【Side:太老】
俺達は今、駅前にある『セブンスミスト』と言う店に足を運んでいた。
豊富な品揃えとお手軽な価格で、懐事情が厳しい学生達に定評のあるカジュアルショップだ。
最初、初春と佐天が服を見にく行く約束をしていたらしく、俺と美琴、それに黒子は彼女達に付き添う形で店に訪れていた。
「へー、超電磁砲って、ゲームセンターのコインを飛ばしてるんですか」
「まあ、五十メートルも飛んだら溶けちゃうんだけどね」
「でも、必殺技があると格好いいですよね」
次々に衣服を取り、品定めをしながら他愛のない雑談に花を咲かせる少女達。
感心した様子で美琴の超電磁砲を褒める佐天だが、実物を見たことのある俺から言わせれば、あれは『格好いい』なんて言葉で済ませられるものじゃない。
言葉通りの意味で、あれは兵器だ。それも車を軽々と弾き飛ばすほどの威力を秘めた、とんでもない質量兵器だった。
美琴の二つ名にもなっている『超電磁砲』。それは伊達や酔狂で付いた名ではない。
ゲームセンターのコインと言えど、磁力を用い、音速の三倍で射出させれば高い威力を発揮する。
直接、ぶつけた訳ではなく、その余波の衝撃だけで一般乗用車を宙に舞わせた破壊力からも、大体の想像はつくだろう。
しかも、あれでも美琴は手加減をしている様子だった。
本気で、ゲームセンターのコインなどではなく、専用の弾丸を打ち出した場合、実際にどれだけの威力になるのか、考えたくもない。
超能力者と言うのは、それだけ馬鹿げた存在だと言うことだ。
「正木さん」
「ん?」
一人、ぼけっと三人の話に聞き耳を立てていると、佐天が俺の前にやって来て、ニンマリと怪しい笑顔を浮かべていた。
経験はあるのだが、こう言う時は、大抵、碌でもないことを企んでる顔だ。
「こんな下着、どう思いますか?」
そう言って、佐天が俺の前に両手で広げて見せたのは、淡いピンク色の紐パンだった。
似合うか似合わないかと聞かれれば、似合っていると答えるだろうが、佐天には少し早い気がする。
今の中学生が、どんな下着を履いているのか知らないが、さすがに紐はやり過ぎだろう。
そう考え、佐天にそのことを伝えようとした時、
「ちょ、ちょっと黒子! 何よ、その下着は!?」
「え? 何って、当然、身に付けるのですが?」
「うわ……白井さん、大胆です」
黒子の手にしている下着を見て、美琴は声を張り上げ、大慌て、初春は顔を真っ赤にしてオロオロしている。
どんな下着かと、俺と佐天は覗き見てみるが、余りの内容に二人とも目を点にして固まってしまった。
「……私、普通の下着にします」
「……うん、その方がいいと思うよ」
佐天も、俺を冷やかすつもりで紐パンなどを持ち出したのだろうが、上には上がいた。
とても口に出して言えるような下着ではないと言うことだけ、ここに報告しておこう。
白井黒子――恐ろしい女子中学生だった。
異世界の伝道師外伝
とある樹雷のフラグメイカー 第6話『虚空爆破事件』
作者 193
さすがに女子校生が四人も集まると、騒々しいと言うか、姦しいと言うか。
正直、相手をするのも疲れたので、俺はエスカレーター脇にあるベンチにドッと腰掛け、行き交う人をぼうっと眺めながら休憩していた。
平日とは言え、駅前と言う立地条件の良さもあってか、店の中は、結構な賑わいを見せている。
やはり夕方と言うこともあって、学生の姿が目立つようだが、中には涼みに来た会社員や、親子連れの姿も見受けられた。
「こんなところでサボって、何をしているんですの?」
「若い子に囲まれてると、色々と気疲れしちゃってね。黒子ちゃんは?」
「年寄り臭いですわね……わたくしも休憩ですわ。自分の買い物は終わりましたので」
そう言って、手にした『セブンスミスト』のロゴが入った買い物袋を、俺に見せる黒子。
あの下着は、やはり買ったようだ。誰に見せるのか? などと野暮なことは、敢えて聞くまい。
折角買った下着が、黒焦げにならなければいいが……。
まあ、言ってもやるのだろうし、何も言わないことにした。
「あなたは買わないんですの?」
「金がないからね。給料はまだ先だし、無駄遣いは出来ない」
一応は、最初にIDカードと一緒にもらった金があるのだが、この先、何があるか分からない以上、無駄遣いはしたくない。
警備員の給料が手元に入ってくるまで、まだ一ヶ月近くある。
それまでに金を尽きさせる訳にもいかない。だから、出来るだけ質素倹約を心掛けているだけだ。
「これ、差し上げますわ」
俺の手に、黒子が握らせてくれたのは一本の缶ジュース。
さすがに缶ジュース一本買えないほど、金に困っている訳ではないのだが、今の話に、何か同情を引くようなところがあったのだろうか?
