【Side:木原】

「ククク、アハハハッ! どうだァ!」

 パラパラと崩れ落ちる床に天井。俺の方は警備員(アンチスキル)でも採用されている特殊素材の盾を咄嗟に使ったお陰で、この通り殆ど傷を負っていない。
 俺の調べた限りでは、奴の能力は『身体能力の強化』という余り聞いたことがない、大して目立たない能力のみ。
 多少、身体能力が普通の人間より高い程度なら、他の能力に比べてずっと与しやすい。
 ここまで梃子摺らされたのは計算外だったが、元々、猟犬部隊(ハウンドドッグ)は捨て駒にするつもりだった。

 単独で敵わないのであれば、物量で押すことで奴の体力を根こそぎ削り取る。
 そして動きの鈍ったところで逃げ場のない攻撃を撃ち込めば、幾ら奴が強かろうが関係ない。
 予想以上に多くの隊員を失ってしまったが、所詮は幾らでも代えの利くクズばかりだ。
 アレイスターからの指令は『どんな手を使っても正木太老を殺せ』――ただそれだけだった。
 こんな小僧をどうしてそんなに気にしていたのかは知らないが、所詮は俺の手に掛かればこの程度だ。

「幾ら強かろうが、戦車も一撃で粉砕するミサイルを食らえばどうしよーもねェだろ!」

 そう、こんな物を食らって生きていられる人間などいるはずがない。
 例え能力者であったとしても、この至近距離だ。余程の化け物でない限り無傷では――

「無茶苦茶やってくれるな。頭おかしいんじゃね?」
「ば、馬鹿な……」

 瓦礫を押しのけ、本当に何でもない様子で、その下から姿を見せる男。そう、正木太老だ。

「む、無傷だと?」

 全くダメージを負っている様子がない。この至近距離で、あの一撃を食らって無傷でいられるはずがない。
 そんなことが可能な奴は俺の知る限り、超能力者(レベル5)でも一方通行(アクセラレーター)くらいのものだ。

「てめェ、本当に人間か?」
「失礼な。(れっき)とした人間だよ」

 こんな人間が居て堪るか、と歯軋りをしながら奴の這い上がってきた足元を見ると、下のフロアまで床をぶち抜いたような形跡がくっきりと残されていた。

(こいつ! あの一瞬で厚さ三メートルもある特殊素材の床を打ち抜き、爆発を回避したってのか!?)

 とは言え、爆弾でも僅かに表面が崩れる程度のこの頑丈な作りの床や壁を、普通にやって下のフロアまで打ち抜くなど不可能だ。
 予想では人間の域をでない身体強化だと思っていたのだが、そんなことが可能だとすれば、こいつはとんでもない化け物ってことになる。

(ハハ……冗談じゃねェ。アレイスターの奴、こんな化け物≠どうしろってんだ)

 学園の能力者であれば、能力の特性をついて弱点を見抜くくらいのこと訳ないが、こいつが相手ではそうはいかない。
 分かっているのは化け物染みた身体能力を持っている、と言うことだけ。
 特に際立つ能力ではないとはいえ、それ故に弱点らしい弱点もない。

「どうでもいいけど、油断しすぎじゃね?」
「い、いつの間に!?」

 あの一瞬で、俺の後ろに回ったってのか?
 全く何も見えなかった。いや、それ以前にいつ奴が動いたのかすら、察知することが出来なかった。
 空間移動(テレポート)と見紛うばかりのスピード。こいつ――

「格闘経験は多少あるみたいだけど、この速度(スピード)について来れないようじゃね?」
「くそっ! 何で当たらねェ!」

 すばしっこく動き回る奴目掛けて拳や蹴りを繰り出すが、全く攻撃が当たらない。
 それどころか、気付けばまた後に回りこまれている。

(大体、こいつ、何でこんなに平気な顔してやがるんだ?)

 三十人以上もの完全武装した兵隊を相手に戦いを繰り広げた後だと言うのに、全く疲れている様子がない。
 動きも化け物なら、体力も化け物クラスだとでも言う気か?

「チッ! こいつならっ!」

 ――ババババババババッ!
 地面に転がっていたサブマシンガンを手に、それを所構わず無差別に撃ちまくる。
 これだけの数の弾丸をかわすことなんて人間に出来るはずがない。そう、普通ならば――

「残念。そんなのじゃ俺を殺せないよ」
「――!」

 奴の残像が視界から掻き消えたと思った瞬間、すでに懐に潜り込まれていた。
 鳩尾目掛けて掌底が放たれた、ただそれだけしか分からなかった。
 ガッ! と、まるで金属の杭を打ち込まれたかのような衝撃が、腹から背中へと突き抜ける。
 察知することも、触れることも出来ず、しかもミサイルすらも全く効果がない、理解不能な未知数の力を持つ男。
 一方通行(アクセラレーター)から逃げきった時に垣間見せた実力、あれすらも偽証(ブラフ)だったと言うことだ。

