【Side:美琴】

「まったく……最近、妙な奴≠ホかりに出くわしてる気がするわ。あの馬鹿≠ニいい」

 思い出されるのは、昨日会った正木太老≠ニ言う男のことだ。もう一人のことは、この際、割愛していい。
 あの正木と言う男、出会った時もそうだが、私の目にはどこか奇妙に映っていた。
 黒子の知り合いだと言うことで、あの場は大人しくしていたが、あの男には絶対に何かある≠ニ、私の直感≠ェ知らせていた。
 それに、あの時、あの男が見せたあの力=c…

「ああ、もう! 今度、会ったら絶対に問い詰めてやる!」

 予想外の事態に気が動転してしまって、その隙に騒ぎに乗じて逃げられてしまったが、今度はそうはいかない。
 必ず捕まえて、どうやったのか聞き出してやる。
 どんな能力を使ったのかは分からないが、あの男も間違いなく能力者≠セ。それも、かなりのレベルの。
 そうでなければ、まさか、あんな……車を蹴り飛ばす≠ネんてことが、普通の人間に出来るはずがない。
 黒子の話では、能力不明の自称無能力者(レベル0)≠ニ言うことだったが、そんな話、信じられる訳がない。
 あの男はこともあろうに、私の超電磁砲(レールガン)で弾き飛ばした犯人の車≠、只の足技で止めて見せたのだ。

「だけど……」

 そう、あの男が飛び出してくれなかったら、超電磁砲(レールガン)で弾き飛ばされた車は、黒子に衝突していたかも知れない。
 黒子なら空間移動能力(テレポート)がある。そんなことはないと思うが、万が一の可能性を否定することは出来ない。

 私が苛立っている理由はこれだ。

 逃げようとする犯人の一人に接触され、手に持っていた食べかけのクレープを服にベッタリとつけられた。
 そのことに激怒して、冷静さを欠いたのが失敗の素だ。
 黒子の制止を無視して手を出した挙句、案の定、怒りから力加減を間違え、黒子を危険に晒してしまった。
 あれが黒子ではなく、通行人を巻き込んだものだったら、もっと最悪な結果に繋がっていたかも知れない。そう思うと、背筋がゾッとする。

 それを、あの見ず知らずの男に尻拭いをしてもらったのだ。そう――この私が、あの男に借り≠作ったと言うことだ。
 にも関わらず、私に謝罪の一言も、礼の一つも言わせないまま、あの男は姿を消してしまった。

「冗談じゃない! 格好つけてるんじゃないわよ! 一体、何様よ! あの男はっ!」
『ひぃっ!』

 近くの街灯に、ガンガンガンガンと計四回の八つ当たりの蹴りを放ち、それを目撃していた通行人達が小さく悲鳴を上げて、私と目を合わせないように俯いたまま、そそくさと立ち去っていく。

「まずっ!」

 遠くから人込みを縫って、何かが近付いてくる気配を感じ取る。おそらくは騒ぎを嗅ぎ付けた警備ロボだ。
 警備ロボが来る前に立ち去らないと、また黒子に小言を言われるのは目に見えている。私は慌てて、その場を離れることにした。

「これと言うのも、全部アイツ≠フせいよ!」

 幾ら、物に八つ当たりしたところで、一向に苛立ちが治まることはなかった。

【Side out】





異世界の伝道師外伝
とある樹雷のフラグメイカー 第2話『仕事を求めて』
作者 193






【Side:太老】

 昨日は失敗した。黒子の犯人逮捕の手際の良さと、美琴の超電磁砲(レールガン)の威力に感心するのは良いが、その極悪な威力で宙を待った犯人の車が、黒子の方に飛んで行き、思わず考えるよりも先に体が動いていた。
 よくよく考えると、黒子は空間移動能力(テレポート)があるのだから、あそこで無理に助けに出る必要すらあったのか分からない。
 後先考えず、全力で体を動かしたものだから、予想外に腹は減るし、挙句には――

