【Side:太老】

「どう言うことですの? しっかり、きっちりと説明して頂きますわよ」

 俺の迎えの席に腰掛ける黒子。現在、俺は黒子の尋問を受けていた。
 ミサカは黒子の隣で食後のデザートとばかりに、先程注文した追加のケーキを黙々と食している。
 こっちでは埒があかないと判断したのか、黒子も俺に標的を絞ってきたようだ。

「何と言うか、色々と紆余曲折と込み入った事情があってね……」
「その紆余曲折と込み入った事情と言うものを、是非にお聞きしたいのですが?」

 黒子に見つかれば、こうなることは分かっていたが、よりによってこんな場所で二日目にして見つかることになるとは、幾らなんでも遭遇率が高過ぎだ。
 とは言え、言葉を濁しても納得などしてくれないだろうし。

「黒子ちゃん、門限はいいの?」
「お気になさらず。それよりも、こちらの方が重要≠ナすので」

 やはり逃げられそうにない。正直に述べるべきかも知れないと俺は覚悟を決めた。
 ここでミサカに出会ってしまった以上、聡明な彼女のことだ。俺が教えなくても自力で真実に辿り着くだろう。
 そうなれば美琴のことを心から慕っている黒子が、妹達(シスターズ)のことを放って置けるとは思えない。
 風紀委員(ジャッジメント)として、美琴のために危険な事件に自ら首を突っ込み兼ねない。
 そうなれば最悪の場合、一方通行(アクセラレーター)と対峙することになり、黒子まで……。

 それは考え過ぎかも知れないが、どの道、真実に突き当たるのであれば、俺から真実を語り、黒子を事件に関わらせないように釘を刺して置こうと思った。
 納得はしないだろうが、納得してもらうしかない。これ以上、犠牲者を出さないためにも――

「完結に述べると、この子は……」
「この子は?」

 ゴクッと唾を飲む黒子。この席の辺りだけ空気が重い。ピリピリとした緊張が俺達の間に募る。

「美琴ちゃんの妹なんだ!」
「…………は?」

 目を点にして、呆気に取られた様子で固まってしまう黒子。
 俺、嘘は言ってないよな?





異世界の伝道師外伝
とある樹雷のフラグメイカー 第11話『戦う理由』
作者 193






【Side:黒子】

 飛び出して行ったはずのお姉様が正木太老と一緒にいる。わたくしの思考は停止し、混乱していた。

(いえ、お姉様じゃない?)

 しかし、よく見ると彼女はお姉様と瓜二つ≠ナはあるがお姉様ではない。
 お姉様のことを普段から自然と目で追っているわたくしだから分かる。よく似てはいるが、全くの別人だ。
 お姉様はもっと生気に溢れ、ギラギラとした目をされている。こんな気だるそうな呆けた目を決してしてはいない。

「正木太老――」

 わたくしは正木太老の迎えの席に腰掛け、どう言うことか事情説明を求める。
 何か話し辛そうに困った顔を浮かべているが、こんな現場を目の前にして黙って見過ごすことなど出来るはずもない。
 彼女は確かにお姉様ではないが、お姉様と同じ姿をしているのだ。

「何と言うか、色々と紆余曲折と込み入った事情があってね……」
「その紆余曲折と込み入った事情と言うものを、是非にお聞きしたいのですが?」

 言葉を濁す正木太老。

(それだけ、わたくしには言い難いこと?)

 いや、学園の機密に関わることなのかも知れないと、わたくしは尋問をしながら思考を巡らせる。
 彼が学園上層部と通じている可能性はずっと頭を過ぎっていた。
 そうでなかれば納得の行かない出来事が多過ぎたからだ。
 不正に改善された形跡もない彼の個人データ。教職員でもないのに何の試験も訓練もなく警備員(アンチスキル)に採用された特別性。
 極め付きは風紀委員でも一切情報を掴んでいなかった幻想御手(レベルアッパー)≠フことを知っていたり、虚空爆破(グラビトン)事件を極あっさりと解決して見せた手腕。
 どれを取って見ても、先日まで只の一般人だった男とは思えない。

(考えられることは、彼が学園上層部直轄の秘密部隊の一人だと言う線……)

 噂に過ぎない話だが、学園には表沙汰に出来ない事件を密かに解決する秘密の組織≠ェあると言う話があった。
 それがどう言ったものかは分からないが、何れも警備員(アンチスキル)以上の権限と情報を学園から与えられ、その存在を秘匿されるほどの存在だと言うことだ。
 こうした大きな学園都市だ。そうした面白おかしい都市伝説のような噂は、それは星の数ほど存在する。
 しかし、その眉唾物の話ですら、わたくしには正木太老の存在により、只の噂だと断言して切り捨てることが出来なくなっていた。
 そう考えれば一連の彼の行動にも納得が行くのだ。
 幻想御手(レベルアッパー)を彼が追っている理由、そして目の前の少女のことも――

