【Side:訪希深】

 唐突だが、我が次元を管理する女神。戦乙女としても名高い頂神の末妹、訪希深だ。
 当然、我を知らぬ者などおらぬとは思うが、くれぐれも我を呼ぶ時は『様』を付けることを忘れぬことだ。
 我を呼び捨てにしても構わぬのは天地殿と姉様達、そして太老だけだと言うことを努々忘れぬようにな。
 そう、そして我はその太老に会うため、地球の天地殿の家に足を運んでいた。
 太老が武者修行を終え、地球に帰って来たと言う話を耳にしたからだ。

「姉様がいない?」
「鷲羽ちゃんなら、『しばらく出掛けてくる』って言ったまま何日か留守にしたままだよ」

 天地殿からそう教えてもらい、我は訝しい表情を浮かべる。
 太老がこちらに帰っていると言う話を耳にして態々会いに来たと言うのに、太老ばかりか鷲羽姉様もいないとは、何かあると言っているようなものだ。
 津名魅姉様にも鷲羽姉様の居場所を聞いてみたが『知らない』と言うことだった。

「ちょっと待て! 何だってあたしに!?」
「痛くはせん。少し頭の中を探らせて欲しいだけだ」
「ちょ、待っ――」

 魎呼を捕縛し、鷲羽姉様の居場所を知らないか懇切丁寧に訊ねて見たのだが、本当に知らないようで落胆する。
 しかし、鷲羽姉様が太老と一緒なのは間違いない。問題は我の太老≠連れてどこに行ったかと言うことだ。
 鷲羽姉様の研究室に何か痕跡が残っているかも知れないが、生憎と以前に不法侵入をして痛い目に遭った記憶があるので、出来ればあそこには踏み込みたくない。

「訪希深様、お呼びでしょうか?」

 さすがに我も危険を冒したくはないので、次善策を打つことにした。
 各世界を管理し見守る立場にある次元管理神達を呼び出し、太老と姉様を最優先で捜し出す様にと告げる。
 その我の命令を受け、額に汗を滲ませ困惑した表情を浮かべる管理神達。

「訪希深様お言葉ですが、私情が過ぎるように思われるのですが……」
「我に黙って見過ごせというのか? 姉様の暴挙を」

 そう、我が何度頼んでも太老を貸してくれない癖に、自分ばかり楽しんでいる鷲羽姉様が悪いのだ。
 こうしている間にも太老が、鷲羽姉様にあんなこと≠竍こんなこと≠されて困っておるかも知れぬというのに、黙ってなどいられるはずがない。
 太老を玩具にしていいのは我だけだ、と言うことを今度こそ鷲羽姉様に分からせてくれる。

「よいな。絶対に捜し出すのだ」

 困惑する管理神達にきつく厳命する我。
 絶対に太老を鷲羽姉様から奪い返してみせる、と我は固く心に誓っていた。

【Side out】





異世界の伝道師外伝
とある樹雷のフラグメイカー 第14話『頂神と太老の決意』
作者 193






【Side:太老】

 現在、俺は非常に困ったことに巻き込まれていた。
 昨晩、あの後更に二回、ミサカを助ける羽目になってしまい、俺の七畳一間、キッチン、バスユニット付きの我が家は五人のミサカ達に占拠され鮨詰め状態になっていた。
 結局寝る場所がなく、俺は狭い台所で毛布に包まって眠ったくらいだ。
 早くこいつらをどうにかしないと、寝る場所どころかここにすら住めなくなってしまう。

『擬人化戦隊シルフェンジャー!』

 ヒーロー特撮物を興味津々と言った様子で見ているミサカ達。

(と言うか擬人化戦隊ってなんだよ?)

 赤いのやら黒いのやら黄色いのやら、トンでもない力を持った女の子達が変身して、怪しげな連中と戦っている。
 しかも、最後には如何にも怪しい黒バイザー黒マントの男が出てきて、テレポートのようなもので黒い女に拉致されてしまった。
 こっちの世界では、最近こんなのが流行っているのか。
 しかし、あの最後に出て来た男、どっかで見たことある気がするのは気の所為か?

「お前等、だから遠慮をしろとあれほど……」

 食費を少しでも節約しようと朝から頑張って作った大鍋のカレーも、殆どミサカ達の胃袋に納まってしまった。
 毎回毎回外食するよりは遥かに安く済むが、この食欲でずっと居座られたら俺の財布がまず持たない。
 早急に対策を考えないことには、身の破滅を招くことは必死だった。

「ククク……そうだよな。こんなことになったのも全部、こんな馬鹿げた計画をした研究者共が悪いんだよな」

 そう、俺がこんなことになっている元凶を考えれば簡単なことだ。
 全ては妹達(シスターズ)を作り、絶対能力進化(レベル6シフト)計画などと言った馬鹿げたものを考え出した研究者共の所為だ。
 奴等がこんな狂気じみた傍迷惑な計画を考えなければ、俺がこんな目に遭うこともなかったはず。
 自分達が作った物が他人様に迷惑を掛けているのだから、その責任は奴等にとってもらうべきだろう。

