【Side:太老】
「うわっ……」
思わず上擦った声を上げてしまうほど、幻想的な風景だった。
正面の意匠が凝らされたステンドガラスは、天井にまで伸び、眩い白光を庭園に取り込んでいる。
そんな庭園の中央。道が交錯する場所に、一本の樹が植えられていた。
「――まさか!」
俺はその樹の存在に気付くと、駆け足で樹へと駆け寄っていく。
一見、ただの樹のように見えるかもしれないが、これは普通の樹ではない。
俺には、そう確証するだけの根拠があった。
「間違いない……これは」
「皇家の樹。やはり、ここにあったのね」
「それじゃ、水穂さんが見せたかった物って……」
「そう、この樹の事よ。北斎小父様と一緒に、この世界に流れ着いた第四世代の樹」
皇家の樹――それは津名魅によって生み出された知性≠ニ力≠持つ特別な樹の事を指す。
その力は絶大で、世代が上の物ほど強力になり、第二世代よりも上の樹ともなれば惑星を一撃で消滅させるほどで、銀河支配だって夢ではないほどの強大な力を持つ。
この樹は第四世代だと言う話だが、それでもこの大陸一つくらいなら一瞬で吹き飛ばしてしまうほどの力を持っていた。
「太老くん、樹に触れてみてくれる? あなたなら、きっと樹も答えてくれると思うの」
「……樹に?」
この樹は見た限り、既に大地に根付いてしまっている。
皇家の樹は、コアユニットなどの特殊な環境に置かなければ、大地に根付いた時点で力を失ってしまう。
これは世代に関係なく、皇家の樹であれば避けられない問題だ。
水穂は触れてみろ、と言うが、既に樹が答えてくれるとは、
『タロ……タロ! タロ!』
「――!」
頭の中に直接響いてくるような声。確かに伝わってくる喜びの意思。
まただ。第四世代に本来は殆どない、とされるはずの意思が樹雷でのあの時≠フように、確かに感じ取れた。
この樹は、今もこうして力を失う事なく、この場所で生き続けていた。
【Side out】
異世界の伝道師 第119話『樹に愛されし者』
作者 193
【Side:水穂】
枝から伸びるキラキラと輝く無数の光の帯が、太老くんを歓迎するかのように踊りだす。
樹が喜んでいた。やはり、私の推測は間違っていなかったようだ。
瀬戸様が、太老くんには樹選びの儀式が必要無い、と仰った理由。
その意味を、私はずっと考えていた。
公式には伏せられているが、皇家の樹が眠る天樹の中、本来であれば樹が認めた者しか入れないその場所に、津名魅様を除いて現在唯一自由に出入りが許されている人物。それが太老くんだった。
瀬戸様が許可した訳でも、樹雷皇が認められた訳でもない。皇家の樹々が、太老くんを歓迎するかのように、その道を自ら開いたのだ。
最初の内は、どうしたものか、と困った様子の瀬戸様だったが、正面の扉を用いずとも、どこからでも天樹の中に入れる太老くんに最後は諦められた様子だった。
別に悪さをする訳でもなく、中にある若木達の世話をしているだけ、それに太老くんが行くと樹々は喜び、逆に太老くんを故意に遠ざけようとすれば樹が拗ねてしまい、門を閉ざしてしまう始末。
結局、瀬戸様も樹雷皇も、太老くんの立ち入りを黙認せざるを得なかった、と言うのが本音だった。
「そういう事なのね。太老くんに儀式が必要無い理由。それは太老くんが、誰よりも樹に愛されているから」
そう、太老くんは誰よりも皇家の樹に愛されている。
今、太老くんが話し掛けた第四世代の樹には、第三世代と違い、殆ど感情や意思と呼べる物が明確に存在しない。
鷲羽様が以前に、強化を図ろうとした第四世代の樹。しかし、成功例は一例のみで、他の樹の成功はならなかった。
そのため、国家政策の重要課題としてあげられていた、皇家の樹の強化は第三世代に絞られ、第四世代の実験は中止され事実上凍結されていた。
