【Side:マリエル】
面接の段階で水穂様から手解きを受けていた母さんに、随分と多くの就職希望者が振り落されたようだが、それはどうやら太老様のことを探ろうと就職希望者に成りすまし忍び込んでいた不届き者だったらしい。
その後、正体のバレた彼女達がどうなったかは分からないが、母さん曰く『フローラ様にお任せしてるから大丈夫よ』だそうだ。
太老様に害を成す者に情けを掛ける必要は私もないとは思うが、フローラ様が関わっていると思うと、ほんの少し同情的な気持ちが湧かなくもない。
「メイド長、四半期分の予算見積書をお持ちしました」
「ありがとう。それと……太老様が当日着用されることになっている、式典用の衣装の方はどうなってますか?」
「マリア様に紹介して頂いた皇室御用達の職人の方にお願いしています。注文したのが先月のことでしたから、年内には仕上がってくると思いますが」
「それだと、万が一問題があった時に時間の余裕がないですね。期限を厳守してくれるように、再度お願いして置いてください。後――」
メイド隊の侍従達を増やしてから、仕事は当初の予想以上に捗っていた。
これまでと比較にならないほどの規模で、私達の活動は多岐に渡り、太老様のサポートを行えるようになった。
水穂様が以前から温めていらっしゃったメイド隊の再編計画を元に、役割に応じた幾つもの部署が設立されたことが、やはり大きかったと言える。
まずは、水穂様が部隊長を務め、正木家に関する情報を管理し、太老様の活動に必要な様々な情報を収集するするために設立された情報部。
必要な時には裏方に回り、太老様を徹底サポートすることも厭わない正木家の影番。別名『隠密機動』とも言われる、その道のエキスパート集団。
私の母さん――ミツキも、水穂様の副官としてこの情報部に所属している。
そして、表の守護役とも言える警備部。
太老様の身辺警護は勿論のこと、屋敷の警備から必要とあれば要人警護までこなす警護のスペシャリスト集団。
これは軍務経験もあり、太老様の護衛機師も務めるコノヱさんに部隊長をお願いした。
技術協力兼名誉顧問にワウアンリー様を迎え、シンシアとグレースが情報部と兼任し代表を務める技術部。
正木家の最高機密の一つに当たる『MEMOL』や新型亜法結界炉『フェンリル』。現在正木商会の各部署を始め、商会で活躍している『タチコマ』を開発したのも、この技術部だ。
正木家が保有するシステムの殆どは、この技術部を通して開発、供給される仕組みとなっている。
他にも、本職の薬剤師を抱える医療部や、毎日の献立から本格的なコース料理まで、どんな要望にもお応えする料理部。
お客様の応対から広報活動や渉外を担当する営業部に、財務や法務を管理・担当する総務部と、その他にも細かい仕事を含めれば十以上に上る部署で、正木卿メイド隊は編成されていた。
私は、畏れ多くもそれらの部署を束ねるメイド長として、メイド隊を指揮する立場にあった。
最初の頃からずっと一緒に頑張ってきた古株の侍従達が協力してくれるので、どうにかやれているが、私一人ではこれだけの大任を果たすことは難しかっただろう。
本来なら、太老様の従者であり、太老様が最も信頼を置く副官でもある水穂様が、この大任を担われるべきなのかもしれないが、
『太老くんに最初にメイド長を任命されたのはマリエルでしょ? なら、しっかりとその期待に応えてみせなさい。大丈夫。難しいところ手の足りないところは皆で協力するし、それに太老くんの認めたあなたなら、きっとやり遂げられるわ』
などと、水穂様に言われては期待に応えない訳にはいかない。
その言葉は、太老様への恩に報いるためには、このくらいで弱音を吐いていてはダメだ、と叱られているようでもあった。
事実、そうなのだろう。このくらいこなせないようでは、太老様から受けた数々の恩を『一生を賭してでも返す』と心に決めた私の覚悟が疑われる。
足りないのであれば、それ以上に努力するだけのこと――皆に認められるようになるまで精一杯頑張るだけのことだ。
太老様への恩返しをするには、太老様のご期待に応える以外に道はない。私はこの職務に誇りと、人生の全てを懸けていた。
「お疲れ様です。メイド長もよかったら、お一つどうですか?」
「……プリン?」
「はい、これ来月発売予定の『正木マート』の新製品らしくって、太老様が『よかったら皆で試食して感想を聞かせて欲しい』って、沢山置いて行かれたんです」
実に太老様らしい話だった。
太老様が忙しい仕事の合間を縫って、商品開発にまで手を出していることは知っていたが、既に商品として売り出すことが決まっている物に試食も何もないだろう。
そう言いながら、皆が遠慮しなくてもいいように、と差し入れしてくださったことは分かっていた。
太老様が立案され、マリア様が企画されたと言うコンビニエンスストア。通称『コンビニ』は、開店当日から順調な滑り出しを記録し、僅か三ヶ月ほどで首都に更に三店舗。他の街にも出店の話が決まり、更にはシトレイユだけでなく聖地にまで支店の出店要請があるほどの人気を博していた。
