【Side:太老】

「ええっ!? お兄ちゃん、居なくなるの!?」
「任務でね。予定通りに行けば、一ヶ月ほどで帰ってくると思う」
「ううっ……」
「だから、船穂様と林檎さんと一緒に、大人しく留守番しておいてくれるか?」

 初任務を言い渡されたのは昨日の事だ。銀河アカデミーに注文の品を引き取りに行くように、との指令を受け取った。
 注文の品と言うのが何なのか分からないが、途中までは水鏡が送ってくれるらしいので、それほど大変な任務と言う訳ではない。
 海賊討伐に向かう訳でもなく、所謂『初めてのお使い』という奴だ。海賊に遭遇するなど、余程の事がない限り、危険は少ないだろう。
 それに危険を恐れていては、軍の仕事など務まらない。それは誓約書にサインをさせられた時点で覚悟していた。

「で、でも、でもね! お兄ちゃん!」
「大丈夫だよ。今回は水穂さんも一緒だし」

 俺の事を心配してくれてるのだろう。その必死な態度からも感じ取れる。だが、桜花を連れてなど行けるはずもない。
 注文の品を引き取りに行く水穂の補佐官として、銀河アカデミーに向かう事になっているので、当然といえば当然の事だが、今回は水穂も一緒だ。水鏡で途中までとはいっても送ってくれる、という話だし、例え海賊に遭遇したとしても大きな危険はないはずだ。

「それが一番不安なんだけど……じゃ、じゃあ、桜花も一緒に行ってあげる!」
「ダメだよ。仕事なんだから、それに子供が軍艦なんて乗れる訳がないじゃないか」
「桜花、子供じゃないもん!」

 心配してくれるのは嬉しいが、子供をまさか連れて行く訳にはいかない。
 ましてや、どんな危険があるか分からないというのに、子供が軍艦に乗るなんてとんでもない話だ。
 桜花に大人しく待っているように、と言い含めるが――

「お兄ちゃんのバカ! 鈍感!」

 そう言って、背中を向けて走り去ってしまった。子供心はよく分からない。
 でもまあ、心配してくれたのは確かだし、何かアカデミーで土産でも買ってきてやろう、と考えた。

(樹の世話の御礼もあるしな)

 給料まで未だ日数があるが、土産を買うくらいの余裕はある。
 今回は仕事で行く訳だが、これで訪れるのは二度目となるアカデミーに、期待を膨らませていた。

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第31話『最大の鬼門』
作者 193






【Side:水穂】

「瀬戸様、また何かを企んでいますね?」
「あら? 何の事かしら?」
「今回の任務の事です。水鏡に第七聖衛艦隊を護衛に付けるなんて、幾ら何でもやり過ぎです。どこに戦争を仕掛けに行く気ですか?」
「以前の海賊捕縛の件もあるし、太老殿の能力を考えれば保険を用意しておくのは当然でしょう?」
「ですが、あそこは連盟の勢力圏ですよ? 樹雷の艦隊が近付けば、いらぬ警戒心を与える事に――」
「だから、銀河軍との合同演習、という名目で先に話をねじ込んであるわよ」

 銀河軍との合同演習というのは、実際の狙いを隠すためのカモフラージュの役目もあるのだろうが、水鏡を足に使い、第七聖衛艦隊を護衛につけている時点で、今回の任務がただのお使い≠ナ無い事は明白だった。
 瀬戸様の事だ。裏でまた何かを企んでいるに違いない。それも、太老くん絡みの何かを、だ。

「あなたまで、以前の霧恋ちゃんのように『危険だからやめて欲しい』なんて言うのかしら?」
「そうは言いません。ただ、今回の瀬戸様は些か強引な気がしましたので」
「強引? 私はいつも通り――」
「確かに、普段も周囲の忠告など聞いてくださらないほど強引ですが、太老くんの件に限って言えば、明らかに度を超しています」

 宇宙に強引に太老くんを連れ出した事といい、情報部への配属や今回の任務もそうだ。
 いつもの瀬戸様なら、相手がその気になるように上手く話を持って行かれるはずなのに、太老くんの件に限って言えば強引さの方が目立つ。
 何かを焦っているような、何がなんでも太老くんを宇宙に連れ出さなければならない理由が、他にあるように思えてならなかった。

「あの海賊討伐の件は水穂も見ていたでしょう? あれが彼の能力によるモノなら、それは西南殿と同様、それ以上かもしれない才能を有しているという事になる。そんな力を他所に持って行かれる訳にはいかないでしょう?」

