【Side:太老】
俺は今、ユキネと一緒に黄金の船に乗り込み、ハヴォニワの表門を守る防衛の要、軍の最前線基地に向かっていた。
「思っていたよりも、随分と狭い渓谷だな」
ハヴォニワは、その国土の殆どを高い山々で囲まれているため、狭い渓谷を抜けてくる必要がある。
以前にラシャラとキャイアを送っていった聖地に通じる勝手門は、ここよりも更に道幅が狭いため中型の連絡船を使った運行のみとなっているし、外からハヴォニワへと通じる大型船の通れそうな門は、このシュリフォンとシトレイユ方面へと通じる表門の他にはない。
そのため、ハヴォニワの表門には大きな前線基地があり、軍の主戦力が常駐していた。
「ユキネさん、忙しいところ態々ごめん」
「マリア様にも頼まれたから……それに太老は行ったことがないのでしょう?」
「うん、というか軍基地に行く機会なんて普通はないような……」
「そんな事ない。太老は聖機師だし」
確かに、聖機師以外の一般兵もいるにはいるが、この世界の主戦力はやはり聖機人だ。
聖機師は国の防衛の要。ユキネの言うように聖機師である限り、軍に所属することは義務となる。
多くの特権を与えられている以上、誰であっても、その責務からは逃れられない。
俺も当然、その点に関しては例外にはならない。
「でも、俺、見習いなんだけど?」
「男性聖機師は別。聖地での修行は、飽くまでも教会との取り決めによる物だから。
制限は幾つかつくけど、男性聖機師は誰もが生まれた時点で、聖機師としての身分を約束されているから」
「それって、男性聖機師なら無理に聖地に行く必要はないってこと?」
「そう言う訳じゃないけど……でも、確かに太老には必要ないかも」
まだ聖地での修行を終えていない以上、正規の聖機師とは言えないのだが、男性聖機師は貴重なこともあって、女性聖機師と違い修行を終えずとも身分は聖機師となる。
一応とは言え、聖機師である以上、軍属であることに変わりはない。
しかし、正式な聖機師、制限とは言っても、以前に聞いた他国の聖機師との結婚が出来なくなる、とかその程度の問題だろう。
それなら特に関係ないか、と考えていた。
そもそも、国内でも相手が見つからないのに、外国で嫁さん探しなんて夢のまた夢だ。
言ってて悲しくなるが、確かにユキネの言うように俺には必要のないことだ。
「見えてきた」
「あれが……」
国境の境、一キロほどの地点に、宙に浮かぶ巨大な建造物が見えた。
この船の数倍はあろうかという、とんでもない大きさの要塞だ。
「あれがハヴォニワが誇る難攻不落の要塞――『メテオフォール』よ」
ユキネの言葉通り、確かに凄そうな要塞だった。
異世界の伝道師 第109話『メテオフォール』
作者 193
迎えに出て来た聖機人の案内で、国境近くの護衛所に船を停泊させ、衛兵の案内で要塞へと案内される俺達。
ロープで吊されたエレベーターのような物で、遙か上空にある要塞の本体へと向かう。
「へえ、中はこんな風になってるんだ」
内部は想像以上に広い作りになっていた。
四つの直立する柱に支えられた要塞の本体。本体部分は地表から約一キロと言う高さにあり、喫水外に位置するため、聖機人などの亜法兵器はこの高さまでは上がってこれず――
要塞の動力を支えている大型亜法結界炉は、足下の岩石に覆われた部分の中心に隠されており、その結界炉が周囲のエナを大量に消費しているため、聖機人も迂闊に近付くことが出来ない。
「この高さから、直径十数メートルにもなる大岩を落とすの」
「それで『メテオフォール』か。確かに言い得て妙だな」
ユキネの言うとおり、この高さから、それだけの大岩を落とされれば、聖機人は疎か、大型船でも一溜まりもない。
先史文明の遺産で作られた要塞、と言う話だが、この巨大な要塞が『難攻不落』と呼ばれている所以も、この地形が大きく関係しているのだろう。
他に攻撃手段はない様子だが、この動きの取り辛い狭い渓谷では、効果的な兵器だと言うのも頷ける。
ハヴォニワの表門を守る防衛兵器としては、確かに優れていた。
「太老様、ユキネ様、どうぞこちらへ」
案内された場所は、要塞の指揮所――艦橋のようだった。
ここから、国境に配備している各護衛所への指示や、メテオフォールの操作を行っているのだろう。
「そうだ。平時といえど警戒は怠るな――ん?」
