俺は今、以前に天地と天南財閥の御曹司『天南静竜』が決闘をした、隣接する湖へと続く柾木家のデッキテラスの上にいた。
 観戦席には、天地を始めとするいつもの柾木家の面々。ここにいないのは信幸とその家族くらいのモノだ。
 そう、これは俺のために用意された模擬戦だった。審判役は勝仁。そして対戦相手は――

「恨み言は、鷲羽の奴に言っとくれ」
「……いや、どう考えても無理だろ?」

 俺が困惑するのも無理はない。
 相手は、『伝説の海賊』としてその名を残し、今も銀河中の人々から畏怖されている存在。
 あの、白眉鷲羽の娘――『魎呼』だったからだ。

「明らかに対戦相手に問題があると思うんだけど……人選、間違ってません?」
「おい、太老! それはどういう意味だっ!?」

 俺は審判の勝仁と、こんな人選を行ったと思われる鷲羽に尋ねた。
 魎呼は拳を握り、反論してくるが、明らかに俺に勝ち目があるとは思えないし、魎呼が戦えばこの辺り一帯がただで済むとは思えない。
 一見、第三者が立ち入る事の出来ないレベルの阿重霞との喧嘩でさえ、魎呼にとってはじゃれ合っているようなモノで、全然本気で無い事くらい、俺も分かっている。
 いつもの喧嘩ではなく、これがきちんとした戦いという話になれば、とてもではないが勝負にならない。
 こんな対戦カードを組むなんて、正気の沙汰とは思えない。

「もしかして……手加減してくれるとか? いや……魎呼さんに手加減なんて無理か」
「太老――お前、あたしに喧嘩売ってるのか!?」

 うっかり本音が漏れてしまったが、これは純然たる事実だ。
 どう考えたって、魎呼にそんな器用な真似が出来るとは思えない。

「本気だよ。魎呼、アンタも手加減なんてするんじゃないよ」
「いや……それだと俺が死んじゃうんですけど」
「じゃあ、死ぬ気でやりな。勝仁殿に剣術を習い始めてから、もうそろそろ七年になるんだ。その成果を見せてみな」
「言ってる意味は分からなくないんだが……何でこんな急に」
「急にじゃないさ。来年にはアンタも中学へ進学だろ? 十二と言えば『元服』と言って、もう成人と見られても不思議じゃない歳だ。一人前に成長した、ってところを皆に見せてみな、って言ってるんだよ」

 昔ならともかく、今は平成だ。十二やそこらで『元服』なんて言っていた時代はとっくに過ぎている。
 大体、鷲羽(マッド)の奴、地球人でもないだろうに……何でこんな事に詳しいんだ?
 とはいえ、逃げ場がない事だけはこれではっきりとした。
 鷲羽(マッド)が『やる』と断言した以上、俺にはこの戦いを回避する手段は残されていない。
 魎呼も大方、鷲羽(マッド)に脅されて引き受けたのだろうし、そうでなければ、こんな面倒な事を自分から進んで引き受けたとは到底考え難い。

「周囲への被害なら気にしなくていいよ。湖の上に結界を張り巡らせて置いたからね。勝仁殿の前のラインからこっちには、攻撃は通らないから、安心して思う存分やりな。もっとも、この模擬戦が終わるまでは、アンタ達二人も結界の外に出られないがね」
『はあ!?』

 俺と魎呼の息がピッタリと合った。
 いつの間に、そんな物を準備していたのか? 確かに、目を凝らせば薄らと空間の歪みが確認出来る。
 最初から逃げ場を封じられていた、という事だ。
 ここから出るためには、この戦いを生き抜く以外に道はない。

「では、勝仁殿」
「うむ……」

 鷲羽(マッド)の一声で、勝仁がこちらに向き直る。
 音が止み、静寂が訪れ、緊張した空気が場を張り詰めていた。

「――始めっ!」

 勝仁の合図で始まる模擬戦。俺と魎呼の初めての本気の勝負が幕を開けた。

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第6話『姉弟対決』
作者 193






【Side:太老】

「つーか! やっぱ無理だろ!?」
「こら、ちょこまかと逃げんな! くそっ、思ったより素早い!」

 逃げるな、と言われて逃げない奴はいない。てか、あんな攻撃、当たったら痛いでは済まない。
 まるで戦艦のビーム砲のような一撃が魎呼の手から放たれ、直撃した湖の水を打ち上げ、蒸発させていく。
 常識外れもいいところだ。こっちの武器は、試合前に鷲羽(マッド)から手渡された木製の剣が一本。
 ってか、木剣でどうしろと? あの鷲羽(マッド)、渡すならもっとマシな武器を渡せ!

