【Side:太老】
『何で、何で父さんを殺したの!』
あの幼い少女の言葉が頭を離れない。
GPの輸送艦ではなく、民間の旅客船を襲った海賊艦。その旅客船の中に、襲った海賊一味の家族の姿があった。
この広い宇宙で、標的となる一隻の船を見つけるのは至難の業だ。そのため、海賊にとっても情報が命と成る訳だが、それを内部から知らせる役目を負った内通者が居た。人質としての価値が高い富裕層を狙い、ターゲットの乗った旅客船の位置を知らせ、海賊の手引きしていた者が人質の中に居たのだ。
尤も、それを行ったのは内通者である少女の母親と、その夫の海賊だけで、二人の子供の少女は何も聞かされていなかった。
『父さんに会いに行くのよ』
そう言われた少女は、母の言葉を信じ、その後をついてきただけの事。
遠いところで仕事をしている、と聞かされていた父親。メールでのやり取りだけで、一度も直接顔を合わす事のなかった父親。
やっと会える、と思っていた父親との面会は、思いもしなかった凄惨な結果を迎える事となった。
たった一言も言葉を交わすことなく、互いの温もりを感じる事もなく、少女は冷たく息をしなくなった父親との面会を果たした。
父親は死に、母親は海賊の内通者として捕らえられ、一夜にして天涯孤独の身になった少女。
そんな少女を前にして、俺は何一つ掛ける言葉が見つからなかった。
「太老くん、まだ起きてたの?」
「報告書をまとめないと行けないですし、途中で中断したままになってる書類整理もありますしね」
実際には眠れそうにないので、気分を少しでも紛らわせるために仕事に専念しているだけの事だ。
「あの……あの子は?」
「泣き疲れて眠っちゃったわ。まだ、気にしてるの?」
「気にしてない、って言ったら嘘になりますけど……」
気にしていない、何て言うのは嘘だ。思いっきり引き摺っていた。
あっさりと、ただの肉塊へと変わる海賊達。人があんなに簡単に死ぬものだなんて知らなかった。
殺さなければ殺される。躊躇をすれば、その間に仲間の誰かや、人質の命が危険に晒される可能性だってある。
兼光や突入部隊の闘士達が、海賊達を躊躇無く殺した事は、間違いだったとは思わない。
「俺、まだ色々と覚悟が足りてなかったみたいです……」
しかし、心のどこかで降参させれば、捕らえれば済むと甘い考えを抱いていた自分が居た事に今更ながら気付かされた。
宇宙に上がった直後に遭遇した海賊との戦闘もそうだ。俺が目を背けていただけの事で、あそこで撃沈された海賊艦に乗っていた海賊達は、あの乱戦の中で、その殆どが命を失っている。しかし、そうしなければやられていたのはこちら側だ。
――皇家の船と遭遇した海賊達の運がなかった?
それは違う。運が悪いとか、そんな言葉で誤魔化し、現実を直視しようとしなかった自分が恥ずかしい。そして情けなかった。
軍に居るという事がどういう事か、水穂や林檎がどういう仕事に関わっているのか、それを深く考えていなかった。いや、考えたくはなかったのかもしれない。
生きるという事、守るという事は、他の誰かから大切な何かを奪う可能性があるという事。
俺は今回、少女から両親を奪った。待ち望んでいた父親との再会の機会を奪った。
俺にとってはただの海賊でも、少女にとっては掛け替えのない大切な人達を奪った事に変わりはない。
「地球に帰りたくなった? 宇宙に居るという事、軍に所属するという事は、そういう事よ。大切な人を守るために、私達は他人の人生や、命その物を奪い続けている。納得をして欲しい、とは言わないわ。でも理解はして欲しい」
「……水穂さんの言うように納得は出来ない、と思います。でも、今のまま軍を辞める事も地球に帰る事もしたくありません」
「……太老くん」
確かに納得は出来ない。でも、俺は何も理解していなかった。
自分の意思で宇宙に来た訳じゃない。それでも、ここで帰ってしまえば、俺はあの少女や、死んでいった海賊達に顔向けが出来ない。それに、水穂や林檎に全てを押しつけ、逃げるような真似だけはしたくなかった。まだ、俺は何一つ、現実と向き合えていなかったからだ。
宇宙に居る事の意味、軍人である事の意味をもう一度考え、ちゃんとした答えを出したい。
「俺は、俺の意志でここに残ります」
崇高な願いや、大きな理想がある訳でもない。他人のために命を投げ出すような覚悟も、正義感も俺にはない。
しかし、水穂と林檎は俺の家族だ。家族を、大切な人を守りたいと思うのは、俺の意志だ。
少女の大切なモノを奪っておきながら、こんな事を考えるのは俺のエゴなのかもしれない。
それでも、例え自分勝手であろうと、俺は自分の考えを貫きたかった。
