【Side:天女】

 鷲羽様と瀬戸様から守蛇怪の改造を依頼され、七年と少し。
 あれからずっと、私とかすみさんはアイリ様の工房で、守蛇怪の改造作業に打ち込んでいる。
 かすみさんは予想以上に有能な技師で、本来予定していた十年という構想も大幅に期間を短縮して、後一年ほどで完成しそうなペースで作業は進んでいた。

「かすみさん……こんなに凄い技師だったんですね」
「そうでもないわよ? 確かに鷲羽様に多少指南は受けたけど、太老の方が凄いのは知っているでしょう?」
「ええ、それはもう! アカデミーの技師の間でも、『謎の哲学士タロは何者か?』って噂になってますから! さすがは私の未来の『旦那様』だな、って――」
「何か言った? 天女ちゃん」
「……いえいえ、何も」

 感情の籠もっていない冷たい声で、そう言う、かすみさんの笑顔が怖かった。
 太老くんの名は、ここ銀河アカデミーに在籍する技師達の間でも、名も姿も知れぬ謎の哲学士『タロ』の名前で有名な物となっていた。

 MMDに在籍している事は分かっているが、それ以外の記録は本名は疎か、外見や年齢、今まで何をしていたかなど、全てが非公開となっており、一般の人達は知る術を持たない。それらの情報は全てMMDの最高機密扱いになっており、国家機密規模のセキュリティで厳重に秘匿されているからだ。
 哲学士というのは表舞台に余り顔を出さないので、大衆には顔や姿を知られていない人物も歴史上数多く存在する。
 行った業績や過程のみが記録として記され、本人の日常や、趣味趣向などはなかなか記録されないからでもあった。

 しかし、彼等はあらゆる分野で歴史的な偉業を成し、成功した人物ばかりだ。その偉業の前では、些細な事は問題にすらならない。
 例え、それが常識的に考えて奇異に映るモノであったとしても、哲学士だというだけで好意的に扱われがちだ。
 彼等の研究がこの銀河の未来を、人々の豊かな生活を支えていると言っても過言ではないのだから、それも至極当然と言える。
 今回もそうだ。顔や姿が知れない、という事は普通なら胡散臭く思われても不思議ではないが、逆に興味を持つ人々の想像と好奇心を掻き立て、一種の偶像とも呼べる人気を集めていた。

 その理由となっているのは、彼の生み出した発明品の数々に原因がある。
 一言でいえば、どれもこれもマニア心をくすぐる物ばかりで、はっきり言えばパッと見、目立つ物が多い。
 ここ最近、話題となっている『変身方式を採用した新型の戦闘服』や、『変形機構や合体機能のある軍用ガーディアンシステム』など、一部の熱心なGPや軍関係者の職員達や、変わり者の多い技師達の間で、絶大な人気を誇る商品を世に送り出していた。
 彗星のように突如現れ、ここ数年で話題を攫っていった『タロ』の存在を気にしている人達は多かった。
 現在、特にロボット工学の分野において、哲学士『タロ』の名前を知らない技師は、この銀河には居ない、とも言われている。

「太老くんのパテントの管理とか、鷲羽様がやっていらっしゃるんですよね?」
「MMDの会員に、太老を推薦したのは鷲羽様だしね。そのまま、お願いしたの」
「かすみさんも知らないんですか? 太老くんの預金額とか」
「……前に一度見せて頂いた事があるけど、知らない方がいいと思うわよ? こうして真面目にコツコツと働くのが、凄くバカらしく思えてくるから」

 哲学士の資産といえば、たった一人の契約が惑星規模の中型銀行の経営状況すら、左右するほどのレベルだと聞く。
 だとすれば、太老くんがどのくらいの資産を持っているかは、大体のところは想像がつく。
 そして、私の想像をかすみさんが見事に裏付けていた。
 私も、そこそこ高給を貰っている方に入るが、他の人達に比べれば多いというだけで、一人の技師に過ぎない。
 太老くんが受け取っているというパテント料に比べれば、雀の涙にも満たない額だろう。

(フフッ、でも予想通りの展開になってきたわね)

 私の予想通り、太老くんはメキメキと頭角を現しはじめていた。
 今の状況でも、太老くんと結婚をすれば玉の輿は確実。しかも、段々と一人の男性としても、格好良く成長している事が窺える。
 哲学士として活躍している事からも頭の出来は言うまでもなく、あの伝説の宇宙海賊『魎呼』さんと引き分けた、という武術の腕。
 人格も申し分なく、しかも鷲羽様の弟子で、樹雷の皇眷属の出身。哲学士『タロ』の正体を知れば、それこそ銀河中から求婚が殺到する事は間違いない。

