【Side:太老】

「太老くん、戴冠式の日取りが決まったわ!」

 書斎で仕事をしていると、水穂が興奮した様子で部屋に飛び込んできた。
 ラシャラの戴冠式の日取りが決まったらしい。皇位を継ぐことで、これでラシャラが晴れてシトレイユの皇と認められる訳だ。
 本来であれば、めでたい話のはずなのだが、俺にとっては他人事ではない。
 それもそのはず。この戴冠式と時を同じくして、俺とラシャラ、そしてマリアの婚約発表が行われる手はずとなっていたからだ。
 しかもそれをダシに、シトレイユとハヴォニワの同盟が調印されることになっていた。

「何だか、浮かない顔ね」
「そりゃそうですよ……政略結婚の材料にされようとしてる、っていうのに」
「あら? ラシャラちゃんやマリアちゃんみたいな、将来性のある可愛らしい女の子と婚約できて、嬉しくないっていうの?」
「……分かってて言ってるでしょ?」

 嬉しくないと言えば嘘になるし、嬉しいと言えば色々と問題になる発言だ。
 どちらにせよ、迂闊な発言をすれば、水穂の玩具にされることは間違いない。
 まだ、ここに鬼姫がいないだけマシとも言えるが、いたら俺は夜逃げしていたことだろう。

「戴冠式は武術大会の後、丁度二ヶ月後よ」
「確か、来年からラシャラちゃんも聖地入りする予定になってましたよね? ってことは、即位して直ぐに聖地入りすることになるのか」
「これだけ時間が掛かった原因には、婚約の件もあるのだけど、儀式に必要な聖機神の貸し出し交渉に手間取ってしまったのが痛かったわね。武術大会も近いから、それが終わってからでないと応じられない、って頑なに拒まれてしまってね」
「聖機神?」
「聖機人の元になったという、世界に一体しかない先史文明の遺産のことよ」

 続いて『誰も動かせないから、ただの骨董品もいいところらしいのだけど』と水穂は付け足した。
 聖機神――そう言えば、その名前は聞いたことがある。以前に、聖機人や亜法結界炉のことについて勉強していた時に、ちょくちょくと資料に出て来ていた機体の名前だ。
 先史文明の遺産で、完全なカタチで発見されたのは、シトレイユ皇国領で見つかった一体のみ。
 現在は聖地に安置されている、と言う話だったが、どうやら戴冠式で使用されることが決まっているらしい。

「聖機神はシトレイユでは『力の象徴』とか言われていて、まだラシャラちゃんの即位を渋っている連中が、時間を引き延ばすために難癖を付けてきたのよ。『聖機神の前で戴冠の儀式を行うことがシトレイユの伝統』とか言ってね」

 不満そうに、その時の状況を説明する水穂を見て、大体の事情は察することが出来た。
 強硬派と呼ばれる、先日の襲撃事件の首謀者ともなった貴族達は軒並み粛正されたが、未だ不満を持っている連中は多い。
 今のところ、賛成派が過半数を占めていることもあって、議会はハヴォニワとの同盟や、ラシャラを皇として立てる方向に動いているが、状況としては以前よりマシになったと言うだけで、完全に解決はしていなかった。
 皇位を継ぐことになるとは言っても、ラシャラの置かれている状況は依然、厳しいことに変わりはない。

「だから、太老くんが守ってあげないと、ね」

 本当にそれだけならいいのだが……笑顔の水穂を見ていると、嫌な予感がしてならなかった。

【Side out】





異世界の伝道師 第136話『進歩と進化』
作者 193






【Side:ラン】

 私は今、自分でも全く思い掛けない場所にきていた。
 そう、鉄壁の要塞とも言われる、あの聖機師候補や王侯貴族の坊ちゃん嬢ちゃんが通う、聖地の学院にだ。
 太老に出会わず、あのまま山賊家業を続けていれば、一生足を踏み入れることはなかった場所。
 昔のあたしなら、迷わずカモの集まるこの場所に足を踏み入れた時点で、舌なめずりをして獲物の品定めをしていたことだろう。
 しかし、生憎と今のあたしには、そんな事は出来ない。いや、そもそもそんな事をして、太老やあの水穂を敵に回すようなことをしたくはないし、第一そんなバカなことをして、今の立場や仕事を棒に振りたくはない。

 子供の頃から血と金の臭いばかりを嗅いで、あたしは生活してきた。
 山賊という家業は常に危険と隣り合わせで、いつ命を落しても不思議ではない。捕まれば死罪。その場で処刑されたって文句は言えない。
 当然、それだけのことをしている自覚はあるし、覚悟もあった。
 その生活が嫌じゃなかったか、と問われれば、嫌じゃなかったとは、はっきり言えない。
 しかし、生憎とあたしは、そうした生き方しか知らなかった。
 物心ついた頃には既に山賊の頭の娘で、生き方を選択するも何も、その日を生きることに精一杯で考える暇も余裕もなかったのだから――