だが、今から二年ほど前、その実験結果を覆す出来事が起こった。
太老くんが呼びかけると、どういう訳か第四世代の樹が応え、はっきりとした意思を呼び起こし答えたのだ。
あの時の瀬戸様の顔と、鷲羽様の驚きようといったらなかった。
直ぐに箝口令が布かれ、表向きは鷲羽様の実験成果という事にされたが、第四世代の樹の意思を呼び起こしたのは間違いなく太老くんだ。
結局その事について、何一つ瀬戸様や鷲羽様からは教えて頂けなかったが、鷲羽様は何やら一つの結論を出していたご様子だった。
その事を思えば、幾つかあったあの不思議な現象。あれらも全て、太老くんの仕業だったのではないか、と思えてくる。
そして、私の推測は概ね当たっていた。私が考えているこの仮説が正しければ、瀬戸様が隠されている事も、そして鷲羽様が出された結論というのも、恐らくは――
「歓迎してくれるのは嬉しいんだけど、もう少し大人しくしような。
案内人さんとか、突然の事で腰を抜かしてる様子だし……」
私の隣では、案内人が尻を床について呆然としていた。
「こ、これが……天の御遣い様のお力」
確かに、このような光景を突然見せられれば驚きもするだろう。
後で、フォローを入れておく必要がありそうだ。しかし、これで目的の一つは達する事が出来た。
皇家の樹に意思があるのとないのとでは、大きく違う。太老くんの言葉に応えてくれる、と言うのもありがたい。
この場所に、皇家の樹が力を失わない秘密が何かあるはずだ。
【Side out】
【Side:太老】
あれから水穂さんに色々と質問され、樹の意思を伝えると、『遺跡の調査をしてくる』と言って水穂さんは一人、地下都市の奥まで潜っていった。
俺も『一緒に行こうか』と言ったのだが、『部屋で休んでくれてていい』と言ってくれたので、お言葉に甘える事にした。色々とあって疲れていたからだ。
どうにもあの樹は甘えん坊のようで、会話の最中も久し振りに遊んでもらえて嬉しかったのか、まとわりついて離れようとしなかった。
嫌ではないのだが、あのテンションで懐かれると、さすがに疲れてしまう。
シトレイユ皇国に行くのは五日後。こちらにはまだ二日いる、と水穂さんは言っていたし、『また遊んでやるから』という事で樹には納得してもらった。
「か、感動しました! 天の御遣い様の奇跡をこの目で見られるなんて!」
で、さっきからこの調子だ。案内人のハイテンション振りと言ったら、皇家の樹の比ではない。
あの光景を見られてどうしようか? と思っていたのだが、何だか都合良く勘違いしてくれている様子だし、敢えて何も言わない事にした。
まさか、皇家の樹がどうだ、とか説明出来るはずもない。
「あの、握手して頂いて構いませんか?」
「まあ、そのくらいなら……」
『ありがとうございます!』
「……へ?」
大勢の声に慌てて部屋の外を見ると、廊下にズラーッと並んでいる職員達の姿を見つけた。
「嘘だろ……」
そう、またまた握手会の再現。俺の一日は、まだまだ長く続きそうだ。
【Side out】
【Side:瀬戸】
「瀬戸様、天樹が!」
慌てた様子で飛び込んできた侍従の声に導かれ、私は天樹の中空、巨木の幹を一望出来るテラスに飛び出した。
天樹の幹や枝が淡い光を放ち、チカチカと輝いていた。
「これは……」
天樹――――それは樹雷の中枢を支える、全高十キロにも及ぶ桁外れな大きさを誇る巨大樹。
樹雷星の首都であり、銀河最大と呼ばれる大国の、政治経済の中心となる場所。
ここには皇宮だけでなく、未だ契約者の見つからない皇家の樹も安置されていた。
「樹が喜んでいる?」
天樹だけではない。私とリンクしている水鏡も、興奮した様子で喜び、はしゃいでいた。
まるで樹雷中の樹々が、誰かとの再会を喜び、はしゃいでいるような、そんな感覚。
そしてこれは、前にも一度、目にした事がある光景だった。
