【Side:太老】
「完成だ!」
『おお――っ!』
我ながら、素晴らしい出来だ。印刷所の職員達の驚きと、歓声の声が聞こえる。
撮影した写真から選びに選び抜いた一枚を編集し、そして出来上がったのがこのポスターだった。
中心にぬこマリエル、その後ろに思い思いにコスプレをした侍従達の姿がある。
少し屈んだ姿勢からの上目遣いが、何とも言えない出来映えだった。
「あれ? 何か違うような?」
思わず趣味に走ってしまい、夢中になって編集してしまったが、何かが違うことに気付く。
よく考えたら、これはメイド隊の隊員募集用ポスターだ。
なのに、こんなにお色気全開では、何のポスターだか分からない。
「ダメだな。これは没ってことで」
『ええ――っ!』
何やら残念そうな声を上げる職員達。
しかし、募集するのはメイド隊の隊員――そうメイドだ。男ウケばかりするポスターを作っても意味がない。
良い出来の写真ばかりなので、思わず趣味に走ってしまったが、さすがにこれは出せそうにない。
「でも、どうするんです? こう言ってはなんですが、太老様の持参された写真はどれもこれも似たような写真ばかりですけど」
そう言われて手にとって見直してみるが、確かに妙に色っぽい写真ばかりだ。
衣装を用意した俺も俺だが、あのオカマ、メイド募集用のポスターだということを忘れてやいないだろうか?
随分と気合いを入れて撮影してくれたようだが、これではもう一度作ったところで同じようなポスターにしかなりそうにない。
「だったら、こうしては――」
印刷所の職員の提案を聞き、俺は訝しい表情を浮かべる。
女性ばかりというのがダメなら、俺を一緒に入れてみてはどうか、と言うのだ。
確かに、色物ポスターをこのまま公開するよりは良さそうだが、俺の写ったポスターなんかで人が集まるだろうか?
美少女ポスターの中に男が一人と言うのも何だか気が引けるし、そもそも見栄えが釣り合うとは思えない。
「お任せください! 絶対に女性ウケするポスターを作ってみせますから!」
「……そこまで言うなら」
熱中してしまった所為で、思いの外、遅くなってしまった。
屋敷でマリエル達も、夕食の準備をして待っているだろうし、そろそろ帰らないとまずい。
その自信たっぷりな様子が、何だか凄く不安で仕方なかったが、時間も余りないことだし任せてみることにした。
彼等もプロだ。多分、大丈夫だろう、と今は信じて。
異世界の伝道師 第108話『太老菌の効能』
作者 193
『太老様、お帰りなさいませ!』
「……一体、何が?」
屋敷に戻るなり、いつにも増して熱烈な歓迎で出迎えてくれたのは、マリエル達、メイド隊の侍従達だった。
案内された庭先はライトアップがされ、白いテーブルクロスが掛けられた机の上には、美味しそうな匂いを漂わせる色取り取り料理が並べられていた。
パーティーを催す、何て話は事前に聞いていない。
何か特別な日だったか? と首を傾げていると、
「お兄様!」
マリエル達以外に会場にマリアとユキネ、それにワウやアンジェラの姿も見つけた。
こちらに向かって手を振っているマリアに、同じように手を振って挨拶を返す。
「全く、何で私まで……」
「ほら、そんな事を言わないの。シンシアはこんなに素直だというのに……あなたももう少し、あら太老様」
ミツキが、シンシアとグレースを連れて会場に現れる。
これでフローラと水穂までいれば、オールスター揃い踏みだ。
「太老ちゃん、みーつけた」
「げっ」
ムニュッと圧倒的な胸の弾力が、背中に押しつけられる。
こんな事をする人物は一人しかいない。
「いい大人なんですから、場所を弁えてくださいよ……」
「いい大人だから、こんな事をするのではなくて? 私は、太老殿≠ノなら――」
「太老くんになら? 何ですか? フローラ@l」
「あ……あら、水穂さん。奇遇ですわね」
水穂に頭を鷲掴みにされ、顔を引き攣ってダラダラと汗を流すフローラ。
俺にまで、水穂の冷たい殺気が伝わってくるほどだ。
平静を装ってはいるが、当事者のフローラは生きた心地がしないだろう。
「いやーん! 太老ちゃん、助けてぇー!」
まず無理だ。あの水穂に刃向かおうものなら、命を捨てるぐらいの覚悟はしないと。
水穂に首根っこを掴まれ、ズルズルと引き摺られていくフローラを、俺は黙って見送った。
彼女の冥福を祈りながら――
とは言え、本当に何があったのか?