(こいつ……)

 俺を見下ろしながら、ニヤリとほくそ笑む男。俺の意識が保ったのは、そこまでだった。

【Side out】





異世界の伝道師外伝
とある樹雷のフラグメイカー 第18話『一万と少しの恐怖』
作者 193






【Side:太老】

 あー、本当にマッドは嫌だね。特にこう言うトチ狂った奴は大嫌いだ。
 折角、死人が出ないように、と気遣って戦っていたというのに、それを全部無駄にするような真似しやがって。
 とは言え、殺さないで置いたのを見捨てるのは忍びない。緊急処置的なやり方ではあるが、一応全員助けておいた。
 さすがに、あの一瞬で全員を担いで逃げる事は出来なかったので、床に大穴を空けて強引にそこに落とすような手段を取ったが。
 打ち身や骨折くらいはしてるだろうが、まあ死んではいないだろう。
 第一、そこまで責任は持てない。
 恨むなら、馬鹿な上司を持った自分の運命を恨んでくれ、と俺は言いたい。

「な、なんですの!? これは!」
「ああ、黒子」
「『ああ、黒子』……じゃ、ありませんわ! これは何なんですの!?」

 これは何も、地下三階と地下四階が繋がって風通しがよくなっただけの話だ。
 あの爆風のお陰で、地下三階に充満していた靴下の臭いも吹き飛んでしまった。
 それもあって、こうしてマスクを外しても会話できているのだが――
 と、そのことを正直に話したら黒子に殴られた。

 原因はそこの木原(バカ)なのに……理不尽だ。

「ここまで大騒ぎになってしまったら、正規の警備員(ガードマン)もやってくるのでは?」
「大丈夫じゃない? こいつ等がここにいる時点で、最初から職員は一人も残ってなかったと思うよ」

 俺達をここに誘い込むのを目的としていたなら、ハッキングをすることも全て連中には先読みされていた、と言うことだ。
 その上でここに誘導されたのであれば、施設内はすでにもぬけの殻と見て間違いないだろう。
 俺を嵌めようだなんて、随分と舐めた真似をしてくれる。

「それよりも準備の方は?」
「ミサカが進めてくれてますわ。予想通り、研究資料(データ)は残されていませんでしたが、施設の設備は生きているようです」
「なら、まだ反撃の機会(チャンス)はあるな」

 ここまで虚仮にされて黙ってなどいられるはずもない。盛大に仕返しをしてやろうじゃないか。
 クク……当然、俺の命を狙うなんてふざけた真似をしてくれたこいつ等≠ノもな。

「一体何をするつもりなんですの?」
「簡単さ。責任を取ってもらうんだよ。自分達の作ったモノの責任≠な」

 そう、そして慌てふためき後悔するがいい。
 自分達の研究が、どんな不幸≠招くかを知って――

【Side out】





【Side:美琴】

「……や、やっと撒いてやったわ」

 風紀委員(ジャッジメント)の追跡をどうにか振りきり、私は一息つこうと近くのファミレスに入り、店員の案内を待つまでもなく手近な席を見つけ、ドシッと腰掛けた。
 正直、疲れた。最後は周辺の監視カメラを全て電撃で機能を停止させ、磁力を操ってビルの上に駆け上がり、監視の眼を警戒しながらどうにかここまで逃げきることが出来た。
 これだけ能力を駆使して本気で逃げ回ったのは、私も始めてのことだ。
 バレたらどうなる、捕まればどうなるかなど、考えてる余裕すらなかった。

(全く、何でこんなことになってんのよ……)

 黒子に電話してみても全く繋がらないし、これでは誤解を解こうにもどうしようもない。
 不可抗力とはいえ、風紀委員(ジャッジメント)を攻撃してしまった後では、弁明など聞いてもらえそうもないし。
 そうこう考えていると店員が注文を聞きにきた。
 丁度、走り回ってお腹も空いていることだし、目に留まったオムライスセット≠ナも注文しようと思ったのだが、

「申し訳ありません……生憎と材料を切らしてまして」
「そう……じゃあ、このナポリタンを」
「申し訳ありません……実はそれも」
「って! 何ならあるのよ!」

 と、怒鳴った矢先、何やらとんでもない物が視界に入った。
 別の店員が両手に持ちきれないほどの料理をトレーに載せ、奥のテーブルへと運んで行く。
 そして戻ってくる時には、それよりも高く積み上げられた大量の皿をトレーに載せ、忙しい様子でカウンターの奥へと姿を消して行った。
 よく観察して見れば、厨房の方も大忙しの様子で、料理人達の怒号が飛び交っている。

