【Side:太老】
「ミサカ……その重装備は一体?」
「彼等が使わなくなった物を少し拝借してきただけですが? とミサカは答えます」
ミサカが手にしているのは猟犬部隊の連中が装備していた武器の数々だ。
肩にはサブマシンガンを掛け、腰元には拳銃や手榴弾まで装備している。
これから戦争にでも行こうかという完全武装だ。
「殴り込み≠ノ行くのではないのですか? とミサカは問い掛けてみます」
「間違ってないが、何か違うぞ? というか、お前の知識は何でいつもそう偏ってるんだ?」
殴り込みとか、普通の女の子が使う言葉じゃない。まあ、ミサカは普通ではないが……。
こいつの知識って本当にどこか偏ってるんだよな。
こんな知識をどこから仕入れてくるのか、全く持って疑問でならない。
この件が終わったら、じっくりと正しい知識、常識≠ニいうものについて語って聞かせてやらなければ。
「太老……あなたも他人のことは言えないと思いますわ」
「は? 俺ほど常識人はいない、と思うぞ?」
『はあ……』
二人に大きく溜め息を吐かれてしまった。
いや、俺ってまともだよな? 空間移動なんて出来ないし、電撃とか撃てないし、ミサカみたいにズレてないし。
嘆息される理由がさっぱり分からん。
平穏に生活が送れればそれで十分。何事も、平和的に物事を解決するのが俺のモットーだ。
食いしん坊ミサカの大行進なんてZZZに比べたら、まだ可愛いものじゃないか。
あっちは撃滅宣言。こっちはどれだけ被害があるといっても、腹が痛むのは実験の関係者だけの話だ。
寧ろ、飲食店は大繁盛で言うことなし。外道な実験に使われるよりも、ずっと有意義な金の巡り方だと思うぞ。
「あれのどこが……常識人だと言うのですか!」
「……いや、自業自得じゃない?」
黒子が指差しているのは、ここからどうにか確認できる鉄橋の中央。
目立つ位置に簀巻きにして括りつけられている猟犬部隊の連中だ。
すでに、かなりの野次馬がそこには集まっていた。
今時、素っ裸にされて簀巻きで放り出される奴なんて、そうはいないものな。かなり稀少だと思う。
ちゃんと奴等の前には『餌を与えないでください』という立て看板も立てておいた。
(まあ、これで駄犬共も少しは大人しくなるだろう)
あいつ等の犯罪の物的証拠となる品々は、研究所での一連の出来事を密かに記録した映像データはすでに警備員と風紀委員に、あいつ等の装備していた非合法な品々の数々は、連中と一緒に鉄橋に括りつけておいた。
これだけ証拠が揃っていたら、幾ら統括理事会がバックにいるとは言っても、そう簡単に解放してもらえないはずだ。
俺の予想ではトカゲの尻尾切りの如く、切り捨てられることは間違いない、と思っているが。
ああ、心配せずとも映像には俺の姿は映し出されていない。
ちょこっと映っていてもマスクをしていたし、あの暗がりでは犯人の特定など出来るはずもない。
「躾のなってない犬を気遣うような、寛大な心は持ち合わせてないからな」
「もしかしなくても……あなた、こんなことをずっと繰り返してたんですの?」
「ん? それは捕縛した不良のことか?」
それはそうだ。発見しやすいようにと、目立つ位置にいつも括りつけておいた。
余りに行いが悪い奴、ムカつく奴は下着一枚まで引ん剥いて。
そのことを黒子に話したら、またも呆れられてしまった。
何か、おかしいのだろうか? 連中には良い薬だと思うのだが。
結局、黒子に呆れられている理由だけが、俺にはさっぱり分からなかった。
【Side out】
異世界の伝道師外伝
とある樹雷のフラグメイカー 第19話『打ち止めの希望』
作者 193
【Side:初春】
結局、白井さん達には逃げられてしまい、ようやく御坂さんだけを発見したかと思えば、それも逃げられてしまった。
人海戦術を使っても、やはり上位の能力者を三人も捕まえるのは相当に困難なようだ。
そんな時、これからどうするか? と思案しているところに、一通の電話が掛かってきた。
「はい、こちら一七七支部です」
電話の内容を聞いて、私は耳を疑った。