 確かに太老くんの能力は、樹雷にとって有益なものだ。
 他の勢力に目を付けられる前に自分のところに、と考えるのは極自然な流れだと考えられる。
 しかし、それは一般的な考え方であって、瀬戸様や鷲羽様が関わっているとなると話は別だ。
 瀬戸様は自分の気に入ったモノを手元に置いておきたい、と考える方だが、その事で相手を困らせても貶めたり不幸にされるような方ではない。話の流れをそちらに持って行こうとするのも、そのためだ。
 試練を与え、切っ掛けを与え、相手の成長を促すやり方は確かにこれまで通りと言えるが、太老くんの場合はまるで何かを試すように行動されているように見える。

(やはり太老くんには、瀬戸様と鷲羽様しか知らない、何か重大な秘密があるようね)

 それが何なのかは分からないが、これまでの事からも、太老くんには『確率の偏り』以外に瀬戸様と鷲羽様が気にされる何かがあるのだと、私は考え始めていた。

【Side out】





【Side:瀬戸】

 やはり水穂と林檎に隠し事をするのは難しい。ある程度の情報を与えているとは言っても、納得させるには無理がある事は承知の上だ。
 しかし、それでも今の段階では彼女達に事情を打ち明ける訳にはいかない。彼の力は確かに有益だが、爆弾である事に変わりはない。それも、何が切っ掛けで爆発するのか分からない強力な爆弾だ。鷲羽殿が庇護という名目の監視下に彼を置き、私が彼を特別視する理由もそこにあった。
 水穂は何かに気付き始めている様子だが、与えられている情報だけでは確証に至る事は出来ないだろう。
 鷲羽殿は今回の件で、彼の成長を促しつつ、観測を続け情報を収集する事が目的。そして私もまた、彼の力を必要としつつも、その見極めをする事が一番の目的となっていた。
 彼の力は少なくとも、西南殿のように『才能』の一言で一括りに出来るような物ではない。

『正木の麒麟児――アイリ理事長がご執心の彼ですか。私も一度会ってみたい、とは考えていましたが……この時期に何故?』
「軍の犬が色々と嗅ぎ回っている件、と言えばお分かりになるのではなくて? 美守校長」
『やれやれ、瀬戸様には敵いませんね。では、哲学士タロの情報を流したのも、やはり――』
「ええ、餌はやはり必要でしょうし、そちらも彼の実力を知っておきたいでしょう?」
『私には、瀬戸様が自慢したくてウズウズしているように見えますわ。ここでは『哲学士タロ』の名前の方が有名ですが、樹雷での彼の噂≠ヘ、私のところにも入ってきていますから』
「でも、それは公的な部分でしょう?」
『その公的な部分だけであれだけの噂が出て来るのですから、果たして何を隠しているのか、と興味をそそられるのは無理もないでしょう?』

 相変わらず、一癖も二癖もある食えない御方だ。通信先に居るのは『九羅密美守(くらみつみかみ)』――GPアカデミーの校長だ。
 樹雷と並ぶ軍事国家『世二我』――GPの基礎を作り上げた銀河連盟を代表する巨大な国家。その名家『九羅密家』は、世二我で最大の勢力を持つ大家だ。
 その家に生まれた長子でありながら、家督を弟に譲り自らはGPの校長に治まった変わり者。
 しかしその影響力は絶大で、九羅密家の現在の最高権力者は、家督を継いだ弟ではなく彼女だと言われている。
 私が頼りにしながらも、最も敵に回したくはない、と一目を置いている人物の一人だ。

『アイリ理事長に造らせていた例の物を受け取るついでに、そのテストを兼ねて彼等を罠に掛けようと言う訳ですか』
「そちらにも、メリットがある話でしょう?」
『確かに……ですが、アイリ理事長には聞かせられませんね。こんな事が知れたら、へそを曲げられてしまいそうですから』
「だから、こうして美守校長に直接話を通してるんじゃない。アイリちゃんも、すっかり彼に毒されてるみたいだし〜」
『分かりました。要するに、私は何もせず、時が来るまで見て見ぬ振り≠すればよろしいのですね』
「ええ。後、おまけに水穂と、女官が二名同行する事になりますので、よろしくお願いしますわ」
『瀬戸の盾と、瀬戸様の女官を、ですか? なるほど、鬼姫の寵愛を受けた少年、差し詰め『鬼の寵児』と言ったところでしょうか?』
「上手い事を言うわね。美守校長」

 安直だが分かりやすい、なかなか良いネーミングセンスだと思った。『鬼の寵児』と確かにそう呼んでも不思議ではない。
 正木の麒麟児、伝説の後継者、と並べても見劣りせず分かりやすい。そして長年、畏怖と畏敬の念を籠めて呼ばれ続けてきた『鬼』の名が使われている事が、私の関心を大きく惹いた。
 鷲羽殿が、哲学士『タロ』の名で彼の正体を隠しているように、確かに公的な名は必要だ。『鬼の寵児』――候補としては悪くない。