【Side out】
異世界の伝道師/鬼の寵児編 第33話『本当の強さ』
作者 193
【Side:水穂】
「太老ちゃんは?」
「……部屋で仕事をしてます」
「それじゃあ、問題ないじゃない。あなたの方が、酷い顔をしてるわよ」
瀬戸様が言うのであれば、そうなのだろう。
同じ部署の娘達にまで、『今日はもう仕事をしなくていい』と心配されて来たばかりだ。
しかし、休める気分にはならず、何か仕事はないか、と彷徨っていると自然とブリッジに足を運んでいた。
「今のあなたに回せる仕事なんてないわよ? 今日は、もう休んだら?」
「瀬戸様も、あの娘達と同じ事を言うんですね……」
「誰でも今の水穂を見たら、同じ事をいうと思うけど? そんなに心配なら、彼の傍についていてあげたらいいじゃない」
「でも……彼、一言も不満を漏らさず、弱音も吐かないで……涙の一つも流さなかったんですよ?」
十五歳の少年があんな場面に直面すれば、『地球に帰りたい』と泣き出しても不思議ではない。
例え、踏み止まったとしても、仕事など手に着かないはずだ。しかし、太老くんは違っていた。
少なからずショックを受けている事は分かる。しかし、客観的に自分を見つめ直し、冷静に判断をする力を彼は既に兼ね備えていた。
早熟、というには早すぎる成長速度だ。彼が普通の少年では無い事は分かっていたつもりでも、今回の事は正直信じられない。
どうすれば、あの歳であそこまで強い精神力を持てるのか?
「頼ってもらえなかった事が寂しいの?」
「そうかもしれません……でも、彼が可哀想な気がして……」
「可哀想?」
「私の勝手な思い込みなのかもしれません。でも、太老くんは誰かに頼ったり、甘えた事が本当にあるのか、って考えてしまったんです」
生まれた時から意思があり、高い知能を発揮していた太老くん。その考え方や行動力は、大人すら唸らせるほどのモノだった。
類い希ない才能と、子供とは思えない考え方から『正木の麒麟児』と呼ばれ、沢山の人達の期待を背負いながら育った子供時代。
その中で、本当に心から誰かを頼ったり、甘えた事が、何回あったのだろう?
いや、今の彼を見ていると、そうした当たり前の事を、彼は知らないまま育ったように思えてならなかった。
「甘えた事がないね……確かに彼、普通じゃないものね」
「瀬戸様が隠されている太老くんの秘密に、その謎を解く鍵があるんじゃないですか?」
「あると言えばあるし、ないと言えばないわね。そうね、アカデミーに着いたら、かすみ殿にでも話を聞いてみなさい」
「かすみさんに? アカデミーにいらっしゃるんですか?」
「居るわよ。例の代物の製作には彼女も携わっているもの」
「例の代物……それって」
「太老ちゃんの事が知りたいのでしょう? なら、実際に彼の事をよく知る人物に聞いた方が早いわよ。それとも、彼の親御さんには尋ねにくい?」
「いえ……かすみさんに話を聞いてみます」
色々と腑に落ちない点があったが、このまま瀬戸様を追及したところで望む答えが返ってくるとは思えない。
かすみさんがアカデミーに居る。その情報を教えてもらえただけでも、進展があった、と考えるべきだ。
私の知らない太老くんを知る事。それが、本当に彼のためになるのかは分からない。
単に、それは私の自己満足に過ぎないのかもしれない。可哀想、と感じる事すら私の思い込みでない、とは言いきれない。
でも、私は知りたかった。太老くんの事を――
彼が本当は何を考え、何を思っているのかを――
【Side out】
【Side:太老】
「分かりました。その少女の件はお任せください」
「よろしくお願いします」
瀬戸の女官に頼んだのは、少女の今後の処遇についてだ。
身寄りのない少女は、孤児院に預けられる事になる。その預け先を天樹にある、あの孤児院にしてもらえるようにお願いした。
樹雷に居る船穂や林檎に連絡を取って、少女を受け入れてもらえるように話を進めてある。こんな事が罪滅ぼしになるとは思っていないが、少しでも条件の良い場所を見つけてやりたかった。
あそこなら、安心して任せられる。実際に院長や子供達とも接してみたが、本当に良い人達ばかりで、心温まる孤児院だった。
最初は、彼女を引き取って育てる事も考えたが、今の俺にはその資格も力もない。
今の少女に必要なのは、高い洋服でも、豪華な食事でも、大きな屋敷でもない。
傷ついた心を癒してくれる。沈んだ心に光を差し込んでくれる。そんな家族の温もりだ。
「我ながら情けない事、この上ないな」
「そんな事はありませんよ。太老様は、よくやられていると思います」
