【Side:黒子】
「まずは、その薄汚れた服装をどうにかしませんと」
「……何かいけませんか? とミサカは自分の服装を見直し確認を取ります」
どこで調達したのか分からないが、ミサカの制服は常盤台中学の制服と同じ型のものだった。
パッと見では、他の人にはお姉様と彼女の区別がつかないだろう。わたくしですら見間違えてしまったほどだ。
とは言え、ミサカの制服はお世辞にも綺麗とは言えない。所々ボロボロで薄汚れている。
太老の説明では一方通行との戦闘中に彼女を保護したと言う話だった。と言うことは、この服もその時のままなのだろう。
この子もこの子だが、彼も彼だ。もう少し女性の身なりは気にして欲しい。
それに、彼女は見た目はお姉様と瓜二つなのだから、せめてもう少し――
「何とも言えない邪な視線をミサカは感じました、とミサカは危機感を訴え腹黒女≠ゥら距離を取ります」
「ちょっとお待ちなさい! 腹黒とはなんですか! 腹黒とは!?」
「タロウが警邏中に独り言で呟いていました。腹黒空間移動能力者に見つからないようにしないとと――
状況から察するに、ミサカはあなたのことだと判断しましたが、違うのですか?」
「殺す! 次に会ったら確実に息の根を止めてやりますわ!」
少し見直したかと思えば、直ぐにこれだ。あの男とは一度、本気で戦りあう必要性があるかも知れない。
他にも何か言っていなかったか、彼女には後でじっくりと話を聞かなくてはならないようだ。
しかし、そろそろ寮の門限が危うい。もっと話を聞きたいが、それどころか彼女の洋服を悠長に見ている時間もなさそうだ。
(仕方ありませんわね……急に外泊許可が下りる訳もありませんし)
幸い明日からは夏休みだ。
今日のところはホテルに案内だけして、明日の朝一番で迎えに来て、買い物に連れていけば良いかと考えた。
「しかし、不安ですわね……」
先程から彼女の様子を見ている限り、ホテルとは言え、一人にしておくのは色々と不安が残る。
そうは言っても誰かに相談する訳にもいかないし、やはり太老を先に帰したのは失敗だったかと考えた。
だが、彼と彼女を二人きりにして置く方が、色々と危険でずっと不安だったりする。
彼のことを信頼はしているが、信用はまだしていない。
話を聞いて事情は呑み込めたが、一晩、彼が彼女と一緒にいたのは紛れもない事実だ。
それで何もなかったと言われても、完全に信用することなど出来るはずもなかった。
「一つ気になることがあるのですが」
「何ですの?」
「あなたはタロウのことが好き≠ネのですか? とミサカは率直な疑問を投げ掛けてみます」
「――なっ!」
思いもしなかったミサカの発言に、わたくしは顔を紅潮させ思考を停止させてしまう。
「違うのですか? ミサカとタロウが一緒にいるのが嫌で、ミサカをタロウから引き離したのですよね?」
「そ、それは!」
「ミサカが思うに、それは嫉妬≠ニいう感情ではないのですか? とミサカは状況から類推して疑問を投げ掛けます」
わたくしが太老に嫉妬? そんな、まさか――
「ありえませんわ! そ、そんなことは絶対に!」
「そうなのですか?」
「そうですわ! そんなこと天変地異が起こってもありえませんわ!」
そう、そんなことがありえるはずがない。
わたくしの想い人はお姉様ただ一人。それが男性を、あの正木太老を好きだなんて、そんな馬鹿なことがあるはずがない。
しかし、ミサカの言葉に、わたくしはずっと動揺したままだった。
少しは格好いい、良いところがあるとは思い、色々と見直しもしたが、ただそれだけのはずだと言うのに。
「わたくしは太老のことなんて……」
幻想御手、妹達、それに自分のことも――
何もかも分からないことばかりだった。
【Side out】
異世界の伝道師外伝
とある樹雷のフラグメイカー 第12話『シスターズ』
作者 193
【Side:太老】
「あン!? またテメエか! 一度ならず何度も何度も!」
一方通行も色々と学習しているようで、走って追いつけないと言うことは分かったらしく、そこら辺のものを手当たり次第に蹴り飛ばして俺を撃墜しようとやってくる。
とは言っても、どれだけ早く物を飛ばして来ようが、直線的な攻撃に当たるはずもない。
「当たらなければ、どうということはない!」
一度言ってみたかった台詞を捨て台詞に、今回も見事に逃げ切ることに成功した。
実は、これで三度目だ。
アパートにミサカが一人、先程助けた脇に抱えたミサカが一人、黒子に預けたミサカが一人、と合計三人のミサカを助けたことになる。
これだけ遭遇率が高いと、一方通行でなくても学習すると言うものだ。
本気で逃げれば、アイツから逃げること自体はそれほど難しいことじゃないと、俺も学習した。
追いつかれなければ別段怖い相手じゃない。
(真面目に相手をする気もないしな)
黒子と別れ、近道をして帰ろうとビルの合間の路地を通り抜けしていると、バッタリとミサカと一方通行に路地裏で出会ってしまった。
これを不幸と言わずして何と言う。
引き続いては、どうにか一方通行の執拗な追跡を振り切り、助けたミサカをアパートに置いてコンビニに弁当を買いに出掛けた先で、またバッタリとミサカと一方通行に出会ってしまった。
これを不幸と言わずして何と言う。
結局、二日で三人のミサカを保護したと言うことだ。
三回も実験を阻止したと言うことに他ならない。これって、かなりの高確率ではなかろうか?
