【Side:太老】

「お帰りなさい、太老くん」
「た、ただいま……水穂さん」

 首都に戻った俺を、最初に出迎えてくれたのは水穂だった。
 ニコニコとにこやかな笑みを浮かべてはいるが、俺には、はっきりと水穂の背後に黒いオーラが見える。
 怒っている? いや、呆れているのか?
 何れにしても、水穂の機嫌を損ねていることは間違いない。

「怒ってます……よね?」
「何が? 全然怒ってないわよ? 故意じゃなく事故だものね」
「はは……そ、そうですよね」
「でも、相手の挑発に乗って、簡単にそういう事を引き受けちゃうのは感心しないかな。
 確か、以前にもこういうことがあったように記憶しているのだけど……私の気の所為かしら?」
「……返す言葉もありません」

 水穂の言うように、俺は以前にも同じようなことをしている。
 それに関してはここで語るべき話ではないが、その時にギャラクシーポリスの新造艦を一隻、進水式を待たずして廃艦に追いやったあの事件は忘れもしない。
 アイリに呆れられ、鬼姫に弄られた記憶が、今でも鮮明に残っていた。
 不可抗力なのだが、確かに水穂の言うように少し軽率だった。
 前回も今回も、気をつけていれば回避出来た問題だ。

「もう少し自分の立場を自覚して欲しい、って私は言ってるの。
 太老くんは昔からいつもそう。あの時だって――」

 水穂の説教が始った。大人しく床に正座をして、言われるがまま叱責を受ける。
 ここで反論などすれば、余計に被害は増すばかりだ。
 それに今回に関しては、俺に非がある。
 メテオフォール陥落などといった、大問題を引き起こしてしまったのだから、この水穂の怒りはもっともだった。

「お兄様、水穂さん、そろそろお城の方に」
「あら? そうね……フローラ様をお待たせする訳にはいかないし」
(た、助かった……)

 良いタイミングで割って入ってくれたマリアに感謝する。
 あのままなら、明日の朝まで続いていたであろう小言を聞き続ける羽目になっていた。
 水穂の小言が長いのは昔からだ。
 俺のことを思って言ってくれているのが分かっているだけに、こちらも強くはでられない。

「太老くん、帰ったら話の続きをしましょう」
「……はい」

 俺の考えが甘かった。やはり、逃れられないようだった。

【Side out】





異世界の伝道師 第113話『太老の謝罪』
作者 193






【Side:マリア】

 戻られるなり、水穂さんと部屋に籠もってしまわれたお兄様。
 国境基地で起こったことの報告と相談をされているのだろうが、他の誰でもなく真っ先に水穂さんを頼られる辺りは、お兄様が彼女に全幅の信頼を寄せている証でもあった。
 確かに水穂さんは凄い。お母様ですら、水穂さんには大きな期待と同じくらい、敬意を払って接していることを知っている。

「私も……ミツキさんと同じように生体強化を受ければ、水穂さんのようになれるのかしら?」

 生体強化というものを受けてからというもの、ミツキさんも常人離れした能力を発揮している。
 身体能力だけでなく、思考能力も何倍にも向上させるという生体強化。
 調整を繰り返せば、何百年、何千年という時を生きることも可能だという、この世界では信じられない技術だ。
 お兄様と水穂さんが、その正体をひた隠しにしている原因もそこにある、と私は察していた。

 こんな事が世に知られれば、多くの者達はその秘密を求め、執拗にお兄様達を責め立て、追いかけるだろう。
 使い方によっては、何百年、何千年と老いることのない体を手にすることが出来る。
 永遠の命――これまでの歴史を紐解いてみても、それを求めて止まない人々は必ずいた。
 教会も黙ってはいないだろうし、他の国々も、これまでのように静観しているだけには留まらないかもしれない。

 最悪の場合、大きな戦争となり、それが引き金となって、お兄様達がハヴォニワを去る可能性も出て来る。
 お兄様なら、『私達に迷惑を掛けたくない』と自ら身を引かれることも十分に考えられた。
 そんな事には、なって欲しくない。

「でも……いつかは選択しなくてはなりませんわね。
 お兄様は何千年という時を生きられる。水穂さんも、ミツキさんも……」

 このまま、お兄様と共に道を歩むつもりであれば、いつかは決断しなくてはならないことだ。
 怖くないか、と言えば嘘になるが、私だけが取り残され、お兄様に置いて行かれる方が嫌だった。
 どちらかと言えば、死ぬことや老いることよりも、そちらの方が怖くて仕方がない。

「そろそろ、お二人をお呼びしませんと」

 お母様の方も準備をして待っていることだろう。
 いつになく真剣な面持ちで『重要な話がある』と仰っていたし、お兄様に関わる大切な話があるのだと推測していた。

 ――コンコン

 扉をノックするが、一向に返事がない。
 それだけ話に集中されているのだと、私は推測する。
 扉を少し開き、『失礼します』と声を掛けて、私はお二人のいる部屋に足を踏み入れた。