その人気の理由は豊富な品揃えと、手軽に欲しいと思った物が、いつでも好きな時に店に行けば手に入る便利さにあった。
それに、このプリンのようにデザートからお弁当まで、毎月のように次々と入れ替わる新商品が客の心を掴み、沢山のリピーターを呼んでいることも大きい。
実際、ここで働く侍従達の中にも、毎日のようにコンビニに通っている子達は少なくなかった。
「……ぬこマリア様人形?」
「あっ! それシークレットですよ! プリン一個ずつにおまけとしてついてるんです」
芸が細かい。こうしたところも、実に太老様らしいと思わずにはいられなかった。
【Side out】
異世界の伝道師 第135話『新生メイド隊』
作者 193
【Side:ミツキ】
『もう、終わりにしよう』
『待って、私は課長のことを』
ハヴォニワ王立学院。その地下に間借りしている研究所の一角で、テレビに夢中になっている一団。
どうやら最近、巷で話題となっている昼ドラを見ているようで、私が入ってきたことにも気付いていないようだった。
『私には妻も子も、分かってくれ……』
とは言え、大人向けのこんな番組を、親として子供に見せる訳にはいかない。
一団の中央、最前列の良い席に陣取り、興味津々といった様子で目を輝かせて見ているシンシアとグレース。
私は気配を消し、一団の後からそーっと近づき、机の上にあったリモコンに手を伸ばした。
『いいんだね。後悔しないんだね』
『ええ、課長……』
テレビの中の男女が唇を交わそうとしていた瞬間、ゴクリと咽を鳴らす音が響いた。
しかし次の瞬間には、それよりも早く伸びた私の指が、リモコンのボタンへと触れる。
『ハッスル、マッスル! 明日からキミもムキムキモテ男を目指せ! 究極のサプリメント『筋肉ダルマー』発売中!』
――ズルッ!
テレビに夢中になっていた全員が、その場でズッコケた。
切り替わったチャンネルで流れていたのは、ダルマ製薬とか言う胡散臭い商会の筋肉増強サプリメントのCMだった。
当初、正木商会のCMばかりだったこの放送局も、今ではチャンネル数を四局まで増設し、こうして様々な商会の商品紹介が流されるようになった。
それも、家庭でも格安で手に入る『テレビ』と呼ばれる受信機が、爆発的に普及したことが大きい。
その背景には昨今、益々好調な成長を続けているハヴォニワの経済成長率も大きく関係していた。
国民一人当たりの所得は以前とは比べ物にならないほど上昇しており、食べることで精一杯だった平民達の暮らしも豊かになり、趣味や娯楽に消費を割けられるようになったことが原因としてあった。
その中でもテレビは、街頭テレビの知名度や毎日放送されているマリア様の『にゃんにゃんダンス』の人気もあって、人々の注目を集めるには十分すぎる下積みが出来ていたことも大きかった。
放送局の開局、家庭用テレビの発売から僅か数ヶ月で、それは爆発的なヒットを遂げ、需要に対し供給の方が追いつかないほどの急速な広がりを見せていた。
「げっ!」
「げっ、じゃない。あなた達が見るには十年早いわ。皆まで一緒になって……」
私の姿を見つけるなり、悪いことをして見つかった子供のように、気まずそうな表情を浮かべ、変な声を上げるグレース。
グレースとシンシアと一緒になってテレビを見ていた他の技師達は、私から逃げ出すように散り散りになり、自分達の持ち場へと戻っていった。
「十年後なんか、おばさんじゃないか……」
「ふふん、それは何かな? グレースちゃん、あなたのママは『おばさん』だと、そう言いたいのかな?」
「いや、そこまで言ってない! って、シンシア!? いつの間に!」
同じ開発チームの同僚ばかりか、シンシアにまで見捨てられ、慌てるグレース。
とは言え、さっきの言葉は聞き捨てならない。二十歳前後でおばさんなら、私やフローラ様≠ヘどうなると言うのか。
余計なことを言う、口の軽い子にはお仕置きが必要だ。既に私のターゲットは、グレース一人に絞られていた。
「くっ、こうなったら! タチコマ!」
グレースが名前を呼ぶと、銀色の一体のタチコマが姿を見せる。情報部や技術部で運用されているサポート用タチコマだ。
サポート用とは言っても、技師達の護衛も兼ねた機体で、警備用のタチコマよりも武装が少ないと言うだけで性能に差はない。
寧ろ、シンシアとグレースの専用タチコマは、彼女達の手によりカスタム化されているため、従来のタチコマよりも遥かに性能が高くなっているほどだった。
流れるような動作でタチコマに乗り込み、光学迷彩を駆使して私から逃げようとするグレース。
「フフ……そう、そのつもりなら私にも考えがあるわ。言うだけ言って逃げようとする悪い子には、お仕置きが必要よね?」
その一部始終を見ていた私と目の合った技師達が、一斉に首を縦に振った。
光学迷彩? タチコマ? カスタム機?
