【Side:太老】

 俺は何故か、美琴に引っ張られて、風紀委員(ジャッジメント)の仕事を手伝わされていた。

「何で、こんなことになってるんだ?」
「そんなこと、私も知らないわよ!」

 どう考えても、美琴が俺の腕を引っ張って離さなかったから、俺はここにいる。
 それを、有無を言わさず連れて来られたのは俺なのに、知らないと怒鳴られても、正直、扱いに困る。
 と言うか、鞄一つ探すのに大袈裟すぎないか? 超能力者(レベル5)を借り出すなんて、どんな大事件なのか。
 俺達が風紀委員(ジャッジメント)に頼まれたのは、『ピンク色で花柄のついた子供用のバック』を探せと言うものだった。
 何故か、美琴はその話を聞いて、やる気満々に闘志を燃やしていたのだが、それが一番不可思議でならない。
 そんなに花柄の鞄≠ェ欲しかったのだろうか? しかも、子供用をだ。
 そう言えば、先日も鞄に不細工な蛙のキーホルダー≠付けてたっけ。そう考えると、結構、子供ぽい趣味をしているのかも知れない。

「な、何よ?」

 思いの外、可愛らしい一面を見つけられ、(ほが)らかな表情で美琴の顔を眺めてしまった。
 そんな趣味があると知られて恥ずかしかったのか? 頬を紅潮させ、恥ずかしそうにモジモジしている。
 まあ、黙っておいてやるか。まさか、あの常盤台の超電磁砲(レールガン)≠ェ、そんな趣味の持ち主だなんて世間に知れたら、体裁(ていさい)も悪いだろうし。
 それにしても子供用の鞄か。この広い街の中で、そんな小さな物を果たして探し出すことが可能かどうか?
 正直、絶望的だと俺は思う。かと言って、美琴が張り切って探している以上、俺も協力しない訳にはいかない。

「え? 俺が登るの?」
「私達を登らせる気? さっきの路地には私が行ったんだから、今度はアンタの番でしょ」

 そう言って美琴が指差すのは、公園の木々。まさか、この木を全部捜索しろとでも言う気だろうか?
 確か、先程の狭い路地で、前にも後にも行けない状態で、虫にまとわり憑かれて悲鳴を上げてたものな……。
 さすがに二度目となると、危機感を持ったのかも知れない。

「私達は下≠探してるから、アンタは上≠よろしくね」

 やはり、そのまさかのようだった。

【Side out】





異世界の伝道師外伝
とある樹雷のフラグメイカー 第3話『美琴と鞄』
作者 193






【Side:美琴】

 勢いで連れて来てしまったが、こんな奴でも役には立つだろう。
 初春さんがテーブルに忘れていった腕章を私の物と誤解され、この風紀委員(ジャッジメント)の女生徒に半ば強引に物探しを手伝わされていた。
 その探し物、『ピンク色で花柄のついた子供用のバック』だが、それを聞いた時、私の灰色の脳細胞にピンと来た。
 間違いない、虚空爆破(グラビトン)事件≠フ証拠品だと。

 虚空爆破(グラビトン)事件の詳細については、初春さんから耳にしていた。
 犯人の能力は量子変速(シンクロトロン)=Aその名の通り量子を変速させる能力=B
 アルミを基点として重力子を加速させ、それを一気に周囲に撒き散らす。謂わば、アルミを爆弾に変える能力と言ったところか?
 爆破する場所や時間に法則性はなく、犯人の手口の特徴として、爆弾となるアルミ製品、スプーンやアルミ缶などを、ヌイグルミ≠竍子供用の鞄≠ネど警戒心を削ぐ物に仕組み、油断を誘ったところで犯行を行う。
 風紀委員(ジャッジメント)を含む、多くの犠牲者を出している爆弾魔。黒子と初春さんが、街中を駆けずり回って追っている事件だ。

