【Side:太老】

「はあっ!」
「意外とやるわね。でも――」

 ワウの研究の進み具合を確認しようと裏庭に向かうと、水穂とコノヱという珍しい組み合わせがいた。
 どうやら模擬戦をしているようで、涼しい顔で木剣を構えている水穂に、動きに付いていくのがやっとのコノヱが必死の形相で食らいついている、と言った様子だ。
 水穂は殆どその場を動かず、コノヱの攻撃を軽く木剣でいなすだけ。
 カン、と甲高い音が鳴る度にコノヱは体勢を崩し、その反動で間合いを離される。

(あれ、俺もよく勝仁(じい)さんにやられた手だ)

 今のコノヱのように、力一杯に打ち込めば打ち込むほど、その衝撃が自分へと返ってくる。
 柾木家に伝わる剣術の極意の一つだが、樹雷でも名のある闘士であれば、誰でも使える基本的な技だ。
 もっとも、これを実戦で的確に使いこなすためには、卓越した技量と経験が必要となる。
 俺も基本的なことは全てマスターしているが、水穂や勝仁のように正確無比にあれを実践するほどの技量はない。
 ましてや、相手の実力が達人クラスにもなれば、そんな相手を軽くいなすような真似――普通であれば不可能だ。

「はい、おしまい。ここまでね」
「そんなっ!? いつの間に後ろに」

 いつの間にか背後に回り込んでいた水穂に、首筋に剣を突きつけられ驚くコノヱ。
 それだけ、水穂や勝仁の実力が飛び抜けていると言う事、人間の域を遙かに超えた異常なレベルに達していることを証明していた。
 樹雷の闘士で最強クラスの実力者ともなれば、実戦仕様のフルバージョンのガーディアンが百体束になって向かってこようと、素手で対応が出来るほどの戦闘力がある。
 こちらの世界で幾ら『達人』と称される有名な武術家であろうと、あちらで『瀬戸の盾』と畏怖される彼女に勝てる道理はない。

「太老様、見ておいででしたか……恥ずかしいところを見られてしまいましたね」
「いや、水穂さんとあそこまで打ち合えたら上出来だと思うよ」

 実際、コノヱは一方的にやられはしたが、生体強化、皇家の樹のバックアップがある水穂を相手に、よく善戦したと思う。
 条件が同じでも、今の技量では敵わないだろうが、それでも並の奴よりは遥かに強い。
 今回だけは比べる相手が悪かった、としか言いようがない。
 それに――

「あら、太老くんもきてたのね。どう? 久し振りに一汗掻いていく?」
「いや、遠慮しておきます……それより、コノヱさんの剣術って」
「ああ、似てる≠チて思ったんでしょ? まあ、それも無理はないと思うけど」

 そう、柾木家に伝わる樹雷の剣術に型がよく似ていた。
 この間の聖機人での模擬戦の時にも、同じようなことを感じていたのだが、こうして生身での戦いを見るとそれがはっきりとする。

「コノヱさんのお父上、北斎小父様は分家とはいえ、樹雷皇家の血筋を引く方ですもの」
「それを聞いた時は驚きましたけどね……」

 まさか、こんなところで『上木』の名を持つ人と出会うとは思わなかった。
 あの状況を引っ掻き回して、高みの見物を洒落込む悪い性格。
 確かに、『カミキ』の名を持ち出されても不思議ではないが、あれでもやってることは鬼姫に比べれば幾分かマシだ。
 同じ『神木』の血縁者なら、まだ親バカとは言え、内海(うつつみ)のようならよかったのだが、あの爺さん、どちらかというと九羅密家の美瀾(クソジジイ)によく似ている。
 多分、俺が嫌悪感を抱いたのは、それが原因だろう。

 俺が鬼姫の庇護を受けていると知るや、あの爺さんも敵愾心を剥き出しにしてきてたからな。
 迷惑を掛けられたことは一度や二度の話ではない。
 最も、その度に美守先生に酷い罰を与えられていたが。

「でも、この事はくれぐれも内緒にね。
 特にコノヱさんには、あちらの事情も説明してないし」

 小声で、コノヱに気付かれないように俺に耳打ちをしてくる水穂。
 確かに事情を説明すれば、俺達が異世界人だということを説明しなくてはいけなくなってしまう。
 あの爺さんの血縁者ということは、コノヱは『上木』の人間。俺と水穂の遠い親戚と言う事になる。
 いつかは話さなくはならないだろうが、今はその時ではない、と俺と水穂は相槌を打った。





