【Side:タツミ】
太老様から頂いた贈り物。これの意味するところはもしや、と考えていると――
「『太老のしるし』……」
何やら考え込む様子で、ボソッとそう呟く太老様。私はハッと気付き、手元のペンダントを目にする。
私は確信した。『太老のしるし』これは太老様から与えられた試練を果たした私達に、修行を終えた『卒業の証』として太老様がくださった物に間違いない。
確かに、あの訓練は厳しい物だった。
連日続く、聖機人を使った掘り起こし作業に、山賊討伐の任務。
心身共に疲労困憊になりながらも、過密なスケジュールの中、私達は協力し合い、どうにか与えられた重責を全うすることが出来た。
私一人では不可能だった。三人で、そして部隊の皆の協力があったからこそ、果たすことが出来た試練。
その時、私は太老様が本当に伝えたかったことに、ようやく気付くことが出来た。
――チームワーク
――仲間との絆の大切さ
それをこの試練を通して知ることが出来たのだから。
正木太老様――やはりこの御方は、私の思っていたとおりの方だった。
頭が良いだけでも、ただ強いだけでもなく、心技体、その全てを兼ね備えた天の御遣い。
――ハヴォニワの民を
――この国の未来を
いや世界の行く末を担っていくのは、太老様を置いて他にはいない。
私はこの方の理想に、どこまでもついて行く決心を固めていた。
噂に聞いた話では、正木商会にはあるスローガン≠ェあると聞く。
『より住みよい世界に』
太老様が自らの理想を掲げられた物だという話だが、大きく途方もない理想だ。
普通であれば、夢物語としてバカにされるような内容だが、太老様の掲げるその言葉には不思議な力があった。
この方と一緒であれば、その夢とも思える理想を叶えられるかも知れない。そんな力強さがあったからだ。
根拠は何一つない。敢えて言うならば、その理想を口にされたのが、太老様だからと言うのが大きかったのかも知れない。
【Side out】
異世界の伝道師 第110話『異世界の老人』
作者 193
【Side:太老】
「コノヱさんと戦え? 何で俺がそんな事――」
「ちょっとした余興だ。皆、首都から遠く離れたこんな場所で、警戒任務に当たっておる。
退屈は怠惰を生み、引いては緊張感を薄れさせる原因ともなる。
最前線でハヴォニワを守るため日夜頑張っている彼等のために、退屈を払拭する意味でも刺激と潤いを与えてやって欲しい、そう言っておるのだ」
上手いこと言っているが、何かを企んでいることは間違いない。しかし、断り難い頼み方をしてくれる。
確かに、こんな辺境の地で、国境警備という重要な任務をこなしてくれている彼等に、何かしてやりたいという思いはある。
それでなくても軍には、農地開拓や山賊討伐の件ではお世話になっていた。
断るのは簡単だが、それでは義理も立たない。
「コノヱはどうだ? 彼と戦ってみたい、とは思わぬか?」
コノヱに話題を振る爺。
「……はい、噂に聞く太老様の実力。是非、私もこの眼で拝見したいと思います」
何となく彼女なら、そう言うであろうことは分かっていた。
一人の武芸者として強敵と戦ってみたい、そう考えることは別におかしなことではない。
それに自分でも、随分と誇張されて噂が独り立ちしていることは知っている。天の御遣い、然りだ。
問題は、こうなることが分かっていて仕組んだこの爺だ。コノヱに話題を振ることで、態と俺の逃げ道を封じてきた。やり口が汚い。
国境警備隊の隊長である彼女が望んでいると言う事は、部隊の総意と言う事にもなる。
ただ爺に頼まれただけであれば、断れたであろう内容も、軍からの頼みとなれば話は別だ。
特に先日のことで、彼女達には色々と借りもある俺としては断り辛い。
「はあ……いいですよ。ただし、勝っても負けても恨みっこなし。これっきりにしてください」
「ほっほっ、そうこなくてはな」
「……お待ち下さい」
俺が了承をすると、満足げな笑みを浮かべ頷く爺。
しかし、そこで予想外の人物が俺達の話を遮り、前に出た。
――ユキネだ。
「太老……太老様はハヴォニワの大貴族。この国の未来を、国の重責を負う立場にある御方です。
幾ら、あなた様が異世界の男性聖機師と言えど、些か配慮に欠ける行動と思われます」
「ふむ……確かに一理ある。では、ユキネ殿、御主はこの試合には反対だと」
「どうしても、と言うのであれば、こちらからも条件を出させて頂きたい」
ユキネの条件という言葉に、ピクリと眉を動かす爺。
俺も、まさかユキネが俺をかばって、こんな積極的な行動に出てくれるとは思いもしなかった。
責任感の強いユキネのことだ。マリアから頼まれたから、と言うのもあるのだろうが、こうして庇ってもらえて俺も嬉しくないはずがない。
ユキネの優しさが、胸にジーンと響く。
「条件とは?」
「一対一の試合ではなく、コノヱと彼女達三人、そして私と太老様でチームを組んだ対抗戦を提案させて頂きます」
「……へ?」
思わず間抜けな声を上げる俺。
ユキネが手伝ってくれると言うのは嬉しいが、明らかに人数からしてこちらが不利だ。
向こうは四人、こちらは二人。しかも、相手はハヴォニワ軍でも上位に入る女性聖機師だ。
「天の御遣いを相手に、一対一で挑もうなど無謀、失礼です。
本来なら、四対一でも彼なら余裕なのでしょうが、それではコノヱ、あなたも納得が行かないでしょう?」
……ってアホか!
