【Side:太老】

『海賊艦と遭遇。第一級非常事態宣言が発令されました』
「またか……」

 書類整理をしていると、樹雷を出発してから三度目となる『第一級非常事態宣言』が発令された。そう、海賊と遭遇したのだ。
 明日にはアカデミーに到着するというのに、本当に間の悪い事この上ない。
 ちなみにこの場合、間が悪いのは海賊達の方だ。水鏡や護衛についている聖衛艦隊が破れるはずもなく、遭遇した海賊達の方が運がない、と言えた。
 しかし、やはり宇宙は物騒なようだ。地球では、新聞に取り上げられるような事件とは縁のない山奥の村に住んでいたから、余計にそう感じるのかもしれないが、こうも頻繁に海賊に遭遇するようでは、この先が思いやられる。だが、考えてみればそれも仕方ないか、と思い始めていた。

「俺が考えている以上に、大変な仕事なのかもしれないな……」

 地球全体の総人口が約七十億人と言われてる中で、GPの職員だけでも数兆人という規模だ。銀河の総人口は、それこそ地球の人々の想像を遥かに大きく超えている。それに、これは飽くまで銀河連盟に加盟している国々の話で、樹雷宙域の直ぐ傍に隣接する簾座連合や、連盟に加盟していない他勢力の人口を加えれば、その数は天文学的な数字に上る事が予想される。
 銀河は広い、そしてこの宇宙には未だ人の手が及んでいない未開拓宙域が星の数ほど存在する。
 代々、海賊を家業として引き継いでやっている者もいれば、何らかの事情で仕方なく海賊に身を堕とした者、自由気ままな生活や夢を思い求めて海賊になった者、理由は様々だ。人類の生活圏が拡大すれば、それに応じて犯罪者の数が多くなるのも無理はない話だ。
 GPや樹雷軍の仕事は、そうした犯罪者達を取り締まり、治安の安定を図る事が主な役割だった。

『太老様、至急ブリッジにお越し頂けますか?』
「え? 俺もですか?」
『瀬戸様がお呼びです』

 情報部は矢面に立つような部署ではない。戦闘に関しては専門家に任せておくのが普通。そのための聖衛艦隊だ。
 過去二回の戦闘でも、一切呼び出しが掛かるような事はなかった。しかしここに来て、鬼姫の呼び出しとは……嫌な予感しかしない。
 はっきり言って、情報部も大忙しだ。海賊は捕縛したり撃沈すれば、それで終わりと言う訳ではない。
 実際には海賊を捕縛する事よりも、その後処理の方がやる事が多くて大変だった。特に、こうも立て続けに海賊と遭遇していたのでは、休む暇もあったモノではない。
 情報部の女官達は勿論、水穂や俺もずっと机にかじりついているような状況だ。

「分かりました。直ぐに向かいます」

 とは言え、そこが宮仕えの辛いところだ。鬼姫からの出頭命令に拒否権などあるはずもない。
 遣り掛けの仕事を片付け、ブリッジへと続く転送ゲートへと向かった。





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第32話『心の成長』
作者 193






「船穂と龍皇ですか? 桜花ちゃんに預けてきましたけど」

 ブリッジに着くなり何の事情説明もなく、そんな事を鬼姫に質問された。
 仕事に連れて来られるはずもない。水鏡の指輪は仕方ないが、あの二匹は桜花に預けてきた。

「桜花ちゃんに……なるほど、それで」
「あの……そんな事を訊くために、俺をここに呼んだんですか?」

 そんなに船穂と龍皇を連れてきて欲しかったのだろうか?
 確かに、あの二匹が一緒だと水鏡も喜ぶのだが、公私の区別はしっかり付けるべきだと考えて、敢えて連れて来なかった。
 実際、あの二匹が一緒だと仕事にも影響が出かねない。相手をしてやらないと拗ねるし、仕事の邪魔になるからと無視をすれば機嫌を損ねる。子供と一緒で扱いが難しいのだ。

「他にも用事ならあるわよ。兼光」
「はい。正木太老殿――」
「あっ、護衛でついて来てたのって、兼光さんの部隊だったんですね。奥さんに殴打された怪我は治りました?」
「三日ほど生死の境をさまよったが今ではすっかり……って、話を蒸し返すな!」

 あれから一回も顔を見てなかったので、本気で心配をしていたのだが、元気そうで何よりだ。

「折角の機会です。太老殿にも実戦を肌で感じてもらいたい、と思いまして」

 何とも、ありがた迷惑な話だった。
 情報部という表舞台とは関係の無い事務仕事≠ノつけて喜んで居たというのに、よりにもよって実戦とは……。
 確かに軍人をやる時点で覚悟はしていた事だが、好きこのんで身を投じたいとは思わない。

「これを見て欲しい」

 兼光が指し示す、空間モニターの映像には、民間の船を人質に取った海賊艦の姿が確認できた。
 それだけでも、大体の状況は察しがつく。あのくらいの海賊艦、いつもなら直ぐにでも撃沈して終わりなのだろうが、人質を取られている現状では、そうもいかない。