「あなた馬鹿ですの!? わたくしは……別に助けてもらわなくても、一人で大丈夫でしたわ」

 その通りなんだが、もう少し感謝してくれてもと思わなくはなかった。

(しかし、事実だしな……)

 あっちの世界ほどではないが、こっちも十分にとんでもない化け物≠ェたくさん居る世界だ。
 特に超能力者(レベル5)と呼ばれる奴らは、尋常じゃない能力を持っている。まず普通の人間じゃない。
 幾ら生体強化≠ウれていても、連中が原作にあるような能力者なら、その程度では超能力者(レベル5)と呼ばれている奴らには敵わない。
 身体的スペックだけで圧倒できるなら苦労はない。そんなことが可能なのは精々、大能力者(レベル4)までと思う。
 相性によっては相手が大能力者(レベル4)以下でも負ける可能性はあるが、まず黒子との戦闘を思い出す限り、正面から戦って負けはないだろう。
 しかし、超能力者(レベル5)と言うのは完全に別格だ。
 大能力者(レベル4)超能力者(レベル5)の間には、例えようのない大きな壁が存在する。努力だけではどうにもならない、大きな壁が。
 まあ、俺と違い、俺のよく知っている、それ以上の化け物連中≠ネら軽々と勝利しそうな気はするが……。

「とは言え、逃げたのは不味かったかな……」

 それが一番気掛かりだった。面倒なことにならない内にと、こっそり逃げたはいいが、後で何を言われるかと思うと憂鬱でならない。
 特に、美琴には警戒されている様子だったので、次に会った時のことを考えると不安で仕方なかった。

「まあ、やってしまったことを、あれこれと考えても仕方ないことか。お、ここだ、ここ」

 一先ず納得して、その場で考えを打ち切る。手にした紙を元にやって来たのは、一件のファミレスだ。
 当面の生活費として、心優しい警備員(アンチスキル)の人達に恵んで貰ったのはいいが、ずっとこのままと言う訳にはいかない。
 いつかは、その金も尽きるだろう。そうなる前に、飢え死にしないよう、食べて行く程度の生活費は自分で稼ぐ必要がある。
 今、住んでいるところも、学園に紹介してもらった格安のアパートなのだが、家賃を融通してもらえたのは今月だけの話だ。
 来月からは普通に支払う義務が出て来るので、何よりもまず金≠ェ必要だった。

「いらっしゃいませー」

 エプロンを身に付けた、可愛らしいウェイトレス姿の女性が出迎えてくれた。
 早速、アルバイト募集の件を尋ねてみようとするが――

「初春、何を暢気にサボってますの?」
「し、白井さん!?」

 聞き覚えのある声が聞こえ、俺は視線をそちらへと移す。

「風邪が辛いなら、さっさと帰る! 大丈夫なら仕事をする! 遊んでいいとは言ってませんわよ」
「うわ〜ん! 散っちゃう、花が散っちゃいます!」

 席で、フルーツパフェを堪能する初春の頭を、悪魔のように容赦なくクシャクシャと掻き毟る黒子。
 大方、風紀委員(ジャッジメント)の仕事をサボっていた初春を黒子が見つけ、連れ戻しに来たとか、そう言うオチなのだろう。
 これだけ広い街で、どうして、こうタイミングよく出会うのか? 正直、不思議でならない。

「早急に片付けなければならない案件がありますのよ」
「せめて一口、一口だけでも〜」

 襟首を掴まれ、ズルズルと引っ張られながら、こっちにやって来る初春。
 その初春を引き摺っている黒子と、店の入り口で正面から出くわし、目を合わせる格好になる。

「あなたは……こんなところで何をされてるんですの?」
「黒子ちゃんも、ファミレスくらい来るでしょ? メシ食いにとか」
「……それは、そうですわね」

 何だか、微妙な遣り取りをする俺と黒子。昨日のこともあってか、上手く会話にならない。
 向こうも、こんなところで出くわすとは思っていなかったのだろう。どう、話を切り出していいか分からなくて、困惑していると言った様子だ。