そう、あれは――
「……太老殿に反応している?」
今は、異世界にいるはずの太老。考えられない事だが、そうとしか考えられない反応だった。
嘗て、太老を樹雷に迎えた時にも、天樹は同じような反応を見せた。
水鏡も同様だ。皇家の樹は、その全てが彼に反応している。いや、彼は皇家の樹に愛されていた。
私が、彼に『樹選びの儀式が必要無い』と言ったのもそのためだ。
彼がその気になれば、第一世代の樹と契約する事も、難しくはない、と考える。
全ての樹が彼の事を気に掛け、正木太老を必要としていたからだ。
始祖である津名魅様をもってしても、分からない、と言わせる彼の存在は、この樹雷に置いても扱いの難しい存在だ。
気がつけば、樹雷星全ての皇家の樹が彼の影響を受けており、彼に危害を加える事も見過ごす事も出来ない状態へと、私達は追い込まれていた。言ってみれば、この樹雷星その物が人質に取られたようなものだ。
正木太老の能力と存在を隠さなければならない、と感じた一番の原因は、恐らくはあれが発端だったように思える。
現樹雷皇、阿主沙殿もその事実を知った時は、目を丸くして驚いていた。
鷲羽殿も驚きはしていたようだが、『ククッ、さすが太老だ。予想の斜め上を行ってくれる』と喜んでおいでの様子だったが……。
「どう致しましょうか? 樹雷皇に直ぐにでも連絡を――」
「機嫌を損ねている訳じゃなし、喜んでるだけなら放っておいて問題はないわ。
太老殿を地球に帰してから、水鏡ちゃんのご機嫌が斜めなのよね。ガス抜きには丁度いいでしょ」
「はあ……」
太老を地球に帰した事で、実のところ水鏡にも僅かながら影響が出ていた。
太老を帰した事で、彼に遊んでもらえなくなった皇家の樹が拗ねてしまったのだ。
何とか宥める事には成功した物の、そのために天樹の周りでは皇家の樹のご機嫌を取るために連日のように宴が催され、私も水鏡の機嫌を回復するために連日の如く海賊討伐に出張ざる得ない状態になった。
まさか、こんなところにまで、太老の影響があるとは考えもしていなかっただけに、これに関しては完全に私の誤算だった。
彼のお陰で、向こう十年分余りの海賊討伐に掛かる国家予算が浮いた事になるので、それでも被害としては大した額ではないのだが。
何れにせよ、鷲羽殿の計画が上手く行った暁には、太老には樹雷に帰ってきてもらわない事には、最悪の場合、樹雷の存亡に関わる話だ。
「ですが、少しは落ち着いて頂かないと、首都機能の方が……」
「あら?」
そう言う侍従の言葉通り、現場は大騒ぎになっていた。
はしゃぎすぎた皇家の樹の影響を受け、天樹の首都機能の一部がオーバーロードを引き起こし、暴走していたのだ。
樹雷星の首都機能が麻痺すれば、その影響は政治経済、様々な方面から銀河中に飛び火し、とてもマズイ事になりかねない。
「……少しマズイかしら?」
「少しじゃありませんっ! どうするおつもりですか! 瀬戸様っ!」
「あら、林檎ちゃん」
「『あら、林檎ちゃん』じゃありません! 今すぐ何とかして頂かないと、秒刻みで損失が……ああっ!」
算盤を片手に、ズザーッと飛び出してきた私の配下。経理部主任、立木林檎の怒声に私は顔を引き攣らせる。
恐らく、こうしている今も、被害総額はどんどん跳ね上がっているのだろう。
彼のお陰で浮いた予算の何割がこれで消える事か。
『フラグメイカー』――その扱いの難しさを、改めて私は噛み締めていた。
「お願いします! 帰ってきてください! 太老様っ!」
林檎の叫び。それは、今の樹雷の状態を的確に表していた。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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