「海賊艦に潜入して人質を助ける。白兵戦を仕掛けると……」
「その通り、太老殿にはその突入部隊に加わって頂きたい」

 作戦は至ってシンプルなモノだった。
 この辺り一帯は水鏡のジャミングの影響で、通信や一部機能に障害が生じている。直ぐに海賊達が超空間ジャンプを使って逃げないのもそのためだ。交渉に応じている振りをして、その間に水鏡の力で海賊艦に直接転送移動し、少数精鋭で奇襲を仕掛ける。一方が艦の制御を奪い、もう一方が人質を救出する、というシンプルな作戦だった。

「それで、その少数精鋭っていうのは……」
「私と太老殿です」
「やっぱり……」

 嫌な予感は的中した。よりによって、海賊艦に奇襲を仕掛ける突入部隊に抜擢されたばかりか、人質救出なんて重要な役目を任せられるとは……しかし、情報部に所属する事になったとはいえ、軍属である事に変わりはない。
 命令は絶対だし、早いか遅いかの話だけで、そのうち海賊と対峙する機会は必ずあるはずだ。兼光もその事を考え、こうして誘ってくれているのだろう、と考えた。

「俺達二人だけですか? 他に闘士を連れて行くとかは……」
「何を仰います。私と太老殿だけでも過剰戦力だというのに、この上で大勢で仕掛けるなど、樹雷の闘士として恥ずべき行為です。それとも、太老殿は護衛が一緒でないと、やはり心細いのですかな?」

 はい、思いっきり心細いです。やはり、ここは恥を気にしている場合ではない。正直に話をして、護衛をつけてもらうのが一番だと考えた。
 行き成り『実戦』とか言われても、命を賭ける覚悟なんてある訳がない。

「誇りとか、この際どうでもいいことでしょう。大切なのは人の命です」
「――!」
「正直言って、俺は心細い……怖いです。だから、お願いします。指揮官なら、より確実な方を選択してください」

 俺も命は惜しいし、万が一失敗をすれば人質にまで危険が及ぶ。兼光の言っている事は分かるが、ここは確実を期すべきだ。
 大体、俺にどんな期待をしているのか分からないが、初めての実戦でそんなに上手く行くとは思えない。
 海賊の実力だって俺は知らないし、訓練で上手くいったからといって実戦も同じように上手くいくとは限らない。
 しかも、俺の場合は正規の訓練を受けて配属された訳ではなく、過程を素っ飛ばして行き成り情報部に配属されたようなものだ。
 自信がある、とかいう以前の話だった。

【Side out】





【Side:瀬戸】

「よろしかったのですか? 太老くんを兼光小父様と行かせて」
「兼光が自分で言い出した事よ? 『太老殿の実力を自分の目で確かめて見たい』って」

 桜花ちゃんの一件で、父親として兼光も思うところがあったのだろう。
 聖衛艦隊の闘士からも『親バカ』と称されるほどに溺愛していた娘が、ある日突然、家を飛び出て、男の家に転がり込んで帰って来ない、と言うのだから、兼光にしてみれば相手の男の事が気になって仕方がないのも分かる。
 ましてや、それが闘士達の間で噂となっている人物ともなれば、尚更だ。

「でも、あの様子だと心配はなさそうですね。兼光小父様らしくない、試し方をされてましたけど」

 人質の命が優先なのは当たり前の話だ。
 ましてや、あれがGPや軍の船ならともかく、ただの民間船。民間人を守ることは軍人の役目。これは海賊の捕縛や殲滅よりも優先される。
 それに、何事にも絶対という事はない。船の換えは効くが、人命に代わるモノはない。だからこそ、私達は常に最善を尽くさなければならない。
 しかし、なまじ才能があり実力が高い者ほど、余計なプライドに拘り、愚かな選択をしてミスを誘発する事がある。
 兼光が、あんな挑発を太老殿にとったのも、それを彼が分かっているかどうかを確かめるためだった。

「あっさりと返されてたけどね。まあ、太老殿らしいと言えば、らしい答えだけど」

 だが、きっぱりと『誇りよりも、人命の方が大切』と答えた太老殿の言葉に、兼光は心底驚いた様子だった。
 彼の言葉には躊躇が一切なかった。極自然に、それが当たり前の事だと認識していたのだ。
 命の大切さ、戦いの怖さを知る者でなければ、あそこまではっきりと口にする事は出来ない。

「しかし、人質を盾にして逃げようなんて……海賊達も余裕がなくなって来ましたね」
「無理もないでしょう。簾座連合の勢力圏でも『ローレライ西南』の影響で、海賊達の勢力は減衰傾向にある。その上、連盟勢力圏でもGPの検挙率の向上で、海賊達はこれまで以上に厳しい状況に立たされている。実際には、形振りを構っていられない状況まで追い詰められているのかもしれないわね」
「以前に仰っていた『バランスが崩れている』という話ですか?」
「変革の時期と考えれば、悪い話じゃない。実際、景気も上向きだし治安も良くなっている。でも、私達と海賊の間で暗黙の了解だったルールを侵してまでそれを成そうとすれば、これまで以上に私達も警戒を強め、人と資金を投入せざる得なくなる」
「……最悪の場合、大きな戦争になると?」
「『窮鼠猫を噛む』という言葉もあるし、追い詰められた獣は危険よ。実際、彼等の行動は以前よりも過激になっている。人命を無闇に奪わない、という暗黙のルールを逸脱するほどにね」

