【Side:瀬戸】

「全く、これも平和惚けって言うのかしらね?」
「先程の銀河軍との顔合わせの件ですか?」
「合同演習で新造艦のお披露目をする、とか言ってたけど、あんな図体が大きいだけの玩具で皇家の船に本気で対抗できるつもりなのだとしたら、間抜けもいいところだと思わない?」
「仰る事は分かりますが……彼等もそれだけ必死なのでは? この演習で目に見える成果を上げる事が出来れば、銀河軍の存在価値をアピールする事も出来ますし」
「例えそうだとしても、ほんの少しでも皇家の樹の力を知っていれば、あんな事は口に出す事も出来ないはずよ」

 兼光の言い分にも一理あるが、これも時代の流れか、先の大戦の事が過去の記録となり、人々の記憶から薄れて久しい事も原因にあるのだろう、と私は思った。
 樹雷の皇族や眷属の中にも、皇家の樹の有用性は理解していても、それが実際にどれほどの力を有しているかを何も理解出来ていない者達が多い。その気になれば、銀河支配どころか、世界その物を滅ぼしかねない強大な力。特に世代間の力の差は絶対的だ。
 中でも第一世代の樹と契約した阿主沙殿や、その子息の遙照殿が如何に凄い力を有しているかが分からない時点で、平和惚けと称してもおかしくない現状だった。

 それは銀河軍の幹部達も同じ事。幾らアカデミーの技術の粋を集めて造られた船であろうと、あの程度の軍艦一隻で水鏡と対等になった気でいるのだから、平和惚けもいいところだ。
 モニターに映し出されているのは、銀河アカデミーの本星から約一億キロ離れた軍港に控えている惑星規模戦艦。演習日を皮切りに進水式を迎える予定となっているGPの最新鋭艦だ。
 正確には、そのGPの一部門『銀河軍』の新造艦と言った方が正しい。この演習の話を彼等が受けた理由の一つに、あの戦艦のお披露目をしたいという思惑があった。
 銀河最強と謳われる樹雷軍との演習で、その有用性を内外にアピールし、兼光の言うように銀河軍の存在価値を周囲に知らしめたい訳だ。

「自慢の玩具を一撃で沈められたら、向こうはどう思うかしらね?」
「……本気ですか? 国際問題に成りかねませんよ?」
「冗談よ。本気で、そんな大人気ない事なんてしないわよ」
「……なら、いいのですが」

 兼光のあの目は、『瀬戸様ならありえるかも……』と疑っている目だった。
 しかし、今回の目的は別のところにある。正直、私が低く見られているようで気分が悪いが、あんな玩具に構っている場合ではない。
 美守校長と私の考え通り、既に太老殿がアカデミーに入った事は、軍も掴んでいるはずだ。後は予定通りに、獲物が餌に食いついてくれるのを待つばかり――
 彼等が欲している物は二つ。柾木アイリの工房で造られた新造艦と、太老殿自身だ。
 樹雷に潜入していた銀河軍の諜報員を泳がせていたのも、全てはそのためだった。

 彼が、私の庇護下にあるという事を教え、哲学士タロの正体が『正木太老』ではないか、と疑心を抱かせるだけでよかった。
 確証に至る証拠は何一つ掴めていないだろうが、正木太老が哲学士タロである、という情報を真偽の定かは別として、彼等は見過ごす事が出来ない。彼等の立場を危うくしている原因の一つに、その哲学士タロが深く関わっているからだ。
 私の庇護下にあるというだけで情報の信憑性は高くなり、同時に懐柔を主張する者達は、自分達の陣営に取り込むのは難しいと考えるだろう。そうなれば、暗殺を企む強硬派の連中は『殺すしかない』と主張する。銀河軍にとって使い道が無く、ましてや害にしか成らないのであれば、暗殺≠ニいう最も簡単で危険な手段に打って出ようとする者達が必ず現れるはずだ。
 そのくらい、哲学士タロがGPに与えている影響力が、彼等にとって見過ごす事が出来ないほどに大きな物になっている証明だった。

(準備は整った。後は、彼の出方次第……)

 一つだけ問題があるとすれば、全ての思惑の中心に居るのが太老殿だという事だ。
 彼が計画に関わっている時点で、計画通りに事が進むとは思えない。既に、歯車が狂い始めていても不思議ではない。
 どこに影響が出るかを調べる事も計画の内に含まれているとは言え、胸騒ぎが収まる事はなかった。

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第36話『母の想い』
作者 193






【Side:太老】

 水穂と食事を終えて向かった先の宿泊施設は、リゾートホテルを思わせる海沿いに面した大きな屋敷だった。
 アイリが手配してくれたという事で、何となく予想していた事だが、神木家の別宅と比べても全く遜色がないほどの豪華さだ。