「うおっ!」
「――もらったっ!」

 気付けば、デッキテラスの隅にまで追い込まれていた。
 前には魎呼、後は湖。魎呼のように空を飛べない俺には、湖へ逃げるような真似は出来ない。
 目前まで迫る魎呼を見て、避ける事は不可能と咄嗟に判断した俺は、ダメ元で木剣を構えた。
 こんな物で魎呼の一撃を防げるとは思えないが、何もしないよりはマシだ。
 咄嗟の判断力と反射神経に任せ、魎呼の一撃を見極め、素早く木剣を振り抜く。

「なっ!?」
「え?」

 驚愕した表情で、慌てて後へ飛び退く魎呼。
 それもそのはず、俺の手に握られていた木剣は先程までと違い、柄から先の部分が砕け散り、代わりに光り輝く剣身が現れていた。
 そして魎呼の右腕、手首から先がその刃に切り落とされ、

 ――ドオオォン!

 デッキテラスの一部を吹き飛ばしながら爆散した。

「太老、お前……卑怯だぞ! そんな武器隠し持ってるなんて!」

 いや、そう言われても、俺にも何がなんだか。そもそも、この武器を手渡してくれたのは鷲羽(マッド)だ。
 船穂のマスターキー『天地剣』とは違うようだが、同じように皇家の樹からのバックアップを受け、光の刃を形成出来ているようだ。

「これ、もしかして皇家の樹で出来てるのか?」
「ご明察。阿重霞殿の龍皇の枝と樹液の塊を使って、新しく用意したキーだよ」
「阿重霞さんの?」

 そう言えば、去年だったか? 確か、龍皇の『復活記念パーティー』なる物をやった記憶があった。
 随分と阿重霞が喜んでいた事を思い出す。皇家の樹、第二世代艦『龍皇』が大破してから十年以上だ。
 それが、ようやく復活したと言うのだから、喜びも一入(ひとしお)だったに違いない。

「阿重霞、テメエ!」
「オホホ! あなたのような化け物女と戦うと言うのですから、このくらいの準備は当然でしょう? それに、太老さんは立派に樹雷皇家の血を引く御方。龍皇も懐いていますし、剣を使えぬ道理はありませんからね」

 確かに、龍皇と船穂とは、魎皇鬼と同じように親交が深い。
 柾木家の一員として、家族同然に育ってきたのだから、ある意味でそれも当然と言える。
 しかし、これで僅かではあるが望みが出て来た、という事だ。
 俺一人ならどうしようもない戦いでも、龍皇が力を貸してくれるとあれば話は別だ。

「チッ! 樹の力が使えるとなると厄介だな。悪いけど、一気に決めさせてもらうよ! 恨むなら、あそこの女と鷲羽を恨みなっ!」

 失った腕を再生し、右手に赤く輝く光の剣を作り出す魎呼。明らかに本気の眼だった。
 いや、確かに龍皇のキー、この場合『龍皇剣』とでも呼ぶべきか? これが手元にあるだけで、木剣で戦うのとは雲泥の差だ。
 しかし、魎呼との力の差が、武器だけで埋まるとは思えない。
 第二世代の皇家の樹からのバックアップがあったところで、俺と魎呼では元々の力に差がありすぎる。
 やはり、ここはギリギリまで逃げに徹するしか――

「げっ!? ちょっ、待て! それはなしだろ!?」

 先程までとは比較にならないスピードで迫る魎呼。
 しかも、身体の周囲に無数の光弾を浮かべ、それを放ちながら距離を詰めてきた。
 慌てて回避するが、如何せん数が多すぎる。逃げ道を潰すように迫る光弾の嵐に、段々と追い詰められていく。