「完結に述べると、この子は……」
「この子は?」

 観念をしたのか、口を開き始める正木太老。
 わたくしは、その張り詰めた空気に緊張を募らせ、唾を飲み込む。

「美琴ちゃんの妹なんだ!」
「…………は?」

 一瞬、彼が何を言っているのか分からず呆けてしまった。
 妹? お姉様の? いや、そんなはずはない。お姉様から、そんな話を聞いたことは微塵もないからだ。

(まさか、あの噂の――)

 彼が『妹』と言った意味をわたくしは深く考える。
 それは符号のようなものなのかも知れないと――
 以前から噂にあった話。ずっと只の噂だとわたくしも馬鹿にしていたほど、馬鹿馬鹿らしい噂だ。

超電磁砲(レールガン)DNA(いでんし)を使ったクローンが製造されてるんだって』
『軍用兵器として開発されてて、もうすぐ実用化されるらしいぜ』

 当然、お姉様は気にされた様子もなく、わたくしも馬鹿らしい只の噂だと嘲笑していた。
 しかし、現実にお姉様のクローンとしか思えない少女が目の前にいる。
 この事実をわたくしはどう受け止めるべきか? 答えの中々でない思考の海に、わたくしの意識は埋没していく。

「あなたに少々聞きたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「……ミサカにですか?」
「そうですわ。あなた、正木太老とはどう言う関係、いえ、どうやって知り合いましたの?」
「ちょ、待て! 黒子!」
「黙っていてください! わたくしはこの子に質問しているのですわ!」

 慌てた様子の正木太老。先程の様子から察するに彼がこれ以上、本当のことを素直に話してくれるとは思えない。
 だから、標的を切り替え、わたくしは直接彼女に話を聞いてみることにした。
 自分のことを『ミサカ』と名乗った彼女がお姉様クローンなのかどうかは分からない。
 しかし、関連性は必ずあるはずだ。あの噂が真実であるのなら見過ごすことなど出来るはずもない。
 正木太老が動いている以上、この学園には表沙汰に出来ない暗部≠ェあると言うことだ。
 こんな場所に能力者を一同に集めているのだ。わたくしも奇麗事だけではないと言うことは分かっているつもりだ。
 それでも、風紀委員(ジャッジメント)として、お姉様をお慕いする一人の女≠ニして、そんな非人道的な行いを許せるはずもなかった。

「ミサカは実験場(こうえん)で、タロウに家までお持ち帰り≠ウれました」
「……は?」
「その後、タロウに色々と初めての体験≠教えてもらいました」
「…………」
「タロウはミサカに何処にも行くなと言いました。
 だからミサカはここに居ます、とミサカはこれまでにあったことを簡潔に述べてみます」

 言葉が出なかった。
 お持ち帰り? 初めての体験? 何処にも行くな?
 それではまるで――

「あはは……それじゃ、俺とミサカはこれで」
「お待ちなさい。わたくしから逃げられるとでも?」
「……ですよね」

 そそくさと逃げ出そうとする正木太老の肩を、わたくしはガシッと掴む。
 この不届き者を、いえ破廉恥男には、まだたっぷりと教えてもらうことがありそうだ、とわたくしは考えていた。

【Side out】





【Side:太老】

「話は大体のところは分かりましたわ」
「分かってくれたならいいけど……」

 黒子の誤解を解くのに物凄く苦労した。これと言うのも、ミサカが簡潔過ぎる説明をしてくれるからだ。
 警備員(アンチスキル)の同僚ばかりか、黒子にまで要らぬ誤解を持たれるとは、一応は説明したが思いっきり不信感を抱かれてしまった。
 チクチクと突き刺さる疑いの眼差しが痛い。この調子で、俺はこれからも、ここでやっていけるのだろうか?

「と言うことは、彼女とあなたは今、一つ屋根の下で暮らしているのですわね?」
「そうなるね……」
「……やはり彼女の住む場所は、わたくしの方で手配させて頂きますわ。今日のところはホテルにでも」

 ホテルって話が飛躍し過ぎな気がするが、常盤台に通うお嬢様にはそのくらい大した問題ではないのかも知れない。

「えっと、そこまでしてもらう訳には……」
「勿論、貸しですわ。男のあなたと一緒にしておける訳がありませんでしょ?
 それとも、何ですか? お姉様そっくりの彼女に何か疚しいことでもしようと?」

 ガクッと項垂れる俺。反対など出来るはずもなかった。
 ここで反対すれば、間違いなくそっちの方で変態扱いされることは、目に見えて分かっていたからだ。
 最近、色々と不幸な出来事(アクシデント)が重なっている気がする。

 黒子に『以前のようなことがないように』と念を押され、もう一度連絡先を交換し、明日このファミレスで落ち合うことになった。
 ミサカには取り敢えずホテルに泊まってもらうことにして、今後の彼女の処遇は明日以降決めることで話に決着がついた。

