【Side:太老】

 正直、やってしまった感が大きかった。
 黒子を助けようと威勢良く飛び出したはいいが、想像以上に勢いがつきすぎてしまったため、ビルの壁に激突してしまった。
 しかも、ライダーキックの要領で……。

(でも、あのくらいでビルが倒壊するなんて……)

 確かに目測を誤った俺も悪いが、まさかそこまで老朽化が進んでいるとは思わなかった。
 幾ら生体強化されてて、超人的な身体能力を俺が持つからと言っても、跳び蹴り一撃でビルを倒壊させるような力があるとは思えない。
 どう考えても、ビルを支える柱が腐っていたとしか思えない状況だ。
 黒子には悪いことをした。助けにきたつもりが、逆に危険に晒してしまったのだから。

「いや、こちらも人手不足だから助かったよ。しかし、このビルの倒壊は一体?」

 佐天が呼んでくれたのだろう。警備員(アンチスキル)のオッサンもとい、俺がお世話になっている詰所の隊長だ。
 低く唸り、首を傾げる隊長。幾ら廃墟となっている無人のビルだったとはいえ、こうも見事に一画全てを倒壊させてしまっては、いい訳も出来ない。ここは始末書や減俸処分くらいは覚悟して、正直に告白することにした。

「あの……これは、わたくしが」
「すみません、俺の責任です。ちょっと、やり過ぎちゃったようで」

 黒子が何か言い掛けていたようだが、俺は自分の報告を続ける。
 これは俺のやってしまった不手際だ。黒子にまで責任を負わせるのは心が痛む。

「全く……オマエは限度と言うものを知らないのか?」
「本当にすみません……弁解の言葉すらないです」

 始末書を書かせられることになったが、これだけの騒ぎだったにも関わらず、それだけで勘弁してもらえた。
 犠牲者も出ていないし、元々取り壊し予定のビルだったらしく、普段からの功績もあるので今回だけは大目に見るというお達しだった。

(真面目に仕事やっててよかったな……)

 嫌々とはいえ、真面目に仕事をしていて本当によかった、と胸を撫で下ろす出来事だった。

【Side out】





異世界の伝道師外伝
とある樹雷のフラグメイカー 第26話『拡大』
作者 193






【Side:佐天】

 あの後、直ぐに警備員(アンチスキル)を呼びに行った私は現場に戻り、白井さんと正木さんが無事なことを確認すると、逃げ出すようにその場を後にした。
 何も出来なかった自分が、白井さんを見捨てて逃げることしか出来なかった自分があの場に居るのは、居た堪れなかったからだ。

(よかった。白井さん無事で)

 白井さんが無事で本当に安心した。
 もし、白井さんの身に何かあったら、きっと私は自分を許せなかっただろう。初春にも顔向けが出来ない。

(でも、正木さん凄いな)

 約束通り、正木さんが白井さんを助けてくれたらしい。
 正木さんも私と同じ無能力者(レベル0)だと聞いていたが、実際には、多くの犯罪者を取り押さえている優秀な警備員(アンチスキル)だという。

 ――能力がなくても、能力者を圧倒するような力

 正直憧れるけど、私ではあの人のようになれるとは、とても思えない。
 同じ無能力者(レベル0)でも、友達一人助けられない、何も出来ない私とは大きく違っていた。

(やっぱり嫌だな。この気持ち……)

 同じ中学生で、同じ年齢で、同じ女の子なのに、私と白井さんでは何もかもが違う。
 白井さんや正木さん、彼等と私とでは住んでいる世界が違うのだと、思い知らされる事件だった。

「おっ!」
「涙子、どうしたの? こんなところで」
「おひさー! 終業式以来」

 直ぐに寮に戻る気分にもなれず、街をふらついていた私に、気さくに声を掛けてくる三人の女性の声。

「アケミ、むーちゃん、マコちんも」

 彼女達は初春と同じく、第七学区立柵川中学に通う、私のクラスメイトだった。
 手に持っていた携帯音楽プレイヤーを慌ててポケットに隠し、何とか笑顔を作って三人に返事を返す。

「一人で何してんの? 買い物?」
「あ、うん……まあ、そんなとこ」

 ヘアピンで髪を七三に分けたボーイッシュな感じの少女、アケミにそう尋ねられ、少し焦りながらも話を合わせた。
 三人はプールの帰りのようで、学校でも使っている水着の入った鞄を手にしている。

「アケミ達はプール?」
「それが、スンゲエ混んでてさ、全然泳げんかったのよ」

 うんざりとした様子で、肩を竦めながらそういうアケミ。
 後の二人も、そんなアケミの話に頷きながら溜め息を吐いている。

「出来れば海とか行きたいけど、私等全員補習あるしね。遠出は出来ないしさ」
「あれさ、勉強の補習は分かるけど、能力の補習は納得できないよね。あんなの才能じゃん?」

 アケミの言葉に相槌を打つ様に頷きながら、そう言うマコチンの言葉に私はギクッと反応する。
 先程まで、同じようなことを私も考えていたからだ。
 正木さんのように、能力がなくても凄い人がいることは分かっている。
 それでも、やはり超能力者になりたくて、この学園都市にきた以上、能力に対する憧れを消せそうにはなかった。
 特に、あんな事件のあった後では尚更だ。

