【Side:鷲羽】

「……ふむふむ、あの子は相変わらずのようだね」
「太老さんの事ですか?」
「ああ、瀬戸殿からの近況報告さ。後で、天地殿やあの娘達にも見せてやるといいよ」
「よろしいのですか?」
「そっちは、本当に私的な報告ばかりだしね。ノイケ殿も気になってるんだろ?」
「……鷲羽様には敵いませんね」

 ノイケ殿が興味を持ったのは、私が目を通していた一つのファイルだった。
 瀬戸殿から送られてきた報告書。太老の宇宙での生活を、観察日記形式に綴った映像記録付きのレポートだ。
 単に太老の私生活を綴ったモノで、別に盗み見られて困るような代物ではない。何も知らない者が見たら、ただの成長記録に過ぎない。

「それで、私に話というのは?」
「アカデミーまでお使いに行って欲しいんだけど、頼めるかい?」
「お使い……ですか? 別に構いませんが、一体何を?」
「船穂と龍皇が太老についていった話は聞いてるね?」
「はい」

 契約者の元を離れ、他の人間についていくなど、まずありえる話ではないが、皇家の樹は言われた事をただ実行するだけのロボットではなく、自分で考え、行動する事が出来る意思ある存在だ。
 それ故に、可能性がゼロとは断定する事は出来ない。そして、可能性がゼロでは無い以上、それを現実にしてしまうのが太老だった。
 船穂と龍皇が居なくなった事で一時は大騒ぎになったが、原因が太老と知ると、ここの皆は慣れたモノだ。契約者の阿重霞殿や勝仁殿でさえ、太老なら仕方がない、と呆れた様子で納得してしまっていた。
 まあ二人とも、過去に嫌と言うほど経験があるので、逆に船穂と龍皇の機嫌を損ねる方が厄介だと考えたのだろう。

「……龍皇がいなくなった? それは端末の方ではなく、本体が、ですか?」
「うん……まあね。行き先の検討はついてるんだけど」
「なるほど、大体の事情は呑み込めました。太老さんが、今居るのがアカデミーなんですね」
「そういう事。悪いんだけど、頼まれてくれないかね? 私が行ければいいんだけど、手を離せない用事があってね」
「分かりました。太老さんの様子も気になりますし、お引き受け致します」
「悪いね。この御礼は必ずするから」
「お気になさらないでください。私が好きでしている事ですから」

 ノイケ殿に龍皇の件を頼み、部屋の外へ消えていくその背中を見送ると、私は再びモニターの方へと向き直った。
 皇家の樹の問題も重要な案件だが、こちらの準備も疎かには出来ない。

「約束の日まで三年を切ったか……。普通に『人柱』で居る方が、あの子にとっては楽だったんだろうけどね」

 太老のために用意した『正木太老ハイパー育成計画』の他に、もう一つ同じようなプランがモニターに映しだされていた。
 幼少期より太老と一緒に育ったあの子≠ナ無ければ出来ない役割。
 文字通り、世界を救うための『人柱』に、あの子≠ノは育ってもらわなければならない。

「計画を次の段階に移すためには、まだ駒が足りないね。私の予想が正しければ、必ずどこかに居るはずなんだが……」

 候補者としては『平田桜花』が有力だが、確証に至る答えは未だ得られていない。
 後、どのくらいの時間が残されているか分からないが、この計画だけは何を犠牲にしても失敗する訳にはいかなかった。
 この計画の成功に、世界の命運が懸かっているのだから――

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第34話『銀河アカデミー』
作者 193






【Side:太老】

 銀河連盟の勢力圏に到着した俺は、水鏡からシャトルに乗り換え、銀河アカデミーの入国監査を受けるために中継ステーションに向かっていた。
 短距離ジャンプを終えたシャトルの前に、太陽系規模の大きさがあるという、銀河アカデミー最大の外周リングが姿を見せる。その外周は約三百六十京キロメートル。これだけの巨大な構造物であるにも拘わらず、慢性的な敷地不足の問題から、現在も拡張が続けられているという超巨大構造物だ。
 ここに多くの人と物が集まってくる理由として、ここが銀河連盟やGPの本拠地であり、宇宙最高の技術と知識を学べる場であると同時に、その恩恵を一般人でも授かる事が出来る、唯一の場所である事が挙げられた。
 知識を求める者。成功を夢見る者。目的や理由は様々だが、誰もがここでしか得られない何かを求め、集まってくる。
 ここは、そんな人々の願望を吸い上げ、それこそ数え切れないほどの人々の成功や失敗の上に築き上げられた銀河の中心地。
 今、こうしている今も拡張が続けられている外周リングは、『遠くない未来、完全な球体構造物になるのではないか?』と冗談のような噂が囁かれるほどの賑わいを見せていた。

