【Side:太老】
「……何で、美琴ちゃんまで一緒なんだ?」
「私が一緒だったら、何か都合が悪い訳? ああ、黒子とイチャイチャ出来ないものね」
「ちょっ! お姉様!?」
「え、え? 白井さん、やっぱりそうなんですか!?」
美琴が安い挑発をするものだから、黒子が過剰に反応してしまい、それを真に受けた初春が更に煽るものだから、事態は混沌としていた。
何度も言うが、俺と黒子に限って、まずそんな関係になることはありえない。
相手は美琴命の百合娘だぞ? どう考えても、腹黒ツンツン黒子が俺になびくなんてこと、ありえないだろ。
美琴と初春なんて、俺よりも黒子との付き合いが長いというのに、何故、そのことに気がつかないのか?
正直、不思議でならなかった。
「騒がしいな。ここは病院だよ?」
「ああ、すみません。うちの子達がご迷惑を……」
「誰がアンタの娘だ! 一人だけ無関係を装うんじゃない!」
白衣を着た女性に注意され、丁寧に頭を下げながら謝罪をしていると、美琴の容赦ないツッコミと言う名の鉄拳制裁が飛んできた。
ゴキ! と鈍い音を上げ、思いっきりその拳を左頬に受ける俺。
いつもはこのくらい難なくかわせるというのに、何故、こう言う時に限って体が動かないのか?
反射的に美味しいネタを拾うおうとする、この体が恨めしい。
「だ、大丈夫か? キミ」
「ああ、大丈夫です。慣れてますから」
こういう慣れというのも、余り嬉しい慣れではないのだが、心配して声を掛けてくれた白衣の女性を心配させる訳にもいかない。『大丈夫』と返事を返しておいた。
俺達は今、初春の案内で『水穂機構病院』を訪れていた。
話にあった件の人物が、今日はここで入院患者の検査≠行っていると言う話を聞いたからだ。
初春の話によれば、大脳生理学の専門家という話だし、意識不明患者の原因を探るため、情報収集にでもきたのだろう。
「キミ達が話に伺っていた、担当の風紀委員と警備員かね?」
「はい、警備員の正木太老です」
「風紀委員の白井黒子です」
「同じく風紀委員の初春飾利です」
「あ……御坂美琴です」
白衣の女性――彼女こそが俺達が尋ねてきた女性、AIM解析研究所に所属する研究者の一人、木山春生だった。
ちゃんと寝ているのか心配になるくらい、随分と眠そうな顔をしているが、写真で見るよりもずっと綺麗な女性だ。
木山に尋ねられ、一人だけちょっと気まずそうな表情で返事をする美琴。
一人だけ関係者でないことに今更ながら気付き、少し気が引けたのだろう。
木原とミサカには別にやってもらいたいことがあるので、別行動を取ってもらっていた。
そう言う訳で、この中で風紀委員でも警備員でもない一般人≠ヘ美琴だけだ。
学園都市第三位の超能力者を『一般人』と言うのはどうかと思うが、権限が何もないと言う点では確かに美琴も一般人だ。
先日捕まえた爆弾魔が意識不明の昏睡状態、更には今回の事件にミサカまで協力しているとなれば、美琴が気になるのも分からなくはないが、黒子の言うとおり、自分から無闇矢鱈に事件に首を突っ込み過ぎな気もしなくはない。
俺などは、寧ろ余計な事件は避けて通りたいくらいだというのに、難儀な奴だ。
(美琴らしいといえば、らしいけど)
見てみぬ振りが出来ない。放っておけない。
それも、ある意味で美琴の美点の一つなのかもしれないが、見方を変えれば猪突猛進、力が伴わなければ只の馬鹿ということになる。
なまじ力がある分、美琴の場合は余計に抑えが利かないのだろうが、そこは敢えて言うまい。
妹達の件の時のように、命懸けの追いかけっこをさせられるのは二度とゴメンだ。
「それで少しお話を伺いたいのですが――」
「それは構わないんだが、ここは少し暑いな」
黒子が前に出て、皆を代表してここにきた用件を伝えると、どう言う訳か行き成り『暑い』といって白衣とブラウスを脱ぎ始める木山。
目の前で突然、上半身下着一枚の半裸になった木山を見て、黒子は勿論のこと、初春と美琴も目を点にして固まっていた。
確かに、ここは少し暑い。空調の調子が悪いのか、外は四十度近い炎天下だというのに、余り冷房が利いていないのが原因だろう。
だからと言って、さすがの俺も、公共の場で行き成り脱ぎ出すような真似は出来ない。それでは、ただの変態だ。
