【Side:水穂】

「ラシャラちゃん達が襲われた!?」
「大丈夫よ、無事だったから。それにしても、本当に単純ね。ここまで予想通りに行動してくれるとは思わなかったわ」

 ラシャラちゃん達が強硬派貴族の残党の襲撃を受けた、と言う報告を聞いて、太老くんが血相を変えて艦橋に飛び込んできた。
 連絡してきたのはアンジェラだ。彼女に予め渡しておいた腕輪は、身を守るための術であると同時に通信機にもなっていた。
 この腕輪は、私の皇家の樹の枝と樹液の結晶を使って作った特製の腕輪だ。私が右手の薬指に付けている皇家の樹のキーに呼応して、通信機としても使用することが出来る。
 それにいざとなれば、彼女や彼女の周囲にいる人達を守るくらいの力はあるだろう。
 こちらに皇家の船は連れてきていないので、手持ちにある分しか用意することが出来ない分、材料も限られている貴重品なのだが、シトレイユの現状を考えた場合、亜法に変わる通信手段と保険は必要だと思い、用意した物だった。
 アンジェラはそう言う意味でも適任だ。密かにアンジェラには今回の件を条件に、シトレイユ方面の伝達役を依頼していたからだ。

「予想通りって……」
「私達がシトレイユを離れれば、強硬派の残党が報復行為に出ることくらい分かっていたもの。太老くんをどうにか出来ないのなら、予定通りラシャラちゃんを――そう考えるのは極自然なことでしょう?」
「それじゃあ、最初から……」
「そのためにタチコマを密かに彼女達の護衛につけ、アンジェラさんに皇家の樹で作った装飾品を渡しておいたのよ」

 試作機のタチコマは当初の予定通り、シトレイユ支部に置いてきた。そう、表向きは。
 実際には、隠密行動用に搭載しておいた光学迷彩を使って、ラシャラちゃん達の護衛を任せてきたのだ。
 太老くんを囮に使った時点で、あれで事態の収拾がつくとは私は考えていなかった。
 これまでの経験から、必ずもっと沢山の獲物が釣れると確信していたからだ。

「お陰で、予想以上に沢山釣れたわ」
「相変わらず、えげつないことしますね……」

 フラグメイカーは良い物も悪い物も引きつける。
 この場合、強硬派の貴族達はまんまと太老くんに引っ掻き回され、引きずり出されたと言う事になる。
 餌にと思って撒いておいた、太老くんとラシャラちゃんの婚約話も、彼等を焦らせる大きな要因となったのだろう。
 しかも、太老くんの暗殺に失敗した時点で、シトレイユは先日の決闘騒ぎの件に引き続き、太老くんに大きな借りを作ってしまっている。
 市場経済の側面から確固たる立場を築きつつある正木商会に、現在急速な高度成長を続けているハヴォニワ。そしてそれらの中心人物である正木太老。今は内輪だけの話とはいえ、太老くんとラシャラちゃんの婚約話も単なる噂ではなくなることは必然だ。
 太老くんを敵に回してはいけない、と言う事は彼等もその後にいる議会も今回のことで理解したはず。
 ならば今度は、この変革の時代を生き残るための手段として、太老くんを利用しようと考えてくるだろう。

「でも、残念ながら大物だけは掛からなかったみたいだけど」

 今回の件で、最後まで傍観者を決め込んできたことで、私の中でババルン卿に対する警戒心と不信感は更に強くなった。
 一見、宰相派の勢力が削がれババルン卿が損をしたように思えるが、組織内部の膿を出すことが出来、動きやすくなったのは寧ろ彼等の方だ。
 本来なら、これでババルン卿まで釣れるのが理想だったのだが、フラグメイカーの影響も受けず、それを回避して見せたと言う事は、かなり計算高く勘もいい、それに臆病なほど慎重を来す相手だと言う事が分った。
 油断の成らない、侮れない相手。それが、私がババルン卿に抱いた印象だ。

「でも、本気で婚約の話を進めるつもりですか?」
「本気よ? アンジェラさんには、その仕込みと調整のために残ってもらったのだもの」

 今回の件でシトレイユでの騒ぎは一先ず落ち着きを取り戻すだろうが、未だババルン卿の目的や動きが読めない以上、手を緩める訳にはいかない。
 太老くんとラシャラちゃんの婚約は、現在のラシャラちゃんのシトレイユでの立場を盤石な物とすると同時に、太老くんのシトレイユでの影響力を強める大きな布石となる。
 ババルン卿を牽制する意味でも、そしてこれからの活動を考えれば、必要なことの一つだと考えていた。