「あ、そう言えば、幻想御手(レベルアッパー)っての知ってる?」

 アケミの口からでた『幻想御手(レベルアッパー)』の名前に、私の足が止まった。
 ポケットの中にある携帯音楽プレイヤーを、思わず握り締めてしまう。
 ここで、その話題が出るとは思いもしなかったからだ。

「あー、知ってる。能力のレベルが上がるとか言う奴でしょ?」
「そうそう、今、高値で取引されてるらしいよ」
「金なんかねーよ」

 高値で取引されていると言うアケミの話に、胡散臭そうな表情で返事をするマコちん。
 二人の後ろにいるむーちゃんも、余りアケミの話を信じていない様子だ。
 能力が上がる夢のようなアイテム。そんな物が本当に存在するなど、普通の人はまず思わない。

 しかし、それは現実に存在する。

 まだ、私も試したことがないので本当かどうかは分からないが、実際に能力が上がったと言う人達の話を聞いているし、白井さんや初春、風紀委員(ジャッジメント)が血眼になって、これを探していることを私は知っていた。

「あ、あのさ!」

 能力者になりたい、その気持ちはあっても得体の知れない物を一人で使うのは怖い。
 結局、自分一人では踏ん切りがつかなくて、背中を押してくれる誰かが欲しかったのかしれない。

「あたし……それ、持ってるんだけど」

 本当は、こんな事はいけないことだって分かっていた。
 危険だと知りながらも、友達を巻き込むような真似、許されるようなことじゃない。

 それでも、私は――能力への憧れを捨てきれなかった。

【Side out】





【Side:黒子】

 あのビルの倒壊は、わたくしが柱を切断したから起こった惨事だというのに、太老はわたくしを庇ってくれた。
 わたくしを気遣ってくれたのもあるのだろうが、自分の方が事態を上手く抑えられると思ったのだろう。
 日は浅いが、警備員(アンチスキル)としての実績は他を寄せ付けないほどに優秀な太老だ。
 現状、警備員(アンチスキル)風紀委員(ジャッジメント)以上に深刻な人手不足に悩まされている。
 ここで、太老を謹慎処分や解任などすれば、困ることになるのは警備員(アンチスキル)の方だ。
 それもあって、太老であれば余り大きな罰則を問われないだろう、とわたくしは推測した。

「黒子は先に帰っててくれ、俺は今回の騒動の始末書を書かないといけないし」
「……わたくしも手伝いますわ」
「え、でも俺の仕事だし」
「一人よりも二人でやった方が早く終わりますでしょう?
 報告書の纏めの方はわたくしが致しますから、太老は始末書の方を」

 だからといって、太老の好意に甘えてばかりはいられない。
 以前から、ずっとそうだ。初めて出会ったあの時から、太老に助けられてばかり。
 今のところ、その借りを何一つ、太老に返せていない。

「まあ、そこまで言うならよろしく頼むよ」

 渋々といった様子で、頬を掻きながら了承する太老。

(わたくしも、このままではいけませんわね)

 今は一歩ずつでも、太老に甘えなくてもいいように強くなりたい。
 好きだと言う気持ちを自覚したと同時に、太老に認めて欲しい、という想いが胸の中に強く宿っていた。
 今直ぐには無理でも、自信を持って太老の隣に立てる自分を目指したい、そう考えていた。

【Side out】





【Side:太老】

 昨日、あの後、黒子に手伝ってもらったお陰で、報告書と始末書をその日の内に提出することが出来た。
 責任感の強い黒子のことだ。最後まで、自分の仕事には責任を持ちたかったのだろう。
 問題は、その後のことだった。実は、仕事を終えて帰ってから、何かを忘れていることに、ふと気が付いた。

「いや、本当に悪かった!」
「……それは別にいいんだが、ビルを倒壊って……相変わらず化け物$みてるな」
「うっ……それを言わないでくれ」

 多少の嫌味は甘んじて受けるしかない。ファミレスに残してきた木原のことを忘れていたのは、完全に俺のミスだ。
 そう言う俺達は、昨日のファミレスに集まっていた。今は黒子を待ちながら、昼食を取っているところだ。
 昨日の内に、黒子に幻想御手(レベルアッパー)の音源データと、ネットでの入手先を記したアドレスを渡しておいた。
 俺が午前中、警備員(アンチスキル)の仕事をしている間に、そのデータを初春と一緒に調べて置いてくれる手筈になっていた。

「後、デザートにプリンパフェとモンブランを、とミサカは追加注文します」
「はい、畏まりました」

 俺の隣で、相も変わらず凄い量の食事をバカスカと食べているミサカ。
 更には、まだ食い足りないのか、デザートの追加注文までしている。
 昨日の話を帰ってからミサカにしたら、今日は『一緒に行く』と言って聞かないので、一緒に連れてきた。
 さすがの木原も、ミサカの食いっぷりを見て、呆れている様子だ。