 水穂の言うように戦争にまで発展するかどうかは分からないが、彼等に協力する勢力が出て来れば、その可能性がないとは言いきれない。事実、それを予兆させるかのような動きが確認され始めていた。その一つが海賊ギルドの乱立と、連盟内部の不穏な動きだ。
 特に、西南殿の活躍で以前にも増して厳しい立場に置かれている銀河軍は、組織としての体裁は何とか保っているものの、ここ最近のGPの活躍の所為で、組織内で益々厳しい立場に追い込まれている、という話だ。

「瀬戸様。太老くんを派遣したのは、もしかして……」
「あら、何の事かしら?」
「……なるほど、そういう事ですか」

 これだけ情報を提示されれば、水穂ならその事に気付いても不思議ではない。
 戦時中ならまだしも、現在のように情勢が安定した中では、軍の存在価値が薄れるのも無理はない。ましてや、現在ではGPの一部門に成り下がり、その業務の大半をGPが兼任している今、銀河軍の存続自体を疑問視する声も上がっている。だからと言うべきか、よからぬ噂が関係者の間で耳にされるようになった。軍が、戦争を望んでいるのではないか、と。
 未だ過去の因縁に拘り、樹雷の事を快く思っていない者達も多い。その樹雷との連立を掲げる世二我の実質的支配者である九羅密家を快く思っていない連盟内の勢力が、軍に加担しているという話があった。
 これが単なる噂であればいいが、海賊ギルドの設立や維持にもそれなりの金が掛かる。その資金の一部を彼等が負担している、という話が浮上しているのだ。事実、私の掴んだ情報からも、連盟内部の不透明な資金の流れが確認されていた。

「美守様も、この事をご存じなのですね。何故、これだけの戦力を動かしたのか、ようやく事情が呑み込めました」
「アイリちゃんには内緒よ? 今回は、彼女に動かれると困るのよ」
「話すつもりはありませんが、何れバレる事だと思いますよ? へそを曲げられても、私は知りませんから」

 美守殿と同じ事をいう水穂。さすがにアイリ殿の事をよく分かっている。

「瀬戸様、突入部隊から報告があり、海賊艦の鎮圧を終了。人質の無事が確認されたとの事です」
「あら、思ったよりも早かったわね」

 作戦開始から五分。なかなかのタイムだ。
 とはいえ並の海賊が、樹雷の闘士、それも兼光殿や太老殿クラスの闘士の相手になるはずもない。
 彼等の前では、人質を取るなど愚策に等しい行為だ。

「海賊側の被害は?」
「負傷者は十名。残りは全員死亡が確認された、との事です」

 第一優先は人質の命と安全だ。海賊の命は勘定に含まれていない。
 人質を盾にするなどといった愚行に出た時点で、彼等は死刑執行書にサインをしたも同然だった。
 確実に人質を救える方法の中に、海賊の無力化が含まれていた場合、彼等は最も確実で簡単な方法を取るように訓練されている。

「水穂、そんなに気になるなら、彼を迎えに行ってあげなさい。ここはいいわ」
「――! はい」

 足早に転送ゲートへ向かい、太老殿の元へ走っていく水穂。初めての実戦を経験した彼の事を、それだけ心配しているのだろう。私が、兼光の提案を許可した一番の理由は、そこにあった。
 彼の実力は認めるところではあるが、人の死に触れるのはこれが初めてのはず。海賊との間に暗黙のルールがあるとはいっても、一人も死人が出ない訳ではない。どれだけ体裁を取り繕うが、私達のやっている事は命の奪い合いだ。GPや軍の仕事が危険である事は当然。ましてや、彼のような『確率に偏り』を持つ人間であれば、それはより近いモノとなる。
 命のやり取りや、死に慣れろ、と言っている訳ではないが、それを乗り越えられないようでは、軍の仕事など到底不可能だ。

「少し荒っぽいけど、彼の成長には必要な事だし……」

 鷲羽殿が、彼の宇宙行きを許可した理由の一つに、彼の成長を促すというのがあった。
 何が切っ掛けで暴走する力か分からない以上、肉体だけでなく精神の成長を促さなければ意味がない。
 肉体面は既に地球での生活で、これ以上ないくらいに彼は鍛えられている。宇宙での生活に慣れる事、私に預ける事は、彼の精神面での成長にプラスになる、と鷲羽殿は考えたのだろう。
 どこまでも鷲羽殿の手の内で踊らされている気がして余りよい気分はしないが、彼の成長を見届けてみたい、という思いは私の中にもあった。

「伝説の後継者……いえ、鷲羽殿には悪いけど、彼には鬼の名≠継いで貰わないと困るのよね」

 それが私の願い。鷲羽殿の思惑に乗りながらも、私は私の思惑で動く。
 伝説ではなく、鬼の名を継ぐ者として、彼の名が周知のモノと成る日を夢見て――

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.