この学園都市は、木原といい、黒子といい、変態が余りに多過ぎる気がした。
頭じゃなく、別の開発でも行っているのではないだろうか? と少し失礼なことを考える。
「な、何をしてるんですのっ! 太老! こっちを見るんじゃありません!」
「はあ……」
慌てて、木山の前を全身を使って覆い隠す黒子。
このままでは、俺まで変態扱いされかねないので、大きく嘆息しながらも黒子の指示通り後を向いた。
木山の顔写真を見た時に、どこかで見覚えがあると思っていたが、見覚えがあって当然だった。
長い歳月で掠れかけた記憶が段々と呼び起こされる。
――学園都市で吹聴される都市伝説の中にある『脱ぎ女』
――そして、俺達が追っている幻想御手事件の首謀者
それが彼女――木山春生≠セったのだから。
異世界の伝道師外伝
とある樹雷のフラグメイカー 第27話『脱ぎ女』
作者 193
俺達は、例のファミレスに場所を移し、そこで木山に話を伺うことにした。
この人数だし、病院で余り騒がしくするのも、周囲に迷惑を掛けると判断したからだ。
それに、先程は鉄拳制裁≠セったからいいものの、美琴が万が一、暴走でもしたら大変な惨事になる。
それが原因で医療機器が止まってしまえば、入院患者にも影響がでて、何の罪もない人達が犠牲になる可能性だってある。
「……何よ? 言いたいことがあるなら、はっきり言いなさいよ」
「もう少し慎ましく、お嬢様らしく淑やかに出来ないか、と思ってね」
「無理、そんなの私の柄じゃないもの」
即答だった。自分で自覚してやってる分、余計に性質が悪い気がするのは気の所為だろうか?
何れにせよ、美琴に自制心を求めるのは、猿に芸を仕込むよりも難しいことだと俺は判断した。
「幻想御手?」
「はい、実際に見てもらった方が早いと思いましたので、データを纏めてきました」
初春が鞄から一枚のデータディスクを取り出し、それを木山に手渡した。
俺が拾ってきた情報とはいえ、たった一晩で、そのデータを纏め上げた初春もさすがだ。
黒子も昨晩は初春に付き合わされ、寮にも帰れなかったらしく、眠そうな表情を浮かべていた。
暫くは風紀委員の仕事が忙しいということで、特別に寮に外泊許可をもらっているらしい。
普段は余程の理由がない限り、外泊など認められないらしいが、今回はその余程の理由に当て嵌まるようだ。
実際、風紀委員の人手不足は深刻な問題に直面している。
しかも、ここにきて幻想御手を使っていると思われる能力者の数が、十万人を超えていることが判明した。
今や、その報告を受けて、直接治安維持活動に当たっている風紀委員や警備員は、上も下も大騒ぎだ。
街の警邏に人員を割こうにも、妹達の件の事後処理もまだ終えていない上に、事件に関与していると思われる能力者の数が多すぎて、両組織の人員を総動員しても対応できる許容量を大きく超えていた。
この状況で幻想御手のことを明らかにし、大々的に情報を流して注意を促すような真似をすれば、危険を知りながらも幻想御手を求めて犯罪を犯す者や、意識不明に陥るということを知り、自暴自棄になった能力者が無茶をしないとも限らない。
今、出来る事といえば、意識を失った学生を保護し、発生している事件に一つずつ確実に対応していくしかない。
しかし、根本となっている事件の解決が見えないことには、何一つ事態は良い方に好転しない。
初春や黒子が、焦っている理由もそこにあった。
「準備がいいな。それで、これはどう言うモノなんだい?」
「音楽データです。音楽だけで、能力のレベルを上げるなんてことが可能なのかを、専門家にお聞きしたくて」
「ふむ……」
初春の説明に少し思案した様子で、低く唸る木山。
「難しいね」
木山は、初春の疑問にそう答えた。
視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚、五感全てに働きかける学習装置と違い、幻想御手自体は普通の音楽データ。音楽で働きかけることが出来るのは、この内、聴覚のみだ。五感全てに作用することは出来ない。
木山が無理だというのも無理はない話だ。そんな単純な話なら、長い時間をかけて頭を開発する必要なんてない。
だが、仮にだが、音楽その物に五感を促し、脳に働きかける作用があるとしたら?
