部の職員も優秀だし、商会の方も大きな心配はしていない。
 ラシャラは、取り巻く環境や家臣にも恵まれているようだし、シトレイユ皇がいなくてもどうにか頑張れているようだ。
 それでなくても、ババルンも有能な宰相のようだし、シトレイユの政治に空白が生まれるような心配はない。

「それじゃあ、暫くはこっちにいるの?」
「はい。それで、出来れば太老様のお屋敷にご厄介になりたいのですが……」
「俺は構わないけど、今まではどうしてたの?」
「こちらに着いたのが昨日の夜のことでして……昨晩はこちらの学院にお世話になりました」

 そのまま屋敷の方に来てくれてもよかったのに、アンジェラのことだ。夜遅くに屋敷を訪ねるのは迷惑とでも思い、気を遣ったのだろう。
 向こうで散々お世話になったお返しをする意味でも、アンジェラを屋敷に泊めるくらい何てことはない。
 寧ろ、その程度ではお返しとして釣り合わないくらいだ。

(歓迎会でも催した方がいいかな?)

 そんな事を考えながら歩いていると、目的地に到着していた。

「おおっ、また一際重厚な扉だな……」
「この先は、商会の機密に拘る重要な物ばかりですから」

 アンジェラがそう言って、先程ミツキが使っていたような札を取り出し、扉の脇に備えられた端末にかざす。
 ギギッという音を立てて、ゆっくりと開いていく鋼鉄製の扉。
 重要機密を管理しているというだけあって、セキュリティもかなり厳重なようだった。

 ――ガシ!
 扉の向こうに足を踏み出すなり、飛び出してきた黒い影に腰元に抱きつかれてしまう。

「シンシア?」

 黒い影の正体はシンシアだった。甘えるような様子で、俺に抱きついて離れようとしないシンシア。
 そう言えば、こうしてちゃんと相手をしてやるのは、シトレイユ皇国に行っていた期間も含めれば約一ヶ月振りなる。
 自分から『父親になってやる』と言っておきながら、仕事が忙しくて余り構ってやれていなかった。
 これでは、保護者失格だろう。シンシアとグレースには随分と寂しい思いをさせていたのかもしれない。
 そう思うと、胸が痛くなった。

「ごめんな、シンシア」

 シンシアの頭を優しく撫でてやる。くすぐったそうに頭を振るシンシア。
 頼りない仮の父親だが、これからは時間があれば、少しでも二人のために時間を割いてやれるように努力しよう、と心に決める。

「あれ? グレースは?」

 シンシアだけで、グレースの姿が見えないこと気付き、俺は辺りを見渡す。
 屋敷の工房の数倍はあろうかという広い研究室だ。二人以外にも、技師と思しき人達が忙しそうに働いていた。
 その中で、全面ガラス張りの壁の前に、技師と思しき女性と話をしている、白衣を身に纏った小さな女の子の姿を見つけた。グレースだ。
 何やら、技師に指示を送ると、こちらに気付いて近づいてくるグレース。

「立派に開発主任をやれてるようだね」
「うっ……まあ、仕事だしな」

 ここにいるスタッフは、シンシアとグレースよりもずっと年上の一流の技師達だ。
 そんな彼等に指示を送る彼女は、やはりそれだけ凄い能力を持っているということだ。

「シンシアちゃん、グレースちゃん、ホットミルクを入れたから休憩……太老様!?」

 ここで働く技師の一人と思しき女性が、シンシアとグレースを休憩に誘う。
 俺の姿を見つけるなり、随分と驚いた様子で声を上げる技師。
 その大声に反応して、忙しそうに働いていた他の技師達も作業の手を止め、こちらを振り返っていた。

「えっと……」

 後のことは、今更語るまでもない。


   ◆


「何か、選挙中の候補者になったみたいだ……」
「選挙?」
「候補者?」
「ああ、こっちは民主制じゃなかったっけ、国民が自分達の国の代表者を選ぶ制度のことだよ」

 こちらは議員や官吏といった職に就ける者は、特権を有する貴族に限られている。
 基本的には議会や前任者からの指名制で成り立っているので、代々親から子に、と血筋で引き継ぐ者が殆どだ。
 民主主義の話をしても、こちらの人達からしたら現実からかけ離れた荒唐無稽な話で、今一つピンと来ないだろう。
 ミツキとアンジェラも、俺の話を聞いて理解が追いつかないのか、首を傾げていた。

「おおっ、これが二人が開発してるっていう」
「あっちの実験室にあるのが、私が開発を行っている新型亜法動力炉の開発コード『フェンリル』」

 グレースの案内で、開発中の物を見せてもらっていた。
 もっと大きな物を想像していたのだが、亜法動力炉『フェンリル』の方は、意外と小振りでスマートな形をしている。
 エネルギー変換効率を従来の物よりも大きく向上させているらしく、無駄な大きさは必要無いらしい。
 今までの物は、変換式の施された巨大な亜法リングを高速に回転させることで、高出力をだしていたらしいが、当然それによるデメリットも存在し、巨大な物になればなるほど振動波の影響が強くなり、稼働中の亜法結界炉には近付き辛くなるといった欠点もあった。

 この結界炉には、蒸気動力炉を補助動力として組み込むことで、動力を完全に停止させなくても出力を下げるだけで簡単なメンテナンスを可能とし、亜法リングの大きさで出力を上げるのではなく、綿密な計算の元、緻密に書き込まれた小型の亜法リングを直結させて高速回転させることにより、従来の物よりも小さな振動波の影響で、高出力のエネルギーを生み出す工夫をしているそうだ。

