客と言うから誰かと思えば、阿座化と火美猛が言葉を濁すはずだ。
「お久し振り、太老くん」
「……げっ!」
「げっ?」
「……いえ、元気そうで何よりだな、って」
「太老くんも元気そうで安心したわ。こっちに来ようとする度に、それはもう何度も天女ちゃんの妨害にあってね。全く……あの小娘ときたら」
天女の事を本当に腹立たしそうに口にするアイリ。
俺としては、そんなアイリを足止めしてくれていた天女には感謝したい。
「それで、また今日はどうしてこっちに?」
「あら、太老くんの顔を見に来た、ってだけじゃダメなの?」
「いえ、ダメと言う訳じゃないんですけど……」
正直、勘弁して欲しかった。とはいえ、そんな事を口が裂けても言えるはずがない。
どれだけ嫌でも『ダメ』とか、ましてや『おばさん』なんて言おうモノなら、アイリの機嫌を損ねる事は間違いない。
瀬戸やアイリといった、鷲羽と並び称される『超変人』を相手に、喧嘩を売る勇気は俺にはなかった。
それに、アイリが厄介な人物である事に変わりはないが、鷲羽に比べたら対処は簡単な方だ。
「まあ、それも理由にあるのだけどね。今日は紹介したい人がいて、ここまできたのよ」
「紹介? 俺にですか?」
「そう、実際に会ってもらった方が早いわね」
そう言うと、パンパンと二回手の平を叩き、視線を居間の開けた方へ向けるアイリ。
俺も釣られて視線をそちらに向けると、光の粒子が舞い、誰かが転移してくる様子が確認出来た。
人影は二つ。一方はアイリくらいの背丈で、もう一人は俺よりも小さい、子供といった感じだ。
「彼女達が紹介したい相手。平田夫人とそのご息女よ」
「初めまして、平田夕咲です」
「平田桜花です」
歳の頃は三十手前と言ったところだろうか?
短い髪を七三で分け、男装の麗人と言った精悍な顔立ちをした女性が平田夕咲。
そして母親の隣にピッタリと寄り添う、明るい髪を後で二本に束ねた十歳前後といった感じの幼い少女が平田桜花。
親子という話だが余り似ていない。しかしそんなことよりも俺が注目したのは、二人の着ている樹雷の装束だった。
(平田……って、まさか?)
水穂と同じく瀬戸の副官で、『瀬戸の剣』と称される第七聖衛艦隊司令官『平田兼光』。
その妻と娘の突然の来訪は、柾木家に大きな激震を走らせる事になった。
【Side out】
異世界の伝道師/鬼の寵児編 第12話『太老の客』
作者 193
【Side:鷲羽】
「何がどうなっているのですか? あの兼光様の奥様とご息女が、何故ここに?」
「あたしが、そんな事を知るかよ。つーか、そんなに凄いのか? アイツ?」
「お祖母様の副官『瀬戸の剣』と称される平田兼光様の奥様で……前の第七聖衛艦隊司令官をされていた方です。噂では産休の後、子育てに専念するため、そのまま軍を退役されたと聞いておりましたが……」
台所に隠れ、物陰から居間の様子を観察している阿重霞殿と魎呼。
その視線の先には、太老と桜花ちゃん、その向かいの席にアイリ殿と夕咲殿といった感じで、机を挟みソファーに腰掛けていた。
(ふむ……あれが、前に瀬戸殿が言ってた)
平田夕咲――その名前は私も聞いた事がある。
彼女が子育てに専念するといい、軍を退いた後、瀬戸殿が凄く残念そうに、言葉を漏らしていた事を覚えていたからだ。
かなりのやり手で、あの兼光殿を凌ぐほどの武術の才と、水穂殿と勝るとも劣らない知略を有している、という話だった。
それは、一人で『剣』と『盾』を合わせ持っている、という事。
彼女の武勇伝の数々は、今でも樹雷の闘士達の間で、『伝説』として語り継がれているという話だ。
「面白くなってきたね」
「鷲羽様は、何かご存じなのですか?」
「いや、全然」
瀬戸殿からは何も聞かされていない。
太老の件など、協力関係にあるとは言っても、仲良しこよしと言う訳ではなく、利害の一致から手を結んでいるに過ぎない。
これがアイリ殿の独断か、瀬戸殿の思惑かは、今の段階では判断のしようがなかった。
それよりも問題は、夕咲殿がどういった経緯で太老を訪ねてきたかだ。
それにもう一つ気になるのが、太老の横にいる桜花ちゃんの事だった。
「えっと……桜花ちゃん。もう少し離れてくれると助かるんだけど」
