【Side:太老】
「うおっ!」
皇家の樹のことや俺達のことを少し話し、ほんの少し力の引き出し方を教えただけなのだが、コノヱの力は以前にも増して上がっていた。
コノヱに修行を付けてくれ、と頼まれたのが今から三ヶ月前。力も技もスピードも、三ヶ月前のあの時とは比べ物にならない。
生体強化を受けている俺が、油断をすれば一撃を貰いかねないほどに、メキメキと上達してきていた。
「コノヱさん、随分と強くなったね。以前とは段違いだ」
「はあはあ……ありがとうございます。ですが、まだ太老様に一撃も当てることが出来ません」
さすがにそれは無理だ。幾ら、皇家の樹の力を引き出していると言っても、コノヱは生体強化を受けている訳でもなく、ましてや皇家の樹のマスターでもない。借り物の力で、その差を埋められるほど現実は甘くない。
剣術の腕では間違いなくコノヱの方が上だとは思うが、それ以外の部分ではまだまだ俺の方が上回っている。
それに、身体能力の差だけはこの場合どうしようもない。コノヱが付いてくるのが精一杯の動きでも、俺にとっては軽く体を動かしている程度に過ぎず、コノヱが技を放ってからでも対応できるだけの反射速度が俺にはある。
力においてもそうだ。素で大岩を砕くほどの力を持つ俺と普通の人間とでは、どうやっても埋まらない圧倒的な力の差があった。
コノヱがキーを使って皇家の樹の力を引き出したとしても、船から引き出せる力は契約者に比べて遥かに劣る。
それに比べて俺の生体強化は、自称『宇宙一の天才科学者』が施した、水穂曰くアカデミーの哲学士でも解析不能な超一流の特注品。
何だかんだで、あの鷲羽が天才であることは疑いようがない事実だ。それと比較するのは、さすがに無理があった。
「こればかりは、どうしようもないと思うよ? 俺のことは以前に話した通りだけど、ちょっと特殊な体をしてるからね」
考えてみると、俺の判断基準は樹雷の皇族や柾木家の女性陣なので、比較材料としては余りあてにならないことに気がついた。
有象無象の宇宙海賊や一般人から見れば、俺も十分に規格外な存在と言う事になる。
とは言え、何度もこの力に助けられたことを思うと、その点は鷲羽に感謝していなくもない。
その危険を伴う事件に巻き込まれた原因が、例え鬼姫≠竍鷲羽≠ノあろうとも俺は全然……気にしているが、もう諦めた。
過ぎたこと後悔しても、今更仕方のないことだ。それに、これはこれで便利な力ではあるので、生活に不自由がないのであれば、割り切って利用した方が何かと得だ。
「それでも、悔しいことに変わりありません」
「結構、負けず嫌いなんだな……」
コノヱのお陰で大分鈍っていた勘を取り戻すことが出来た。手加減の方も大体のコツは掴めてきたので、聖機人に乗っても尻尾を使わない限りは以前のように、やり過ぎてしまうことはないだろう。
ただ、圧縮弾はメテオフォールの件からも分かる通り使用不能。尻尾も使えないとなると、素手と言う訳にはいかないし、何か武器を考える必要が出て来る。
一月に開催される予定となっている聖地での武術大会――通称『聖武会』と呼ばれる聖機人による大会は、武器に関しては聖機人用の物であれば特に制限はなく、槍、剣、銃、好きな物を使って戦うことが許されている。
しかし、俺の聖機人には欠点があった。実のところ、どの武器を使っても、武器の方が聖機人の力に耐えられないのだ。
全力で攻撃に使えるのは一度きり。純粋に破壊力だけを求めるのなら尻尾が一番強く、それ以外はまともな武器にもならない。
何度も使えないとなると、壊れる心配をしながら武器で攻撃するよりも、最初から格闘戦で望んだ方が、まだ信頼が置ける。
まさか、使える武器がないと言うのがこれほど不便だとは思いもしなかった。某作品に出て来るような『竜の騎士』じゃあるまいし、こんなチート聖機人、普通に使うには扱いにくいだけだ。
「やっぱり素手で出るしかないかな……」
「素手? 太老様は、武器なしで武術大会に出られるのですか?」
「使える武器がないんじゃ、それしかないかな? って」
徒手空拳、と言うと何となく格好いい気がするが、完全に気の所為だ。
圧縮弾は使えない。尻尾は使えない。しかも武器なし。
と試合に挑む前から大きなハンデを背負った状態で、気分は青一色だった。
【Side out】
異世界の伝道師 第134話『ユキネの願い』
作者 193
【Side:コノヱ】
太老様が北斎様と同じ異世界人だと聞いた時には驚いたが、あの強さを知る身としては、『それも当然か』と納得している自分がいた。
この三ヶ月、鍛錬に鍛練を重ね、太老様に言われたとおり、皇家の樹の力を随分と引き出すことが出来るようになった。
しかし、それでも太老様に、まだ一度として攻撃を当てることが出来ていない。
それどころか、私と同じように動き回っていたはずなのに、息一つ乱さず、まだ全力を出し切っていないかのように余裕のある様子。