「あ、あなたは昨日の! 昨日は白井さんを助けて頂き、ありがとうございました」
「初春ちゃんだっけ? これから仕事?」
「あっ! そうでした。白井さん、早く行かなくていいんですか?」
「……そう、でしたわね」

 初春が話に割って入ってくれたお陰で、どうにか微妙な空気も解れる。
 まだ、黒子の方は、俺に何か聞きたいことがある様子だったが、風紀委員(ジャッジメント)の仕事や、初春がいることもあって、それ以上、話に持ち込めないようだった。

「今は時間もありませんから、これを――」
「え?」
「わたくしの連絡先ですわ。先日のことを含め、貴方とはお話≠オたいことがありますので」

 真剣な表情で、俺に携帯番号の書いた紙を手渡してくる黒子。どうやら、逃げ場はないようだ。
 ここで言葉を濁したところで、彼女は納得しないだろう。取り敢えず、紙を受け取っておくしかない。
 先日の件、おそらくは、あの人間離れした動きのことを言っているのだろうが、どうしたものか?
 確かに車を蹴り飛ばすなんて、非常識もいいところだった。あれで『一般人です』などと言っても、まず信じてもらえないだろう。
 いっそ、本当のことを話すか? いや、それは何かと不味い。
 それに『異世界から来ました』なんて、頭のおかしい奴と思われるのが相場だ。

「逃げたらどうなるか……分かってますわね」

 退路は完全に断たれていた。

【Side out】





【Side:黒子】

 まったく、初春は仕事をサボって、お姉様と一緒に御茶をするなど、何て羨まし……風紀委員(ジャッジメント)の仕事を何と思っているのか?
 最近、街では虚空爆破(グラビトン)事件≠笘A続発火強盗など、物騒な事件が相次いでいる。
 風紀委員(ジャッジメント)にも犠牲者が出ているため、事件を早期に解決すべく、風紀委員(ジャッジメント)は総出で捜査に借り出されているような状況だ。
 ここ最近の忙しさは、それが主な原因となっている。しかし、街の人々の安全と生活を守るのが、わたくし達、風紀委員(ジャッジメント)の役目。
 それだと言うのに、この子と来たら――お仕置きが必要ですわね。

「風邪が辛いなら、さっさと帰る! 大丈夫なら仕事をする! 遊んでいいとは言ってませんわよ」
「うわ〜ん! 散っちゃう、花が散っちゃいます!」

 初春の頭をクシャクシャと力任せに掻き毟る。彼女のトレードマークの花が、ハラハラと零れ落ちていく。
 まったく、わたくしに内緒でお姉様と御茶などしているから、こんな目に合うのだ。
 一度、この子には、その辺りのことを確り≠ニ分からせてあげる必要がありそうだ。

「早急に片付けなければならない案件がありますのよ」
「せめて一口、一口だけでも〜」

 初春の泣き叫ぶ声を無視して、彼女の襟首を掴み、ズルズルと引っ張っていく。
 まったく、パフェ如きで大袈裟な。こっちは、お姉様との甘い一時を犠牲にしてまで、警邏に務めていると言うのに。

「――!」

 出口までやって来たところで、あの男、正木太老とバッタリ遭遇する。
 この展開は予想していなかった。昨日の今日で、まさか会えるとは思っていなかったからだ。
 向こうも驚いている様子。偶然にしては出来すぎているが、わたくしにとっては嬉しい状況とも言える。
 昨日は、まさか殿方に庇われるなどと思っていなかったせいで、気が動転してしまい、ちゃんと礼を言うことが出来なかった。
 彼には色々と聞きたいこともあるが、まずはちゃんと礼を言っておきたい。