「フフッ、照れてるんだ? 可愛い」
「いや、そういう事じゃなくて」
「大丈夫よ。私はお兄ちゃんの事、大好きだから全然気にしないもん。それに私達、将来『結婚』するんだから、別に問題ないよね?」
『け、結婚!?』
阿重霞殿と魎呼が『結婚』という言葉を聞いて、隠れて様子を窺っていた事も忘れ、慌てて居間へと飛び出していった。
もう少し考えてから行動すればいいモノを……本当に分かりやすい子達だ。
「ど、どういう事ですの!?」
「太老、お前、またこんな小さい子に手を出して!」
「また、ってなんだ!? また、って!?」
「おばちゃん達、誰?」
『おばちゃん!?』
桜花ちゃんの『おばちゃん』発言にワナワナと身を震わせ、青筋を立てる阿重霞殿と魎呼。
「アイリお姉ちゃん、この『おばちゃん』達、怖い……」
「もう、子供を相手に目くじら立てないの。ほら、散った散った」
アイリに『しっ! しっ!』と手を振られ、行き場を無くした二人の怒りの矛先は、太老へと向けられた。
猛獣も逃げ出しそうな視線に晒され、青い顔をして身を震わせる太老。
台風(平田母子)が去った後の事を考え、途方に暮れているのだろう。
「う……ぷぷっ! あははッ!」
「ちょっと鷲羽様!? 何が可笑しいんですの!?」
「いや、あの子も随分とやり手だな、と思ってね」
戻ってきた二人が私の笑い声を聞いて、不満そうな表情を浮かべるが、私は素直にあの桜花ちゃんの二人の扱い方に感心していた。
あの場で、この二人をスムーズに追い払えるのはアイリ殿だけだ。
それを計算に入れ、話を敢えてアイリ殿に振る事で、未然に問題を解決した。
「まさか、あれが全て計算尽くだと?」
「考えてみな、兼光殿のところの娘さんは太老と歳が一つしか違わない。しかも、あの兼光殿と夕咲殿の娘さんだ」
「そんな、まさか!? でも、彼女の見た目はどう見ても……」
「単に成長が遅いだけか、それとも……」
どう見ても、桜花ちゃんの見た目は八〜九歳、そこらと言ったところ。太老と一つ違いという事は、今年十四になる少女とは思えない姿だ。
個人によって成長速度に差はある、とはいっても、どう見ても違和感が残る。幼生固定をしている可能性も考えられるが、私が感じている違和感は少し違っていた。
そう、あの子が例え十四歳の姿をしていても、私にはそうは見えない。
先程、一瞬見せた洞察力と判断力からも、彼女が見た目以上に成熟した思考力を持っている事は疑いようがない。
それに……理由は、はっきりとは言えないが、太老と出会った時に感じた違和感≠ノ良く似ていた。
見た目よりも、ずっと遥かに歳を食っているかのような……そんな錯覚に襲われるのだ。
(太老と同じ……いや、そんな……まさかね)
一番ありえない考えを、私は振り切る。
しかし、平田桜花――その名が、私の頭の片隅から消える事はなかった。
【Side out】
【Side:太老】
「それで、俺を訪ねて来たのはどうしてですか? 面識もないですよね?」
「直接の面識はね。でも、水穂ちゃんからは聞かされていたから知らなかった、と言う訳ではないのよ? それに――」
「……それに?」
「娘の桜花が、どうしても太老くんに会いたい、と言って聞かなくてね」
親馬鹿、ここに極まれり。
水穂から、俺の話を聞いていた桜花が俺に会いたいと言い、こうしてアイリに頼んで連れてきてもらった、という経緯は直ぐに理解出来た。
しかし、水穂は桜花にどんな話をしたのか? この懐き方は普通じゃない。
女性に好意を持たれるのは嫌ではないが、さすがに桜花が相手では見た目に無理がある。手を出したら犯罪者確定だ。
「私も久し振りに太老くんの顔を見たかったしね。それに桜花ちゃんに頼まれたら断れないもの」
「ありがとう、アイリお姉ちゃん!」
桜花は、アイリの扱い方をよく心得ていた。
先程の魎呼と阿重霞の扱い方といい、この桜花という少女、なかなかに侮れない。
「ねえ、お兄ちゃん。桜花、お兄ちゃんの話が聞きたいな」
「俺の話?」
「うん! お兄ちゃんって物を作るのが得意なんだよね! お兄ちゃんの作った物を見てみたい!」
俺の工房を見てみたい、という事だろうか?
