【Side:勝仁】
「全く、剣術の修行をさぼって、何処に行ったのじゃ? 太老! 太老っ!」
今日は昼からも稽古があると言って置いたのに、太老の姿が見えなかった。
剣士は真面目にコツコツと言われた事をやるのだが、太老は余り剣術には興味がないのか? こうして目を離すとさぼる事が多い。
才能は十分にあると思うのだが、どうにも本人に余りやる気がなく、不真面目な所為で損をしているように思えてならなかった。
こういうところは、昔の天地を見ているようだ。天地も昔は、才能とやる気が直結していないタイプだった。
逆に剣士は真面目で素直、一を教えれば十をやり遂げるまでコツコツと努力を重ねるタイプだ。
太老も剣士と同じくらいやる気をだせば、間違いなく私を超える武術家になれると思うのだが、本人にやる気がないのではままならない。
鷲羽殿の頼みとはいえ、私も彼には期待を寄せているので、出来れば頑張って欲しい、と願わずにはいられなかった。
「拗ねるなよ。たった二週間ほど来なかったくらいで……ああ、俺が悪かったよ」
太老の声がした。この方角は、船穂の樹がある方角だ。
船穂――母上と同じ名を持つ、私の契約した第一世代の皇家の樹。今は、柾木神社の御神木として、森の中にひっそりと佇んでいる。
「あれは……」
木々に囲まれた池の中心、船穂の前に太老の姿があった。
船穂の枝から伸びた光の帯が、太老の周りを嬉しそうに跳びはねる。それはまるで、踊っているかのように。
太老には以前から、不思議な力がある事は感じていたが、いつの間に船穂とこれほど心を通わせるほどになっていたのか?
最近は余り見た事がなかった船穂の喜び方に、アイリと出会った頃の記憶が呼び起こされた。
「うっ、勝仁さん……」
「今日は『昼からも稽古がある』と言ってあったじゃろう? 剣士は先に始めておるぞ、御主も早く用意をせい」
「はあ……了解です。船穂、また来るから。今度は魎皇鬼も連れてきてやるよ」
太老の言葉に返事を返すように、また光の帯がキラキラと踊り出す。
やはり間違いない。太老は、船穂と言葉が通じるほどに心を通わせていた。
「全く、いつの間に仲良くなったのだ? 船穂」
裏山の稽古場に向かっていった太老の後ろ姿を見送り、私は偽装を解き、老人の姿から元の若者の姿に戻ると、船穂にそう問い掛けた。
しかし、どういう訳か、一向に返事が返ってこない。
それどころか、リンクを通して伝わってくる意思は『怒り』と『嫉妬』だった。
「まさか……太老を引き離したから、拗ねているのか?」
それを肯定するかのように、二度、光の帯が跳びはねる。
「やれやれ……これは想像以上だったようだね」
『契約者よりも太老がいい』と言われているようで、『仲良くなった』というレベルの話ではなかった。
第三世代以上、特に第二世代以上の皇家の樹には、明確な意思がある。
樹の機嫌を損ねれば、例え契約者とはいっても、樹に拒まれる事がある。
逆に、樹が認めさえすれば、契約者でなくともコアユニットへ入る事も、力を貸してくれる事さえある。それが、皇家の樹だ。
契約者との契約は、確かに一度限りの絶対の物だが、そこに意思がある以上、その選択権は樹にも当然あるのだ。
「しかし、これは……参ったな」
太老の思わぬ才能に驚かされると共に、これから船穂の機嫌をどう取るかで悩まされていた。
【Side out】
異世界の伝道師/鬼の寵児編 第5話『引き寄せる者、惹きつける者』
作者 193
【Side:太老】
「剣士の奴……本当に剣術を習い始めたばかりか?」
稽古と言いながら、勝仁がずっと船穂に構いきりで帰って来なかった事もあり、今日は一日、剣士と二人で鍛錬をする事になった。