「そうでもないよ。結局、昨日は見ている事しか出来なかった。まだ、色々と覚悟が足りてなかったんだ、って実感させられたよ」
女官はそう言ってくれるが、俺はやはり自分の未熟さを痛感していた。
確かに自分でも、死というものを自然と受け入れ、冷静だった事には驚いた。感情では納得が出来ない部分があっても、理性ではそれが必要な事だと理解が出来ていた事が大きい。しかし、海賊達の死よりも、少女に『人殺し』と言われた事の方が、寧ろショックが大きかった。
例え、俺が自分の手で彼女の父親を殺した訳ではなくても、納得した上で作戦に参加した以上、彼女の父親が死んだ責任は俺にもある。
だから、これは俺のエゴだ。少女のために何かをしたい、という考えも、少しでも罪の意識から逃れたいという、俺の我が儘から来るモノだと自覚していた。それでも、何かをせずにはいられなかった。
「それでも、私は太老様は強い≠ニ思います」
「強い? 俺が?」
「はい。例え、それが罪の意識から逃れたいという思いから来るモノだとしても、逃げずに自分の行いを認めて行動する事は、誰にでも出来る事ではありません。それはエゴではなく、立派な強さだと私は思います」
そんな風に考えた事はなかった。間違った事をしていないとは思っていても、それが正しい事だと自信を持って言う事が、今の俺には出来ない。強さとは程遠いモノだと考えていた俺の考え方を、目の前の彼女は真っ向から否定した。
エゴではなく強さ。誰かにそう言ってもらえると、少しだけ救われた気がする。少なくとも、俺にもこうして心配してくれる人がいる。一人ではない、と感じられたからだ。
「ありがとう」
自然と笑顔が零れていた。
出来ればあの少女にも、心配してくれる人達が傍に居る事に、決して一人ではない事に気付いて欲しい。
少女のこれからの生活を想いながら――そう、願わずにはいられなかった。
「い、いえ、それでは私はこれで失礼します!」
何やら焦った様子で、顔を真っ赤にして立ち去って行く女官。急な仕事でも思い出したのだろうか?
俺の私用で引き留めてしまって悪い事をしたな、と申し訳ない気持ちを抱いた。
【Side out】
【Side:天女】
明日は、待ちに待った日がやって来る。いよいよ来るべき日がきた、と私はやる気を漲らせていた。
「天女様、何だか凄く燃えてるわね……」
「太老様が明日アカデミーに到着されるらしいのよ」
「ああ、それで……この日を心待ちにしてたものね」
そう、明日は太老くんがアカデミーにやって来る日だ。この私≠ェ愛情≠込めて造りあげた船を受け取りにやってくる日だった。
最初は何で守蛇怪の改造なんて、面倒な事をやらないといけないのか、と嫌になっていたモノだが、この船に乗るのが太老くんだと聞かされた時には驚きと共に、何とも言えない嬉しさが込み上げてきた。
私の造った船に太老くんが乗る。それを考えるだけでも、やる気が漲ってくるのを感じる。ギリギリまで不眠不休の作業を続け、遂に完成を見た船は『最高傑作』と呼んで問題ない仕上がりを見せていた。
「でも……瀬戸様に送った仕様書と仕上がりが随分と違う気がするんですけど、本当によかったんですか?」
「アイリ様も言ってたでしょう? 『最高の船に仕上げないとダメよ!』って。太老くんが乗るのよ? 何かあったら大変じゃない」
「それでも……あの試作型エンジンを組み込むのは、やり過ぎだったと思うんですけど」
太老くんが乗るのであれば、出来るだけ最高の船を用意してあげたい。そう考えた私とアイリ様の行動は早かった。
工房の娘が言っているのは、アイリ様の工房で研究されていた例の新型エンジンの事だ。
皇家の樹ほどではないが、それを除けばアカデミーで一番、いや銀河最高の動力炉だという自信があった。
この守蛇怪に収まるほどコンパクトな大きさでありながら、惑星規模艦クラスのエネルギー出力を誇る次世代型の動力炉だ。
本当なら皇家の樹を動力炉に使いたかったが、さすがにそれは私やアイリ様と言えど一存ではどうしようもない。
だが、この新型エンジンなら、アイリ様が個人的に研究していた物なので、瀬戸様に一々お伺いを立てる必要もない。
「でも、瀬戸様と鷲羽様からは程々に、って言われてたんじゃ……」
「これでも程々よ? 本当なら、皇家の樹を使いたかったくらいだし」
『はあ……』
太老くんのために造った、太老くん専用の船。そのお披露目の日が、近付いていた。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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