「太老くん、中継ステーションに入るわ」

 水穂の一言で、ハッと我に返る。目の前の巨大な構造物に目を奪われていたようだ。
 これで実際に見るのは二度目になるが、やはり銀河アカデミーは凄い。天樹も、その超巨大樹を前に圧倒される存在感があるが、こちらは何もかもスケールが大きく違う。太陽系をすっぽり覆ってしまう外周リングに、惑星と幾つもの衛星から形成される銀河アカデミーは、様々な文化と人種が入り交じった、混沌とした独自の世界観を形成していた。
 観光名所をざっと見て回るだけでも三、四年。腰を据えて見て回ろうとすれば二百年は掛かる、と言われている通り、何もかもが型破りなスケールを持つ銀河アカデミーでは、外の常識など全く通用しない。

「おかしいわね……」
「どうしたんですか?」
「ゲートが開かないのよ。こんな事があるはずないのだけど……」

 シャトルが動かないので何事かと思ってみれば、中継ステーションへ続くゲートが開かずに立ち往生していた。
 単に機械の故障だろうから待っていればそのうち開くのだろうが、後に順番待ちの船がズラーッと列を作っている。

「やっぱり、ゲートの故障らしいわ。太老くん、転送ゲートを使って直接ステーションに向かいましょう」
「え? 船はどうするんですか?」
「修理に半日は掛かるらしいのよ。職員が後でドックに入れておいてくれるから、問題ないわ」
「ああ、なるほど」

 ここで半日も待たされるのは正直堪ったモノじゃない。
 水穂の言葉に従い、転送ゲートで直接、入国管理局に向かう事になった。

【Side out】





【Side:水穂】

 ゲートの故障なんて珍しい。銀河アカデミーには、それこそ数え切れないほど足を運んでいるが、こんな事は初めてだった。
 管理の行き届いていない古い小型港などでは、たまにある話だというが、メンテナンスの行き届いている入国管理局のある中継ステーションでトラブルなど滅多にある事ではない。
 確かに貴重な経験ではあるが、何だか腑に落ちないアクシデントだった。

「水穂さん、俺達の番みたいですよ」
「あっ、ごめんなさい。行きましょうか」

 太老くんの一言で、直ぐに思考を切り替える。私達の順番が来たようだ。入国監査を受けるために、入国ゲートへと向かった。
 透明の仕切りの向こうには、監査官の女性の姿が見える。この仕切りの向こうがアカデミーと言う訳だ。
 私と太老くん、二人分の書類を転送プレートの上に載せ、手元に転送された書類に目を通す監査官の審査が終えるのを静かに待つ。
 私達の書類を見て、驚いた様子で一瞬、手を止める監査官。
 樹雷の皇族と、その眷属が揃って入国手続きに現れたのだから、驚くのも無理はない。しかし様子が、少し違っていた。

「柾木水穂様と、正木太老様ですね。アイリ理事長から伝言をお預かりしています。入国手続きを終えましたら、まずは理事長室までお越しください、との事です」
「……分かりました。どうも、ありがとう」

 監査官の伝言を聞いて、ピクリと眉をつり上げる。ゲートにまで手を回しているなんて……さすがに用意周到だ。
 この様子からも、太老くんが今日ここに来るのは事前に知らされていた事が分かる。きっと、心待ちにしていたに違いない。
 だが、この行動は予測の範囲内。ゲートまで出迎えに来ないだけマシ、と考えるしかなさそうだった。
 しかし、どうにも嫌な予感しかしない。今度は何を企んでいるのか? 用心だけはしておいた方がよさそうだ。

「太老くん、理事長室に行きましょう」
「うっ……了解です」

 少し緊張した様子の太老くん。だが、その緊張の理由も想像がつく。
 この緊張は理事長室に向かう事よりも、その理事長に対する不安の方が大きいように見えた。

【Side out】





【Side:アイリ】

「もう! 本当なら、今頃は太老くんの出迎えに行ってるはずだったのに!」
「理事長が工房にかまけて、執務を疎かにされたのが原因と記憶していますが?」
「だから、こうして頑張ってるでしょう!?」
「アイリ理事長、これもよろしくお願いします」
「ま、まだあるの!?」