 と言うことは、犯行予告があったか、何らかの情報で、その鞄に爆弾が仕込まれていることを事前に察知したに違いない。
 良い機会だと私は考えた。以前から何かと言うと、口煩い黒子を見返してやるチャンスだと。

『あくまで、お姉さまは一般人ですのよ?』

 とか、

『自分から事件に首を突っ込まないで欲しいですの』

 とか、言ってることは正しいのだが、事ある毎に保護者顔する黒子に、私は腹を据えかねていた。
 挙句には、最近は調子に乗って――

『パステル調色彩の子供っぽい下着は如何なものかと』

 や、

『常盤台のエースがスカートの下に短パンは、はしたないですわよ』

 と、来たものだ。『アンタは私の母親(ママ)か!』って怒鳴りたくなった。
 可愛い下着が好きで悪いか! どうせ、私の趣味は子供ぽいですよ! 自覚してても、好きなものは仕方ない!
 それに、短パンを履いているのは動きやすいからだ。
 常盤台の制服は可愛いが、スカートが短くて困る。動きやすいのはいいが、これでは走ったり、飛び跳ねたりしたら下着が見えてしまう。
 第一、そんなことでは蹴り≠ェ放てない。どうやって自販機を、街灯を、馬鹿な男共も蹴り飛ばせと言うのか。
 素手で殴るのは嫌だ。手が汚れるし、痛いから。そんな趣味はない。

「何で、こんなことになってるんだ?」
「そんなこと、私も知らないわよ!」

 まったく、人が余計なことを思い出して苛立っている時に、この男はまた空気を読めないことを言う。
 私も最初は、この目の前の風紀委員(ジャッジメント)の女に勘違いから巻き込まれたのだ。そんなこと、分かるはずもない。まあ、コイツを巻き込んだのは私だけど。
 しかし、確かに大変だ。こんな広い街中で、子供用の鞄一つを探すと言うことが、どれだけ困難なことか。
 これなら、『街で、たむろしている馬鹿な不良を百人伸して来い』と命令される方が、遥かに簡単で経済的だ。
 だけど、実際問題どうしたものだろう? 本当に今日中に見つかるのだろうか?
 正直、黒子を見返してやると息巻いて、勢いで引き受けたはいいが、散々探して見つからないのもあって、いい加減、諦めかけていた。

「な、何よ?」

 こっちは必死に探し物をしてると言うのに、何か(ほが)らかな様子で私のことを見てくる正木。
 マジマジと見られるのに慣れてないせいか、背中がくすぐったくなる。
 本当に、こいつと居ると調子が狂ってばかりだ。

「え? 俺が登るの?」
「私達を登らせる気? さっきの路地には私が行ったんだから、今度はアンタの番でしょ」

 そうこうしていると、周辺の探索を終え、私達は住宅地の中程にある児童公園に来ていた。
 時刻は午後五時を少し回ったと言ったところ。時期は七月中旬、夏の日差しが暑く照り返し、この時期は夕方と言えど日が高い。
 まだ、明るいこともあって、保育所や学校帰りの子供達が大勢、公園で遊んでいる。
 さすがに、こんなところで爆発したら大変なことになる。
 私は正木に木の上を探すように指示をだし、風紀委員の女性と公園の中を隈なく探すことにする。

「避難誘導とか、しなくていいの?」
「……? なんで?」

 避難誘導をしなくていいと言う風紀委員の言葉を少し疑問に思うが、確かにここに爆弾があると限った話ではない。
 避難した先に爆弾があったと言う話になれば、それはそれで一大事だ。
 おそらくは、そう言うことなのだろうと、自分を納得させた。

(しかし、子供が一杯遊んでいる中で、爆弾探しってのもシュールよね……)