黒子に、こんな気遣いが出来る優しさがあったなんて、凄く意外だ。
しかし、何故、『お汁粉』なのだろう? しかも、この七月も半ば、暑さ真っ盛りの夏場にホット≠チて。
ここが涼しいデパートの中でなければ、嫌がらせもいいところだ。
「ありがとう。でも、何で?」
「先程のお礼、情報料ですわ」
情報料? 俺、何かしただろうか?
特に身に覚えがないのだが、話を蒸し返してややこしくするのも嫌なので、大人しく貰っておくことにした。
缶の飲み口を開け、ズズッとお汁粉を口に入れる。甘い、熱い、それは当然なのだが、冷房の効いたデパートの中で口にしたそれは、ポカポカと体の芯から温まる感じで悪くはなかった。
「そろそろ、お姉様達のところに戻りましょうか」
「そうだね」
そうして、ベンチから立ち上がろうとした時だった。
黒子の携帯電話がプルルと音を立て、行き交う人々の喧騒鳴り止まないその場所に、遠慮がちに小さく響く。
ディスプレイに出た着信の名前を見て、険しい表情を浮かべる黒子。
その様子から察するに、風紀委員からの緊急連絡のようだ。
「――え――――なんですって!」
小さく俯きがちに、口元を押さえて携帯電話を相手に大声で叫ぶ黒子。
俺達の周囲に居たデパートの客達も、何事かと言った感じで、こちらの様子を窺っている。
電話が終わったかと思えば、急に俺のところにツカツカと歩み寄ってきて、キッと俺の方を見上げる黒子。
「爆破予告が出ましたわ!」
黒子のその言葉は、平穏な日常を打ち砕く、最悪の一言だった。
【Side out】
【Side:黒子】
衛星が、重子力の爆発的加速を観測した。
そう、これは先日から街を賑わしている虚空爆破事件≠フ、爆発の前兆を意味している。
狙われたのは、今、わたくし達がいるデパート内にある一角、第七学区の洋服店『セブンスミスト』だ。
これで、虚空爆破事件のターゲットにされた店は九件目に上る。
まずは客達の避難誘導、そして、この店を九件目の被害に遭わせないためにも、爆発物をどうにかして発見しないと。
爆発物さえ発見できれば、わたくしの能力で影響の少ない場所に、爆発物だけを空間移動させることも出来る。
「初春、あなたは店員に事情を話して避難誘導を」
「は、はい!」
「警備員の出番ですわよ。あなたは、わたくしと一緒に爆弾の捜索を」
「あの……私は?」
「お姉様は……出来れば、一般人と一緒に避難して欲しいのですが」
わたくしと初春は風紀委員、正木太老は警備員。わたくし達だけが先に避難をする訳にはいかない。
だが、お姉様は超能力者とは言え、只の一般人。
出来れば避難して欲しいと言うのが、私の願いなのだが、お姉様のことだ。自分だけ先に逃げるなど、決してなさらないだろう。
予想通り、首を横に振るお姉様。ここで口論をしている時間が惜しい。
ここは、お姉様の顔も立てて、協力を申し出ておくべきだと、わたくしは判断した。
「お姉様は――」
「初春の避難誘導を手伝ってやってくれないか?」
わたくしが、お姉様にそのことを頼もうと、口を開くよりも先に、正木太老が割って入ってきた。
「ちょっと、何で私がアンタの言うことなんか――」
「俺は警備員だ。そして、今は非常事態。子供じゃないんだ、状況くらい読め。
それとも、一般人に交じって一緒に避難するか?」
「う――分かったわ」
痛いところをつかれたと言った様子で、苦い表情を浮かべ、初春と共に避難誘導に向かうお姉様。
しかし、何を考えているのか? わたくしも他人のことは言えないが、お姉様は一般人。
その一般人に手伝わせたとなれば、非常時とはいえ、始末書の一枚や二枚は書かされることは必須だ。
(もしかして、わたくしを庇うために?)