「そういや、こいつ等を解放したんだったな……オマエ、どんだけ隠し玉もってやがるンだ?」
「別に? ちょっと体の調整をしてやっただけだろ?」

 あのままの状態で放って置けば、ミサカは数年と生きられなかっただろう。
 幾ら実験のためとはいえ、ここまで非人道的なことを平然とした顔で行ってきた学園都市の研究者達の神経の方を俺は疑う。
 結果的に見れば、俺が施した生体強化の影響により、多少の能力向上といった付加はあったが、俺がしたのは飽くまでも妹達(シスターズ)の体を調整し寿命を延ばしてやっただけ。
 妹達(シスターズ)を解放した責任を取って、彼女達の願いを聞き入れてやったに過ぎない。
 助けて置いて無責任に放り出し、残り短い寿命を理由に早死にされたのでは、色々と目覚めが悪かったからだ。

「上層部に止められてるみたいだがな。研究者の連中は、オマエのやった奇跡≠ノ興味津々のようだぜ」
「……奇跡?」
「最高でも強能力者(レベル3)程度の能力しかなかった妹達(シスターズ)を、一夜にして大能力者(レベル4)にしちまったんだ。そりゃ、気になるだろうよ」

 頭の開発だったか? 確かに数年掛けてじっくりとやる能力開発の常識を塗り替えられれば、研究者達が驚くのも無理はない。
 しかし、一人も接触して来ないのには、そうした理由があったのか。
 実のところ、何人かは俺のところに説明を求めにくるのではないか、と予想していた。

(まあ、取り敢えずは様子見だな)

 芳川も一人の研究者として、色々と聞きたい事がある様子だったが、敢えて妹達(シスターズ)の件で負い目がある分、しつこく聞いて来ようとはしなかった。
 学園上層部、統括理事会が何を考えて、そんな通達を下に出したのかは分からないが、俺としては都合がいい。
 俺の方も、黒子を巻き込んでしまったことや、妹達(シスターズ)の件がある以上、直ぐに学園都市を出て行くと言う訳にはいかなかったからだ。
 状況としては、俺に都合の悪いものではないので、当分の間は様子を見ることにした。
 俺だって、学園都市を相手に戦争がしたい訳じゃない。争わずに済むのなら、平和が一番だ。
 もっとも、こちらに手を出してきた時には、その限りではないが。

「――太老! 大変ですわ!」
「ん、ようやくきたか」
「お久し振りです。正木さん」

 初春を引き連れて、ようやく顔を出した黒子。
 何だか、慌てた様子で顔色が優れないようだが、よくないことでもあったのだろうか?
 隣のテーブルを俺達の席へとくっつけ、持ってきていた鞄からノートパソコンを取り出し、俺にも見えるようにモニタを向ける初春。

「これを見てください」

 指示されたパソコンの画面を見ると、そこには何かのグラフと数字が記されていた。
 どうやら、日付と人数が記されているらしいが、今日の日付のところで、やたらと大きな数字が記されていた。

「何だ……この十万件ってのは?」
「今日までに、ネットから幻想御手(レベルアッパー)がダウンロードされた総数です」
「……は、はあ!?」

 幾らなんでも多過ぎる。予想していたのは、精々数千件といったところだったからだ。
 高値で売買されていると言う話だったし、そこまで広く浸透しているとは考えもしなかった。
 しかし、何故? もしかして、妹達(シスターズ)の件でゴタついている時間が長かったため、止めるのが遅くなってしまったということか?

「病院に運ばれている人だけでも、詳しく調べて見ると既に三千人を越しているそうです。
 どうにも、昏睡状態になるまでの時間は人によって差があるようで――
 これまでの経緯から推測しても幻想御手(レベルアッパー)を使ってから大体、三日から一週間程度で症状が出るものと予想されます」
「それって……」
「グラフを見てもらえれば分かると思いますが、恐らく今週から来週に掛けて昏睡状態になる人は、今の十倍の約三万人。
 既にサイトの方は業者に連絡をして閉鎖してもらいましたが、非合法な裏取引は依然として続いていますから」
「……もっと増える可能性がある訳か」

 色々と不可解な点が多かったが、初春の説明を聞いて、このままのんびりと構えていられる状況ではなくなったことは理解できた。
 幻想御手(レベルアッパー)の被害者の数が余りにも多過ぎる。
 それだけの人数を受け入れていれば、来週の今頃には学園都市中の医療機関が対応に追われパンクするだろう。
 黒子が慌てるはずだ。状況は好転するどころか、より最悪な事態に転がっていた。
 いや、何も状況を把握できていなかった昨日に比べれば、悪い結果が出たとはいえ、進展しているといえるだろう。
 問題は、如何に早く、この事件を解決するかだ。

「それで、何か手を考えてあるのか?」
「そこは専門家≠ノ相談してみようかと思いますの」
「専門家?」

 黒子の合図で、一人の女性の写真をモニタに出す初春。
 そこには、ウェーブ掛かった茶色の癖っ毛、随分と眠そうな表情をした目つきの悪い、白衣の女性が映し出されていた。

「木山春生――水穂機構病院の院長に紹介して頂いた大脳生理学の先生です」

 初春の口にするその名は――どこか、聞き覚えのある響きの名前だった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.