逃亡したはずの御坂さんを発見した、と言うのだ。しかも、どう言う訳か複数。
その後も、何度も何度も鳴り響く電話。その何れもが、御坂さんを発見したという報告の電話だった。
「御坂さんって……実は物凄い大家族だとか?」
「そ、そんな訳ないじゃないですか!」
佐天さんの的外れな言葉の返しに、私は呆れながらも全否定する。
幾ら姉妹がいると言ったって、何百人、何千人もいるなんてことがあるはずもない。
しかし、現にそれは目の前で起こっていた。この様子では、もっといる可能性だってある。
街中の飲食店を荒らし回っているという御坂姉妹。
街の人々の噂では『彼女達の通った後はぺんぺん草一つ残らない』なんて吹聴されているほど食欲旺盛らしい。
報告にあった飲食店の被害総額だけでも、すでに三億に達している。
どうも、高級料理店ばかりをターゲットに活動しているグループがあるらしく、それが被害額を大きく吊り上げる原因となっていた。
しかも、支払い先と指定されている人達は、何れも有名な製薬会社の研究員達ばかりだ。
本当に何が起こっているのか? さっぱり状況が掴めない。
「あれじゃないかな? 以前に噂になってた超電磁砲のクローンの話」
「まさか! でも、あれは単なる噂じゃ――」
「だって、それ以外に説明がつかないじゃない……普通、こんなに姉妹がいるとは思えないし」
佐天さんが言っているのは、ほんの少し前に学生達の間で噂となっていた御坂さんのクローン疑惑だ。
御坂美琴のクローンが街を徘徊している。その噂の基となったのは、御坂さんに似た人物を街中や郊外の至る場所で見掛けたという、不特定多数の学生達による証言からだった。
単に、街中を御坂さんが徘徊しているだけなら、こんな噂にはならない。
しかし、同時間、別の場所で、彼女が目撃されていると言う話が持ち上がり、噂は尾ひれがついて学生達の間で吹聴されていくことになる。
それが、御坂美琴のクローンが密かに製造されているのではないか? という噂の基だった。
当然、根も葉もない噂だ、と白井さんも否定していたし、御坂さんもその事実を否定したという。
「……もし、彼女達が御坂さんのクローンだとしたら」
「白井さん達と連絡が取れないのは、この事件に深く関わっているため……と考えるのが妥当かもね」
駆け落ちでなかったことに安堵するが、実際にはそれどころの話ではなかった、と言うことだ。
人間のクローンの製造は、国際法で禁止されている重大な犯罪行為だ。
それが学園都市の内部で、こうも大胆に行われていたとなれば、大問題と成りかねない駆け落ち以上の大事件だ。
すでに彼女達の行いにより、学園都市中に彼女達の存在は知れ渡ってしまっている。
街に散っている風紀委員の方々が事態の収拾に当たってくれているが、もはや事件の発覚は避けられそうもない。
「そうだ! 研究者のリスト!」
街で徘徊している御坂姉妹が請求先に指定してきた研究者達の名前が書かれたリスト。
あそこに書かれている研究者達が、事件の関係者であることは間違いない。
私は慌てて、そのリストに目を通し始める。どの人物も、書庫のデータにある通り、一流の研究者ばかりだ。
「……白井さん達、この事を私達に伝えたくて、騒ぎを起こしたんじゃないかな?」
「……え?」
「きっとそうだよ! 命を狙われてるとか、何か事情があって、直接私達に会うことが出来ないから、こんな騒ぎを起こした。
街で徘徊している御坂さん達も、きっと白井さん達が何かしたんだよ」
佐天さんの話には納得行く点が確かに多かった。
だとすれば、あそこで私達に姿を晒し、捜してくれと言わんばかりに姿を眩ましたのも、全ては今回の事件を表に引っ張りだすためだったと考えられる。
そう――あれは私達へのメッセージだった。
「また、通信? このデータは……」
突然、支部の端末に送られてきたメール。そこには信じられないデータが添えられていた。
黒ずくめの男達が警備員
以上の武装をして、何者かと戦っている映像だ。
しかも、事態を補足するかのように現在のその男達の居場所や、彼等が何者かという報告書までもが、そこには添えられていた。