 しかし、太老くんの正体を秘匿されているのは、間違いなく鷲羽様だ。それに、かすみさんも関与しているのかもしれない。
 恐らくは、太老くんの事を考え、そうして騒ぎなるのを未然に防ぐためと考えられる。
 それに、鷲羽様が関与しているとなれば、情報が漏洩する事は、まずありえないと考えていい。ようするに、今がチャンスだという事だ。
 ライバルは少ない方がいい。この状況は、私にとって絶好の機会とも言える。

「あの、お義母――」

 ――ギロ!
 うっかりと本音が漏れてしまったところをかすみさんに睨まれ、直ぐ様、私は言い直す。

「……いえ、かすみさん。後一年ほどで、太老くんも中学を卒業しますよね? その後はどうされるんですか?」
「どうって?」
「地球の高校に進学するのですか? それとも、宇宙に? 太老くんの才能と実力なら、銀河アカデミーに留学する、という選択肢もあると思うのですが」

 そうすれば、太老くんとずっと一緒にいられる。
 宇宙での暮らしに慣れていない太老くんを支える名目で、二人で暮らせるマンションなんかを買って同棲してしまえば、後は男と女。行き着くところまでいって、そのまま……何て事も、十分に考えられる。
 それとなく、太老くんの進路を聞き出す事で、これからの傾向と対策を練ろうと考えていた。

「太老の進路ね……そんな事を聞いてどうするの?」
「いえ、宇宙に上がるのでしたら、宇宙での生活に慣れてない太老くんを、『親戚』としてしっかりとサポートしてあげないと、と思いまして」
「『親戚』として、ね?」

 私の話を聞いて、かすみさんはジトーっと訝しい視線を、こちらに向けてくる。

「まあ、いいでしょう。太老には、まだ内緒よ? 卒業したら宇宙に上がる事になっているわ」
「やっぱり! では――」
「宇宙での身元引受人は神木瀬戸樹雷様。太老は瀬戸様の下で、宇宙の事を一年ほど学ぶ事になってるの」
「…………へ?」
「そういう訳で、太老の事、よろしくお願いするわね。『親戚』として、しっかりサポートしてあげてね」

 それは、『瀬戸様から太老くんを守れ』という、無理難題を押しつけられているのと同じだった。

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第11話『太老の進路』
作者 193






【Side:太老】

「太老、どこに進学するか決めたか?」
「ああ、東京の高校受けようと思ってる」
「東京? 何でまた? まあ、お前の成績なら、どこだって確実に受かるだろうけど」
「俺にも色々とあるんだよ……この選択に今後の命運が懸かっている、と言っても過言ではない」
「そ、そうか……まあ、何だかよく分からんが、頑張れよ」

 クラスメイトに応援されながら、俺は進路希望の紙を先生へと提出した。
 以前に天女から『アカデミーに留学しないか?』と誘われもしたが、宇宙になど上がってしまえば、間違いなく今以上の苦難に見舞われる事は分かりきっている。
 今では学校に行っている時間が、唯一の平穏とも言える時間を過ごせているので、学校くらいは普通のところに行きたい。
 それに、東京の学校に行く事になれば、上手く行けば一人暮らしだって夢ではない。そうなれば柾木家とはお別れだ。

 砂沙美やノイケのご飯を食べられなくなるのは残念だが、それよりも命の方が大切だ。
 最近、サバイバル生活を強要される山籠もりや、実戦を想定した魎呼や魎皇鬼との模擬戦など、益々厳しさを増している勝仁との修行の日々に苦痛を感じ始めている。
 それに、鷲羽(マッド)も最近少し大人しかったかと思えば、いつの間には罠がバージョンアップされてて、ここ一ヶ月で既に三回も捕まり、実験室送りにされていた。
 俺としては、何としてもこの生活からの脱却をしたい、と考えていた。

(取り敢えず、この事は鷲羽(マッド)にだけは絶対に内緒だな)

 鷲羽(マッド)に知られれば、その時点でこの計画はお終いだ。
 そのためにテストで良い成績を取り、先生の手伝いや生徒会役員までやって内申点まで稼いできた。
 このままいけば、優秀成績者として学校の推薦状もあるので、目標としている高校に合格すれば、特待生として学費も全額免除される。
 そう、この時のために日々コツコツと積み重ねてきた努力が、ようやく報われる日が近付いているのだ。
 こんなところで失敗する訳にはいかない。

「あら? 太老ちゃん、今帰りかい?」
「あ、小母さんこんにちは」
「はい、こんにちは。あ、そうだ。ちょっと、ここで待ってておくれ」

 この人は山田商店の奥さん。そう、あの山田西南の母親、山田今日子だ。
 昔から何度か面識はあったのだが、学校からの帰り道でよくこの前を通るので、それなりに挨拶を交わすくらい親しい関係にはなっていた。
 純粋な地球人でありながら、宇宙の事を知る数少ない理解者の一人だ。
 俺の事も知っていて、こうして顔を見かけては挨拶してくれる、気の良い小母ちゃんだった。

