【Side:美琴】

 裏口を出て、脇に入ったところにある路地。予想通り、犯人は其処にいた。
 偶然、あのヌイグルミを手にしている学生を見かけていたのだが、案の定、カマを掛けてみたら黒≠セった。
 犯人の男は、鞄の中からコッソリとアルミ製のスプーンを取り出し、それを私に向けようとする。

「と、常盤台の超電磁砲(レールガン)!」

 直ぐ様、超電磁砲(レールガン)を抜き打ちで放ち、犯人の持っていたスプーンを撃ち抜く。
 驚き、動揺している犯人の腕を掴み、そのまま腕を後に捻って、スプーンを落とさせ、アスファルトの床に押さえつけた。
 身動きの出来なくなった状態で、悔しそうに何かを叫ぶ犯人。

「いつもこうだ。何をやっても僕は地面に捻じ伏せられる……。
 殺してやる! お前みたいなのが悪いんだ! 風紀委員(ジャッジメント)だって――」

 見た目は、私と同じ中学生くらいだろうか? ヒョロッと痩せ細った、如何にもガリ勉と言った風貌の男性だ。
 言葉から察するにイジメにでもあっていたか、そのことで風紀委員(ジャッジメント)に逆恨みをして犯行に及んだと言ったところだろう。
 だけど、私はこう言う奴が一番嫌いで――許せない。

 ズガン――怒りに任せて体から電撃を発し、男の周囲を吹き飛ばす。
 砂埃が舞い、ゴホゴホと咽るような息を発する男の前に立ち、私はギュッと拳を握り締め、胸の内に溜めていた言葉を吐き出した。

「知ってる? 常盤台中学の超能力者(レベル5)は元々は単なる低能力者(レベル1)だった」

 これは本当のことだ。
 幼い頃の私は、他の能力者の子供達と何も変わらない、極普通の少女だった。

「それでもそいつは頑張って……超能力者(レベル5)と呼ばれる力を掴んだのよ」

 其処に至るまでの努力や過程が、今の御坂美琴(わたし)を形作っている。
 そのことに誇りを感じているし、過去の積み重ねがあるからこそ、この超能力者(レベル5)と言う力が私の手の中にあるのだと、そう信じていた。

「でもね、例え低能力者(レベル1)のままだったとしても、私はアンタの前に立ち塞がったわよ」

 コイツに欠けているのは、能力のあるなしじゃない。自分に自身を持てるだけのものがコイツにはない。
 コイツにも色々と事情はあるだろう。言い分もあるだろう。しかし、やったことは許せない。
 力に依存≠オたコイツのやり方が、それに縋ることでしか弱者を見下せないコイツの根性≠ェ、私は何よりも腹が立つ。
 結局、コイツのしたことは、イジメをした奴等と何も変わらない。いや、それ以上に低能で性質の悪いことだ。

「そっちにも事情はあるんでしょうけど、相談に乗る前に一発殴らせてもらうわよ!」

 ゴン――鈍い音が建物と建物の間に木霊す。
 男の頭を殴った拳が、ちょっぴり虚しく、ヒリヒリと痛かった。

【Side out】





異世界の伝道師外伝
とある樹雷のフラグメイカー 第7話『不幸体質』
作者 193






【Side:黒子】

 お姉様から連絡を貰った。さすがはお姉様、裏口から逃げる犯人を見つけ、それを確保したようだ。
 早速、正木太老に知らせ、警備員(アンチスキル)に引き渡すように指示をする。
 彼は、面倒臭そうな表情を浮かべながらも、渋々と言った様子で、初春の携帯電話を借りて警備員(アンチスキル)に連絡を入れ、お姉様が待つ裏口へと向かっていった。
 先程は、わたくしを庇ってくれたり、皆を助けてくれたりと、色々と活躍したかと思えば、最後まで真面目に職務に徹しきれない。
 本当によく掴めない、おかしな男だ。

「初春、あなたはいいですわ。その女の子を家まで送ってあげなさい。
 佐天さんも、外で心配して待っているでしょうし」
「え、でも……」
「ここには、わたくしと彼もいます。それにもう直、警備員(アンチスキル)も到着しますから、何も心配は要りませんわ」

 先程のことが、余程ショックだったのだろう。まだ肩を小刻みに震わせ、蒼白な表情を浮かべている。
 初春には酷だが、こんな状態でここに残られても、邪魔なだけで役には立たない。
 それに、被害者の女の子も、よく分かっていない様子だが、あんなことがあった後だ。一人にはしておけない。