庇ってくれたユキネに、少しでも感動した俺が愚かだった。
明らかに状況は悪くなっていた。勝てるか勝てないか、と問われれば制限が付かないのであれば、恐らく可能だろう。
だが、彼女達を殺す訳にもいかないので、まさか尻尾は使えない。正直、あの聖機人では手加減が難しいのだ。
色々と制限が付いた上での戦いとなれば、四対一どころか、四対二でも厳しい。
相手が大した実力のない男性聖機師なら話は別だが、彼女達は聖機師の中でも上位に位置する優秀な女性聖機師だ。
しかも、最前線で任務に当たってきた、ということもあって実戦慣れもしている。
勝てるかどうかは別として、苦しい戦いになることは想像に難くない。
「なるほどの。それも道理か……コノヱ、それに御主等もそれで構わぬか?」
「……はい。ユキネが、そこまで言うほどの御方。是が非でも、剣を交えてみたくなりました」
「私達も構いません! 願ってもない機会です」
「太老様に、成長したところを見て頂くチャンスですし」
「自分達がどれだけ強くなったのか、試してみたいですの〜」
コノヱ、それにタツミ、ユキノ、ミナギの三人も、ユキネの挑発を受けて闘志を燃やしていた。
(マリア! 人選を間違ってる!)
ユキネを案内に寄越してくれた気遣いは嬉しかった。
しかし今だけは、マリアの見通しの甘さに文句の一つでも言いたい気分だった。
【Side out】
【Side:マリア】
「――くしゅん!」
「あら? マリアちゃん、風邪でも引いた?」
お母様と商会のことで少し打ち合わせてしていると、急に鼻がこそばゆくなった。
「いえ、そんな事は……誰かが噂でもしてるのでしょうか?」
お兄様がユキネを連れて軍の慰安訪問に行っている内に、私も自分の仕事を少しでもこなして置かなくてはならない。
あれだけ商会の仕事や、領地の事とか、色々とお忙しいというのに、軍の要請に応えて彼等の働きを労おうと配慮を欠かされないお兄様は、やはりさすがとしか言いようがない。
私など、こうして与えられた目の前の仕事をこなすだけで、今は精一杯だと言うのに――
「取り敢えず、テレビの方はこちらの案でどうにかなりそうですわね。
後は、コンビニの件なのですが、お願いしていた衛兵の手配の方はどうなりました?」
「そちらの方も滞りなく、警邏の巡回ルートの見直しや、詰め所の配置換えも済んでるわ」
「色々と準備に手間取りましたが、いよいよ来週開店ですからね」
コンビニは来週から首都を最初に二店舗が開店。
その後も、ハヴォニワの主要都市を始め、シトレイユにも出店の話が進んでいる。
店が二十四時間開いている、ということは治安の面でも勿論だが、市場経済の活性化、急速に進化する経済発展に伴い、多様化する人々の生活スタイルに配慮した結果とも言える。
それにテレビの方も、初めてのことばかりで少し準備に手間取っているが、夏から街頭モニタを使った放送が始る予定となっていた。
小型の受信端末も発売予定で、価格も普及を目的とした物のため利益は二の次で、かなりの低価格での販売されることが決まっている。
これは、お兄様の仰っているCMの経済効果を見越した上での判断だ。
それにハヴォニワ王政府としても、テレビを普及させる利点は大きい。
お兄様の活躍のお陰で大きな暴動には発展していないが、これまでに発覚した数々の不祥事により、民のハヴォニワ王政府に対する不信感は大きい。
――その不信感を払拭するためにも、より開けた政治を
――国民にも分かりやすく、国の政策や私達の活動を広く知らしめるためにも
このテレビを使った情報配信は効果的な手段と言えた。
それに緊急時にも避難を知らせたり、非常時の案内を促す手段としても役に立つ。
商会を後押しして、国を挙げて協力しているのは、そうした利害の一致があるからだ。
「そう言えば、太老ちゃんが訪問に行った基地って、ハヴォニワの表門の、よね?」
「ええ、そうですけど?」