しかし、あそこは鷲羽の工房でもあるので、許可のない人間を勝手に入れる訳にはいかない。
そう思い、鷲羽の方に視線をやると――
「構わないよ。桜花ちゃんを連れてってやりな」
「お姉ちゃん、ありがとう!」
鷲羽の許可が降り、大喜びの桜花。
桜花に対する鷲羽の対応……俺に対しての態度とは大違いだ。
やはり幼女には甘いのか? まあ、俺が桜花のように優しく対応されたら、逆に『何かあるのではないか?』と疑ってしまう事は間違いないが……。
「……じゃあ、行くか。余り面白い物はないと思うけど」
「うん!」
アイリと夕咲に軽く頭を下げて、手を繋いで工房へと向かう俺と桜花。
手を振って見送る鷲羽の笑顔が、妙に不自然で気持ち悪かった。
【Side out】
【Side:鷲羽】
「初めまして、夕咲殿。それにアイリ殿も久し振り」
「うへ……お、お久し振りです」
「人の顔を見るなり、嫌そうな顔をするな!」
「――うがっ!」
天井に突如現れた金タライが、コントの一場面のようにストン、と落下する。
次の瞬間、ガン! という鈍い音と共に奇声を上げ、床に倒れ込むアイリ殿。
太老用に仕掛けて置いた罠の一つが役に立った。
「さて、邪魔者は消えたところで――」
「邪魔者って――うがっ!」
「黙っていれば良いモノを……余計な事を言うからですわ」
魎呼がツッコミを言い終える前に、同じく金タライを落として気絶させた。
そんな魎呼を見て、阿重霞殿は呆れた様子で深く溜め息を吐く。
「初めまして、鷲羽様。平田兼光の妻で、夕咲と申します」
「白眉鷲羽――といっても、そっちはご存じのようだね」
「ええ、『伝説の哲学士』様にお目に掛かれて光栄ですわ」
「私こそ、夕咲殿の武勇伝の数々は伺っているよ。元、艦隊司令殿」
私と正面から握手を交わしても、全く動揺した素振りをみせない夕咲殿。
こうして握手を交わし、手の平に触れただけでも、ある程度の事は分かる。
確かに瀬戸殿のいうように、仕事の出来る有能な女性の手を、彼女はしていた。
「先に場所を移した方がいいかい?」
「いえ、ここで構いませんわ。ここに居る方々でしたら、聞かれて困るような方はいませんから」
そう言って、柔らかな微笑みを見せる夕咲殿。
「なら、単刀直入に聞くけど、太老に会いに来た本当の理由はなんだい?」
「やはり……お気づきでしたか。では、桜花の身体の事にも?」
「あの子の実年齢と見た目が伴っていない事かい?」
「はい……桜花の本当の年齢は、加速空間での修行の時間も含めれば、既に三十歳を軽く超えています。勿論、幼生固定など行っていませんが、外見はご覧の通りです」
「加速空間? 何で、そんな事を?」
「あの子の希望だったからです。自分に武術と知識を与えて欲しい、と。あの子は幼い頃より、意思のしっかりした子供でしたから」
「……それが、軍を引退した理由かい?」
「はい。そして、この事を知っておられるのは、瀬戸様だけです」
私も瀬戸殿に一杯食わされていた、と言う訳だ。しかし、こちらも全てを話している訳ではない。そういう意味ではお互い様だろう。
話を聞く限り、一定の年齢以上身体が成長しない、という不思議な点以外、特におかしな点は見当たらない。
このくらいであれば、別に驚くような事ではない。ただの突然変異かもしれないし、何処にでも『天才』というのは必ず居る。
(でも、何だろうね……この嫌な予感は)
太老のような存在が他にもいる。
その可能性はなくもないが、一番考えたくない可能性でもあった。
「後で、桜花ちゃんの身体検査をさせてもらっても構わないかね?」
「ええ、そのつもりで、こちらに来させて頂きましたので。よろしくお願いします、鷲羽様」
「この事を瀬戸殿は?」
「ご存じです。『そろそろ頃合いでしょうね』とも仰っていました」
やはり、全てを承知の上で、夕咲殿をこちらに寄越したという事。瀬戸殿がこの時期になって、私にも隠していた手札を見せてきた理由を考えると、やはりこれまでの事から太老と桜花ちゃんの関連性を疑い始めている、という証明に他ならない。
平田桜花――ただの『天才』という話で済めばいいが、もし太老と同じなら……今よりも、ずっと面倒な事になる。
出来れば外れていて欲しい。そう願わずにはいられなかった。
「ああ、ところで夕咲殿」
「はい?」
「私の事は……『鷲羽ちゃん』って呼んで!」
少し驚いた様子だったが、平然とした顔で、『はい、鷲羽ちゃん』と切り返す夕咲殿をみて、やはり『只者ではない』と思った。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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