「ああ、くれぐれも美琴や他の人には知られないように頼むね」
「分かっていますわ……わたくしも、こんなこと誰にも話せませんし」

 外部に漏らせば黒子の身が危険になる。しかも、美琴に知らされれば、俺の身まで危険になる。
 ミサカから話を聞いた美琴は間違いなく激怒して、俺を抹殺に現れるだろう。
 黒子と違い、あっちは聞く耳を持ってくれそうにないし、美琴の誤解を解ける自信もなければ、生死を懸けた戦いなど経験したくもない。
 しかも、要らぬ誤解でだ。

「一つだけ聞いても、よろしいですか?」
「まあ、俺に答えられることならね……」

 一通り妹達(シスターズ)のことで俺が知っていることは、黒子に誤解を解きながら事情を説明した。
 これ以上、黒子が何を聞きたいのかは知らないが、余り彼女が知っていいようなことではないと思う。
 妹達(シスターズ)の件に関しても胸糞が悪くなるような話だ。黒子も実際、顔を青くして俺の話を聞いていた。
 そこまで深刻な内容だとは思ってもいなかったのだろう。

「あなたは何を成したい、いえ、何のために戦っているんですの?」

 思いもしなかった質問に俺はきょとんと呆けてしまう。
 何をしたいかと言われると、俺ほど目的意識のはっきりしない奴は珍しいと思う。
 こっちの世界に来たのも自分の意思ではないのだし、取り敢えずは生活のため、食い扶持を稼ぐために警備員(アンチスキル)をやっていると言った程度のことだ。

 何のために戦うかと問われれば、当然死にたくないからだ。
 どれだけ理不尽な世界に生まれ変わろうと、理不尽に振り回されるつもりはない。
 この力は、そのためのものだと思っている。俺が満足する生き方をするため、俺が理不尽(マッド)に抗うための術。

「敢えて言えば、自分のためかな?」
「自分の……ため?」
「理不尽だと分かっていても、その理不尽を俺は受け入れることが出来ない。
 だから、抵抗を続けてるんだと思う。この力はそのためにあるんだと俺は思ってる」

 黒子も分かってくれたようで「分かりましたわ」と言い、ミサカを連れて街の雑踏の中に姿を消していった。
 とは言え、一向に理不尽(マッド)に抵抗できてないから、この世界に俺はいるのだが。
 それを考えるとドンヨリとした脱力感が俺の体を襲い、ハアッと大きな溜め息しか出て来なかった。

【Side out】





【Side:黒子】

 正木太老から聞いた妹達(シスターズ)の話は、正直俄かには信じられないほどトチ狂った内容だった。
 一方通行(アクセラレーター)、その名はわたくしも当然耳にしたことがある。学園都市第一位の能力者のことだ。
 その彼を絶対能力(レベル6)に進化させるための計画。
 そのためにお姉様のクローンが作られ、殺され続けていたなどと、今でも信じたくない。それも学園上層部が、それを黙認していると言う事実もだ。
 しかし、そんな嘘を彼が語る意味がない。幻想御手(レベルアッパー)の件に関しても、ここにミサカと言う少女がいることに関しても、すべては本当なのだと、わたくしはこの悲惨な現実を受け入れるしかなかった。

「一つだけ聞いても、よろしいですか?」
「まあ、俺に答えられることならね……」

 だからこそ、彼にはどうしても、これだけは聞いておきたいことがあった。

「あなたは何を成したい、いえ、何のために戦っているんですの?」

 彼が何を成したいのか、何のために戦っているのかを知りたかった。
 わたくしが風紀委員(ジャッジメント)をしているのは、この街の平和と皆の生活を守りたいからだ。
 そのための力が、わたくしにはある。だから、わたくしは戦う。

「敢えて言えば、自分のためかな?」
「自分の……ため?」
「理不尽だと分かっていても、その理不尽を俺は受け入れることが出来ない。
 だから、抵抗を続けてるんだと思う。この力はそのためにあるんだと俺は思ってる」

 わたくしに成したいことがあるのだとすれば、それは負けたくないからだ。悪党に、理不尽な現実に。
 正木太老の言葉が、わたくしの胸にスッと染み渡ってくるのが分かる。

『己の信念に従い、正しいと感じた行動をとるべし』

 風紀委員(ジャッジメント)の心得の一つだ。

 だが、これで一つ分かった。
 警備員(アンチスキル)風紀委員(ジャッジメント)でなくても、彼はずっと以前からそれを体現していたのだと言うことが。
 理不尽に抗うための力。彼の言葉が正しいのであれば、彼のやっていることは、その理不尽と戦うための行いなのだろう。
 こうして、わたくしに包み隠さず事情を説明してくれたのも、彼なりの誠意の見せ方だったのかも知れない。

(どうするかは、わたくしの胸一つ……)

 ここで関わらないと言うのも一つの選択肢かも知れない。ただ、それはわたくしには出来そうになかった。
 正しいと感じた行動を取る。その考えに従った場合、わたくしの答えは決まっている。
 これだけ大きな事件に、たった一人で孤高に立ち向かおうとしている正木太老。
 わたくしには、全てを彼に任せ、彼を放っておくことなど、とても出来ない。

 正木太老――いえ、太老と共に戦う覚悟を決めると言うことは、わたくしにとって大きな意味を持つ選択だった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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