【Side:フローラ】

「メ、メテオフォールが落ちたですって!?」
「ブ――ッ!」

 久し振りにマリアと一緒に夕食を取っていると、とんでもない報告が上がってきた。
 私は目を見開いて大声を張り上げ、マリアは口に含んでいた飲み物を吹き出す。
 メテオフォールが墜落した。あの先史文明の遺産で作られ、難攻不落とまで謳われた要塞。
 ハヴォニワの防衛の要となる物がだ。

「どこの国が攻めてきたの!? シトレイユ? それともまさか教会が!」

 シトレイユ皇国で、宰相のババルンが何やら不審な動きをしている事は、私も掴んでいた。
 シトレイユ皇が事故に見舞われ、いつ目覚めるとも分からない意識不明の昏睡状態にあるという中――
 あの国は今、次のシトレイユの実権を誰が握るかで、皇族派と宰相派に二分され、熾烈な争いを繰り広げていると聞く。
 この時期に攻めてくるとは思ってはいなかったが、野心の強いあの男の事だ。万が一という事もある。

 それに、教会の事もある。

 太老に聖地入りを断られた事を、彼等も快くは思っていないはずだ。
 厄介者や邪魔者程度に思われているのならいいが、危険視されている可能性は高い。
 現に、教会やシトレイユの間諜が、ハヴォニワに随分と潜り込んできているという報告を受けていた。
 水穂の話では、彼の屋敷にも幾度となく侵入を試みた不届き者がいると言う話だ。

「いえ、それが……侵略を受けた訳ではなく」
「では、事故だと?」
「事故と言えば事故なのですが……」
「はっきりと仰い! 一体何があったのですか!?」

 何と言って良いか分からない、といった様子で言い淀む官吏を叱りつける。
 どちらにせよ、あのメテオフォールが落ちたとなれば国の一大事だ。
 あれが落ちたとなれば、国の防衛力は大きく低下する。

「実は、メテオフォールを落としたのは太老様なのです」
『…………はい?』

 予想もしなかった報告。私とマリアは、二人して間抜けな声を上げた。

【Side out】





異世界の伝道師 第112話『コノヱの苦悩』
作者 193






【Side:太老】

 やってしまった、と後悔したが今となっては遅い。一先ず城に連絡を入れ、フローラの返事待ちという事になった。
 幸い、あれだけの事故だったにも拘らず、軽傷者だけで事なきを得たが、メテオフォールは半壊。
 ハヴォニワの表門を守る防衛機能は殆ど機能しなくなり、国の防衛力に大きなダメージを残していた。

「そう、お気になさらず。こういう時のために、我々国境警備隊の精鋭がいるのですから」

 コノヱはそう言ってくれるが、気にならないはずがない。
 城に報告が言ったという事は、フローラだけでなくマリアの耳にも直ぐに入るだろうから、水穂に知られるのも時間の問題だろう。
 水穂のお仕置きは本当に怖いのだ。
 実は、兼光と一緒に一度だけ水穂の叱りを受けた事があるのだが、あの時、俺はこの世の地獄を見た。

 拷問などと生温い。ニコニコと機械的な笑みを浮かべる水穂に、どこで調べてきたのか分からない、俺達のあんな秘密やこんな秘密≠延々と聞かされ続ける二十四時間。
 それが世間に暴露されれば、俺も兼光もお天道様を拝む事など出来ない。
 俺は母親に殺されかねないし、兼光など奥さんのどんなお仕置きが待っているか分からない。
 情報部副官――実質、樹雷に集まる情報の全てを握っていると言っても過言ではない、鬼姫の片腕。
 水穂を敵に回すという事は、樹雷という巨大な国家権力を敵に回す事と同意だった。銀河最強の軍事国家の名は伊達ではない。

 こちらに来てからも、随分と水穂には情けないところを見られている。
 万が一、向こうに戻ってから、その詳細を鬼姫に報告されたら俺は身の破滅を招く。
 いや、それ以前に、あの水穂のお仕置きは二度と受けたくなかった。
 精神衛生上、アレは非常に良くない。
 兼光などそれから暫く、大好きな酒と女遊びを自ら禁じていたほどだ。

「それほどに我々の事を……しかし、今回の事は私にも大きな責任があります。
 試合を申し出たのは私の方です。罰を受けるとすれば、太老様ではなく私の方でしょう」

 大切な要塞を壊したというのに、こんな俺を思い、励ましてくれるコノヱの言葉が嬉しかった。
 コノヱも了承した事だが、それを受けたのは俺で、要塞を破壊したのも俺だ。
 確かに、あの模擬戦さえなければ、こんな事にはならなかったかもしれないが……模擬戦?

「てか、元凶はあの爺じゃねぇか!」
「あの……太老様?」

 俺がこれだけ悩んでいる原因は言わずとも、あの爺だった。
 自分のした責任はきちんと取るつもりでいる。だから、こうして神妙に大人しくしているのだ。
 しかし、それを言えば一番の責任は、あの爺にある。
 他人の所為にするつもりはないが、最初にこの話を振ってきたのはコノヱでも俺でも、ましてやタツミ達でもなく、あの爺だ。
 こうしてコノヱまで覚悟を決めているというのに、アイツだけ何のお咎めもなしというのは納得が行かない。

「あの爺さんは!?」
「北斎様ですか?」
「……北斎?」
「はい、剣北斎(つるぎほくさい)。あのご老体は私の父上です」
「……はい!? あの爺さんがコノヱさんの父親!?」

 無言でコクリと頷くコノヱ。それは衝撃の告白だった。
 全然似てない。顔もそうだが、性格も全然似てないようで胸をほっと撫で下ろした。
 きっとコノヱは母親似なのだろう。そうでなければ説明がつかない。
 だが、幾らコノヱの父親であろうと、それとこれは話が別だ。
 あの爺には俺達と同じように、責任を取ってもらわなくては納得が行かない。

「あの……太老様……凄く言い難いのですが」
「北斎様なら、少し前に小型船に乗って出て行かれましたよ」
「太老様によろしく伝えておいてくれ、って頼まれましたの〜」

 タツミ、ユキノ、ミナギの三人の報告を受けて、目を点にして放心状態になる俺。
 小型船で出て行った? それは、あれか……逃げたと?
 これだけの騒ぎの原因を作っておいて、後の事を放って逃げたと、そういう事か?