その程度で、正木卿メイド隊情報部副官の私から逃げ果せると思ったら甘い。
これまで屋敷に侵入を試みた、数多くの侵入者達を捉えてきた実力。母の偉大さを、娘に今一度、懇切丁寧に分からせてあげる必要がありそうだ。
「さあ、狩りの始まりよ」
【Side out】
【Side:太老】
「ん? 何か、グレースの悲鳴が聞こえたような?」
「気の所為ですよ。グレースちゃんが、ここにいる訳ないじゃないですか」
「そうだよな。今頃は学院にいるはずだし」
警備部に所属するコノヱの部下の案内で、コノヱが寝込んでいると言う病室に案内してもらっていた。
何でも、ユキネと模擬戦をして、寝込むほどの大怪我を負ったらしい。
ユキネ本人は捕まらないし、その一部始終を目撃していたというランとマリアは、どういう訳か何も語ってくれなかった。
一体、何があったと言うのか?
「コノヱさん、大丈夫? 怪我を負ったって聞いたけど」
部屋をノックして病室の中に入ると、医療部の侍従に付き添われ、ベッドに厳重に括り付けられているコノヱの姿を見つけた。
「太老様からもコノヱ隊長に仰ってください。まだ怪我が完治していないと言うのに、『仕事があるから』と言ってベッドから抜け出そうとするんですよ?」
「……それで、この有様か」
拘束具で、これでもかと言うくらいグルグル巻きにされ、ベッドに括り付けられているコノヱ。
部屋の隅で息を切らせて倒れ込んでいる侍従達の姿が見える。
散らかった部屋の様子から察するに、この部屋で何があったかなど、敢えて聞くまでもなさそうだ。
「コノヱさん、酷いの?」
「打撲だけならまだしも、アバラを骨折してますし、少なくとも一ヶ月は安静にして頂かないと」
そんな状態でベッドを抜け出そうとすれば、当然止められるはずだ。
コノヱが仕事熱心なのは分かるが、俺としてもここは安静にして欲しいと思う。
「太老様……ご心配をお掛けして申し訳ありません」
「そう思うなら、たまの休暇だと思って、ゆっくり休んでてくれないかな?」
「しかし、太老様の警護の仕事が……」
「皆もいるし、心配はいらないよ。いざとなれば、俺も自分の身くらいは自分で守れるし。それよりも、せめて一週間くらいはのんびり休んでてくれないか? そうでないと、俺も気になって仕方がないし、この様子じゃ他の皆だって自分の仕事が出来ないだろう? 他人に迷惑を掛けたり邪魔をするのは望む所じゃないと思うけど、違う?」
「うっ……それは」
仕事熱心で今一つ融通が利かない生真面目なところがあるが、こう言われればコノヱも渋々とは言え、話を聞かざる得ないはずだ。
他人に迷惑を掛けると分かっていて、自分の我が儘を通せるほど無責任でもない。
逆に責任感がありすぎて、こうなっているのであれば、弱いところを指摘してやるのが一番効果的だ。
「あの、太老様……さすがに一週間では完治しないと思うのですが」
「うん? ああ、多分大丈夫だよ」
医療部の侍従にそう言われるが、俺は悩むこともなく直ぐ様、『大丈夫だ』と答えた。
今のコノヱなら、皇家の樹のバックアップも受けられるはずだし、通常よりもずっと早く治癒することが可能だろう。
俺の予想では一ヶ月どころか、そのくらいの傷なら数日で完治するはずだ。
「それじゃあ、コノヱさんしっかり養生してね。また様子を見に来るから」
「……はい」
しかし、皇家の樹の力を随分と使いこなせるようになったコノヱを、ここまで痛めつけたというユキネの力。
考えたくはないが、皇家の樹との親和性が一番高かったのはユキネだった。
だとすれば、コノヱ以上に無意識の内に、指輪を通じて皇家の樹の力を引き出せている可能性がある。
それに水穂から定期的に受けている訓練の効果も、そろそろ出て来ているのだろう、と俺は考えた。
(実のところ、ユキネが一番成長してるんじゃ……)
考えられないことじゃない。ミツキ、コノヱに続き、ユキネまで。
段々と周囲の女性陣が手が付けられないほどに強くなっていくことに、俺は何とも言えない不安を抱えていた。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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