【Side:太老】
「疲れた……」
地下都市で働く職員五百人余り全員に、まさか握手を要求されるとは思ってもいなかった。
有名になりすぎるのも、やはり考え物だ。
以前に俺が『鬼の寵児』だということを隠した方がいい、と言われた理由の一つがようやく分かった。
あの時は、『瀬戸の剣』と呼ばれている兼光や、『瀬戸の盾』と呼ばれている水穂のことをよく知っていたので、逆に鬼姫効果で恐れられて避けられるものだとばかりに考えていたからだ。
でも、まあ……こちらではこんな結果だが、あちらではそうだったかも知れないが。
現に、水穂が結婚出来ない一番の理由は、間違いなく『瀬戸の盾』と言う二つ名と、後ろにいる鬼姫が原因だと思うし。
「それでも商会のためを思えば、嫌な顔なんて出来るはずもないしな……」
正木商会の代表を名乗っている以上、嫌な顔など出来るはずもない。
客商売に笑顔やサービス精神は付き物だ。握手を求められるくらい、こなせなくて商売人は務まらない。
それに、このくらいでハヴォニワに恩返しが出来るのなら、易い物だと考えた方がいい。
嫌われているよりは、好意を向けられている方が、まだマシとも言えるし。
「水穂さん……もう帰ってきたかな?」
ベッドで寝返りを打ちながら、俺は遺跡の奥に潜っていった水穂のことを考える。
ここに来たい、と言ったのは水穂だが、その理由にもあの皇家の樹を見て納得が行った。
「皇家の樹か……」
確かに、あんな物がここにあると知れば、放っておくことなど出来るはずもないだろう。
誰にでも扱える訳ではないが、皇家の樹は使い方を誤れば世界その物を滅ぼしかねないほど大きな力を持つ。
元来、争いを好まない皇家の樹がそんな事に力を貸すとは思えないが、万が一、と言う事もある。
更に言えば、樹雷の皇族として、そして情報部副官として、目の届かないところに皇家の樹がある、と言う事自体、水穂からしてみれば見過ごせる話ではないのだろう。
何れにせよ、調査には時間が掛かる。恐らくは、大地に根付いたはずの皇家の樹が、今もこうして力を失っていない理由。
それを調べに行ったのだろうから、明日にでも話を聞いてみよう、と考えていた。
「取り敢えず、寝よう……もう無理」
さすがに今日は疲れた。
仕事中に水穂に押し掛けられ、こんな所にまで連れて来られたかと思えば、随分と甘えん坊の皇家の樹に散々まとわりつかれ、最後は職員全員との握手会だ。
ここ最近、色々とアクシデントも続いているので、精神的にもかなり消耗していた。
こう、フカフカのベッドに包まれていると、ウトウトとして嫌なことも全部忘れて気持ちよくなってくる。
「お兄様……」
――ガサゴソ
何か物音が聞こえた気がするが、既に俺の意識はまどろみの中に包まれていた。
【Side out】
異世界の伝道師 第120話『都市の秘密』
作者 193
【Side:水穂】
「これは……」
皇家の樹の情報を基に、地下都市の最深部まで辿り着いた私は、そこにあった物を見て驚きを隠せなかった。
「……そういう事だったのね」
最深部への道程は、数々の仕掛けと罠で隠され、その中にはこちらの世界の住人には分からないような物まで施されていた。
ここまで厳重に隠されていた物。それは、コントロール室と思われる遺跡の中心部だった。
だが、この造りを見て直ぐに分かった。
――ここは船の艦橋≠セと
そう、大きな遺跡だと思っていたこの地下都市その物が、巨大な船その物だったのだ。
「辛うじて動力は生きている……そういう事なのね」
皇家の樹が力を失わずに済んでいた理由がこれでよく分かった。
ハヴォニワの大地に根付いていた訳ではなく、この船その物がコアユニットの代わりを果たしていた、と言う事だ。
だが、通常コアユニットと言う物は、樹雷星の環境に合わせた調整が必要となる。
偶然、この船がその環境を整えていた、と考えるには些か無理があるように思えた。
「船の造りは見たことがない物だけど……まさか大先史文明の物じゃ」
ざっと調べてみた感じ、少なくとも先史文明以前に造られた物であることは確実のようだった。
しかし、コントロールパネルを操作していて、納得の行かないおかしな部分を発見する。
どうにか補助動力が保たれ、船の機能は生きているが、中枢にあったと思われるメイン動力炉が丸ごと抜き取られていたのだ。
何者かが持ち去ったにしても、何故、動力炉だけを抜き取っていったのか? それだけが、どうにも腑に落ちない。
「はあ……結局、元の世界に帰る手掛かりらしい物は見つからず、と言ったところね」
皇家の樹の力を支えられるのは、同質の力を持つ皇家の樹だけ。それを期待したのだが、目論見は大きく外れてしまった。
しかし、皇家の樹とコアユニットの代わりが手に入っただけでも、今は由とするしかない。
特に、ここにある北斎小父様の皇家の樹は、太老くんの力で覚醒した。