「あなたは……こんなところで何をされてるんですの?」
「黒子ちゃんも、ファミレスくらい来るでしょ? メシ食いにとか」
「……それは、そうですわね」

 わたくしは、何をやっているのだろう? ただ一言、昨日の御礼を言えばいいだけなのに、それが素直に口に出来ない。
 彼も困っている様子だ。それもそうだろう。昨日のあの態度は、自分でもよくなかったと思う。
 彼は身を呈して、わたくしを庇ってくれたと言うのに、あれでは相手を不快な気持ちさせてしまっただけだ。

「あ、あなたは昨日の! 昨日は白井さんを助けて頂き、ありがとうございました」
「初春ちゃんだっけ? これから仕事?」
「あっ! そうでした。白井さん、早く行かなくていいんですか?」
「……そう、でしたわね」

 初春が割って入ってくれたお陰で、少し空気が和らいだ。
 とは言っても、風紀委員(ジャッジメント)の仕事もある。初春も居る以上、ここでゆっくり話は出来ないだろう。

「今は時間もありませんから、これを――」
「え?」
「わたくしの連絡先ですわ。先日のことを含め、貴方とはお話≠オたいことがありますので」

 自分の携帯番号を男性に知らせるのは少し気が引けるが、彼ならそうした心配は必要ないと思う。
 また、彼が捉まるとは限らない。そう何度も、こんな偶然は起こらないだろう。
 だから、ここで彼との接点を失う訳にはいかない。

「逃げたらどうなるか……分かってますわね」

 だから、彼にも念を押しておく必要があった。

【Side out】





【Side:太老】

 黒子は去った。初春を引き摺ったまま。

(ちょっと怖かった)

 後で連絡しないと、今度はどんな目に合わされるか分からない。そのくらいの迫力が、さっきの黒子にはあった。
 俺が何をしたと言うのか? ただ、質問があると言うよりは、何か鬼気迫るものを彼女に感じた。
 黒子の逆鱗に触れるようなことを、知らず知らずのうちにしていたのだろうか?
 だとしたら、失敗した。黒子を怒らせたことが、美琴に知られでもしたら、どんな目に合わされるか分かったものじゃない。
 ここは、黒子に誠心誠意、頭を下げて謝った上で、美琴には言わないでもらえるよう、頼み込むしかない。

「あの……お客様?」

 ――しまった。店員をそっち除けで、黒子と話込んでしまった。
 アルバイトの話を言い出すタイミングを完全に逃した格好だ。
 仕方ない。今日のところは普通に食事をして、立ち去ることにするか。
 そう思い、席に案内してもらおうと、店員に声を掛けようとした時だった。

「ア、アンタは!?」
「ぶっ!」

 思わず、吹き出してしまった。美琴までいるとは思わなかったからだ。
 何やら、見慣れない年上の風紀委員(ジャッジメント)の女生徒と一緒にいる。年の頃は十七、八と言ったところ。制服から察するに高校生に違いない。
 どうやら、その女生徒に腕を掴まれている様子だが、何かやったのだろうか? それに何故か、美琴も右肩に腕章を付けている。
 いつから風紀委員(ジャッジメント)になったんだ?

「ほら、仕事に戻るわよ」
「あ、ちょっと待って! ああ、もう! アンタも付いてきなさい!」

 風紀委員の女生徒に腕を引っ張られ、突然、俺の方を指差し、そう命令してくる美琴。

「……何で?」

 と、思ったままに疑問を口にするが、その疑問には一切答えてくれず、俺の腕をガッシリと掴んでくる美琴。
 そのままズルズルと引っ張られ、先程の初春の如く、店を後にする。
 次々に起こる唐突な状況について行けず、店の出入口で目を点にして呆けている店員が新鮮だった。

(当分、あの店には行けないな……)

 すでに、俺のアルバイトが絶望的だったのは言うまでもない。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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