「今度こそ、終わりだっ!」
「くっ!」

 刹那――目前まで迫った魎呼の一撃が、俺の頭上へと振り下ろされた。

【Side out】





【Side:魎呼】

「何だ……まさか、光鷹翼!?」

 あたしは予想だにしなかった出来事に、驚愕の声を上げる。避けられるタイミングじゃなかった。
 太老は無意識に、あたしと同質の防御フィールドを展開している。この身形で、あのスピードとパワー。さすがは『鷲羽の息子』、『正木の麒麟児』と呼ばれるだけの実力を持っていた。
 だが、まだまだ全ての面において、あたしの方が太老の力を上回っている。十二やそこらのガキに負けてやるほど、あたしは甘くない。
 展開しているフィールドを抜き、昏倒させる程度の力で放った一撃。確かに多少の手加減はしていたが、それでも並の奴なら一撃で丸焦げになるほどの一撃だった。
 それが光の盾のような物で阻まれ、完全に防がれていた。

「ずっこい! 卑怯だぞ! 太老っ!」
「知るか!? 龍皇に言ってくれ! てか、何ださっきの一撃? 俺を殺す気か!?」

 龍皇のキーを使っているのであれば、確かに光鷹翼を使えても不思議ではない。
 しかし、あの天地でさえ、『天地剣』を使いこなすまでに相当の苦労をしたというのに、こいつは初めて使った武器を完全に使いこなしていた。これだけでも、それがどれだけ常識外れな事が分かる。

「げっ!?」
「あ、こいつはやばいね……」

 目の前で突然膨れ上がった膨大なエネルギーに、あたし、それに鷲羽も驚愕する。
 明らかに尋常じゃない力が、太老の剣から溢れ出していた。
 皇家の樹の力を借りている、とは言っても限界がある。
 目の前の力は、明らかに本来のマスターである阿重霞の力をも上回っていた。

「ちょっと待て、太老! そんな力をこんなところで使ったら!?」
「……えっと、すまん。止め方が分からん」
「はあ!?」

 暴発する力。鷲羽の施した結界が軋み、崩壊する。
 光が湖を中心に、辺り一帯を呑み込んだ。

【Side out】





【Side:鷲羽】

「私の……私の龍皇が」
「まあまあ、阿重霞殿。全損ではなく半損と言ったところだし……直ぐに元通りになるさ」

 湖に張り巡らせていた結界は、阿重霞殿の力を借り、龍皇のバックアップを受けて強化していた物だったのだが、それは見事に崩壊。
 天地殿の家を守るために、阿重霞殿の声に呼応して転移してきた龍皇が盾となり、本体を破損するといった事態になった。
 こうなったのも、太老の方に想像以上の力が流れ、防御に満足に力を割けなかった事が主な原因だ。
 結果、龍皇はユニットの破損により、全治半年の大怪我。復活したばかりだというのに、完全復活が遠のいてしまった。

「ほら、二人ともキビキビ働きな」
「はあ……魎呼さん、そこの釘取ってくれる?」
「たくっ、何であたしまで……」
「文句言わない。自分達で壊した物を自分達で修理するのは当然だろ?」

 完全に暴発の余波を防ぐ事は出来ず、家は半壊とまではいかないまでも、ボロボロの状態になってしまった。
 太老と魎呼の二人は、その補修作業を行っている、と言う訳だ。

(しかし、光鷹翼まで作り出せるとはね。それに、あの出力……)

 魎呼が咄嗟に力を相殺し、そして結界と龍皇の力が無ければ、間違いなくこの辺り一帯。いや、星が吹き飛んでいても不思議ではないほどのエネルギーが放出されていた。
 これも私の予想を大きく超える力だ。今回は、阿重霞殿と龍皇に感謝しなくてはいけないだろう。
 下手をすれば、家だけでなく星ごと吹き飛んでいたかもしれないのだから――

(あの力……第二世代とはいえ、マスターである阿重霞殿以上の力を引き出していた、となると)

 後で観測していた情報を基に、詳しく検証してみない事には何とも言えないが、太老の力は単に皇家の樹との親和性が高い、と言うだけの話で済ませられそうにない、という事は分かった。
 少なくとも、あの力――
 第二世代のバックアップすら超えた力を、太老がどこから引き出してきたのか? それが一番重要な問題だ。
 調べれば調べるほど、謎ばかりを生み出す太老の力。これほど面白い素材は、天地殿や西南殿以来だ。

「もしかして、とは思うけど……幾らあの子でも、まさかね」

 あの事件からも明らかなように、あの子の力は下手をすれば世界を崩壊させかねないほどの危険を孕んでいる。
 しかし、金槌を片手に、魎呼と二人でブツブツと文句を言いながら、家の補修工事をしている太老を見ていると、とてもではないがそんな力を持った大層な人物には見えなかった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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