いや、もう今更だし、そのことはどうでもいいんだけどね。
「お前等は、もうちょっと遠慮や慎みと言うものを覚えろ!」
念のために余分に買ってきた弁当が、ミサカが一人増えたことで、俺の分を残さずに全て平らげられてしまっていた。
本当に勘弁して欲しい。こいつ等は俺の胃袋と財布に何か恨みでもあるのだろうか?
「ミサカは食事≠ニいうものに興味があっただけです、とミサカはここに弁明しておきます」
「ミサカも食事≠ニ――」
「あー、もういい。同じ話を繰り返してもらわなくても分かるから……」
腹の虫がなる。ファミレスでも結局何も食べず水だけで過ごした挙句、コンビニで買ってきた食料までミサカ達に食べられてしまった。
そうは言っても、また外に何か買いに行くのは嫌な予感しかしないんだよな。
これ、何でだろ?
「とは言え、腹が鳴っては眠れないし……仕方ないか。お前達、大人しく留守番してるんだぞ」
『了解しました、とミサカは素直さをアピールしつつ、お土産を期待して大人しく留守番をしています』
「お前等、まだ食う気か!?」
こいつ等、段々といい性格になってきてないか?
ミサカネットワークで情報を共有している所為か、ネットワークを通じて最初に保護したミサカの性格が伝染しているのか、遠慮も慎みもないしっかりミサカ≠ェ密かに量産されている気がしてならない。
あのミサカだけかと思ったが、どうやらその考えは改めた方が良さそうだ。
これ以上このミサカが増え続けたら、俺は彼女達の底なしの食欲が原因で、本当に破算してしまいかねない。
正直に本音を話せば、すでに一杯一杯だった。
「……何でいるんだよ。一方通行」
「テメエ、やっぱり態とだな! そうなンだな!」
コンビニは駄目だと思い、態々危険を回避して遠くの屋台にまで足を運んだと言うのに、買い物帰りに橋の下の川原でミサカと一方通行を見つけてしまった。
もうね、ここまで巡り合わせが悪いと、色々と仕組まれているのではないかと疑ってしまいそうです。
ギラギラと血走った目で俺に標的を絞ってくる一方通行を適当にあしらい、ミサカを脇に抱えて再び逃走する俺。
さすがに、これだけ遭遇すると対応も慣れたものだ。最初のような緊張感も何もない。
(しかし、アイツも大変だね)
こんな短時間の間に三箇所で実験だなんて、あの実験を擁護する気にはなれないが、そのバイタリティには感服する。
「はあ……」
案の定、余分に買った屋台の串焼きも、更に一人ミサカが加わったことで全て平らげられてしまった。
俺が晩飯を食えるのは、いつのことか? それは俺にも分からない。
「と言うか、お前達も俺の分くらい残しておけ――っ!」
それは俺の心からの悲痛な叫びだった。
【Side out】
【Side:黒子】
「結局、眠れませんでしたわ……」
ミサカに言われたことがずっと頭に引っ掛かっていて、一晩悩んでいたら一睡もすることが出来なかった。
あの後、ミサカをホテルに送り届け、寮に戻ったのは門限ギリギリのことだった。
彼女には取り敢えず、
『明日迎えにきますので、後は適当に寛いでいてくださいな』
と言い残し、わたくしは寮に戻った。
もう少し遅ければ、寮監に見つかっていて危ないところだった、とここに記しておく。
お姉様も帰宅が随分と遅かったようで、疲れきった様子で深夜遅くに部屋に帰って来られた。
また、例の殿方と一悶着あったようだ。
さすがに二人とも帰りが遅いと知られれば、言い訳一つ出来ない。
あそこで早く切り上げて帰って来たのは、判断として間違いではなかったと、わたくしはほっと胸を撫で下ろした。
色々とやることがあると言うのに、罰掃除をしている時間はない。
「お姉様、わたくし仕事がありますので出掛けますわよ」
「うい……いってらっしゃ〜い」
お姉様は、まだ昨日の疲れが抜けきっておられない様子。この調子なら、昼まで起きてはいらっしゃらないだろう。
お姉様が寝ていらっしゃるのなら今が機会だと、わたくしは考えた。
それなら、ミサカを買い物に連れ出しても、街でお姉様に遭遇する確率はグッと低くなる。
念のため別の学区に買い物に出掛けることも考えたが、太老との待ち合わせの時間を考えると、出来るだけ近場で済ませておきたい。
それにミサカには、まだ色々と聞きたいことも残っていた。