二人だけという事で、剣士の強い要望もあって模擬戦をしたのだが、鋭い太刀筋に素早い動き、とても剣術を習い始めたばかりとは思えない動きをするものだから、かなり本気で相手をせざる得なかった。そうした事もあって、今日はクタクタだ。
まだ俺の方が実力は上だが、この調子だと剣術の腕を抜かされる日は、それほど遠くはないだろう。
才能もあるのだろうが、俺と違って剣士の場合、真面目で努力家でもあるので、その辺りで差がついているのだと実感した。
まあ、だからといって別に改めようという気は、さらさらないのだが。
「太老ちゃん、鷲羽お姉ちゃん呼んできてくれる? もう直ぐ、ご飯だから」
「ええ……魎呼さんは?」
「魎呼お姉ちゃんなら、お酒が切れてるって買いに出掛けたよ。お願い、今日は太老ちゃんの好きな『ホッケの開き』に『あさりの酒蒸し』もあるから」
「うっ……し、仕方ないな」
日々の楽しみの一つ、生命線とも言うべき『食』を握られている、というのも難儀な物だ。
実のところ、この家で一番強いのは、台所を領土としている砂沙美とノイケだと思う。
鷲羽の部屋に足を踏み入れるのは正直嫌だったが、好物を取り上げられるのはもっと嫌だった。
特に今日は剣士との鍛錬の所為で、正直かなり腹が減っている事も大きい。
「鷲羽……砂沙美ちゃんが『ご飯』だって」
「フフッ……待ってたよ、太老」
「――!?」
部屋に足を踏み入れるなり、俺は背中に危険を感じ、直ぐに前へと転がった。
案の定、先程まで俺が居た場所にはクネクネと動くハンド型の捕獲機が蠢いており、獲物を探してキョロキョロとしていた。
「なかなか、反応がよくなってきたね。これも勝仁殿との修行のお陰かな?」
「何しやがる! この鷲羽!」
「それが育ててやった母親にいう台詞かね? 前から言ってるでしょ? 私の事は『ママ』って呼びなさいって!」
「誰が呼ぶか! 胸に手を当てて、今まで自分がやってきた行いを思い返してみろ!」
「…………」
本当に胸に手を当てて、『うーん』と唸りながら思案する鷲羽。
「うん、問題ないね」
「大アリだ!」
本当に何でもないかのように一切、悪びれた様子もなく、ケロッとした表情でそう答える鷲羽を見て、直ぐ様、ツッコミを入れた。
悪気がない、と言うだけであんな事をされたら、誰だって『ママ』なんて呼ぼうとは思わないはずだ。
「そうか、反抗期なんだね。いつの間にか、そんな年頃になって……」
「いや、反抗期でもなんでもないから……」
「それじゃあ、せめて……『鷲羽ちゃん』って呼んで!」
「ちょっ、全然、人の話を聞いてないだろっ!?」
思わず、肩で息をするほど、大声でツッコミを入れる。鷲羽との会話というと、いつもこんな感じで疲れるのばかりだ。
赤ん坊の時、柾木家に預けられた時を境に目をつけられ、鷲羽との付き合いも今年で八年。
散々、玩具にされてきたこの八年間で、俺の中で鷲羽の存在は鬼門になり、天敵へと変わっていた。
好きとか嫌いとか、そういうレベルの話ではない。
魎呼が鷲羽を苦手とするように、俺も鷲羽に対しては、親愛よりも苦手意識の方が強く表面にでる。
嘗て、彼女の助手をしていた神我人が鷲羽を見て育ち、女嫌いになった、という話があるが……今では、その気持ちも痛いほどよく分かるつもりだ。
そう、俺にとって白眉鷲羽という人物は――
食うか食われるか? 油断をすれば、頭から丸かじりされても不思議ではない。まさに、そういう存在だった。
「でも、まだまだ甘いね」
ツッコミを入れてから僅か一秒。
瞬くほどの僅かな隙をついて、鷲羽の合図で、地面から機械仕掛けの触手が伸びる。
「――なっ!?」
慌てて跳んで回避しようとするが――
ゴンッ! と、どこからともなく現れ、頭上から振ってきた巨大な金タライが、俺の頭に直撃した。