【Side out】





異世界の伝道師 第129話『ラシャラの国』
作者 193






【Side:ラシャラ】

「議会の方から、太老様との婚約の話を進めさせて欲しい、と連絡があったとか」
「うむ。しかも、我の即位を承認し、戴冠式も出来るだけ早い日取りで執り行いたい、と言ってきおった。この間まで、あれほど渋っておったのにな」
「やはり、先日の一件が原因でしょうか?」
「だろうな。太老が余程恐かったと見える。それに、反対していた貴族の大半は、粛正された後じゃからな」

 マーヤと話しているのは太老が襲われた先日の一件と、我の戴冠式、そして婚約の件じゃ。
 こちらから話を持ち掛けるよりも先に、議会の方から太老との婚約を正式に進めて欲しい、との連絡があった。
 恐らくは先日の一件で、反対していた貴族達の大半が爵位を剥奪され、議員職を追われたこと。
 太老を敵に回すことの危険性を、奴等が再確認したからと思うが、一つだけ解せないことがある。

「ババルンまで、すんなりとこの話を容認するとは思わなんだがな。奴め、何を企んでおる」

 ここまでスムーズに話が進んだ背景には、宰相派のトップであるババルンが、我と太老の婚約を容認したことが大きかった。
 対立派閥のトップが容認したことにより、勢いを完全に削がれてしまった宰相派の貴族達も、議会の提案を受け入れざる得なかったのだ。
 我としては、今回の件を切っ掛けに国内での立場をより盤石な物と出来るだけに、決して悪い話ではない。
 飾りだけの皇ではなく、議会に認められると言う事は、国内での発言力もそれだけ大きく増すと言う事じゃ。
 しかし、だからこそババルンの行動が解せない。真にシトレイユを欲しておるのであれば、今回のようなやり方は下策だ。

 追い込まれたことで太老に恐れをなし、手を引いたと言う事か……いや、それほど諦めのよい男とは思えない。
 このシトレイユを大陸一の勢力にまで押し上げた立役者。それこそが我が母上であり、もう一人はババルン卿じゃった。
 母上がシトレイユを離れ、他国に亡命してから随分と立つが、それでも母上の影響力は未だ強くシトレイユに残っている。
 父皇は確かに優れた為政者ではあるが、あの二人に比べれば些か霞んで見える。
 それだけ、あの二人の成した功績と、その力は偉大だったと言う事じゃ。

「ババルン卿が、まだ何かを企んでいると?」
「分からぬ。じゃが、警戒しておくに越したことはない。このまま大人しくしてくれておればよいが、そう甘い相手ならここまで苦労はせん」

 奴が何らかの目的があって、シトレイユを欲していたのは確か。宰相派と呼ばれる欲に目が眩んだ貴族達を従え、力を蓄えてきたのは疑いようのない事実だ。
 何を企んでいるかまではさすがに分からないが、このままババルンが大人しくしているとは我には思えなかった。

「今回は太老の力を借りなければ、我一人ではババルンに対抗することも、貴族達を抑えることも出来なかった。これほど己の力不足を痛感したことはない」
「ラシャラ様……」
「しかし、このままでいるつもりはない。『甘えていい』と言ってくれた太老の言葉は嬉しかったが、その言葉に甘えてばかりでは真に皇とは言えぬ。強くなりたい……いや、強くならねばならぬ」

 太老は言った。我の作った国を見てみたい――と。
 これは太老の言葉に報いたいから決めた、と言う訳ではない。太老に言われた言葉の意味をずっと考え、我がだした決意だった。
 これまで皇になると言う事は、極当たり前のことだと、我は心のどこかで考えていたのやもしれぬ。
 そのための教育を我は施されてきた。皇となるために育てられてきた、と言っても過言ではない。
 だからこそ、自然とシトレイユの皇になることに疑問を抱くことはなく、ここまできた。

 ――しかし、そうしてなった皇に、本当に民はついてきてくれるのじゃろうか?
 ――貴族達が我の言う事を聞いてくれないのは何故か?