そんな太老様を見る度に、強くなればなるほど、その背中を遠く感じずにはいられなかった。
「しかし、素手で武術大会に出られるとは……やはり、『使える武器がない』とはそういう事なのだろう」
余りにも相手との実力差が開きすぎていて、聖機人戦で武器を持った状態では、手加減をしても大怪我を負わす、もしくは殺してしまうかもしれない、とそのことを危惧されているのだろうと考えた。
確かに、太老様の実力を考えれば十分に考えられることだ。
その上、難攻不落と恐れられたメテオフォールを一撃で破壊したことからも、あの黄金の聖機人は他の聖機人と一線を画している。
「精が出るわね」
「ユキネか……何のようだ?」
太老様との鍛錬を終え、自主鍛錬に励んでいると、ユキネがやってきて私に声を掛けてきた。
「屋敷の中から太老の姿が見えたから、様子を見に来ただけ」
「それは残念だったな。太老様なら仕事が残っているとかで、商会の方に戻られた。追い掛けるなら早く行った方がいいぞ」
「そう……ありがとう」
少し素っ気ないか、と思わなくはなかったが、私はユキネに対し一つだけ納得が行かないことがあった。
それは、先日行われた武術大会に出場する、もう一人の代表者を決める選出会での件だ。
ユキネとの決着を、その場で付けられると考えていたにも拘わらず、ユキネは予選には現れなかった。戦うこともなく、代表を辞退したのだ。
「ユキネ、一つ聞いてもいいか? 何故、代表を辞退したのだ? 聖地での武術大会で優勝することは聖機師にとって最高の栄誉。お前ほどの聖機師が、戦わずして逃げるなど何故そんな事をした?」
立ち去ろうとしていたユキネを呼び止め、私は思いきってその疑問をぶつけてみることにした。
このまま納得の行かない気持ちを引き摺ったままで、大会に臨みたくはない。
それにやはり、大切な大会を前にライバルと雌雄を決することが出来なかったことが、今でも尾を引いていたからだ。
「例え試合でも、見世物になると分かっていて太老と戦いたくはなかったから」
「それは……しかし、聖機師である以上、私達は国のために戦わねばならん! それが、意に沿わぬことでも!」
「勿論、その時がくれば私も戦うわ。太老とマリア様がいるこの国が好きだもの。でも、それとこれは別。私にとって一番大切な物に刃を向けてまで、私は何かを得たいとは思わない」
「……聖機師としての名誉は必要無いと?」
「それが悪いことだとは言わない。あの大会に出ることは聖機師として名誉なことだし、それだけ周囲からも高く評価されることになる。周囲に認められると言う事は、どんなことであれ悪いことじゃないと思うわ」
「ならば、何故っ!?」
「でも、私にはそれが絶対に必要だとは言えない。太老だって、名誉が欲しくて大会に出場する訳ではないはずよ」
ユキネの意志が揺らぐことはなかった。
真っ直ぐと私の眼を見て答えるユキネの言葉には、彼女なりのしっかりとした信念が宿っていた。
確かにユキネは以前から、権力が欲しかった訳でも、楽な生活をしたくて聖機師になった訳でも、戦いが好きで聖機人に乗っている訳ではなかった。
『アイスドール』などと言う冷たい呼び名で呼ばれてはいるが、ユキネは他の誰よりも心が温かく優しい少女だった。
本来、ユキネは争いを好まない。聖地にいる時でも、『大勢の人達と知り合いになれば、その分、国同士の争いを回避出来るかもしれない』と甘いことを平然と言っていたほどのお人好しだ。
聖地には様々な国の人々が集まる。故に、身分の違い風習の違い、理由は様々だが苛めやグループでの対立、決闘と言った騒ぎも珍しくない。
ユキネも『ハヴォニワの花』などと称されるほど目立つ風貌をしていたこともあって、心ない生徒達からの侮辱や嫉妬の対象にされることも少なくはなかった。
それでも何も言い返さない、やり返さないユキネに対し、私は我慢がならず『何故、やり返さないのか?』と責めたことがあった。
しかし、そんな私に対してユキネは――
『私が聖機師を志すのは、国同士の争いを少しでも減らしたいから――ハヴォニワという国を背負っている私が、自ら火種を作ることは出来ない』
思えばあの時、私はユキネという少女を、初めて生涯のライバルとして認めたのかも知れない。
私とは相反するその少女のやり方と思いの強さに、気がつけば私は心を奪われていたのだ。
事実、ユキネは強かった。その心の強さと同様、実力の面でも他者を圧倒していた。近接戦闘では確かに私の方が優れていたが、総合的な能力では間違いなくユキネの方が上だった。
その証拠に、マリア様の護衛機師として相応しい成績を残し、ユキネは学院を卒業した。
優しすぎるが故に軍人には向いていないが、本来の実力を出し切れれば、ユキネの強さは私よりもずっと上だろう。