【Side out】





【Side:太老】

 水鏡に乗り込み、樹雷を出発してから二日目。樹雷から銀河アカデミーの勢力圏まで約五日で到着する、という話だ。
 その間、書類整理を手伝いながら仕事を教えてもらう事になった。

「太老くん、随分と手慣れてるわね。まとめ方も上手いし……こう言う経験があるの?」
「鷲羽を手伝って、研究用のレポートをまとめたりもしてましたしね」

 それに事務仕事は、これが初めての事ではない。水穂の言うように経験はあった。
 会社勤めもしていたし、企画書の作成や書類整理は毎日のようにやっていたので、勘を取り戻せば難しい事ではない。

「……そうよね。考えてみたら、出来て当然よね」
「水穂さんには全然敵いませんよ。それに、ここの人達も有能な人ばかりですし」

 実際、驚くような有能な人達が多い。正直、手伝ってはいるが、俺が本当に必要かも疑わしくなるほどだ。特に、水穂の執務能力は桁違いだった。
 見る見るうちに手元のデータが処理されていく。キーボードを操作する指の動きなど、速すぎて残像が見えるくらいだ。
 現れては消える空間モニターを見て、まざまざと水穂の凄さを思い知らされる。

「まだ、それほど経ってないけど、少しはここの生活にも慣れてきた?」
「はい。皆、いい人ばかりですしね。ちょっとスキンシップが過剰な気もしますけど……」

 女性ばかりで、職場に男性が俺一人という環境を除けば、決して悪い職場ではない。
 気遣ってくれているのは分かるのだが、過度なスキンシップは勘弁して欲しかった。
 俺も男だ。女性に興味が無い訳ではないが、この女子校の中に男が一人≠ンたいな環境は正直勘弁して欲しい。
 こうした環境では、肉体的な疲れよりも、精神的な疲労の方が大きかった。

「彼女達も悪気はないのよ。ただ、ここに男性なんて珍しいから……特に若い男の子なんて、これまで居なかったものね」
「何で、女性ばかりなんですか? そう言えば、林檎さんのところの経理部も女性ばかりでしたし」
「経理部は意図的に、そういう文句の言い難いタイプの娘を集めてるのよ」
「それじゃあ、情報部も?」
「瀬戸様の趣味よ」
「……へ?」
「そのままの意味よ。特に深い意図なんてない。瀬戸様の周囲も兼光小父様を除いて、殆ど女官ばかりで構成されているでしょう?」
「そう言えば……」
「以前は兼光小父様も、水鏡に乗り込む度に居辛そうな顔をしていたわ。最近は少しは慣れた様子だけど、それでもブリッジでは自分から余り会話に入って来ないしね」

 何となく、兼光の気持ちが手に取るように分かる気がした。
 俺は、未だ見た目が十五歳という若さだからマシだが、兼光の歳でここの女性達のかしましさについていくのは厳しいだろう。
 女三人寄ればかしましい、という言葉があるが、まさにここはそんな言葉通りの職場だ。
 歓迎してくれた時にも感じた事だが、何かとテンションの高い人達が多い。俺が、ここを女子校と表現したのもそのためだった。
 ただ女性が多いと言うだけでなく、輪を掛けてノリの良い人ばかりだからだ。

「えっと、それって……」
「私も注意しているけど、太老くんも気をつけて。油断をすれば、どこで襲ってくるか分からないから」
「…………」

 俺は、やはり職場を間違えたようだ。いや、これも瀬戸の陰謀なのだと考えれば、全て説明が付く。
 ここは水鏡の中だ。俺が慌てふためく姿を見たくて、今か今かと待ち構えていても不思議ではない。
 考えてみれば、あの入学祝いのジュースからして、何かがおかしかった。宇宙に無理矢理連れ出された事といい、神木家の別宅の件にも瀬戸が絡んでいる可能性が高い。今回の配属も、余りに状況が出来すぎていて誰かの思惑を感じずにはいられない。
 それが誰かなど、こんな事が出来る権力を持っている人物で、思い当たる人物は一人しかいなかった。

(くっ! あの鬼姫め!)

 やはり、奴は『クソババア』と呼ばれるに相応しい人物だ。俺にとっては文字通り、鷲羽(マッド)と同様『鬼門』だった。
 鷲羽(マッド)から離れた事で少しは安心していたのだが、やはり宇宙でも油断はならないようだ。
 現在、俺の平穏を最も脅かしているのは、間違いなく『樹雷の鬼姫』だ。

(玩具になってたまるものか。絶対に乗り切ってやる!)

 最大の敵は外ではなく、身内にいる。俺は神木瀬戸樹雷、いや鬼姫を酷く警戒していた。
 あの鬼姫や鷲羽(マッド)の手を逃れ、何としても平穏な日常を取り戻してみせる。
 そんな無謀とも言える、野望を夢見て――

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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