俺が、専門家の木山に確認を取りたかったのは、それだった。
「共感覚性?」
「おおっ、意外と難しい言葉を知ってるな」
「アンタ……私を馬鹿にしてるでしょ?」
眉間に皺を寄せて、訝しい表情で俺を睨み付ける美琴。馬鹿にはしてないが、普段の素行から、少し頭のおかしな子だと思っていた。
そんなことは口が裂けても言えないので、話を強引に戻してスルーする。
――美琴がいう『共感覚性』
言ってみれば、一つの感覚で複数の感覚が刺激されることだ。
赤い色を見て暖かく感じたり、青い色を見て冷たく感じたり、と視覚以外にも影響を及ぼす感覚。
これを今回の幻想御手に例えるなら、共感覚を呼び起こすある種の特殊な音楽で聴覚を刺激することにより、その他の五感全てに働きかけ、学習装置と同じような効果を生み出す。
「その可能性はあるな。なるほど、見落としていた」
俺達の推測に、感心した様子で木山は頷いた。
だが、それだけでは一つだけ説明がつかないことがある。
共感覚性で働きかけたからといって、何故、使用者が意識不明の昏睡状態になるのかということだ。
「タロウ、打ち止めを連れてきました、とミサカは任務完遂の確認を取ります」
そうこう話をしていると、丁度いいタイミングで、ミサカが打ち止めを連れて戻ってきた。
「おっ、早かったな。あれ? 木原は?」
「打ち止めを迎えに行った先で一方通行と遭遇し、何やら仲の悪い様子で人気の少ない川原の方へと向かいました、とミサカは状況を説明します」
「ああ……あの二人、相性悪そうだもんな」
共倒れしてくれるのが実のところ一番嬉しいのだが、どちらもしぶとそうなので無理だとは予想していた。
思いっきり運動でもして腹が減ったら帰ってくるだろう、と木原のことはスルーする。
「ここにきたらお腹一杯ご飯を食べさせてもらえる、ってミサカはミサカは聞いたんだけどって期待しながら確認を取ってみる」
「大丈夫だ。この常盤台のお姉さん達が奢ってくれるから」
「おおおっ! ってミサカはミサカは期待に胸を膨らませて、喜びを体で表現してみたり」
「……自分が奢る、とは言いませんのね」
今回の幻想御手に関して、打ち止めに確認を取って置きたいことがあった。それで、木原とミサカに彼女を迎えに行ってもらったのだ。
二人とも、一方通行の家は知っているし、丁度よかったというのも理由にある。
ちなみに、打ち止めを呼ぶのなら、ご馳走で釣るのが一番早いと思っただけだ。
これで事件が早く解決するのなら、安い物だと思って欲しい。自慢じゃないが、今の俺に他人に奢るほどの甲斐性はない。
「ミサカに聞きたいこと?」
「そう、お前等って脳波リンクを形成してるだろ?」
共感覚性を起こし、五感を刺激し、脳に働きかけることで能力が上がる。
生体強化じゃあるまいし、その程度のことで能力が向上するなら、学園都市の研究者達は必要なくなる。
本来、能力開発とは年単位の時間を掛けて、ゆっくりと行われるものだ。一朝一夕に身に付くものでないということは、この学園都市の者であれば、誰もが知っている常識だ。
だからこそ、幻想御手の存在は、最初は単なる噂として都市伝説のように語られていた。
だが、現に、使用者達の能力は目に見える形で向上している。
生体強化のように身体を弄る訳ではなく、共感覚性という名の脳に働きかけるだけのシステムで。
「――ってことなんだが、可能か?」
「んー、やったことはないけど可能だと思う、ってミサカはミサカは推測してみる」
妹達は学習装置を使用し、脳波を一定に保つことでミサカネットワークという脳波リンクを形成している。
それと同じ物を、幻想御手は作り出しているのではないか、と俺は考えた。