「もう一度、聞いてもいいか? 何故、お前は聖機師になった。本当は何を望んでいる」
「……あの時と、何一つ答えは変わっていないわ。少しでも争いを減らしたい。戦争で村を焼かれることも、飢えに苦しむこともない。大切な誰かを殺されることもない。そんな平和な世界になって欲しいと願っている。夢物語だと笑われるかも知れないけど、私の理想は太老が進む先にあると思うから――私は、ただ願うことしか出来なかった。でも、太老は違う。夢を夢で終わらせないために頑張っている太老を、私は応援したいと思ったの」
やはり、ユキネはあの頃と何一つ変わってはいなかった。
ただ、あの頃と違うのは、私では望んでも立てなかった彼女の隣に、今は誰よりも頼りになる味方がついていると言うだけのことだ。
きっと彼女は見つけられたのだろう。
――生涯の伴侶とも言えるべき相手を
――これまで大切にしてきたモノを預けられるほどの相手を
夢を諦めた訳ではない。志を曲げた訳ではない。
そのことが分かっただけでも、私は嬉しかった。
「ユキネ、受け取れ」
「あっ! ……木剣?」
太老様が置いて行かれた、もう一本の木剣をユキネへと投げる。
木剣を手に、呆気にとられているユキネに、私は手加減なしで斬りかかった。
「コノヱ!? 行き成り、何を!?」
「水穂様の訓練を受けているのだろう? その実力を試させてもらおうか!」
「私は、受けるなんて一言も――」
そう言いながらも、あっさりと私の斬撃を受け流すユキネ。
以前にも増して、技のキレがいい。
「いい加減にして!」
横凪に払われたユキネの渾身の一撃。
回避が間に合わず、私は両手で木剣を構えて防御するが、容易く弾き飛ばされてしまう。
余りの衝撃に、柄を握っていた手がビリビリと痺れていた。
「やはり、強いな……剣術で私より劣るなどと、よく言ったモノだ」
「どう言うつもり? 私はあなたと戦うつもりなんて」
「単なる憂さ晴らしだ。お前が選出会に出て来なかったために、私が代表を押しつけられてしまった」
「それって、私の所為じゃない……」
「いや、お前の所為だ。だから、お前は私の憂さ晴らしに付き合う責任がある!」
「ちょっと、そんな無茶苦茶な理由っ!」
カンカン、と木剣の弾き合う音が踊るような旋律を奏で、甲高く屋敷の庭に響き渡る。
私は、この懐かしくも心躍る剣舞を楽しんでいた。
「どうした? そんな事では太老様と共に理想を叶えるなど、夢のまた夢だぞ!」
ユキネ・メア――私が生涯のライバルと認めた聖機師。
私が太老様にどうしても一太刀浴びせたいと躍起になっていたのも、そんな彼女の心を奪われた嫉妬からくるモノだったのかもしれない。
【Side out】
【Side:マリア】
「ラン、何を見てるの?」
「あれ、よくやるな、って思ってね」
ランが指差す窓の外では、屋敷の庭でユキネとコノヱの二人が木剣を片手に模擬戦を行っていた。
いや、あれは模擬戦と言うより、真剣勝負に近い。素人目にも分かるほど、二人とも必死な様子で戦っていた。
「ユキネ様のあんな姿、初めて見たなって。マリア様もそう思うでしょ?」
泥にまみれ、汗を流しながら、必死にコノヱの攻撃を凌ぐユキネ。
いつもクールな印象を持つユキネを見ている人達からすれば、今のユキネは珍しく映ることだろう。
だけど、私は知っている。それは本当のユキネを知らない人達の、単なる勘違いに過ぎない、と言う事を。
「ユキネのあれは、単に恥ずかしがり屋なだけよ? 本当は凄く女の子らしいんだから……それに下着とかも情熱的なのが多いのよね」
「そう言われてみれば、そんな気も……」
最近、特に下着の趣味が際どい方向に向かっている気がするのだが、あれがお母様の入れ知恵ではないと言う事は確認している。
最初にお兄様から指輪を貰ったことといい、実は一番油断ならないのはユキネだと思うのは気の所為ではないだろう。
「それに、覚えておきなさい」
「はい?」
「絶対に、ユキネだけは怒らせてはダメよ」
「へ?」
ランが間抜けな声を上げた瞬間、これまでにない甲高い音が屋敷を駆け巡った。
まるで糸の切れた壊れた人形のように、力なく宙を舞うコノヱ。手にしていた木刀は粉々に砕け散り、見る影をなくしていた。
それを眼にしたランは呆気にとられ、呆然と言葉を漏らす。
「あの……マリア様、あれって」
「……何も見なかったことにして忘れなさい。それが、身のためよ」
ユキネを怒らせてはいけない。それがユキネと長く一緒に生活をしてきた、私の感想だ。
あのお母様ですら、本気でユキネを怒らせるような真似は決してしない。
今、私達に出来ることと言ったら、コノヱの冥福を祈ることくらいだった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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