「分かりました……」

 わたくしの言っている言葉の意味が理解できたのだろう。
 初春は決して頭の悪い子ではない。少し天然なところがあるが、正義感が強く、頭も良い。
 能力は低く、経験は少し足りないが、風紀委員(ジャッジメント)としての実力は決して低いものではない。
 だからこそ、わたくしは初春の友人であり、安心してバックアップを彼女に任せることが出来ているのだ。
 今回のことは、色々と不運が重なっただけ、女の子を放っておけないと言うことも理解しているはずだ。

「さて、わたくしも仕事に戻りませんと」

 初春を見送り、わたくしも職務に戻る。
 この後、証拠物件の引渡しと現場検証、そして事件の報告書のまとめと、やることは山程残っている。
 後で始末書≠書かなくてはならない正木太老よりはマシだが、それでも今晩は遅くなりそうだ。

「寮監に見つからないようにしませんと……」

 門限にはとても間に合いそうもなく、融通の利かない寮監のことを考え、頭を悩ませるばかりだった。

【Side out】





【Side:太老】

 出来ることなら目立ちたくないという考えから、これで事件も解決に向かうだろうと予想して一芝居打ったのだが、考えは甘かったみたいだ。
 俺という異分子がここに居る時点で、この世界は原作の物語によく似た世界に過ぎない。わかっていたことなのに失念していた。完全に俺のミスだ。
 爆発物を手にした少女、そして、その少女を庇うように蹲る初春。そこに駆けつけたのは御坂美琴と――あの上条当麻(かみじょうとうま)≠セった。

 あいつが居てくれて助かったようなものだが、美琴はコインをポケットから落とすし、黒子は動転して空間移動能力(テレポート)が使えなくなるし、爆弾は向こうからやってくるしで、自身の不幸≠セけでなく、他人の不幸≠ワで呼び寄せているのではないかと勘繰ってしまうくらい、最悪なトラブルの連続だった。
 さすがは上条当麻、幻想殺し(イマジンブレイカー)を持つ男。
 奴の能力が幸運≠ワで消し去ってしまうと言う話は、どうやら真実らしい。

「――って、スカシてんじゃねぇ!」

 怖っ! エレベーターの扉をガンガンと足蹴にしている美琴を発見してしまった。
 頭の薄いデパートの支配人と思われる中年の男性は、慌てた様子で美琴の暴挙を止めようとしている。
 さすがに目の前で、善良な市民が美琴の電撃の餌食になるのを見過ごすのは心が痛む。
 警備員(アンチスキル)としては、美琴を止めるべきか。俺は肩を落とし、盛大に嘆息を漏らした。

「その辺りにしとけ、器物破損で連れて行かれたくはないだろ?」
「む……アイツといい、アンタといい、ほんと、何をやったのよ?」

 渋々ではあるが、蹴るのを止めてくれた。しかし、アイツ? 誰のことを言ってるんだ?
 この様子から察するに上条か。大方、また上条と喧嘩でもしたのだろう。
 二人は犬猿の仲とも言うべき天敵同士だし、毎回毎回、美琴の電撃から逃れている上条の能力も本当に凄いと思う。
 幻想殺し(イマジンブレイカー)――あらゆる魔術的力も、科学的能力も、この世に在らざる神秘や魔法を打ち消してしまう力。
 使い方によっては、超能力や魔術などといったものが蔓延るこの世界に置いて、これ以上ないくらい反則的な能力だと俺は思う。
 ただ、その代償として神の加護や幸運と言ったものも、打ち消していると言うのだから、俺としてはそっちは勘弁して欲しいと思うが。

 でもま、不幸とは言っても、西南ほどではあるまい。
 真の不幸≠竍災難≠ニは、確率変動値を操作する能力に長けた彼等≠フような人間のことを言う。
 美星も破壊≠竍混乱≠ニ言った矮小なる確率を引き当て、その結果、不測の偶然による最良の結果を導き出す天才。
 所謂、ありがた迷惑なトラブルメーカーとも言うべき存在だ。

 上条の不幸≠ニは比べものにならん。

 こう、あらためて思い起こすと、本当にとんでもない人物ばかりだ。
 あっちの世界の住人は――

 こっちは確かに美琴のような凄い能力者などもいるが、カテゴリー的にはまだ人間の枠に収まっている。
 能力が凄いと言うだけで、身体的にも他の人間と変わるところはない。
 空間移動能力(テレポート)や、電撃も向こうではそれほど珍しい力でもないしな……。
 物理的破壊くらいのことなら、もっと凄いことを出来る連中が山程いる。

「何よ……人の話をちゃんと聞いてんの?」
「考えてみると、美琴ちゃんも普通の女の子なんだよなって、しみじみ思ってさ」
「はあ!?」

 いっそ、美琴こそ、向こうで暮らせばいいんじゃないかと思う。
 あっちなら、誰からも恐れられること、怖がられることもなく、普通の女子校生として生活できるはずだ。
 お互いに生まれてくる世界を間違えたことを、今はただ後悔することしか出来なかった。