使用者本人の性能が変わっていないのなら、幻想御手は、この脳波ネットワークを形成する上でのプロトコルのような役割を果たしているのではないか、と推測できる。
そうすることで脳を並列に繋ぎ、演算能力を上げ、能力の処理速度を向上させる。
当然、それを実現可能とするには、脳波パターンを一定に保ち、妹達と同じような状況を作り出す必要がある。
その代償が、あの意識不明の昏睡状態ではないか、と俺は考えていた。
恐らく、ネットワークの構築には、能力者が無意識に放出しているというAIM拡散力場≠ェ使用されているのだろう。
「頭がいいのは知ってましたけど……」
「ううぅ……何か悔しいわ」
黒子と、失礼なことを口走っている美琴は放っておいて、話を進める。
この事に気付いたのは、妹達の一件があったからだ。
それに、一度気がつけば、殆ど忘れかけていた昔の記憶も徐々に戻ってきた。
「そうか、キミが噂≠フ人物か」
「どんな噂かは気になるところだけど……話が早くて助かります」
「それで? そこまで分かっていながら、キミは私に何が聞きたい」
木山の表情が険しくなった。無理もない、こちらも彼女が態と警戒するような真似を取っている。
初春に写真を見せてもらった段階では単なる疑念に過ぎず、本人に会うまで何一つ確証を得ることは出来なかった。
だが、目の前で突然、服を脱ぎ出した≠アとで、俺は確証を得た。
彼女が、この事件の首謀者こと『脱ぎ女』で間違いないと――
恐らくは、ここまで用意周到な状態で、自分に会いにくるとは考えもしていなかったのだろう。
木山の、冷たく鋭い視線が、俺に突き刺さる。
最悪の場合、対応を誤れば、ここで戦闘になる可能性だってある。一触即発といった状況だった。
「太老、一体、何を話しているんですの?」
「ごめん、後で話すから、もうちょっと黙っててくれるか?」
黒子も、この場に漂う重苦しく雰囲気に気付いたのだろう。
美琴と初春も何かを聞きたそうな様子だが、空気を察してか、何も言わず、黒子と同じ様に黙っていてくれた。
「俺の噂を知っているなら、俺が何をしたか≠熬mっているはずですよね?」
「ああ、学園都市の研究者達を唸らせるほどの奇跡≠成し遂げた人物だろ?
キミのことを知らない研究者は、この学園都市にはいないよ」
ずっと、幻想御手を計画した犯人の名前が、はっきりと思い浮かんで来なかった。
しかし、どこで何が繋がるか分からないものだ。一つ思い出せば、連鎖的に記憶というのは呼び起こされるように出来ている。
木山春生――この事件の首謀者≠ナある彼女と、こうして話がしたかった。
黒子達には何も伝えていないが、敢えて逃げ道を封じるような真似をしたのも、そのためだ。
「犯人は、何故、こんな事件を引き起こしたと思います?」
「……分からないな。何が言いたい?」
「俺としては平和が一番なので、面倒なことは止めて欲しい、ってそれだけのことです。
こんなことをしなくても方法ならあるし、その代替案≠俺は持っている」
「……何だって?」
木山の表情に動揺が走る。やはり、間違ってはいなかったようだ。
彼女の真の目的。それが何なのかを、俺はようやく思い出すことが出来た。
――彼女が携わった実験
――その犠牲になった子供達
「俺と、取引をしませんか?」
木山春生もまた、この学園都市の狂気に囚われた犠牲者なのだと。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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