 亜法に依存するのではなく、他で補おうとする発想は、ワウの機工人に近い物かもしれない、と俺は考えた。

「そして、こっちのがシンシアが開発してる――次世代型亜法演算器『MEMOL(メモル)』だ」
「……MEMOL(メモル)?」

 どこかで聞いたことがある、と思ったら間違いなくアレ≠オかない。花右京家のメインコンピューターの名前だ。
 天地無用の世界があるくらいだ。やはり彼女達は、あの漫画に登場する、平行世界の同一人物なのかもしれない。
 ここまで一致している点が多々あると、そう思わざる得なかった。
 その内、赤色王旗とか出て来ないか、本気で心配だ。

「完成度の方は?」
「今のところ、フェンリルは半分、MEMOL(メモル)は八割方完成ってとこかな」
「あれ? MEMOL(メモル)の方が開発が進んでるの?」
「私が遅いんじゃないぞ……水穂がMEMOL(メモル)に使う中央演算処理装置を、どこからか仕入れてきたんだよ。
 それもあって、こっちの開発が大幅に短縮されて、進んでるだけだからな」

 嫌な予感がした。その、どこからか仕入れてきたという処理装置。
 間違いなく俺が水穂に手渡した、アカデミー製の戦闘服から流用した物だろう。
 確かにアレがあれば、殆ど開発など済んだも同然だ。

 こちらの従来の演算装置と比べれば、その処理速度は桁違いだ。
 世界中の演算器を結集したとしても、このMEMOL(メモル)一台に敵わない。
 そのくらいの技術差があった。

「水穂さんも無茶やるな……」
「――!? やっぱり太老が絡んでたんだな! おいっ! オマエ、あんな物をどうやって――」

 飛び掛かってきたグレースに胸倉を掴まれ、前後に揺さぶられる。
 彼女くらい頭がよければ、あれがこの世界の物でないことくらい直ぐに分かることだ。

「やっぱり、あっちの世界≠フ物なんだな……どれだけ非常識な世界なんだよ」

 俺の事情を知っているだけに、グレースはそれ以上何も聞かなかった。
 今のところマリアとユキネ、マリエルの家族は、俺と水穂が異世界人だということを知っている。
 ここよりも遙かに進んだテクノロジーを持った文明からきた、と言う事もだ。

「一応、私とシンシアでデータの方は改竄しておいたし、MEMOL(メモル)にもプロテクトを施してある。
 滅多なことでバレることはないと思うけど、こいつは完全なオーバーテクノロジーの塊だしな」
「はは……迷惑掛けてごめん」
「私だって、こんな良い研究材料を、教会や軍に持って行かれたくないしな。
 一応、ハヴォニワの方は、水穂がマリアやフローラを通じて押さえ込んであるって話だけど、教会は何をするか分からないし」
「オーバーテクノロジー、先史文明の遺産を管理しているから、だっけ?」
「聖機人もそうだけど、本来こうした物は教会が一括管理するって話になってるしな。
 こいつの存在を知ったら、間違いなく奪いにくると思う」

 教会が、先史文明の遺産を管理していると言うのは知っていたが、これはそんな骨董品とは訳が違う。
 そんな事を言ったところで、向こうは信じてはくれないだろうが……グレースはそのことを心配しているのだろう。
 でもまあ、水穂のことだ。何の考えもなしに、こんな事をしたとは思えない。
 今後のために必要だと思ったからMEMOL(メモル)を作ったのだろうし、フローラとマリアに話を通しているのなら、一先ず心配はいらないだろう。

「って、あれ? もしかしてフローラさんは俺達のことを知ってるのか?」
「水穂が何か話をしたって聞いたけど、マリアが知ってるんだし知ってたんじゃないのか?」

 グレースの話に疑問を持つ。フローラに、『俺達が異世界人だ』と話した記憶はない。
 情報源はマリアと言う線もあるが、この場合は水穂が協力を仰ぐために話したのかもしれない、と俺は考えた。
 てっきり異世界人だと知れば、何か言ってくると思っていたのだが、こうして何もないところを見ると、色々と心配し過ぎだったようだ。
 巷では『色物女王』などと噂されてはいるが、多少悪癖が目立つだけで、中身は家族想いの、為政者としても二人としていない優秀な人物だ。
 こんな事なら、もっと早くに話して置くべきだった。色々と警戒するような真似をして、悪いことをしたと思った。

「フェンリルの方は何が足りないんだ?」
「蒸気動力炉は、亜法結界炉よりも開発が進んでないからな。
 そっちの開発が遅れてるってのが一番の原因なんだよ」
「蒸気動力炉か……それなら」

 協力してくれるかは分からないが、ワウのことをグレースに話して聞かせてやる。
 結界工房の技術は進んでいるというし、高地の方が蒸気動力炉の開発は盛んだと聞く。
 彼女の開発している蒸気動力炉なら、グレースも満足するはずだ。
 労働用機工人に、水穂から警備用ロボットの話も行っていると思うし、ワウには悪いが相当に忙しいことになりそうだ。

(……ワウにも一度、ちゃんとお礼しないとな)

 あの水穂と、それにグレースの話を断れるとは思えない。
 ワウの苦労を労う意味でも、ちゃんとお礼をしよう、と俺は考えていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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