操舵士の直ぐ側にいた女性がこちらに気付き、近付いてきた。
制服でビシッと決めてはいるが、艶やかな黒い長髪がよく似合う、大和撫子美人だ。
てっきり、厳格そうな男性の艦長が出て来るのを想像していたのだが、良い意味で予想外だった。
「よくぞ、来て下さいました、正木卿。それにユキネ様も案内、ご苦労様です。
私はハヴォニワ国境警備隊の隊長、そしてこの艦の艦長をさせてもらっています――剣コノヱです」
「俺は正木太老――って、剣コノヱ!?」
「はい? 私の名前が何か?」
思わず、よく知った名前が出て来たので驚いてしまったが、考えてみれば今更驚くようなことではない。
マリエル、グレース、シンシアがいたんだ。『コノヱ』がこの世界にいたところで、何の不思議もないはずだ。
服装などは聖機師の正装を身に纏っているので、メイド服を着ている時とは印象が随分と違うが、確かに言われてみれば、俺のよく知っている、あのコノヱとよく似ている。
特に腰元に下げた日本刀が、印象的だった。
「……いや、こちらでは珍しい名前だと思ってね」
「ああ、そのことですか。私の父が異世界人で、この名字と名前はその父から頂いたものです。
そう言う太老様も珍しいお名前ですが、やはり異世界人の血筋か何かで?」
「俺は高地からきたんで、その辺りはなんとも……あっちでは、それほど珍しくないんじゃないかな?」
「なるほど、そういう事でしたか」
勿論嘘だが、高地では和名が珍しくもない、と言うのは本当の話だ。
それほど多い訳ではないが、高地出身者、特に東方の国々には、この手の名前の人は少なからずいると聞く。
長い間、異世界との交流があった世界だ。異世界の風習や、名前を受継いでいる家系があったとしても、不思議な話ではない。
そう言う意味では、『ミツキ』や『ユキネ』という名前も、どこか和を思わせる名前だった。
それに、あの三人の女性聖機師も――
「それで、相談したいことがある、って話だったけど」
「そのことは後ほどゆっくりと、先に会わせたい方がいますので、会って頂けますか?」
「会わせたい人? 別に構わないけど」
会わせたい人物がいる、と言う話で、コノヱの案内でその人物がいるという応接間へと向かう俺達。
その途中、何だか、いつにも増して口数の少ないユキネに声を掛けてみた。
何やら、コノヱのことをチラチラと視線で追い、気にしている様子が気になったからだ。
「知らないの?」
「……何を?」
「……彼女はハヴォニワ随一の剣の使い手。あのフローラ様とも並び、名を馳せるほどの達人。
聖機師としても優秀で、聖地での模擬戦で何度か手合わせしたこともあるけど、近接戦闘では私も彼女に敵わなかった……」
「へえ、それは凄いな」
フローラと並ぶ腕前と言うのも驚きだったが、ユキネ以上の近接戦闘能力を持っている、と言うのは確かに凄いことだ。
ユキネの実力は俺もよく知っているが、そこらの聖機師では足元にも及ばないほどの実力を彼女は備えている。
経験という面で僅かにフローラに分があるが、単純な地力だけであれば、ユキネの力はそれ以上だと推測していた。
そのユキネが敵わなかった、と言うだけの相手。聖機師としての実力も相当な物だということは想像に難くない。
国境警備隊の隊長を任せられるだけの実力は、十分に備えていると言う事だ。
「あれ? 聖地で模擬戦をしたことがある、ってことは彼女は同い年?」
「コノヱの方が私よりも一つ上……だから、彼女は私よりも一年早く聖地の修行を終えているの」
「なるほど、ようはライバル≠チてことか」
「ライバル? 少し違うような気もするけど……。
彼女の家は代々ハヴォニワに仕える軍人の家系だから、それで昔からフローラ様やマリア様とも顔を合わせる機会が多くて、私も他の人より彼女のことをよく知っていただけ」
「いや、それって幼馴染みってことでしょ? やっぱり仲が良いんじゃないの?」
「……?」
よく分からない、と言った様子で首を傾げるユキネを見て、俺は肩を落とし大きく嘆息する。
でも、ユキネが彼女のことを気にしていた理由も、これでよく分かった。
もう少し、感情表現が上手ければ、コノヱともっと仲良く出来ると思うのだが、見た感じ、どちらも凄く不器用そうだ。
ユキネには普段世話になっているし、何か手助けしてやりたいが、一体どうすれば?