「いつも言ってるだろ? このくらいの挑発に乗って注意力を欠くなんて、油断大敵だよ」
伝説の哲学士、自称『宇宙一の天才科学者』――白眉鷲羽。
最強最悪のマッドサイエンティストは、俺にとって最大の鬼門だった。
【Side out】
【Side:鷲羽】
「鷲羽お姉ちゃん、本当にいいの? 今日の献立、太老ちゃんの好物ばかりなんだけど……」
「疲れて寝ちゃってるみたいだからね。このまま朝まで寝かせてやるのが一番だよ」
「うん……それじゃあ、片付けちゃうね」
太老が寝ている事は本当だ。理由と原因は少し違うが。
それに全てが嘘と言う訳ではない。今頃は私の研究室にある診療用のベッドで、快適な睡眠を取っているはずだ。
身体検査をかねて、という別の目的もつくが……。
(やはり、あの子は皇家の樹との親和性が極端に高いようだね)
勝仁殿の船穂や、阿重霞殿の龍皇が、あの子に反応を示していた事は知っていた。しかし、そのくらいであれば、別段驚くような事ではない。
柾木家で家族のように生活を共にし、契約者とも親しい太老の事を、皇家の樹が興味を持つのは不思議な事ではない。
だが、太老の場合は『仲良くなる』の度合いが、他と大きく違っていた。
これも『フラグ』……とでも言うべきか? 気付けば皇家の樹との間に、友達かそれ以上の確かな絆が出来上がっていた。
必死に船穂のご機嫌を取る勝仁殿の背中が、何とも言えない哀愁を漂わせていた。
その原因を作ったのは言うまでもなく、太老だ。
「そう言えば、訪希深ともいつの間にかフラグを立ててたんだよね……あの子」
ここまで来ると、ある意味で『天才的』と言っても良い。
訪希深ばかりでなく、人間で言えば水穂殿や天女殿といった癖の強い、そして一番難関ともいえる女性ばかりを堕とし、あのアイリ殿にまで気に入られる始末だ。
美砂樹殿や船穂殿の印象も悪くない。瀬戸殿は直接面識がある訳ではないが、それでも映像や資料で太老の人となりは知っている。それに水穂殿から聞いている話などもあり、かなりそわそわと気にしている様子だった。
中学卒業まで待つ、という約束がなければ、直ぐにでも太老に会いにきているはずだ。
「……まさに、天然の女誑しだね」
これで八歳児だというのだから、将来が色々と楽し……心配だ。
「しかし、この能力は考えようによっては一番厄介かもしれないね……」
西南殿が『不幸』で海賊を引き寄せるように、太老は『フラグ』で厄介なモノばかり惹きつける。
頂神、皇家の樹、そして人間の中でも特に面倒で規格外の人物ばかり――
正直、『才能』の一言で済ませられるレベルの話ではない。
今回の事もそうだ。やり方によっては、皇家の樹の支配権を契約者から奪えるほどの面倒な力を持っている、という話になる。
樹雷にとって、これ以上――『天敵』と呼べる能力はない。
樹雷の力を『銀河最強』と言わしめているのは、『皇家の樹』の存在があるからだ。
その樹を奪われるという事は、鳥で言えば羽をもがれるのと同じ。
味方にすれば、確かに心強く面白い能力だが、敵に回せば、これほど恐ろしい能力はない。
「瀬戸殿がこの事を知ったら、どんな顔をするかね?」
その事を考えると、今から少し楽しみでならなかった。
隠していても、こんな目立つ能力、宇宙に上がれば直ぐにバレる。
瀬戸殿なら、レポートに敢えて書かずとも、自分で気付くだろう。
「想像はつくけどね」
恐れる? 否。
間違いなく、『楽しむ』に決まっていた。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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