「では、行って参りますわ。お姉様はごゆっくりおやすみ≠」
少々不安なことがあるとすれば、ホテルに一人、ミサカを置いてきたことだ。
何事もなければいいが、今思い起こせば少々軽率だったようにも思える。
誰にも相談することが出来ない、頼ることが出来ないとは言っても、彼女は実験から逃げてきた身。
実験の関係者に見つかれば拘束されるか、最悪の場合、処分される立場にある。
下手な感情論や道徳を問う前に、そうした事態をまずは想定して然るべきだったと、今更ながらに少し後悔していた。
太老が渋っていたのも、そうした可能性を考慮していたからかも知れないと、今になって思う。
とは言え、昨日のわたくしはどうかしていた。
感情で突っ走って、ミサカを太老から引き離すことばかりを考えて、これではまるで――
「ありえません! ありえませんわ!」
歩道の真ん中で一人頭を揺すって、思い至った考えを振り払おうと大声で叫んでしまう。
眠れなかったのは、ミサカに言われたあの一言が原因だった。
『それは嫉妬≠ニいう感情ではないのですか?』
わたくしが嫉妬を妬いている。それも太老に好意≠抱いていると言うのだ。
ありえない。そんなことがありえるはずもない。
と何度も自分を言い聞かせるが、昨日のわたくしの行動はどう考えてもおかしかった。
それに、考えれば考えるほど、色々と思い至ることがあった。
しかし、わたくしが彼のことを気にしていたのは、ただ彼が何者かを知りたかった。興味があっただけのことだ。
そう風紀委員として、正木太老を要注意人物として警戒していただけだ。
そのはずなのに……。
「そう、ありないのですわ。わたくしが彼をす、す、す、好き……」
「……スキ? 白井さん、こんな道の真ん中で何をしてるんですか?」
「ひぃええぇぇ!!」
「ひぃっ!」
佐天さんに突然後から声を掛けられて、素っ頓狂な奇声を上げてしまった。
向こうも驚いたようで、小さく悲鳴を上げ、体を引いて硬直してしまっている。
危なかった。とてもではないが、太老のことを考えていたなどと言えるはずがない。
彼女に知られれば、初春に知られることとなり、お姉様の耳にも入ることになりかねない。
それだけは絶対に回避しなくてはならない。
どんなことがあっても、彼女にこのことを知られる訳にはいかなかった。
「いえ、少し考え事をしていただけで、何でもありませんわ。佐天さんはここで何を?」
「あ、私は初春の様子を見に。あの子、昨日もまだ熱があったみたいでしたから」
「ああ、そうでしたの。友達思いですのね」
最近、色々とありすぎて忘れかけていたが、初春がここ数日風邪っぴきだったことを思い出す。
そう言えば、先日の買い物の一件の時も、初春は風邪と言うことで風紀委員に病欠届けが出ていた。
あの時は随分と元気そうな様子だったが、体力がないのに無理をして拗らせてしまったのだろうと、わたくしは状況から類推した。
「白井さんは、これから風紀委員のお仕事ですか?」
「ええ、まあ……そんなものですわ」
全てがそうとは言えないが、あながち嘘でもない。
この街の平和と人々の生活を守ると言う側面から見れば、これも立派な風紀委員の仕事と言えるだろう。
少々心苦しいが、本当のことを言う訳にもいかないので、ここは話を合わせることにした。
「大変ですね。それじゃあ、私はこれで――お仕事、頑張ってください」
「ええ、初春にも無理をしないようにと」
「はい! 必ず伝えます」
手を振って立ち去っていく佐天さん。どうやら、何とか誤魔化せたようだ。
まさか、これからお姉様の妹と合流し、その後に太老と待ち合わせをしているなどと言えるはずもない。
色々な意味で、そんな危険な話は出来そうになかった。
「とにかく急ぎませんと」
わたくしは余計な考えを振り切り、急いで駅前のホテルへと向かう。
幻想御手、それに妹達。どちらも放っておけば、大変なことになる重大な事件であることに変わりはない。
わたくし達の成すべきことの前には、残された時間が余りに少なく、限られていた。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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