「もう関わり合いになりたくない、とか消極的なのはなしだ! 今回に限っては俺の生活が懸かっている!」

 主には俺の財布のため、平穏無事な生活を獲得するため、絶対能力進化(レベル6シフト)計画をぶっ潰すと心に固く誓う。
 面倒な相手は一方通行(アクセラレーター)だけだ。別にアイツに関しては直接相手しなければいい。
 俺の目標は飽くまでこの計画を破綻させ、連中に責任を取らせてミサカの生活の面倒を見させられればそれでいい。
 方法など幾らでもある。『鬼の寵児』を本気で怒らせ敵に回したこと、心の底から後悔させてやる。
 そうこう考えていると、何やら耳にインターフォンの連打音が木霊してきた。

「全く、何で出ないんですの? お邪魔しますわよ」

 すでに勝手にお邪魔しながらそう言う女。突然、部屋の中に瞬間移動(テレポート)してくる二人の人影。
 どうやら、インターフォンを連打していた犯人は黒子だったらしい。
 彼女の後には預けてあったミサカがいた。

「狭い部屋ですわね……」
「余計なお世話だ!」

 この世界には総じて慎みも遠慮もない女しかいないのだろうか?
 部屋に入るなり五人のミサカを見て、眉間に皺を寄せる黒子。

「こ、こここ、これはどう言うことですの!?」
「どう言うことも何も、こう言うことなんだが……」

 増えた物はどうしようもない。増やしたくて増やした訳ではないのだし、今回のことは完全に不可抗力だ。
 昨日あったことを黒子に懇切丁寧に説明してやる。
 話を聞く度に、何とも言えない表情に変わっていく黒子。顔芸が達者だな、と思ったのは心の中だけに留めて置いた。

「本当に常識外れですのね……それも、まさかここまでとは」
「そんな同情はいらん……」

 こんな常識外れな力、俺としては必要だとは思わない。
 偶然で片付けられない遭遇率だ。寧ろ、連中が俺の先回りをして実験をやっている、と言われた方がまだ納得が行く。

「それで、どうする気ですの?」
「この実験を止めさせる」
「出来るんですの? それだけ大規模な実験ともなれば一箇所や二箇所、研究所を襲ったところで止められるとも思えませんし、学園上層部が関わっている以上、この事件に深く関わると言うことは学園全体を敵に回すことにも成りかねませんわよ?」

 そんなことは俺にも分かっている。だからこそ、俺にも考えていることがあった。
 この実験の核≠ヘ言うまでもなく一方通行(アクセラレーター)妹達(シスターズ)だ。
 そのどちらか一つが使い物にならなくなれば、当然実験はそれ以上行うことが出来なくなる。
 ようは研究所を一個ずつ潰して回らなくても、事実上の実験中止に追い込めばいいだけのことだ。

「そんなことが可能だと? 一方通行(アクセラレーター)をあなたは倒せるんですの?」
「別に一方通行(アクセラレーター)を倒す必要なんてないんじゃない?」
「でも、それでは……」

 俺が妹達(シスターズ)を破棄すると言っているように思えたのだろうが、それこそ大きな間違いだ。
 ようは彼女達の受けている命令文を、更に上位の命令で書き換えてしまえばいいと言うだけのこと。
 (シスターズ)が実験の参加を拒否すれば、この計画はそもそも成り立たなくなる。
 連中はそんなことはありえない考え、計画を遂行しているようだが、その考えこそが愚かだと俺は言いたい。

打ち止め(ラストオーダー)
「何ですの? それは?」

 この名前を忘れられるはずがない。妹達(シスターズ)の上位固体。固体識別番号は20001番。
 妹達(シスターズ)の反乱防止用に安全装置として作られた計画最後の固体だ。

(そして、妹達(シスターズ)の中で……唯一の幼女≠ナもある!)

 ああ、そこは聞き流してくれて構わない、ちょこっと本音が漏れただけだ。
 取り敢えず、彼女をこっちの手中に収めれば、俺の目的は達成されたも同然と言うことだ。

「ですが、それだけ貴重なものを易々と手放すとは思えませんし、例えそれが可能だとしても再び命令文が書き換えられてしまえば意味がないのでは?」
「そこも抜かりはない。ククク! この俺を誰と思ってやがる!
 あの勉強の日々は無駄ではなかった! 伊達にアカデミーの知識を会得してないわ!」

 こんな世界のロートル科学者に負けるほど、俺が頭が悪いと思ったら大間違いだ。
 資材さえ揃えば生体強化に必要な機材ですら、俺なら自作することだって出来る。
 伊達に鷲羽(マッド)やアカデミーに留学経験もある母親の専属授業を受けていない。
 複製体(クローン)や生命操作の技術だって、あっちでもっと非常識な物を日常的に見てきた俺からすれば、こちらの技術力など児戯にも等しい。
 アストラル体すらも何なのか解明できてないような技術力で、俺に張り合おうなどと片腹痛い。