異世界の伝道師 第117話『皇家の樹』
作者 193






「で? どうして、コノヱさんと模擬戦なんてしてたんです?」
「ユキネちゃんと同じ理由よ? あの子、太老くんの護衛機師≠やるんでしょ?」
「それはそうですけど……」
「だったら、それなりに鍛えておいてもらわないと。
 北斎小父様の件は別としても、敵が多いことは自覚してるでしょう?」

 結局、コノヱが俺の護衛機師をやることに決まったのは、マリエルに彼女のことを一任して暫く経ってからのことだった。
 水穂の言うように、俺の身に何かがあってはいけない、と心配したマリエルとマリアが結託して、彼女を俺の護衛機師につけたのだ。

 その引き金となったのは、俺が『またシトレイユ皇国に行く』、と言う話をしたからだ。
 今回は、マリアは同行することが出来ない。商会本部の仕事や、ハヴォニワでの公務も立て込んでいる。
 来年度からは聖地の学院に通うことになっているので、そのための引き継ぎや公務で当分は忙しいとのことで、付いて来られないことを悔しがっていた。
 ラシャラにも会いたかったのだろうが、仕事では仕方がない。

 そして、今回はマリエルも同行出来ない。
 彼女には、他の侍従達と一緒に、新しく雇い入れる侍従の選出と教育をお願いしたからだ。
 メイド隊の今後に関わることなので、責任者であるメイド長のマリエルにしか頼めない仕事だ。
 代役を立てる訳にもいかないので、今回は彼女の同行を断った。
 アンジェラが案内役を引き受けてくれたし、それに今回は水穂もいるのだから問題はないはずだ。

 しかし、それでも心配した二人が、『せめて、コノヱを護衛機師として連れて行くように』と俺に言ってきたのだ。
 以前にシトレイユに行った時は、決闘騒ぎなど色々とトラブルもあって、二人には随分と心配と迷惑を掛けた。
 恐らくはその時のことを心配して、今回も同じようなことがないように、と気遣ってくれたのだろう。
 俺としては、水穂も居る訳だし護衛など必要ないのだが、二人の気持ちを無碍にする訳にも行かない。
 結局、コノヱには護衛機師として付いてきてもらうことにした。

 水穂が、彼女と剣を交えていたのは、指導といった側面も確かにあるのだろうが、護衛としての力量を確かめたかったのだろう、と思う。
 何だかんだ言って、水穂は慎重で、心配性なところがある。
 護衛という立場上、いざ何かがあった時に一番危険な目に遭う可能性が高いのはコノヱだ。
 その時に、対応出来るだけの技量がなければ、大怪我だけでなく最悪の場合、命を落とす危険すらある。
 それを、水穂は心配しているのだろう。

「水穂さん的には合格?」
「及第点はあげられるわね。それに……」
「それに?」
「……いえ、何でもないわ。それよりも、太老くん工房に用があったんじゃないの?」

 何だか歯切れの悪い水穂の言葉を訝しみながらも、俺は水穂の背中を見送りつつ、当初の目的を果たすためにワウの工房へと向かった。

【Side out】





【Side:水穂】

 コノヱさんには悪いが、生半可な腕前では太老くんの足手まといになるだけだ。
 だから、彼女の実力を確かめさせてもらう必要があった。
 その結果だけを言えば――何とか及第点をあげられる。

 幾ら実力があろうと、あの年齢、しかも生体強化も施されていない彼女では、私の希望する基準に達することはない、と考えていた。
 最初から不合格にするつもりで実力を見たというのに、私に及第点を与えさせた彼女の実力は想像以上と言っていい。
 剣術の腕も然ることだながら、一番驚いたのはその身体能力の高さだ。

「生体強化を施されていない、と言う話だったけど……あの身体能力。
 樹雷の血を、それだけ色濃く受継いでいると言う事かしら?」

 この世界の人間の平均値を大きく上回る身体能力。
 生体強化を施されていない人間にしては、随分と大きすぎる力だ。
 例え、樹雷の皇族といえど、生体強化も、皇家の樹のバックアップもなしでは、普通の人間と肉体的に大差はない。
 太老くんには言葉を濁したが、可能性として私は一つの考えを持っていた。