 そんな馬鹿なことを考えながら、ブランコの周辺、滑り台の下、砂場と丁寧に探していく。
 時々、邪魔をしてくる子供を適当にあしらいながら……あしらい……

「何すんのよ! このエロガキ!」

 スカートを捲り上げられ、挙句に短パンを指差して『パンツ持ってないのか?』と聞かれた日には誰でもキレる。
 まったく、最近のエロガキは遠慮と言うものが見受けられない。親の顔が見てみたいものだ。
 仮にも常盤台のお嬢様を捕まえて『ノーパン』なんて、普通は言わない。
 常盤台と言うと、最低でも強能力者(レベル3)以上しかいない、文字通りエリート中のエリート≠ェ通う、学園都市でも五指に入るお嬢様学校だと言うのに。
 別にそのことを鼻に掛けるつもりはないが、もう少し遠慮をして欲しい。
 とは言っても、子供に期待するのは端から無理な相談か……。

「あ――っ!」

 そんな時だった。子供用の鞄を口に(くわ)え、暢気な様子で公園を横断する一匹の犬を見つけたのは。

【Side out】





【Side:太老】

「あ――っ!」

 美琴の大声が聞こえ、俺は慌てて木から飛び降り、美琴の姿を捜す。
 そこには鞄を口に(くわ)えた犬を、物凄い形相で追いかける美琴の姿があった。余りの迫力に思わず、俺も後に退いてしまったほどだ。
 追いかけられている犬も必死だ。そりゃ、そうだろ。俺も、あんな必死な形相の美琴に追いかけられたら、有無を言わさず逃げる。

()った――っ!」

 犬の進行方向の街灯に電撃を放ち、公共物を破壊する美琴。
 犬が怯んだ隙をついて、血走った目で犬に目掛けて、ダイブを噛ましていた。もう、お嬢様の品性の欠片もない。
 たかが子供用の鞄一つに、そこまで必死にならんでもと思わくはないが、そんなことを言ったら何をされるか分からないので、口が裂けても絶対に言えない。

「あっ!」

 しかし、鞄は無残にも暴れる犬の口から放り出され、宙を舞っていた。
 俺は鞄に目掛けて走り出す。落下地点は間違いなく、公園の中央、噴水のど真ん中だ。
 水に落ちれば、鞄の中身も使い物にならなくなるだろう。
 美琴が必死に探す子供鞄だ。もしかすると、彼女にとって大事な物が入ってる可能性もある。
 万が一、水に浸かって使い物にならなくなれば、それを理由に八つ当たりされても困る。俺は、そうならないためにも必死に走った。

『届け――っ!』

 ほぼ同時に噴水にダイブする俺と美琴。
 すぐさま思考を切り替え、噴水まで一直線に走り、鞄に追いついた彼女の運動神経は見事と言う他ない。

『ぷはっ!』
「もう、最悪……何で、アンタまで飛び込んでくるのよ!」
「それより、鞄は!?」

 俺と美琴、二人の手に、鞄はしっかりと掴まれていた。
 水には浸かっていない。どうやら、ギリギリのところで間に合ったようだ。俺達は無事≠ニは言い難い状況だが……。
 何はともあれ、無事な鞄を見て、二人とも、ほっと胸を撫で下ろす。どうやら、俺の首は繋がったらしい。

「キミ達、大丈夫!?」

 噴水にまで飛び込むとは、思ってなかったのだろう。
 風紀委員(ジャッジメント)の女生徒が、驚いた様子で俺達の元に駆けつけて来た。

「ああ――っ!」
『!』

 耳を貫く、聞き覚えのある声に、俺と美琴は同時に振り返る。
 そこには、公園の入り口で、黒子がワナワナと指を震わせながら、青い顔をして立っていた。
 そんな黒子の背後には、小さな女の子を連れた、初春の姿が見受けられる。