 考えるまでもない、それは簡単なことじゃった。その簡単なことにすら、我は気付くことが出来ずにいたのじゃ。
 ただ親から国を受継ぐのではなく、『ここが我の国じゃ』と胸を張って言える、そんな国を作りたい。
 それが、我がだした決意。太老の言葉に返せる、唯一の答えじゃった。
 あの言葉の返事を、我はいつか太老に返したい。例え何年掛かっても、目に見える結果を出して――

【Side out】





【Side:太老】

 ハヴォニワに帰る船の中で、俺は何故かコノヱに頭を下げられていた。

「お願いします! 今回のことで自分の未熟さを痛感しました! 是非、太老様の訓練を私にも受けさせてください!」

 何だかよく分からないが、ようはシトレイユの軍人達をコテンパンに伸した、あの一件のことを言っているようだった。
 俺がやったのは雑魚の始末くらいで、聖機人を倒したのは水穂とタチコマだ。
 俺に師事するよりも、水穂に習った方が確実だと思うのだが、コノヱは一歩も引いてくれない。

「あの三人を鍛えたのは太老様だと聞き及んでいます! 水穂さんは確かに優れた武術家ではありますが聖機師ではありませんし、やはり一聖機師として太老様に教えを請いたいのです!」

 あの三人と言うのは、タツミ、ユキノ、ミナギの三人のことだ。今では、『ハヴォニワの三連星』と呼ばれ、ハヴォニワ軍のエースを名乗っているらしい。
 コノヱも十分、あの三人と遜色ないくらいに強いはずなのだが、どうにも現状で納得が行っていないらしい。
 しかし、水穂が聖機師ではない、と言うのは表向きは確かにそうだが、多分その気になれば水穂なら俺以上に上手く聖機人を扱えるだろう。
 尤も、水穂にその気はないようだし、俺の従者にしたのも異世界人であることや、聖機師であることを隠すためでもある。
 ネタバラしが出来ない以上、それをコノヱに言う訳にはいかず、結局、俺に話が回ってくる、と言う訳だった。

(でも、鍛えたって、そんな大層なことした記憶ないんだけどな……)

 畑仕事を手伝ってもらって、山賊討伐をお願いしたくらいで、訓練と呼べることを実際にやった記憶がない。
 先日メテオフォールでやった模擬戦がそう呼べなくはないだろうが、結局あの騒ぎで軍事訓練云々も、うやむやになってしまっているのが現状だ。

「俺のお陰と言うより、あの三人の実力だと思うんだけど……」
「ご謙遜を……しかし、やはりそう簡単には聞き入れてもらえませんか」

 聞き入れるも何も……一言で言うと、面倒臭かった。
 人に物を教えると言った性分ではない。第一、それほどの実力者ならともかく、剣術の腕も二流の俺が、だ。
 実際、剣術だけなら、コノヱの方が俺よりも実力は上だろう。現役の聖機師の中でも、随一とか言われてる剣術の使い手のコノヱに、俺が剣の実力で勝っているとは思えない。
 実戦はそれだけが勝敗を分けるわけではないので、実際には俺がまだ勝てる自信はあるが、生体強化など条件が五分であれば、正直コノヱに勝てないかもしれない。最近じゃ、ミツキにも勝てるか怪しくなってきていると言うのに……。
 最近のミツキは手加減してるとはいえ、水穂ともそこそこ戦えてるって話だし、正直な話かなり立場を危うくしていた。

「ですが、諦めません! このままでは護衛機師としての職務も全う出来ない。太老様の足手まといだけにはなりたくはないのです!」

 などと言っているが、今のコノヱに勝てる奴などそうはいないだろう。
 何よりも比較対象がおかしすぎる。水穂、ミツキ、それに俺。成り行きとは言え生体強化を受けているミツキに、しかも水穂はあちらでは『瀬戸の盾』と恐れられるほどの実力者。そして俺も、仮にも樹雷の皇眷属に名を連ねる闘士の一人だ。
 初期段階文明の人間が敵うはずもない相手ばかり。皇家の樹のキーを持っているとはいえ、ちゃんと生体強化を受けている訳ではなく、知らないで僅かに力を引き出しているような状況のコノヱとでは、比較対象にもならない。
 まあ、キーの力をもう少し上手く引き出せるようになれば、随分とマシにはなると思うが……そのためには皇家の樹のことを教えないといけない訳で……。

「はあ……仕方ないか」
「それでは!」

 このまま大人しく引き下がってくれそうにないし、コノヱにはキーのことなど一度ちゃんと話して置こうと考えていたので、良い機会かと考え、諦めてある程度のことを話してやることにした。

「俺が教えられるのはコツのような物だけだから、強くなれるかどうかはコノヱさん次第だからね」
「はい、心得ています! ご指導よろしくお願いします!」

 北斎からも俺の自由にしていい、という許可は予めもらってある。
 コノヱなら、まず間違いなく、早い段階で樹の力を引き出すことが出来るだろう。
 期待に満ちた目で見てくるコノヱに、まさかいい加減なことを教えられるはずもなく、急遽取ることになった弟子に不安を抱えつつ、俺は心の中で深く溜め息を吐いていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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