 既に前が見えないくらい積み上がった書類の山。今日は太老くんがアカデミーに来る日だというのに、秘書達の容赦ない書類攻撃に見舞われていた。
 しかし、ここで仕事を放棄して逃げ出せば、確実に追っ手が掛かる。一度捕まれば、太老くんが帰るまでの間、ずっと部屋に軟禁状態にされ、書類の山に埋もれる羽目になる事は間違いない。
 逃げようと思えば逃げられない事はないが、私の行動パターンを熟知している有能な秘書達から逃げ続けるのは、かなり骨が折れる。
 ましてや、太老くんがこちらに滞在している間、ずっと逃げ続けるなんて真似が可能なはずもない。
 瀬戸様のところの女官ほどではないが、それは比較対象が悪すぎるだけの話で、彼女達も十二分に優秀な人材だ。
 だが優秀すぎて、自分の秘書達の有能さが恨めしかった。

「そう言えば、天女ちゃんは?」
「天女様なら、かすみ様と一緒に工房で例の船≠フ最終チェックを行われていますよ」

 一緒に、というより天女ちゃんも捕まったのだろう。かすみさんに……。
 かすみさんは太老くんの事になると、鷲羽様や瀬戸様クラスのプレッシャーと能力を発揮する事が、これまでの事からも分かっている。
 だからこそ警戒していたのだが、実際のところ気がつけば、私達はまんまと彼女の思惑に乗せられていた。

(母は強しと言うけど……かすみさんを見てると本当に痛感するわ)

 守蛇怪が当初の予想を大きく上回るスペックの船に仕上がったのも、本を正せば彼女の口車に乗せられたところが大きい。
 瀬戸様と鷲羽様が伏せていた情報。かすみさんから、守蛇怪が太老くんの船になる事を聞かされた私達は、彼に相応しい船に仕上げようと他の仕事もそっち除けで工房に籠もり、守蛇怪の改造作業に専念した。
 結果、例の研究段階の新型エンジンを搭載する事で、皇家の船とまではいかないが、あの大きさの船の中ではダントツの性能を持つ、哲学士『柾木アイリ』が自信を持って送り出せる最高の船≠ェ完成した。
 光鷹翼が使えない、と言うだけの話で、皇家の船でも第四世代艦くらいが相手なら、やり方次第では互角に渡り合う力があるはずだ。
 今思えば、かすみさんが協力的な姿勢を見せていたのも、全ては息子のため、太老くんのためだったと考えれば合点がいく。鷲羽様や瀬戸様の計画に加担しているように見えて、彼女は彼女なりに愛する息子の事を考え、自分の思惑で動いているのだと今回の事でよく分かった。

「……でも、何だか納得が行かないわ」

 太老くんのためになったのなら、それはそれでいい。しかし、まんまと利用された事が悔しかった。
 聞いた話では、瀬戸様も彼女には一杯食わされたと言う話だ。事、太老くんの事に関しては、かなりの強敵と考えた方がいい。
 とは言っても、腹の虫が治まらない。どうにかして、彼女に一矢報いたい、と考えていた。

『アイリ様、水穂様と太老様がお着きになりました』
「それじゃあ、中に入ってもらって」

 私もここを動けないが、天女ちゃんも、そしてかすみさんも工房から動く事は出来ない。
 それは、これが最大のチャンスである証明でもあった。

(フフッ、かすみさんに太老くんという息子が居るのと一緒で、私にも水穂という有能な娘がいるのよ)

 太老くんが彼女の力の原動力であると同時に、弱点である事も分かっている。
 だとすれば、太老くんを抱き込んでしまえばどうなるか?
 太老くんと水穂が結婚すれば、私は自然と彼の義理の母親という事になる。それは即ち、赤の他人ではなくなる、という事だ。

(そうすれば、太老くんに会うのを邪魔される理由もなくなる。かすみさんだけに独り占めさせてなるものですか!)

 天女ちゃんが囮になってくれている今が絶好のチャンスだ。水穂も、相手が太老くんであれば、満更では無い事も既に調査済みだ。
 太老くんと水穂のお見合いをセッティングし、上手く二人をその気にさせて婚約させれば、私の勝ち。
 全て上手くいった暁には、どこか落ち着いた場所に二世帯住宅を構え、一緒に暮らすという手もある。

 ――七百年以上も男と縁のない娘の結婚を応援するため
 ――かすみさんに一泡吹かせ、太老くんを息子にするという私の野望のため

 何れ訪れるであろう未来の生活に思いを馳せながら、策謀を巡らせていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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