 太老に最初捕まった時は、この世の終わりのような気がしたが、仕事を与え、居場所を作ってくれた太老に、今は多少なりとも感謝している。
 今更、真っ当な生き方が出来る、やり直せるなんて甘いことを考えている訳ではないが、今の生活は嫌ではなかった。

「ランさん、これが学院から提出された必要な資材の見積書です」
「ああ……問題ないみたいだね。じゃあ、本部の方に控えを送って、手配して置いて」

 あたしの母――コルディネは、浪人とはいえ元聖機師だったこともあり、その頃の癖が抜けないのか金遣いが荒く、あたしも随分と苦労を強いられていた。
 太老の元で、帳簿を付けたり書類整理をするのに慣れていたのも、山賊団の家計のやりくりを全て、あたしが一人でこなしていたからだ。
 だからと言う訳ではないが、金の臭いを嗅ぎつけることと、金勘定に関しては自信があった。
 実のところ、そこを水穂に見込まれ、こうして聖地に臨時で設けられた支部に送られた、と言う訳だ。

 年明けに聖地で行われるという武術大会。生徒会に掛け合い、その費用を持つ代わりに大会の運営に一枚噛むことになった。
 一番の狙いは、武術大会をダシにした賭け試合。ぶっちゃけて言ってしまえば、ブックメーカーを引き受けることで、暇を持て余し、肥え太った貴族達から金を巻き上げようという算段だった。
 はっきり言って、あたしよりも水穂の方が、ずっとあくどいと思う。

「ランさんって、マリア様や水穂様、それにメイド長の教育を受けて、太老様の従者になった、って聞いたんですけど、それって本当なんですか?」
「うん……まあね」

 屋敷から補佐に連れてきたメイド隊の侍従に、そう質問され、成り行きで従者にされ、毎日地獄のような特訓と課題を課せられた日々のことを思い出す。
 確かに、そのお陰で従者としての仕事を一通りこなせるようにはなったが……正直に言って、あれは地獄だった。
 マリアとマリエルは、太老のこととなると見境がなくなるところがあるので、太老の従者をすると言うだけで、合格ラインがありえないほど厳しくなる。
 比較対象が同じ従者の水穂なのだから、あたしとしては『冗談じゃない』と言いたくなるような日々だった。
 それに水穂はもっと酷い。仕事に関することを一通り教えてくれたのは水穂だったのだが、あたしの何倍もの量を平然とこなしたか、と思えば、あたしにも同じだけの仕事量を要求する。お陰で徹夜をするのにも慣れてしまった。その度に変な色と味の栄養ドリンクを飲まされたことも、今となっては苦い思い出だ。
 しかも、本人はあれだけ仕事をしていても、それでもセーブしているというのだから、まさに化け物だった。

「す、凄いです! 正木商会を裏から動かしていると言われているマリア様に、あの隠密機動の長で太老様の片腕と称される水穂様。更には、本邸と合わせ総勢五百人近いメイド隊の頂点に立ち、全てを統括されるメイド長マリエル様。あの三方の教育を受けられたなんて」

 そう改めて言われると、確かに凄い面子だ。
 ああ見えてマリアはハヴォニワのお姫様だし、その噂も満更嘘ではないことを、あたしは知っている。
 正木商会の実質的な運営を支えているのは、間違いなくマリアだ。以前に仕事を手伝ったことがあるが、水穂ほどではないにしろ、十一歳とは思えない執務能力の高さを見せつけられた覚えがある。

 水穂も今更言うまでもなく、あたしが知っている限りで最強の従者は彼女以外にありえない。
 いや、あらゆる点で完璧すぎて張り合うこともバカらしく思えるほど、水穂は全ての面に置いて飛び抜けた実力を持っていた。
 今のところ、太老を除けば、あたしが一番敵に回したくない人物ナンバーワンだ。
 あれは味方なら心強いが、敵に回せば一切の容赦がない。そう言うタイプの人間だということは、よく理解している。

 最後にマリエル。一見、前の二人に比べれば目立たない彼女だが、その実は一番とんでもない人物かもしれない。
 屋敷内に置いては、絶対に逆らってはいけない人物。特に、太老に関することで彼女の前で迂闊なことをしてはいけない。
 太老のためであれば、あらゆるパラメーターが上昇し、時にはあの水穂すらも逆らえなくするほどの実力を発揮することがあるからだ。
 過去に一度、何をやったかまでは怖くて聞けなかったが、襟首を掴まれてマリエルに引き摺られているフローラを見たことがある。
 正直、一番怒らせてはいけないのは、彼女だと思う。