 皇家の樹――その力の残滓を、彼女から感じ取ったからだ。

「それで、儂に用があってきたと……」
「私も樹とのリンクは生きています。でも、よく考えてみると北斎小父様の皇家の樹は第四世代。
 異世界にまで影響を及ぼすほどの力があるとは思えない。まだ、何かを隠していますね?」
「うっ……」

 最初の段階で気付くべきだった。皇家の樹は、第三、第四、第五と世代を重ねる度にその力を弱めていく。
 戦艦として樹雷皇家の血縁者に与えられ、配備されているのは主に第四世代まで。
 しかし、意思のあるのは第三世代までの船で、第四世代になると殆ど意思もなく力も弱い。
 第二世代以上ともなれば、その力は絶大な物になるが、絶対数が少なく、しかも樹選びの儀式を受けたからといって、必ずしも選ばれるという物ではない。殆どの場合、樹には選ばれず、四大皇家に名を連ねる直系の殆どには第三世代の船が与えられ、分家の者には大抵第四世代の船が与えられるのが通例だ。

 そして、北斎小父様が与えられている船は、他の分家の者と同じ第四世代の皇家の樹。
 意思もなく力も弱い第四世代の樹が、そこまでの影響力を持つだろうか?
 私でさえ、皇家の樹とのリンクは最低限の物に制限され、十分に力を発揮することが出来ないでいる、と言うのにだ。

「隠せなんだか……儂の樹はこの世界にある。いや、正確にはこのハヴォニワに」
「やはり、ではコノヱさんの力は?」
「あの子は特に、皇家の樹との親和性が高くてな。無意識の内に樹の力を引き出しておるようだ」

 契約者と特に近しい血縁者に、樹が力を貸すことは確かにある。
 それにコノヱさんが、いつも大切そうに腰に下げているあの刀。
 あの刀の柄は、皇家の枝と樹液の塊で作られているらしく、それを通じて皇家の樹の力を引き出しているようだ。

「でも、皇家の樹は大地に根付かせると力を失ってしまうはずですが……」
「儂も最初はそう思っておったのだが……」

 皇家の樹は大地に根付くと、その力を失ってしまう。
 それを防ぐためにコアユニットと呼ばれる特殊なユニットを使うのだが、北斎小父様の船はこちらに来た時にはユニットを破損してしまっていたらしく、ハヴォニワのある場所にその樹は植えられているという話だった。
 ただ、何事にも例外は存在する。地球にあるお父様の船穂≠フように、他から代替えとなるエネルギーを得られる場合は別だ。
 とは言え、力の劣る第四世代とはいっても皇家の樹。それを支えられるだけの膨大なエネルギー、皇家の樹と同質のエナジーが必要だ。
 そんな物が、この世界のどこに……。

「名も知れぬ女神……」

 私の頭に一つの可能性が過ぎった。
 エナの海、亜法と呼ばれる別世界の技術体系、そしてこの世界の信仰の対象となっている名も知れぬ女神。
 鷲羽様が関係していることといい、やはりこの世界にあの方達≠ェ関係していることは疑いようがない。
 だとすれば、皇家の樹が大地に根付きながらも力を失っていないことといい、そこに何らかの秘密がある、と私は考えた。

「小父様の樹を一度見せて頂けますか? あちらと繋がる、何か手掛かりを得られるかもしれません」
「それは構わんが……あそこに入るにはフローラちゃんの許可がないと」
「フローラ様の?」

 ハヴォニワにとって、何か特別な場所らしく女王の許可がいるという北斎小父様。

「先史文明の遺跡を改装して作った、ハヴォニワの地下都市があるのだ」
「地下都市……ですか?」
「知らぬのは無理もない。あそこは他国は疎か、教会にも秘匿されているハヴォニワで最も重要な場所だ」

 知っているのは極一部の者だけで、殆どの者は知らされていない、という重要な場所。
 いざという時の避難場所や、本拠地として使用されるため、厳重に隠されている秘密都市だという。

「……詳しく調査をしてみる必要がありそうね」

 この世界の秘密――そこに私達が向こうの世界に帰るための鍵がある、と私は考えていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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