警備員の彼が、独断でやったことだと言えば、確かにわたくし達は責任を逃れることが出来るかも知れない。
とは言え、彼にわたくしを庇うメリットなど、何もない。
しかし、先程の行動にどんな意図があるにせよ、お姉様を素早く宥め、わたくしを庇うことに繋がったことは明白だ。
「――黒子ちゃん」
「あ、はい!」
「ん? 爆弾探すんでしょ? 初春達に避難誘導は任せて、俺達も早く探さないと」
「そ、そうですわね」
余計なことを考えるのは後だ。彼の言うとおり、早く爆発物を見つけないと、大変なことになる。
彼に、爆発物と思われる物の形状を教え、一緒にカウンターの下や、棚の陰、店内の怪しい箇所を虱潰しに探していく。
「ありませんわね……」
タイムリミットは刻一刻と迫っていると言うのに、一向に見つからない。
彼も、店の半分をすでに探し終えた様子で、わたくしの担当箇所に目を配らせながら、困った様相を浮かべていた。
「一体何処に?」
「ねえ、黒子ちゃん」
「何ですの? 喋ってないで手を動かして――」
「一つ気になったんだけど、犯人は、何でこの店を狙ったんだろ?」
「……え?」
彼に言われるまで考えもしなかった。この犯人の狙う場所には、規則性が一切ない。
ヌイグルミやゴミ箱など、警戒心を削ぐものに爆弾を仕込む特徴があるとはいえ、時間や場所に法則性が一切ないと言うのが、この犯人の特徴だった。
だから、わたくし達も犯人の手掛かりが掴めず、困り果てていたのだ。
何故、この店を犯人が犯行の場所に選んだのか? 無差別犯行でないとするなら、確かに何らかの理由があってもおかしくない。
過去八件の事件と、今回の事件、そこに何か共通点のようなものがあれば――
「そろそろ初春ちゃん達も、避難させないと危ないな。黒子ちゃんも」
「何を言って、わたくしは風紀委員ですのよ?」
「いや、風紀委員でも、危ないものは危ないでしょ?」
「大丈夫ですわ。いざとなれば、わたくしには空間移動能力が……」
わたくしはハッと気付く。危ない? わたくし達が危ない。
これまで、風紀委員の中で被害にあった同僚は九人。過去八件の犯行の何れもで、風紀委員の犠牲者が出ている。
確実に逃げ遅れ、被害を受けるのは、避難誘導をして最後まで残っている風紀委員だ。
爆破事件だと言うことで、人的被害は当たり前のことと考えていたが、それがそもそも間違っていたのだとしたら?