「はいよ、太老ちゃんが好きなイワシの缶詰。持っていきな」
「え、いいんですか? でも、今は持ち合わせなくって……」
「何、水臭い事いってるんだい。西南の件でも柾木家の人達には、随分とお世話になってるからね。それに、太老ちゃんには前にも店の掃除とか手伝ってもらったし、その御礼だよ。あと、こっちは魎呼さんと阿重霞さんに注文されてた奴。ついでにお願いするよ」
「……そうですか? では、遠慮無く……って、酒樽ごと!?」
「ん? あの二人なら、いつもそのくらい持って帰るだろ?」
「ああ、まあ……確かに」

 イワシの缶詰は嬉しかったが、酒樽という嵩張る荷物が出来てしまった。
 今日子に御礼をいうと、背中に酒樽を担ぎ、柾木家へと続く山道を上っていく。
 田舎道に慣れていない人には厳しい起伏の激しい道だが、毎日のように片道一時間の道程を通っていれば嫌でも慣れる。

「ん? 太老じゃないか。おっ、あたしの酒、取ってきてくれたのか」

 家に向かう途中、空を飛んできた魎呼に偶然、出会した。
 その様子や、向かっていた方角から察するに、この酒がお目当てだったとみえる。

「前にも言ったけど、飛んで村に行くのはやめとけよ?」
「何で?」
「学校でも噂になってるんだよ。空飛ぶ女の幽霊の目撃例が」

 そう、柾木神社のあるこの山に関係者以外、余り人が寄りつかない一番の理由は、この手の怪談話が村中に広まっている事にあった。
 山に向かって飛んでいく女の幽霊の目撃例に留まらず――
 空飛ぶ光るモノを見た。突如として鳴り響く轟音を聞いた。局地的なにわか雨に降られた。異形の妖怪を目撃した。
 などなど、怪異現象には事欠かない噂のオンパレードだ。
 しかも、どれもこれもが作り話ではなく、実体験に基づく話だというのだから困ったモノだった。
 全部、心当たりがあり過ぎるだけに、生徒会に寄せられた話にどう対応していいものか? 頭を悩ませたモノだ。

「ふふん、こんな美人の幽霊なら別にいいじゃないか」
「自分で美人とか言うな……それに昔と比べて、『正木』とは関係のない一般の人も結構住んでるんだから、気をつけてくれよ? ただでさえ、去年の夏にはそれ目当てのバカな連中≠ェ大勢やってきた、っていうのに」

 そう、去年の夏、ちょっとした騒ぎがあった。
 この村の怪異現象について、誰かが出版社に投稿したのだろう。
 雑誌で特集が組まれた事により、それ目当てのバカな連中が大勢村にやってきて、更には番組撮影にやってきたテレビ局の一行が、山に無断で侵入したモノだから大変な事になった。
 そんな時に限って、鷲羽(マッド)の工房に通信端末を借りようと足を踏み入れた美星が、鷲羽(マッド)の研究用の実験動物を逃がしてしまい、砂沙美やノイケが買い物に行っている隙をついて、それらの実験動物達が工房をでて山に放たれてしまった。
 更に運の悪い事に、俺の捕獲用に設置してあった鷲羽(マッド)のトラップが回収されないまま残されていた事もあって、興味本位で山道に足を踏み入れた連中の多くがそのトラップに掛かってしまい、難を逃れた連中も異星の生物に追いかけ回されるという大惨事に発展。
 幸い死傷者は出なかったモノの、見つかった時には、山に足を踏み入れた連中は放心状態で真っ白に燃え尽きていた。

『化け物が……ぬるぬるが……触手が……』

 と、うわごとのように呟きながら――

「いや、あれって結局は美星と鷲羽が悪いんじゃないか?」
「それはそうだが、その原因を作るような真似はやめとけ、って言ってるんだよ。第一、あの二人に注意するなんて無駄な行為を、俺はする気はない」
「…………はあ、分かったよ。てか、段々と鷲羽に似てきたぞ」

 失礼な。そんな事、あるはずがない。
 俺から酒樽を奪うと、俺にとって一番嫌な台詞を残して、魎呼は先に飛んで帰ってしまった。
 学校で怪異現象の話を聞かされる度に、溜め息を溢したくなる俺の気持ちも分かって欲しい。

『これは太老殿。お帰りなさいませ』
『今日はいつにも増して、お疲れのご様子』
「ただいま、阿座化(あざか)火美猛(かみだけ)

 柾木家へ通じる門の柱。木で出来た円筒形の柱のようなモノ。阿重霞のガーディアンの二体だ。
 青い字で書かれている方が『阿座化』。赤い文字で書かれている方が『火美猛』。
 柾木家の門を守る門番であると同時に、物干し竿の支えという重要な役目も担っていた。

『そういえば太老殿、客人がきていますぞ』
「客? 俺に? どこの誰?」
『それは……お会いになれば分かるかと』

 言葉を濁らせる阿座化と火美猛。何故だか、物凄く嫌な予感しかしなかった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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