間違いない。白井さん達は今回の事件の裏側で、この事件を解決しようと奮闘しているに違いない。
その上で、私達に協力を求めているんだ。
「警備員に出動を要請します!」
これだけの証拠が揃っていれば、多少強引にでも強制捜査に踏み込むことも出来るはずだ。
白井さんと一緒にいた正木さんの名前を出して、警備員にこの事を連絡する。
どうやら向こうにも同様のデータが既に送られてきていたらしく、準備をして直ぐに出動してくれると言う心強い返事をもらった。
(白井さん、正木さん、御坂さん……無事でいてください)
学園都市中の全支部にも同様の内容を連絡。
風紀委員、警備員合同による非合法実験の関係者達≠フ一斉摘発が開始された。
【Side out】
絶対能力進化計画の研究者達は焦っていた。
方々の研究施設の中にいたミサカ達が全員、突如姿を消してしまったのだ。
しかも、次に入ってきた情報は、更に彼等を驚かせるものだった。
街中の飲食店を妹達が荒らし回っているという驚愕の事実。すでに街中の噂になっているという。
こんな事が統括理事会に知られれば、彼等の首が切られることは間違いない。
下手をすれば全ての責任を負わされ、切り捨てられる可能性だってある。
「打ち止めの準備はまだなのか!?」
絶対能力進化計画の責任者の一人である天井亜雄は大きな声を張り上げて、他の研究者達を囃し立てる。
彼には後がなかった。量産型能力者計画も失敗に終わり、どうにか絶対能力進化計画に拾ってもらえたが、この実験が失敗すれば行き場を失うことになる。
そうなれば研究者として、二度とこの学園都市でやっていくことは出来なくなるだろう。
これまで培ってきた研究者としての生命が懸かっているのだ、彼が必死になるのも無理はない。
「焦っても無理よ。まだ調整が済んでいないのだもの」
「――芳川!」
天井に芳川と呼ばれた女性。名を芳川桔梗と言った。
彼女も、その一流の腕を買われ、この計画に誘われた研究者の一人だった。
しかし、天井と違う点は、彼女はこの実験自体には余り乗り気ではなかった。
それに、研究者としての、いや、女の直感と言ってもいいか?
正木太老――彼が計画の前に立ち塞がった時点で、この計画は破綻していることに、彼女は薄々と気付いていた。
天井の行動を冷たく、一歩引いた視点から見ているのも、そうした理由があるからだ。
「我々には後がないんだ! お前は黙っていろ!
おいっ、もう十分だ! 打ち止めを覚醒させろ」
天井のヒステリックな叫びを、芳川は嘆息し、観察していた。
芳川桔梗と言う人物を一言で表すなら、『優しいのではなく甘い性格』――そう、言い表すことが最も好ましい人物だと言える。
優しい教師に成りたいと思いながらも、そんな甘い性格を自覚していたがために断念し、研究者になった芳川。
実験のためであれば、研究者である以上、納得は行かないまでも妹達の命を背負う覚悟が彼女にはあった。
だが、既に先が見えている実験で、これ以上余計な犠牲を生むこと、目の前で死ぬ必要のない命が奪われることだけは、彼女は見過ごせそうになかった。
すでに自分の手が汚れきっていることは自覚している。それでも、散らさなくていい命、関係のない命を刈り取れるほど、彼女は残酷にもなれない。
それが、甘さだと分かっていても、出来ない女。それこそが彼女――芳川桔梗だった。
――ガラガラガラ
運ばれてきた子供一人が納まる程度の小さな円筒形の入れ物。そこには打ち止めが眠らされていた。
すでに培養液は抜かれ、彼女の意識はミサカネットワークへと接続され、徐々に覚醒を始めようとしている。
作られてから、ずっと眠らされた状態にあった彼女は、外界のことを殆ど何も知らず、今はミサカネットワークを通じて外部からの情報を脳に取り入れるのに集中しているところだった。
天井亜雄の急かす声に導かれるように、静かに瞳を開ける打ち止め。
未だ調整の不完全な、その小さな十歳前後の体をムクリと起き上がらせ、
「痛っ! 起こすならちゃんと開けておいて欲しかったり、ってミサカはミサカは文句を言ってみたり」