「勉強? アカデミー?」

 訝しげな表情を向けてくる黒子。危ない、思わず興奮して余計なことを口走ってしまったようだ。
 とは言え、それだけ俺は怒りに打ち震えていると言うことだ。
 連中の所為で、どれだけ俺が酷い目にあったか? それを思えば、この怒りも分かるはずだ。
 後数日この生活が続けば、俺の財布は間違いなく空っぽになるのは間違いない。
 そのことを考えれば、もはや一刻の猶予もない。

「まずは下調べだな。黒子ちゃん、この辺りで学園の書庫(バンク)にアクセス出来る端末とかってない?」
「……本来なら風紀委員(ジャッジメント)として止めるところなのでしょうが、状況が状況ですし仕方ありませんわね」
「ミサカ、お前達はネットーワークを通じて互いの位置確認や存在を認識しあえるのか?」

 黒子に手頃な端末のある場所まで案内してくれるように頼み、ミサカに重要な確認を取っておく。
 もし、それが可能であるのならミサカを使っての通信の真似事も可能ではないか、と考えたからだ。

「可能かと問われれば不可能ではない、とミサカはお答えします。テレパシーのようなことも可能ですので」
「だったら、部屋にいる五人。お前達は留守番だ。何かあればこっちのミサカ≠ノ危険を知らせろ」

 どうやら不可能ではない様子なので、五人は残していくことにする。
 どちらにせよ。この計画が上手く行けば、彼女達は晴れて自由の身だ。
 実験を理由に利用され、殺されるようなこともないだろう。

「タロウ、どうしてミサカに直接聞かないのですか? とミサカはタロウの行動を疑問に思います」
「実験関係者以外に口外しないようにとか、そう言う風に命令されてるんだよな?
 だから、俺はそのことを特に責めようとか追求しようとは思わない。
 実験を止めたいと思ったのも、殆どは俺の私情なんだし」

 ミサカが教えてくれるのなら簡単だとは思うが、俺は無駄なことは極力しない主義だ。
 彼女達が実験のことを口外できない理由を考えれば当然のことだと思うし、そのことで女の子を責め立て無理矢理聞き出すような真似は俺もしたくはない。
 第一、彼女達は拷問くらいでは決して口を割らないだろう。

 俺の目的は飽くまで俺の事情だ。
 ミサカ達の所為で俺の財布が大打撃を受けていることは確かだが、元凶を辿れば彼女達も被害者であることに変わりはない。
 目的のために同じ被害者である彼女達に無理矢理協力させるような真似は、俺としてもしたくはなかった。
 そんなことをすれば、連中とやっていることは何も変わりがない。

「……ZXC741ASD852QWE963'」
「ミサカ?」
「とミサカは実験の符号(パス)の確認を取っただけです」

 ツンデレって奴か? 素直じゃないと言うか、でも良い兆候だと俺は思うことにした。
 ミサカが教えてくれたコードを頭に叩き込む。
 ミサカの言葉通りの意味だとすれば、実験関係者のみに分かる符号(パス)なのだと俺は推測した。
 それを元に辿って行けば、闇雲に当たるよりはずっと早く実験関係のデータに辿り着けるはずだ。

「黒子ちゃん、案内してくれる?」
「……正木太老、いえ太老」
「ん? 突然、名前で呼んで何を……?」

 先程のミサカとのやり取りを後で見ていた黒子が、何やら不機嫌そうな様相で俺に迫り、珍しくも俺の名前を呼び捨てにして、そう言った。
 以前なら『あなた』や『変質者』などと、決して俺の名前を口にしようとはしなかった黒子がだ。

「ちゃん付けは止めなさい。背中がむず痒いですわ」
「えっと……じゃあ、何て呼べば?」
「普通に名前を呼び捨てて構いませんわ」

 ようするに呼び方が気に食わなかったらしい。
 もう中学生だものな。さすがに『ちゃん』付けで呼ばれるのは恥ずかしかったのだろう。

「分かったよ。黒子、案内してくれるか?」
「よ、よろしいですわ」

 恥ずかしそうに顔を真っ赤にし、その表情を悟られまいと誤魔化しながら、部屋を飛び出す黒子。
 そこまで『ちゃん』付けが嫌だったなんて悪いことをしたな、と俺は思った。
 とは言え、女の子ぽい可愛らしい黒子が見れただけでも、収穫はあったかも知れない、と俺は表情を緩ませる。
 もっとも、そんなことは決して本人の前で口には出来ないが――

「何をしてるんですの? 置いて行きますわよ!」

 俺は苦笑を漏らしながら、最初に助けたミサカと一緒に、そんな黒子の後を追い駆けた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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