「丁度、よかった」

 そう言って、俺達の手からヒョイっと鞄を拾い上げ、その初春と一緒にいた小さな女の子に手渡す風紀委員の女生徒。
 美琴の物とばかり思っていた鞄は、どうやらあの少女の物だったらしい。
 鞄が手元に返って来たことで、女の子は嬉しそうに微笑んでいる。
 そうか、それであんなに必死に……意外といいところがあるじゃないか。少し、美琴のことを見直してしまった。
 強引で、暴力的で、超能力者(レベル5)の危険人物≠ニばかり思っていたが、思いの外、優しい一面を持っているようで安心した。

「お姉様≠ニ変質者≠ェ、白昼堂々ヌレヌレのグショグショになってますの!」
『ブ――ッ!』

 黒子の勘違いの一言に、一斉に口から何か≠吹き出す、俺と美琴。

(変質者って俺のことか!? しかも、ヌレヌレのグショグショってなんだ!? おい!)

 まったくもって冗談じゃない。黒子は背後からドス黒いオーラを出しているし、この場に居たら、何をされるか分かったものではない。

「あー、美琴、後のことは任せた」
「え? ちょっと、待ちなさいよ!」

 美琴の制止も聞かず、俺は全速力で一目散に逃げの一手を打つ。
 美琴命(ミコトラブ)≠フ黒子に、今、どんな言い訳をしても聞いてもらえそうにない。
 そんな危険な橋を、俺は渡るつもりはない。美琴なら、適当に上手く言い訳をしておいてくれるだろう。

【Side out】





【Side:美琴】

「何て、逃げ足の速い奴……」

 人間業とは思えない速度で逃げる正木の姿は、すでに見えなくなっていた。
 黒子もポカンと大口を開けて、呆けてしまっている。あの速度では、黒子の空間移動能力(テレポート)でも追いきれない。
 空間移動能力(テレポート)は汎用性の高い能力ではあるが、決して万能ではない。
 能力の行使に十一次元絶対座標≠用いるため、演算が複雑になるせいで能力の発動に時間が掛かってしまう。
 移動距離も限られているし、目で追いきれないような相手の先を取るなど、至難の業だ。
 幾ら、黒子が優秀な空間移動能力者(テレポーター)だとしても、あの男の速度にはついていけないだろう。

「でも、アイツ……あんなところから私に追いついたのよね?」

 正木はあの時、林の中に居た。私が木の上を探すように命じたのだから、それは間違いない。
 噴水までの距離は、私の居た場所と正木の居た場所とでは、十倍以上の開きがある。にも関わらず、アイツは私と同時に噴水に飛び込んでいた。

 どんなことをすれば、そんなことが可能だと言うのか?

 車を蹴り飛ばした力といい、単に動きが素早いと言うだけではない。
 何かの能力を使っているのは間違いないが、それが何かまでは、はっきりと分からない。
 そもそも能力者でなければ、あの人間離れした身体能力には説明がつかないからだ。

「お姉ちゃん、あ、ありがとう」

 黒子からタオルを受け取り、それで濡れた髪を拭いていると、先程の鞄の持ち主の女の子が傍まで寄って来て、私に恥ずかしげに礼を言って頭を下げた。
 そう言えば、そうだった。結局、爆弾でもなんでもなかったんだっけ……。あんなに必死になっていた自分が馬鹿みたいだ。
 しかし、正直、そんなことはアイツのせいで、すべて吹き飛んでいた。
 それに、子供に素直に感謝されるのも……それほど悪くないと思った。

「私だけじゃないわ。感謝するなら、アイツにも言ってやって」
「え……」
「そのうち会えるわよ。何だったら、今度はアイツを捜してやってもいいから、ちゃんと御礼を言うのよ」
「うん! ありがとう、お姉ちゃん」

 今日のところは見逃してやるけど、次は必ず問い詰めてやる。私はそう、心に固く誓った。


   ◆


「お姉様! どう言うことか! きっちり、説明して頂きますわよ!」

 黒子のことを完全に忘れていた。そういや、この子、誤解したままだったんだっけ。

(アイツ……)

 厄介な面倒ごとを私に押し付けて、逃げた落とし前、絶対につけさせてやる。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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