「尊敬します! だから、聖地に派遣されてきたんですね!」
「えっと……まあ、そうかな……」

 実のところ、水穂にブックメーカー(仕込み役)に適役と判断され、派遣されただけなのだが、今更そんな事を言える雰囲気ではなかった。
 話を立ち聞きしていた他の侍従達や、商会の従業員達も何やら期待に満ちた眼で、こちらのことを見ていた。

(どうしよう……)

 結局の所、望む望まないに拘わらず、逃げ場など、どこにもなかったと知ったのは、この後のことだ。

【Side out】





【Side:ワウ】

「……あなた達、何やってんの?」
『あッ! ワウさん。太老様から貰った天然オイルを皆で試してるンデスよ!』
『ヤッパリ違いますよネ。シトレイユ産の最高級オイルは』

 屋敷で働く、警備用の青いタチコマ達が集まって、井戸端会議をしていた。
 例えるなら、太老様から貰ったという小さなオイル缶を片手に、真っ昼間から一杯やっている酔っぱらいの集団のようだ。
 ここ最近、タチコマ達の人工知能の進化が、特に著しかった。その原因となっているのが、今、タチコマ達が話題にしている天然オイルや、学習用にインストールされているソフトの数々だったりする。
 全て、太老様がどこからか集め、持ってきた物ばかりだ。

『ワウさんモ、一本如何デス?』
「いや、さすがに私はオイルは飲めないから……」

 こうして順調に成長してくれるのは嬉しいのだが、何とも人間臭くなってきたと思う。
 タチコマの動力には『フェンリル』を基とした小型の新型動力炉が使用されている。
 私の自信作でもある蒸気動力炉と亜法結界炉を併用した物で、振動波の影響を最小限にまで留めた画期的な動力炉だ。
 これを用いることで、聖機師が本来持つ振動波の耐久限界をそのままに、より高出力のエネルギーを確保することも可能となる。
 短時間であれば喫水外での活動も可能な上、出力を抑えて使用すれば、聖機師でない者でも操縦は可能だ。
 聖機人の弱点とも言うべき、振動波の影響による稼働限界の問題を解決し、より安全で安定したエネルギー源を確保するために、と商会が開発を進めていた物だった。

 今はタチコマだけに、出力を抑えた物が使用されているが、これが本格的に実用化されれば、ハヴォニワの聖機人の性能は大幅に上昇することになるだろう。『フェンリル』の実用性の高さは、やはり振動波の影響を抑えられることにある。
 振動波を抑えられると言う事は、従来の耐久限界値以上の出力を引き出したとしても、聖機師に掛かる負担は大きく減らせると言う事だ。
 機体性能が聖機師に左右される一番の原因は、振動波の耐久限界値に個人差がある故だ。だがこれならば、誰でも従来以上の出力での聖機人の運用が可能となる。
 各国の軍事の要が聖機人に頼り切っている以上、兵器にこの技術を転用することを考えた場合、その価値は計り知れない。
 シンシアの造った『MEMOL(メモル)』も大した物だとは思うが、軍用的な意味では『フェンリル』の方がより恐ろしい物に思えてならなかった。

 しかしフローラ様は、太老様の意思を無視してまで、フェンリルの兵器転用を今のところ考えてはいないようだ。
 能力が限定されたタチコマを公表したのも(軍事用以外のタチコマは、正木商会を通じて既に受注が開始されている)、『MEMOL(メモル)』や『フェンリル』を隠すための隠れ蓑とするためであり、商品として販売することで独占する意思がないことを示し、教会や他国にも旨味を持たせることで反発を少なくしようと言う狙いがあった。
 秘匿すればするほど、その情報を求めてハヴォニワに侵入を試みる愚か者は後を絶たない。
 それならば、ある程度の情報を意図的に与えることで、情報操作をする方が都合がいい、と判断したのは水穂さんだった。

「さあ、サボってないで持ち場に戻りなさいよ。また、マリエルに怒られるわよ?」
『大丈夫デスよ。屋敷のセンサーとボク達は直結してマスし、何かアレば直ぐに分かりマスから』
「そういう事言ってると、今度は『天然オイル禁止』にされるわよ?」
『うッ……持ち場に戻りマス』

 さすがに『天然オイル禁止』の言葉が利いたのか、散り散りに持ち場に戻っていくタチコマ達。
 今のタチコマを見ると、ここ数ヶ月で本当に人間臭くなってきた、と思う。
 今度、中身に何がインストールされているのか、細かいチェックが必要だと考えていた。

「でも、何となく太老様に似てきた気がするのよね……」

 きっとそれは、気の所為ではないだろう。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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