「相撲取りの団体さんでも入ってきたの?」
「いえ……五つ子のお嬢様達なのですが……」
「い、五つ子って……お嬢様!?」
「はい。御客様と同じ常盤台中学の制服を……あれ? そのお顔……御客様、もしかして――」

 店員の話を最後まで聞かず、私はその客の居るテーブルへと向かう。
 常盤台に五つ子が通ってるなんて話があれば噂になりそうなものだが、生憎と私は耳にしたことがない。
 それに店の食材を尽きさせるような連中に興味がある、と言うのも本音には少しあった。
 どんな奴等か顔を拝んでやろう、そんな軽い気持ちで奥のテーブルへと向かい、

『あ!』
「へ?」
『お姉様』

 私はこの日、一番の後悔をする事となった。

【Side out】





【Side:太老】

「その……学習装置(テスタメント)を使って、ミサカに何をインストールしたんですの?」
「ウイルス、と言うかちょっとした命令(おねがい)かな?」
「ウイルスって! ミサカは大丈夫なんですの!」
「黒子落ち着け! 大丈夫だ! 何ともない!」

 俺の胸倉を掴み、激しく上下に揺さぶる黒子をどうにか落ち着かせ、俺はミサカに何をしたのかを懇切丁寧に説明する。
 そう、俺がやったことは簡単だ。彼女にある命令(プログラム)を打ち込んだだけ。
 それも防衛機能が働いてミサカ達が拒絶反応を起こすような内容ではなく、自然と受け入れやすい命令を彼女達に刷り込んだだけのことだ。
 この程度の命令、いやお願い事であれば、打ち止め(ラストオーダー)からの上位命令(コマンド)でなくても、ミサカネットワークを通じて共有情報≠ニして問題なく許容されるはずだった。
 連中もまさか、こんなことになるとは微塵も予想していないはず。

「一体何なんですの? そのお願い事≠チて?」
「お腹一杯好きなだけご飯を食べていい、ただそう命令(コマンド)しただけだ」
「へ?」

 俺の説明を聞いて、目を丸くする黒子。
 そう、『研究者どもの(ツケ)≠ナ好きなだけ思う存分ご飯を食っていい』とミサカ達に命令を刷り込んでおいた。
 ついでに書庫(バンク)から得た実験関係者の個人情報も全部添えて――奴等の手元には法外な額の請求書が届くことになるはずだ。
 この瞬間、ミサカの枷が外れ、一万人余りの食いしん坊ミサカが野に放たれたことになる。
 今頃、街中の飲食店は大騒ぎになっているはずだ。

「また……何てことを思いつくというか」
「ククッ……それに連中がこの事態を収拾するには、一つしか方法が残されていない」

 この事態を迅速且つ速やかに収拾するためには、培養液の中で眠らせている打ち止め(ラストオーダー)を使うしかない。
 すでに奴等の財布は致命的な打撃を被っているだろうが、この事態を放置して置けば話はそれだけに留まらない。
 同じ顔の連中が街中の飲食店を荒らし回っているのだ。ただ街を徘徊させているのとは話が違う。
 当然、それは話題となり、街の人々の間で噂にカタチを変えて吹聴されることになる。
 そうなれば、妹達(シスターズ)のことが明るみになるのも時間の問題だ。
 幾ら統括理事会が味方についているとは言っても、実際に目にした学園都市二百三十万人もの人間を口封じすることは不可能。
 何もマスメディアに報道させる必要などない。噂好きな連中なんてのはどこにでもいる。
 俺は、ほんの少し波紋を投げ掛けたに過ぎない。後はそうした連中が面白可笑しく様々な憶測を立て、吹聴してくれるはずだ。

「なるほど……で? 場所は分かりましたの?」
「当然、それならミサカが教えてくれるさ」

 打ち止め(ラストオーダー)が覚醒すれば、当然ミサカネットワークに彼女の意思も接続される。
 どれだけ物理的に彼女を隔離しようが、それだけは避けられないはずだ。

「でも、ミサカが素直に教えてくれるとは……」
「心配性だな。ミサカ、調子はどうだ?」
「……少し頭がぼうっとします。ですが体調の方は問題はありません、とミサカは返答します」

 黒子は知らないが、こうした生体操作≠ヘ俺の方がずっと奴等よりも詳しいくらいだ。
 生体強化や延命調整などを本格的に施すには、色々と足りない機材が多いが、代用の利きそうな設備は十分に揃っている。
 そこはやはり、学園都市といったところだろう。普通、培養槽や脳波を弄くる機械なんかないしな。
 俺の手に掛かれば、ほんの少しこれらの機材を応用して、ミサカ単体の優先順位≠書き換えてやることなど造作もない。

「教えてくれるか? 今、打ち止め(ラストオーダー)がどこにいるか」
「はい、マスター」

 これからが、俺達の反撃の始まりだ。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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