「あそこには、コノヱちゃんが今は任務についていたはずよね。ほら、マリアちゃんも覚えているでしょ?」
「コノヱさんですか? 勿論覚えていますが……でしたら、ユキネを案内にやって丁度良かったかもしれませんわね」
コノヱさんとは、ハヴォニワに代々仕えてくれている軍人の家系の出で、半世紀も前に召還された異世界人との間に生を受けた優秀な聖機師でもある。
彼女の名字の『剣』と言うのは、その異世界人から譲り受けた物で、彼が残した数多くの子孫の中でも突出した才能と実力を有していた。
事実、その異世界人が『剣』の姓を与え、彼女に剣の手解きをしたことからも、特別強い思い入れを抱いていたことは間違いない。
「剣先生も凄く腕の立つ聖機師でいらしたから、その血を受継ぎ、弟子でもある彼女の実力にも頷けるというものよね」
「剣ではユキネも敵わないと言ってましたしね。正式に任官してから僅か二年で国境警備隊の隊長にまで上り詰めたのも、両親のコネではなく間違いなく彼女の実力でしょうし……」
「そうなのよね。以前に、ユキネちゃん同様、マリアちゃんの護衛騎士をやってみない?
――って誘ってみたのだけど、全力で断られちゃって」
何となくその時の様子が想像出来たので、敢えて何も聞かないことにした。
うちの母が迷惑を掛けて申し訳なく思う。機会があれば、コノヱさんにはきちんと謝っておかないと。
しかし、お母様が言うように、コノヱさんの実力は誰もが認めるところだと言うのは確かだ。
お兄様には遠く及ばないとは思うが、間違いなくハヴォニワでもトップクラス、いや世界でも上位に入る実力を持つ聖機師だ。
「剣先生、元気にしておられるかしら?」
「そう言えば軍を退役なされてから、どうされたのですか?」
「お歳を召しても元気な方ですし、自由になるなり旅に出掛けられたわ。
別れ際に『世界中の国を見て回る』とか仰っていたから、どこかの国におられることは確かでしょうけど」
以前に召還された異世界人は、ハヴォニワ、シトレイユ、シュリフォン、そして教会と、四人いたと聞く。
何れの方々も未だ健在ではあるらしく、既に軍を退かれ、第二の人生を歩まれている最中だった。
お母様の言う『剣』というご老人は、その中でも特に変わり者であったらしく、実のところお母様が先生と呼ぶのも、お母様の武術の先生がコノヱさんと同じく、そのご老人だったためだ。
「そう言えば……」
「どうしましたの?」
「いえ、剣先生に以前にお聞きしたことがあるのだけど、『剣』という姓は婿養子に入ってからの名前らしくてね。そのことを思い出して」
「結婚なさっていたのですか?」
「異世界に飛ばされる前にね。事故で亡くされたとは聞いていたけど」
「そうだったのですか……それで、以前のお名前は何と?」
お母様、そしてコノヱさん。その二人の師匠だったという異世界人。
物心がついた頃には既にそのご老人はハヴォニワを去った後で、私は一度もお顔を拝見したことがない。
ユキネはコノヱさんと親しかったこともあって、何度かお会いしたことがあるようだが、きっと凄い方なのだろうと言う事は想像出来た。
母と子、親子の間にある他愛のない世間話に過ぎなかったが、その異世界人のご老人のことが何故か気になっていた。
お兄様と同じ異世界人だったからかもしれない。
直接関係があるとは思えないが、同じ異世界から召還された方。
関心がない、と言えば嘘になる。
「確か……『カミキ』と言ったような」
「カミキ?」
少し、お兄様の名字と発音の響きが似ていた。
しかし、同じ異世界人だ。名前が似ていたところで、不思議ではないだろう。
「カミキ……あれ? でも、どこかで聞いたような」
この時の私は、お兄様と老人の関係に気付くことが出来ないでいた。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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