これだけのメンバーが一同に会するなんて珍しい。
何だかんだ皆忙しくて、時間を合わせるのが難しく、なかなか、こうして集まれないのが現状にも拘らずだ。
「あっ! もしかして」
以前に俺が考えていたワウとアンジェラの歓迎会。
それをマリエル達が気を利かせて、準備してくれたのだ、と俺は考えた。
確かに、それなら納得が行く。
俺の考えていることをそれとなく察し、密かに用意しておいてくれる細やかな配慮。
さすがはマリエル達、一流の侍従。ランに見習わせたいものだ。
「太老様、お気に召して頂けましたか?」
「勿論、俺は果報者だよ」
彼女達のような気遣いの出来る有能な侍従を持って、俺は果報者だ。
これで、不満などあるはずもない。
「おっ、これって」
「はい、太老様の故郷の料理です。以前に太老様からお聞きしたのや、水穂様から色々と教えて頂いたのを参考に再現してみました」
マリエルの言葉通り、使われている材料に違いはあるが、間違いなく俺の知っている料理ばかりだった。
それも、高級な料理という訳ではなく、俺の好みにあった向こうの家庭料理ばかりだ。
肉じゃがに焼き魚、野菜炒めに鳥の照り焼き、佃煮なんかもある。
そして一番の驚きは、白いご飯に味噌汁まで用意されていることだった。
向こうと同じ食材がこちらにもあることは知っていたが、米や味噌まであるとは正直驚きだ。
「如何ですか?」
懐かしい味で、向こうで何度も口にした家庭の味をふと思い出す。
うちの母親の祖母譲りの料理の腕は大したものだったし、ああ見えて鷲羽も料理上手だった。
砂沙美とノイケは今更言うまでもない。柾木家の食は、あの二人が握っていると言っても過言ではなかった。
材料も少し違うし、若干アレンジは利いているが、十分に美味しい料理だ。
「うん、凄く美味しいよ。ありがとう、マリエル。それに、皆も」
マリエル達の心の籠もった持て成しに、俺も心を揺さぶられた。
異世界の料理――確かに、持て成しをするという意味では、これ以上に『正木家』に相応しい持て成し方はない。
俺のことをよく知っている、マリエルならではのアイデアだ。
ワウやアンジェラも、これなら満足してくれるだろう。
「でも、米や味噌なんてどこで?」
「市場の店の方が、用意してくださったんです。以前に、市場に行った時、この話をなさいませんでしたか?」
「そう言えば……」
世間話程度だが、市場の店主と料理の話をしていたことを思い出す。
確かに、米や味噌の話をした記憶はあるが、あんな話を覚えていて、まさか仕入れてくれているとは思いもしなかった。
マリエルの話によると、高地の方で栽培されている食材らしく、余りハヴォニワでは馴染みのない物らしい。
だが、俺の話を聞いた店主が、態々産地を調べ上げ、こうして取り寄せてくれたようだ。
今度、市場に顔を出した時にでも、礼をきちんと言っておかないと。
「でも、本当に美味しいな、これ」
懐かしい味を、思う存分堪能することが出来た。
【Side out】
【Side:マリエル】
太老様に喜んで頂けたようで何よりだ。頑張って準備をした甲斐があった。
異世界の料理を作るのは初めてだったが、比較的こちらの食材でも再現出来る物ばかりだったのでよかった。
特に教会と高地には、太老様の世界と似たような料理の文化が、広く伝わっているようだ。
市場の店主も太老様に喜んでもらいたくて仕入れてくれたようだし、今度商会の方でもこれらの食材を取り扱えないか、打診してみようかと考えていた。
「お兄様に喜んで頂けたようですわね」
「マリア様」
こうして、皆さんを集めてくださったのは他ならぬマリア様だ。
パーティーは賑やかな方が楽しい。その方がお兄様も喜ばれる、と提案されたのはマリア様ご自身だった。
さすがに、太老様のことをよく知っておいでだ。
「ありがとうございます。マリア様の協力がなかったら――」
「私は何もしてませんわよ? 皆さんが予定を空けて、こうして集まってくださったのは、お兄様の人望があってこそ。
お兄様に感謝をしているのは、何もあなた達だけではない、と言う事ですわ」
それでも、マリア様のお声がなければ、こうして皆さんが一同に会することはなかったはずだ。
私は、心からマリア様に感謝していた。
しかし、マリア様の言う事にも一理ある。
太老様の人望は厚い。ここにいるのは何れもハヴォニワの要人ばかり。
マリア様を始め、ユキネ様、水穂様、それに女王のフローラ様。
ワウアンリー様も、フローラ様の大切な客人、結界工房の優秀な聖機工だと聞き及んでいる。
微力ながら、私の母と妹達も、太老様のために尽力させて頂いていた。