純粋な第三世代とまではいかなくとも、この世界の文明レベルを考えれば十分すぎる力を持っている。
第三世代は、単独で光鷹翼を発生させることが出来ないとはいえ、それでも太陽系規模の戦艦を常時戦闘態勢で配備するのと同クラスの価値、一隻で数千という艦隊に匹敵するほどの戦闘力を秘めている。
使い方を誤れば、世界その物を滅ぼしかねないほど大きな力だ。
尤も、GPや銀河軍クラスの艦隊と戦うようなことでもない限り、その力を発揮することなどありえないだろうが。
「だけど、何故こんなところに、こんな船が? 私達と同じように漂着した……いえ、でも」
私達の世界の船に造りはよく似ているが、使われている技術や規格に差が見られた。
少なくとも、GPや銀河軍で使われている現行の船や、樹雷の物とも違う。
こうなってくると残念ながら、こちらの世界の歴史について詳しく分かっていないことが悔やまれる。
教会が管理する聖機人も、先史文明の遺産を基に作り上げた物だとされているが、その情報の殆どは教会が独占し、秘匿しているからだ。
せめて、教会の資料が閲覧できればいいのだが、そんな要望を出したところで話に聞いている限り、教会が素直に応じてくれるとも思えない。
どちらにせよ、これだけでは判断材料としては少なすぎた。今は地道に調査を積み重ねていくしかない。
「こういう時に鷲羽様がいてくれたら……」
何れにせよ、相談するべき相手はここにはいない。しかも、その人物が元凶とも言えるだけに複雑な気分だ。
結局の所、早く元の世界に帰らなければならない理由が、今は増えただけだった。
【Side out】
【Side:太老】
俺は戸惑っていた。いや、正確には困惑していた。
「何で、二人がここに……」
スヤスヤと寝息を立てて、俺の腕にしがみついて離そうとしないマリア。
反対側には、これまたフローラが俺の腕を枕にして眠っている。
朝、目を覚ませば、既にこの状態だった。
「とにかくベッドから抜け出さないと……こんなところを水穂さんに見られたら」
今更、どうなるかなど、そんな事を語るまでもない。説教は確実だ。
その程度で済めばいいが……とにかく水穂の機嫌を損ねることだけは回避しないといけない。
この状況、不可抗力を訴えたところで、素直に俺の弁明を聞いてくれるとは思えない。
いや、どう考えても無理だろう。俺を含め、三人とも下着一枚だし……。
「ううん……お兄様、そんなに食べられませんわ」
「太老殿……ああんっ、そんなとこ……あっ!」
逃げようとすると、これでもか、とばかりにギュッと腕を絞めてくる二人。
何の夢を見ているのか? 凄く幸せそうな表情をしたままで。
フローラは絶対にいかがわしい夢を見ていることは間違いない。
と言うか、本当に寝てるのか? 狙ってやってるんじゃないか、と思える色っぽさだ。
「おはよう、太老くん」
そんな時、俺の願いも虚しくギギーッと音を立てて開く扉。
聞き覚えのある女性の声に、俺は顔を引き攣らせながら扉の方を振り向いた。
案の定、そこには水穂とユキネの姿があった。
「お、おはよう、水穂さん……随分と早いお目覚めで」
「そう? もうとっくに日は昇ってるわよ?」
「あはは……じゃあ、俺が遅いのかな?」
「フフ、そうね。太老くん、昨夜は随分とお楽しみ≠ナ、お疲れ≠フご様子だし」
明らかに棘のある言い方。もう、さっさと逃げ出したい気持ちで一杯だった。
「以前に瀬戸様が仰ってた『親子ドンブリ』――って言葉、この目にする時が来るとは思いもしなかったわ」
いや、俺だってこんな体験は初めてのことです――などと、まさか言えるはずもない。
それは、火に油を注ぐ行為だ。さすがにこれ以上、地雷を踏みたくはない。
俺は観念をして、肩を落とし深く溜め息を吐く。今日も朝から、退屈しない一日の始まりだった。
【Side out】
【Side:水穂】
「……それで、どういうつもりですか?」
「どういうつもりも何も、『お兄様に会いたい!』って懇願するマリアちゃんを、こうして案内してきただけよ?」
「だからって、何で太老くんのベッドで……」
「だって、マリアちゃんだけ狡いじゃない? 私だって太老殿≠ニイチャイチャしたいのにっ!」
「お母様……やっぱり、それが本音だったのですね」
随分と白々しい言い訳だが、大体の事情は察することが出来た。
彼女のことだ。マリアちゃんを言い訳にして、こうして気になって追い掛けてきたのだろう。
恐らくは、私が拘る物。ここに何があるのか、それを知りたくて追い掛けてきたのだと私は推察した。
「でも、丁度良い機会かも知れませんね。黙っていても納得はしないでしょうし、放っておけば何をするか分かりませんし、今回のように」
「全くその通りですわ……だから『ハヴォニワの色物女王』などと言われるのです」
「マリアちゃんまで酷いっ!」