「着きました。こちらです」
そうこう考えていると、どうやら目的地に着いたようで、コノヱの案内で部屋の中へ通される。
他と違って、邸宅の一室のような落ち着いた感じの部屋だ。
ここまで、軍艦らしい機械的で無機質な部分ばかり見せられていたので、余計にそう感じるのかもしれない。
「ほほっ、やっと来たようだな、少年」
部屋の中央のソファーに、そこにいるのが当然といった堂々とした態度で、腰掛けているヒョロッとした背の高い老人。
こちらを値踏みするかのように観察し、ジットリと見つめてくるその眼は、余り好ましい物ではなかった。
「あなたは――」
「誰? この変な爺さん?」
「太老様!?」
ユキネは何やら凄く驚いている様子だが、俺から見れば、偉そうなだけの只の爺にしか見えない。
会いたいと自分から言っておいて、行き成り初対面の相手を値踏みするような奴に、碌な奴はいない。
コノヱには悪いが、どうにもこの手の老人とは仲良く出来そうにはなかった。
それに、俺はあの眼≠よく知っている。敵意という訳ではないが、あれは何かを企んでいる奴の眼だ。
「よいよい、噂通り面白い男のようだな。のう、天の御遣い=v
「爺さんの方が、余程面白いことを隠してそうじゃないか? そうだろ、異世界人=v
「……なるほどの。本当に面白い男のようだ」
コノヱを諫め、こちらに探りを入れるようにカマを掛けてくる爺に、俺は逆に質問を返す。
案の定、異世界人で間違いはなかったようだ。雰囲気で、そうではないか、という大凡の見当はついていた。
それに、国境警備隊の隊長であるコノヱを案内に使うほどの人物といえば、軍部にそれなりの影響力を持った重鎮ということになる。
これまで、現役で活躍するハヴォニワの貴族とは、大体の奴と俺は顔を合わせている。
だが、こんな爺を俺は知らない。それに、あのユキネの驚きよう……自然と候補は絞られる。
「もう軍を引退しておる身だが、御主の言うように儂は異世界人だ。
世界中を騒がせている面白い男がいると聞いて、一度、顔を見ておきたいと思ってな」
一度顔を見ておきたいと言いながら、向こうは随分と俺のことに詳しい様子だった。
この物言い、もしかすると俺の正体にも薄々と勘づいているのかもしれない。
だとすれば、その確証を得るために探りを入れに来たか? それとも他の何かを企んでいるのか?
何れにせよ、余り好意的な相手とは思えなかった。
「太老様! お久し振りです!」
「ご無沙汰してます!」
「お久し振りですの〜」
「おっ、お前達は」
よく見れば、タツミ、ユキノ、ミナギの三人も一緒にいた。
小さいから気付かなかった、とは口が裂けても言えないが、この三人は相変わらずのようだ。
「農地開拓の件と、山賊討伐の件は報告を受けてる。三人とも、本当によくやってくれたな。
改めて、お礼を言わせて貰うよ。ありがとう」
『太老様……』
この三人には一度、きちんと礼を言っておきたかったので丁度良かった。
今回の目的は、三人と軍に礼を言うのが本題だったので、これで目的は果たせたということだ。
「これ、大した物じゃないけど、三人にこれ≠、と思って持ってきたんだ」
忘れないうちに、と持ってきていた感謝の品を三人に手渡す。
軍への御礼は別にきちんとしてあるので、これは頑張ってくれた三人への、俺個人の感謝の気持ちのようなものだ。
「ありがとうございます! 我が家の家宝にして代々受継いでいきます!」
「私も! 本当にありがとうございました!」
「このご恩は決して忘れないですの〜」
これほど喜んでもらえるとは思っていなかっただけに、逆にこちらが恐縮してしまった。
こちらに来る前、何か三人に御礼が出来ないか、と考えて作った手作りの水晶のペンダントだ。
使われている水晶も、値の張る珍しい物であるのは確かだが、そんなに畏まられるほど大層な物ではない。
小さな青みの掛かった透明の水晶に、ハヴォニワの組紐を通して固定しただけの質素な装飾品だ。
ちょっとした効果はあるが、ぬこ衣装と同じように目に見えない薄い防御膜を発生させ、防御力を高めてくれる程度のこと。
前線で活躍する聖機師の彼女達には、丁度良いだろうと考えて用意した物だった。
安物という訳ではないが、家宝にするほどの物とは思えない。
「まあ、いいか」
それでも三人が喜んでくれているのなら、それでもいいか、と納得した。
こう言うのは値段がどうのではなく、気持ちが伝わるかどうかだ。
そう言う点では、やはり手作りの品にして正解だったと思う。
作品に名前を付けるとしたら、『太老のしるし』とか?
いや、幾ら見た目が似ているからと言ってネタに走りすぎか。
「もう、そちらの話はいいかの?」
一番面倒な問題が残っていたことを思い出し、俺は心の中で大きく嘆息する。
この一癖も二癖もありそうな爺。問題は、この爺をどうするかだ。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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