「ククク……そうか、そういう事か」

 許し難い所業だった。ここまで虚仮にされたのは、いつ以来だろうか?

「太老様が、あんなに怒りを顕に……」
「それも私達のために……」
「男らしいですの〜」

 あの爺、絶対にただじゃ置かない。
 必ず、水穂の前に引っ張り出し、同じ目に遭わせてやる!

【Side out】





【Side:コノヱ】

 太老様にはご迷惑をお掛けしてしまった。
 にも拘らず、私達への多大な配慮と気遣いして頂き、嬉しい反面、心苦しい思いで一杯だった。
 噂通りの方、いや噂以上の人物だった。
 聖機師としての実力も申し分なく、心技体、その全てを兼ね備え、人柄も文句の付けようがない。
 民に慕われるはずだ。『天の御遣い』――そう呼ばれている理由にも納得が行った。

「その様子だと、納得が行ったようね」
「ユキネか……すまない、迷惑を掛けてしまった。北斎様の分まで、謝罪させて欲しい」

 深く、ユキネに頭を下げる。
 北斎様や私達が、彼女や太老様に迷惑を掛けてしまったのは事実だ。
 昔馴染みとは言っても、礼節を欠く訳にはいかない。

「あの方は、昔から何一つ変わってないようね」
「……状況を引っ掻き回すのが大好きだからな。
 恐らくは、太老様の噂を嗅ぎつけ、様子を探りに来たのだろうが」

 北斎様の悪い癖だ。面白そうな事を見つけると、首を突っ込まずにはいられない。
 その悪癖に悩まされ、私やユキネも、昔は散々手こずらされた記憶が残っていた。
 あのフローラ様でさえ、若い頃は随分と、あのご老体に手を焼かされたようだ。
 武術の腕は立つが、人格は太老様と似てもにつかない。現れる度に何か問題を残していく、まるで台風のような方だった。

「でも、今回だけは相手が悪かった。太老はそんなに甘くないわ」
「……だろうな」

 北斎様は性格はともかく、歴史に名を馳せるほどの優秀な人物だった。
 聖機師としての実力は言うまでもなく、武術、知略、その全てに優れ、剣術の腕は大陸一とも噂されていたほどだ。
 聖機人用の刀≠ェ生まれたのも、あの方の功績によるものだった。

 太老様に関して言えば、正直、噂の内容も半信半疑だった。
 しかし噂以上の人物だったのだから、驚かされる事の方が大きかった。
 少なくとも、聖機師としての実力は北斎様よりも上。あの黄金の聖機人は規格外と言って差し支えない。
 あの『ハヴォニワの三連星』の波状攻撃をいとも容易く退けた事からも、その実力は私よりも遥か高みにあると想像出来る。
 北斎様がどういう思惑で太老様に近付いたのかまでは分からないが、少なくとも今回ばかりは、ユキネの言うように相手が悪かったように思える。

 ――ピピッ

「……通信? はい、ユキネです」

 小型の亜法通信機を取り出し、連絡を取るユキネ。
 立体映像が浮かび上がり、そこに浮かび上がってきた人物に私は驚愕した。

「フローラ様!」
『あら、コノヱちゃん? お久し振りね』
「ご無沙汰してます! 今回の事は本当に申し訳なく――」
『ああ、その事はいいのよ。剣先生の事は聞いているから。
 それに水穂≠ウんにお願いしたから……直ぐに捕まるでしょうし』

 何やら言葉を詰まらせながら、そう呟くフローラ様。
 フローラ様の仰る『水穂』という人物の事は聞いた事がない。
 捕まると言っているのは北斎様の事を言っているのだろうが、正直あの方が素直に捕まるとは考え難い。
 しかし、そんな事はフローラ様も分かっているはずだ。
 その上で、『直ぐに捕まる』などと仰っているという事は、それだけの手練れを手配したという事なのだろう、と推測した。

『それよりも、ユキネちゃん。太老くんと、それにコノヱちゃんを連れて首都の方に戻ってきてくれるかしら』
「首都にですか? 私達の処分が決まったのですか?」
『それもあるけど、太老くんに用があるのよ。
 一応、国境警備の人数を増やす事で当座は凌ぐ事にするから、こちらから増員は送ったわ。
 引き継ぎの人が一緒に行くと思うから、その人と交代したらコノヱちゃんも一緒に連れてきて』

 ユキネとフローラ様の会話を聞いて、やはり私にも召集が掛かったかと覚悟を決めた。
 降格か、いやメテオフォールを失った罪は大きい。より大きな罰則を科せられる可能性もある。

『それじゃあ、城で会いましょう』

 そう言って、通信を切るフローラ様。
 フローラ様にお会いするのは、聖地の修行を終えて軍に任官する時に、拝命式でお会いして以来の事だ。
 出来れば、こんな形で再会したくはなかったが、過ぎた事を言っても始らない。
 今回の事は、私の軽率な行動が招いた結果でもある。その罰は、素直に受けるつもりでいた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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