【Side out】





【Side:美琴】

 何も出来なかった。あの時、私は超電磁砲(レールガン)で爆弾を吹き飛ばそうとした。
 しかし、焦りからあってはならないミスを犯してしまい、ポケットからコインを取り零してしまった。
 幾ら、黒子が空間移動能力者(テレポーター)だとしても、あの状況では間に合うはずもない。
 だから、あそこでのミスは決して許されなかったと言うのにだ。

 だけど――危機は回避された。
 間違いない。あのツンツン頭が、能力を打ち消したのだ。
 私の電撃を打ち消した時のように――

「お帰りかしら?」
「ん?」

 あそこで打ち明ければ一躍ヒーローなのにも関わらず、この男は名乗り出ることもなく、飄々とした様子で裏口から逃げ出そうとしている。
 コイツなら、こう言う行動に出るだろうと言うことは、私も予想していた。
 だから、ここ≠ナ待ち伏せしていたのだ。

「今、名乗り出たらヒーローよ」
「何、言ってんだ?」

 本当に意味が分からないと言った様子で、ポカンとした表情で私にそう言ってくる。

「皆、無事だったんだから、それで何の問題もねーじゃないか。
 誰が助けたかなんて、どうでもいい事だろ?」

 何の迷いもなく、コイツはそう言いきった。
 少しくらいは照れたり、自慢してもいいものを、本気で何を言ってるんだ? と言った表情で、そう私に言いきったのだ。

「――!」

 もう、アイツはいない。一瞬、呆けてしまっていた隙に逃げられていた。
 それに気付くと、沸々と怒りが込み上げてくる。
 アイツは悪くない、助けてくれたと分かっているのに、理不尽な怒りが私の中に渦巻いて我慢が出来なかった。
 この私を助け、皆を救ってくれたと言うのに、それを一つも恩にきるなと、そう言うことをあの男≠ヘ言ったのだ。

「――様のお陰で、当店から一人の怪我人も出さずに済みました」
「――って、スカシてんじゃねぇ!」
「ちょ! お客様!?」

 デパートの関係者と思われる中年の親父が、何やら礼を言っているようだが、私の耳には届かない。
 その礼を、本当に言われるべき人物が、ここにはいない。
 これでは、私が道化(ピエロ)のようだ。本当に腹立たしい思いで一杯だった。

「その辺りにしとけ、器物破損で連れて行かれたくはないだろ?」
「む……アイツといい、アンタといい、ほんと、何をやったのよ?」

 そう、そしてコイツも――

 先程、警備員(アンチスキル)を呼んだと言う連絡を黒子から受けている。
 コイツも一応は警備員(アンチスキル)。どう言う経緯でそうなったのかは知らないが、確かに実力は申し分ないだろう。

 能力を打ち消したのは、あのツンツン頭の仕業だと言うことは、私も気付いている。
 問題は何故、あんな離れた場所にあったヌイグルミを、アイツが手にしていたかと言う点だ。
 普通なら不可能だ。ヌイグルミまでの距離は、軽く十メートル以上はあった。
 その距離を一瞬で移動し、ヌイグルミを掴み取るなんて芸当、空間移動(テレポート)でもしなければ不可能だ。
 しかし、アイツにそんな能力があるはずもない。自身で無能力者(レベル0)だと言っていた男にだ。
 だとすれば、一体どうやったのか? 答えは簡単だった。

 正木太老――コイツが、あの一瞬でツンツン頭にヌイグルミを握らせたのだ。
 まったく見えなかった。どうやったのかも分からない。
 以前にアイツが走り去るところを見せてもらったが、あの時でも、まだ能力をセーブしていたのだろうか?
 目に見えないほど速く動ける人間など、聞いたことがない。
 あるいは、それが彼の能力なのかも知れないと考えるが、色々と納得が行かないところがあるのも、また事実だ。

「何よ……人の話をちゃんと聞いてんの?」
「考えてみると、美琴ちゃんも普通の女の子なんだよなって、しみじみ思ってさ」
「はあ!?」

 突然、何を言い出すのかと思った。かなり素っ頓狂な声を上げたと自分でも思う。
 困惑する私を無視して、裏口から外に出て行く正木。
 余りに予想外の返事が返って来たため、引き止めることも出来なかった。

超能力者(レベル5)の、どこが普通の女の子なのよ!」

 自分からしたら、超能力者(レベル5)でも普通だとでも言いたかったのだろうか?
 だとしたら侮辱もいいところだ。私への挑戦状と言ってもいい。
 アイツといい、正木太老といい、本当に腹立たしい奴ばかりだった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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