ゴン! と培養器のガラスに頭を打ちつけ、そのことで研究者達に抗議する打ち止め。
彼等も慌てていて忘れていたのだろう。直ぐに蓋を開け、打ち止めを外に出す。
「……さあ、打ち止め! 妹達に命令しろ! こんな馬鹿騒ぎを直ぐに止めるように!」
天井は早速とばかりに、打ち止めに命令を下す。
今頃は猟犬部隊の手によって、正木太老とその仲間も殺されているはず。
この事態さえ収拾することが出来れば、実験は再開することが出来る。彼は本気でそんなことを考えていた。
「馬鹿騒ぎ?」
本気で何のことか分からない、と言った様子で首を傾げる打ち止めに苛立ちを募らせる天井。
そんな空回りしている天井を見て、芳川は大きく嘆息すると、打ち止めに現状の確認と天井の話を補足するため、優しく子供宥めるように言葉を付け足した。
「うわ、何か大変なことになってる、ってミサカはミサカは絶句してみたり」
「そう、だからあなたの力で何とかして欲しいのだけど……」
「でも、美味しい物をお腹一杯食べてみたい、ってミサカもミサカも思ってみたり」
太老の命令は打ち止めにとっても魅力的な内容だった。
妹達の嬉しい気持ちや、楽しい気持ちがミサカネットワークを通じ、打ち止めにも情報として伝わってきている。
その中には見たこともない様々な食べ物の情報があり、目を覚ました打ち止めが『自分も食べてみたい』と考えるのは当然だった。
妹達は好きなだけ美味しい物が食べれているのに、自分だけ何も貰えないなんて、余りに理不尽すぎる。
打ち止めが文句を垂れるのも無理はない話だった。
「美味しい物を食べたい、ってミサカはミサカは要求してみたり」
芳川は、彼女の気持ちが痛いほどよく分かるのか、それ以上、何も言えなくなってしまう。
他の研究者達も、物欲しそうに周囲を見渡す打ち止めから目を逸らせ、決して視線を合わせようとはしなかった。
ここで打ち止めに食事を奢ってやる、と軽はずみな約束をしてしまえば、全員が身の破滅を招くことに気付いていたからだ。
すでに彼等は痛いほどの打撃を妹達に被らされていた。
こうしている今も、彼等の財布は致命的なダメージを負い続けている。これ以上、一欠けらの余裕もない、と言うのが彼等の本音だ。
「ふざけるな! 私の研究生命が懸かっているんだぞ!」
「天井!」
打ち止めに銃を向け恫喝する天井を、芳川は大声を張り上げ制止する。
他の研究者達は天井が錯乱したことに驚き、慌てて散開し、逃亡し始める。
彼等も薄々と気付いていた。天井に急かされ協力はしたものの、すでに学園都市中に妹達のことは知れ渡り、挙句には自分達の情報まで外部に流れてしまっている。
いつ、警備員が、そのことに気付き、ここにやって来ないとも限らない。そうなる前に、逃げ出したいと思うのは無理のないことだ。
「止しなさい! あなた、何をしているか分かってるの!?」
「五月蝿い! お前は黙ってろ! さあ、打ち止め、私の言うことを聞くんだっ!」
打ち止めの額に銃口を押し当て、脅迫する天井。
既に、天井にしてみれば、形振りを構っていられる状況ではなかった。
本気で打ち止めを殺しかねない天井の様子に、芳川は焦りを感じる。
「そんな脅しに屈しないって、ミサカはミサカは言ってみたり。ミサカ達のマスター≠ヘミサカに大切なことをたくさん教えてくれたし色々なモノを見せてくれた、ってミサカはミサカはこれまでのことを振り返ってみたり。そんな大切な記憶をあなたみたいな人間に汚されたくないって、ミサカはミサカは不快感を示して抵抗してみたり」
「ふ、ふざけるなっ! お前を作ったのは我々だ!」
打ち止めの『マスター』という発言を聞いて激昂する天井。
その指先が引鉄へと伸びる。そんな天井に屈しず、ジッと睨み付ける打ち止め。
「――くっ!」
引鉄に指を掛ける天井。
次の瞬間――ズドーン、という大きな銃声が研究室に木霊した。
……TO BE CONTINUED
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