私達の事情を、まだ詳しくフローラに話した訳ではない。だからこそ、今が丁度良い機会だと、私は考えた。
どちらにせよ、いつかは話すつもりでいたこと。
そして、ここがハヴォニワの所有物であり、皇家の樹がここにある以上、この話をしておかない訳にはいかない。
この樹も、そしてこの船も、本来はこの世界にあって良い物ではないからだ。
彼女の先々代の国王が、この地下都市の存在を隠そうとした理由も、何となくだが私には理解出来た。
恐らくは、その最初に発見したという国王は、この場所の危険性を自然と感じ取っていたのだろう。
少なくとも、この船はこの世界にあっていい物ではない。
最低でも先史文明以前の物――もしかしたら大先史文明の遺産という可能性も考えられた。
「話を聞いてどうするかの判断はあなたに委ねます。
ですが、この国の女王として、マリアちゃんの母親として、正しい判断をされることを願っています」
私の意図を感じ取ってか、フローラの表情が引き締まり、女王の顔付きへと変わっていく。
直ぐ傍に控えていたマリアちゃんも、場の雰囲気を感じ取り、慌てて姿勢を正した。
私も決断しなくてはならない。彼女の判断次第では、自分達の身の振り方をどうするかを――
【Side out】
【Side:太老】
「酷い目に遭った……」
「太老、大丈夫?」
「何とかね……ユキネさん、ありがとう。それに、お前も」
俺は皇家の樹の前にござを敷き、ユキネの淹れてくれた御茶を飲みながら一息ついていた。
水穂にこっ酷く叱られた俺を、心配してくれるユキネと皇家の樹。
ユキネは二人の護衛として同行してきたらしいのだが、朝起きたら二人の姿が見えず、丁度、遺跡から戻ってきたばかりの水穂と廊下でバッタリと会い、一緒に俺の部屋を尋ねてきたらしい。
正直、タイミングが悪かった、としか言いようがない。
マリアをそそのかし、こんな事を企んだのは間違いなくフローラなのだろうが、本当にいい迷惑だ。
その三人は、というと部屋で未だ何か話し込んでいる様子だった。
大方、今朝のことで水穂に言い訳でもしているのだろう。
『アソボ、ユキネ! ユキネ!』
「……遊んで欲しいの?」
「もう、懐かれちゃったみたいだね」
皇家の樹の枝から伸びた光が、乱舞となってユキネの周りを飛び交う。
本来なら、この樹のことは隠すべきなのだろうが、ユキネには向こうの世界のことや俺のことは話してある。
それに幾ら隠し立てしたところで、こんな目立つところに皇家の樹が植えられているのでは、いつまでも隠し通せる話でもない。
だから、彼女には正直に話すことにした。
それに、俺一人で相手をしてやるよりも、こうして話し相手が他にもいた方が、樹も嬉しいだろう。
こんなところで半世紀もの間、話せる相手もなく独りぼっちだったことを考えると、そうしてやることが一番良いように感じたからだ。
しかし、第四世代の皇家の樹に意思がない、とか言うのは、やはり俗説なのだろうか?
第三世代や第二世代に比べれば、それほど高い知性を持つ訳ではない。
例えるなら、子犬や子猫といった感じのものだが、それでも明確な意思がこの皇家の樹にはある。
少なくとも、俺が話したことのある第四世代の樹は、全ての樹に意思があった。
「しかし、ここにずっと置いてけぼりってのも可哀想だよな」
明日には、ここを発たなければならない。そうなれば、またこの樹はここで独りぼっちになる。
頻繁に会いに来るようなことも出来ないし、何か考えてやらないとまた寂しい思いをすることになるだろう。
そこで、ふと思った。あの爺、北斎との契約が切れた訳ではない。
皇家の樹との契約は一生物。この皇家の樹が力を失うか、北斎が死ぬまで、そう簡単にリンクが切れるはずもない。
なら、あの爺の周囲の状況は知覚できていると言う事だ。
「ふむ……意外と何とかなるかもしれないな」
リンクが生きている、と言う事は契約者の証『キー』があれば何とかなると言う事だ。
北斎は勿論、そのキーを持っているのだろうが、他にも樹とやり取りをする方法が一つだけある。
キーの原材料は、その皇家の樹の枝と、結晶化した樹液の塊。
契約者でなくともその二つがあれば、皇家の樹が認めさえすれば、リンクのサポートに使える。
尤も、契約者の意思を無視して、というわけにも行かないので、北斎に話を通してから、と言う事になるが不可能な話ではない。
「……素直に許可をくれるといいんだが、絶対に対価を要求されるよな」
あの爺が、素直に俺の頼みを聞いてくれるとは思えない。
まずは、その問題をクリアするため、俺は密かに対策を巡らせていた。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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