「お兄様、水穂さん、そろそろお城の方に」
「あら? そうね……フローラ様をお待たせする訳にはいかないし」

 やはり、話に夢中で気付かれていなかったようだった。

「太老くん、帰ったら話の続きをしましょう」
「……はい」

 話の続き、やはり今後のことを相談されていたのだろう。
 お兄様と水穂さんの発する重苦しい雰囲気が、その話の深刻さを私に知らせていた。

【Side out】





【Side:太老】

 城に呼び出されたということは、今度はフローラに怒られるということなのだろう。
 ここで下手な弁明でもすれば、帰ってから水穂の小言が増えるだけだ。
 俺は、素直に自分の非を認め、正直に謝ることで何とか許してもらおうと考えていた。

「態々、こんなところまでご足労願っちゃってごめんなさいね。
 メテオフォールの件は、形式上きちんと報告をしてもらう必要性があるから」

 通された場所は、城の敷地の一角に用意されている議事堂だった。
 一際高い位置に設けられた議長席を中心に、会派ごとに議員席が扇状に広がっており、所謂『大陸型』と呼ばれる日本と同じ様相を見せている。
 その中心、議員席よりも一段高い位置に演壇が設けられていた。
 ここで議員達が日夜討論を繰り広げ、ハヴォニワの政治が動いていると言う訳だ。
 そして、議長席にフローラ、その脇にマリアと護衛騎士のユキネの姿があった。

「では、早速だけどメテオフォールの審議を――」
「あ、あの!」
「……太老殿?」
「お兄様?」

 突然、俺が席を立って手を挙げたことで、フローラとマリアが首を傾げて反応する。
 これほどの事態、やはり水穂が怒る訳だ。

 国家の表門を守る防衛兵器。
 メテオフォールというのは、それだけハヴォニワにとって重要不可欠な物だった、ということなのだろう。
 最初の原因は別の所にあるとはいえ、それを破壊してしまったのは俺だ。
 今更、そのことを言い訳するつもりはないし、ここは土下座をしてでも、正直に謝っておくべきだと考えた。

「審議に入る前に、先に俺の話を聞いてもらえませんか?」
「お兄様、何を!」
「……いいでしょう。太老殿、発言を許可します。前へ」
「お母様!?」

 俺は、フローラの許しをもらって演壇へと上がる。
 議事堂に集まっている全ての議員、それに国境警備隊の代表として召集されたコノヱや、水穂、全ての人々の視線が演壇に立つ俺へと向けられていた。

「まずは、フローラ様やここにいる皆様、それにハヴォニワに住む全ての人々にお詫びします」

 審議に入ってしまえば、そのまま場の雰囲気に流されて審議が進んでしまう可能性がある。
 だから、最初の内に言いたいことを言っておきたい、という狙いもあった。

「今回、メテオフォールが落ちたのは、俺に原因があります。
 ハヴォニワに住む人々を危険に晒すような結果になってしまい、大変心苦しく思っています」

 今回の件、その全てはメテオフォールが陥落したことにある。

「言い訳もしません、多くは語りません。ですが、一言だけ言わせてください」

 フローラやここにいる皆に迷惑を掛けてしまったことは事実だ。
 罰則は免れないだろうが、その前に皆にはきちんと謝っておきたかった。
 それに、水穂の説教が酷くならない内に、ここは誠心誠意、反省していること言う事をアピールするしかない。

「申し訳ありませんでした!」

 俺は、演壇の机に頭を打ち付けるほど、深く頭を下げ、そこにいる人達に謝罪をした。

【Side out】





【Side:フローラ】

「申し訳ありませんでした!」

 太老の謝罪を聞いた人達は、全員が何も言わず、静かにその言葉を噛み締めていた。
 報告は受けている。メテオフォールを落としたのは確かに彼だが、その原因を作ったのは剣先生であり、模擬戦を申し出たのは国境警備隊の方だ。
 彼に非がない、とまでは言わないが、黙っていれば大きな罪には問われることもないはずだった。
 にも拘らず、自分から演壇に上がり、『全ての非は自分にある』と語った太老。
 国境警備隊、いや『剣コノヱ』や『ハヴォニワの三連星』――彼女達に累が及ばないように、と考えてての行動だったのだろう。

「お兄様……どうして」

 マリアも、彼の行動が分かってはいても、納得が出来ないでいるようだ。
 だが、それが正木太老――『天の御遣い』と称させる彼の所以だ。
 マリアも薄々は、こうなることを予感していたのだろう。

 この議会を招集するように言ったのは、他ならぬここにいる議員達だ。
 メテオフォールの陥落はハヴォニワの防衛力を低下させる一大事。
 女王といえど、それだけの問題を内々に処理することは出来なかった。

 ――今回の件、『全ては自分に非がある』と報告してきたコノヱ
 ――そんな彼女を庇って、演壇に立った太老

 議員達も、本気で彼を処罰することなど出来はしない。
 メテオフォールを失ったことは大きな痛手だが、それ以上に正木太老を失うことの方が、ハヴォニワにとって大きな損失だということを、彼等は誰よりも強く自覚しているからだ。
 だからこそ、彼の謝罪に何も言えずにいた。

「太老殿、あなたの言いたいことは分かりました。
 その発言が何を意味するのか、あなたは分かっていて言っているのですね?」
「……はい!」

 真っ直ぐ、こちらの眼を見て力強く返事をする太老を見て、私も彼の想いを受け入れる覚悟をする。

「では、審議に入りたいと思います――」

 女王として、決断を下さねばならぬ時だった。

【Side out】




 ……TO BE CONTINUED



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