一人として、欠かすことの出来ない、国の行く末に必要な方ばかり。
そして、その輪の中心にいて、その方達を纏めておられるのは、他の誰でもない太老様だった。
「でも、お母様は感謝している、というよりは、自分の欲望に忠実なだけに見えますけどね」
「あはは……でも、あれがフローラ様なりの感謝の示し方なのかもしれませんよ?」
太老様に、背後から行き成り抱きついた時には驚いたが、フローラ様の場合、どこまでが本気でどこまでが冗談なのか分からない。
判断のし難いところだ。
「お母様の場合、全部本気だと思いますわ。だから、ハヴォニワの『色物女王』などと言われるのに……全く」
フローラ様には申し訳ないが、ブツブツと呟くマリア様の言葉を、否定するだけの根拠が私にはなかった。
「こんなところにいた! 夕食時になっても誰も食堂にいないと思ったら、あたしだけ除け者なんて酷いじゃないか!」
『――あっ!』
マリア様と声がハモる。一人だけ忘れていたことを、今になって思い出した。
そんなつもりはなかったのだが、どういう訳か私もマリア様も、ランさんのことだけがすっかり抜け落ちていた。
太老様が最近になって、どこからか連れてきたかと思えば、自分の専属従者にしてしまった褐色の肌の少女。
これまで、こうした教育を受けてこなかったのか、従者としての心構えや、侍従としての能力も伴っていない彼女だったが、その上達の速度には目を見張る物があった。
さすがは太老様が見初めて連れてきた少女と言うべきか、まるでスポンジのように技術を吸収していく彼女の才能には驚かされるばかりだ。
ただ、従者らしからぬ言葉遣いや、ガサツな態度など、いつまで経っても改善されない悪い点も目立つ。
太老様は、寧ろそんなランさんの性格に親しみを持っておられるようだが、私にとっては一つの悩みの種となっていた。
「いいよ……どうせ、あたしなんて作法の一つもまともに出来ない出来損ないの従者だし……」
「そ、そんな事はありませんわ。ランは頑張ってると思いますし」
「そうですよ。ランさんを除け者にするはずがないじゃないですか。ただ、部屋で一生懸命勉強をされているご様子でしたので、気を利かせただけで――」
「……本当に?」
本当は忘れていたのだが、そんな事を口が裂けても言えなかった。
訝しい表情を向けてくるランさんに、マリア様と二人で異世界の料理を勧める。
彼女もここに来た頃と比べると、随分と変わった、というか以前の刺々しい感じが薄れ、丸くなったように見受けられる。
これも、やはり太老様の影響なのだろう。
この私を含め、ここにいる全員が、太老様の影響を色濃く受けていた。
その突出した能力ばかりが目立ち、色々と評価されている太老様だが、一番の魅力はやはりそのお人柄だと思う。
フローラ様とは違う、高いカリスマ性を持ち合わせ――
これだけの方々に、そして国民から愛されているのは、やはり太老様の魅力の成せる業だ。
「太老くんは一種の細菌みたいなもの、って以前に瀬戸様が言っていたわね」
「細菌……ですか?」
「そう、この太老菌に感染すると、善人も悪人もない。皆が、太老くんの色に染められてしまうの。
瀬戸様らしい、身も蓋もない例えよね。でも、心当たりがあるんじゃないかしら?」
後ろから突然水穂様に声を掛けられ、ドキッと鼓動を高鳴らせ、驚きから胸を押さえた。
考えていたことを見透かされたことも驚いたが、水穂様の話に納得出来るところも確かにあった。
否定出来ない。身も蓋もない表現、と言うのにも納得が出来るが、それを仰った『瀬戸』と言う方は、それだけよく太老様のことを捉えているのだろう。太老様のことを、よく知っていなければ例えようのない表現だ。
少なくとも、私も太老様に染められてしまった内の一人なのだから。
「その瀬戸様と言うのは?」
「私と太老くんの上司。フローラ様の百倍は悪戯好きで、フローラ様の千倍は厄介で迷惑な人。
そして、『鬼姫』なんて二つ名で呼ばれているほど、フローラ様の億倍――恐ろしい人よ」
フローラ様より凄い方がいる、と言うのにも驚きだったが、確かに水穂様と太老様の上司の方ならば、その言葉にも納得が行った。
水穂様の言葉通り、既にハヴォニワ中が太老様の色に染め上がっている、と言える。
いつかは大陸中、世界中が太老様一色に染め上がった時、この世界はどう変わるのか?
太老様の掲げる理想――私はその未来に、大きな期待を寄せていた。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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