狙われているのは一般人だと言う先入観があったが、それが正しければ、大前提からして違うと言うことだ。
「狙われているのは風紀委員?」
直ぐ様、思考を切り替える。初春が危ない。
そう考えた、わたくしは彼と顔を見合わせ、慌てて店の外へと向かった。
「あ、白井さん! 避難誘導終わりました」
店の入り口で手を振って、わたくし達に合図を送ってくる初春。
その無事な姿を見て、一先ず胸を撫で下ろす。
「初春! 直ぐにあなたも――」
そう、わたくしが初春に声を掛けようとした時だった。
見覚えのある少女。先日の鞄騒動の時、あの鞄を失くして泣いていた女の子が、蛙のヌイグルミを手に初春に近付いていた。
「これ、眼鏡掛けたお兄ちゃんが、お姉ちゃんに渡してって」
「……え?」
わたくしは直ぐに気付いた、それが爆弾だと――
初春も、大声で叫ぶわたくしの様子がおかしいことを察し、慌てて少女からヌイグルミを奪い取ると、それを後へと放り投げる。
そのまま、少女を庇うように抱きかかえ、その場に蹲った。
店の入り口は開けた作りになっているため、結構な広さがある。
あの場所からでは、遮蔽物のある場所まで大分距離があるため、少女を抱えたままで爆発から逃がれることは難しい。
初春も、咄嗟にそう考えたのだろう。
わたくしは慌てて駆け出した。頭の中をフルに回転させ、空間移動のタイミングを計算していく。
この緊張感の中で、冷静な思考を維持することは難しい。そんな状態で、正確な空間移動が可能かどうか分からない。
しかし、初春と少女を見捨てて逃げる訳にはいかない。
「よかった、無事だったみたいだ」
聞き覚えのない男の声が聞こえ、わたくしはハッとそちらの方を振り返る。
そこには、騒ぎを嗅ぎつけてやってきたお姉様と、ぼさっとしたツンツン頭の見慣れない男子生徒が、初春と少女の傍に駆け寄っていた。
「お姉様、逃げてください! それは爆弾ですわ!」
『――!』
お姉様と男子生徒は驚いた様子で、初春の後にあるヌイグルミの方を見た。
駄目だ。幾らお姉様でも、あそこから間に合うかどうかは分からない。そして、わたくしも、とてもではないが今の速度では間に合わない。
あそこまで空間移動して、直ぐ様、別の場所に空間移動をすることは不可能だ。状況は、絶望的だった。
「え――」
そんな時、わたくしの横を一陣の風が通り過ぎた。何が起こったのか分からない。
ただ、風が頬を掠めたと言うことしか、瞬間的に理解できず、思考がついていかない。
『――!』
全員の表情に、緊張が走る。
メキメキと音を立てて、中心に向かって歪に伸縮していくヌイグルミ。爆発は目前だった。
爆発に備え、身を伏せて目を瞑ってから、どれだけの時が過ぎただろう?
一分、二分? いや、十秒も過ぎていないかも知れない。
一向に爆発する気配がない、おかしな状況を警戒しながらも、わたくしは体を起こし、そっと目を開けた。
店内の様子は、先程までと何も変わっていない。
爆発しなかった? そんなはずはないと、わたくしはヌイグルミの方へと視線を移動する。
しかし、先程まで、そこにあったヌイグルミは何故かそこにはなく、
「えっと……」
「危なかった……いや、お前≠ェ居てくれて助かったよ」
「はあ……と言うか、このヌイグルミって、さっきまで、あそこ≠ノあったんじゃ?」
先程のツンツン頭の肩を、嬉しそうにバシバシ叩く正木太老。
その肩を叩かれている男子学生の手には、先程のヌイグルミが握られていた。
「えっと? どういうことですの?」
「あー、あれだ! 不発だったんじゃない?」
「そう、そう! 俺も気付いたらヌイグルミを抱いてたんで、何がなんだか」
「そ、そんな訳ありませんわ! 重子力だって、ちゃんと感知されて!」
何だか歯切れの悪い様子で、正木太老と男子学生は肩を抱き合って、わたくしの話を誤魔化していた。
確実に、彼等が何かをやったのは間違いない。
しかし、それをどうやったのかが、わたくしには少しも分からない。
ただ、一つ分かることは、彼にまた¥浮ッられたと言う事実だけだった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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