「太老くん、明日はどうするか決めた?」
「観光ついでに、桜花ちゃん達へのお土産でも見てこようかと思ってますけど」

 予定外に時間が空いたので、明日は買い物にでも出掛けようか、と考えていた。ここに来る前からずっと考えていた桜花達へのお土産を買いに、だ。
 桜花以外にも、船穂や林檎は勿論、夕咲や、普段からお世話になっている侍従達、経理部、情報部の皆にも何か買って帰りたい。
 少女の件でお世話に成った女官達や、船で待っている鬼姫にも土産を買っておかないと、後で拗ねられても困る。こうして並べてみると、一口に土産と言っても、かなりの量だった。
 実は配属先が決まっていなかっただけで、基本給だけだが一ヶ月分の給料もちゃんと付けられていたらしい。口座を見ると、確かに給料が振り込まれていた。しかも、士官待遇という事で、かなりちゃんとした額だ。俺の予想していた給料額よりも遥かに多かった。
 特に働いていないので何だか悪い気がしたのだが、『こちらの生活に慣れる事も立派な仕事よ。研修みたいに思って頂戴』と水穂に言われては、それ以上、何も言い返せない。
 だから、今回の給料はケチケチせずに使い切るつもりでいた。当面の生活費は鷲羽(マッド)から手渡されたお金で何とかなる。ここでケチって誰かの土産を買わないなんて真似をする方が、後で面倒な事になりかねない、と考えたからだ。

「お土産ね。私も買って帰った方がいいのかしら?」
「一緒に行きます? 以前、天女さんから教えてもらった穴場があるんですよ」

 どうせ土産を買いに出掛けるのなら、一緒に行った方が良い。
 さすがにないとは思うが、同じような物を贈られても相手は困るだけだろうし、二人で選べば、そういった失敗もないだろう。

「それじゃあ、お願いしようかしら。そう言えば、太老くんはアカデミーに来るの、これが二度目なのよね?」
「大分前の話ですけどね。一回だけ、天女さんに連れてきてもらった事があって」

 新しく出来た遊楽施設に連れて行ってくれる、と言う話で拉致されて、アカデミーに連れて来られた記憶ならあった。
 結果的に楽しかった事は楽しかったのだが、他人の話を聞かない強引なところは、やはりアイリの血筋だと思わずにはいられなかった。

「天女ちゃんも、昔は凄く良い子だったのよ。それが、母さんと連むようになってから……」
「まあ、天女さんはアイリさんの血の繋がった孫ですしね。多少似てても仕方な……」

 血の繋がった、という例えのところで何だか物凄く嫌そうな表情を浮かべる水穂。
 その表情を見て、血が繋がっている事が似ている証明になるのなら、娘の水穂は……と直ぐに結びついた。

「水穂さんは違いますよ!? うん、まだ全然大丈夫だと思います!」
「まだ……」

 水穂の前で、アイリに似ている、という話題は禁句のようだ。無理もない話だとは思うが……。
 以前、『瀬戸に似てきた』と言われるのが一番嫌だと本人も言っていた事を思い出す。水穂が、婚活をしているという話も知っていた。しかし、鬼姫の副官が務まる人材など、そう簡単に見つかる訳もなく、『瀬戸の盾』が有名過ぎる事がネックになり、なかなか思うような巡り合わせがない、という話だった。
 あの上司に、あの母親だ。水穂と一緒になってもいい、と考える男は余程の変人か、相当に肝が据わっていないと難しい。
 そんな二人に似てきたと言われる事が、水穂にとってどれだけの恐怖か……俺で言うところの『鷲羽(マッド)に似てきた』と言われるに相当する嫌な言葉と思っていいだろう。無神経に悪い事を言った、と少し反省した。

「大丈夫! 水穂さんなら、きっと良い人が見つかりますよ!」
「……本当に、そう思ってくれるの?」
「当然です! これまでの男に見る眼がなかっただけで、水穂さんくらい素晴らしい女性は、そうはいないと思います! 俺は水穂さんを応援しますよ!」
「太老くん……それじゃあ……も、もしダメだったら、その時は」

 水穂が何かを言おうとした瞬間――バルコニーへと続く窓が、ガラッという大きな音と共に開け放たれ、潮の香りが漂う浜風が部屋の中に吹き込んできた。
 突然の事に呆気に取られて、そちらの方を直ぐに振り向く俺と水穂。するとそこには、パンパンに膨らんだ大きなリュックサックを背負ったアイリが立っていた。しかも、何だか目が血走っている気がする。

「よく言ったわ! 太老くんっ!」
「え? はい?」

 スッと姿が掻き消えたかと思うと、あっと言う間に距離を詰め、俺の両手をギュッと握りしめて詰め寄ってくるアイリ。
 正直、眼前に迫った、獲物を見つけた直後の蛇のような表情が怖い。

「母さん!? どうしてここにっ!」
「ここは私の別荘だもの。別に私がここに居ても不思議ではないでしょう?」
「……そんな事だろうとは思ってたけど、それじゃあ言い方を変えますね。何の用があって、ここに来られたのですか?」
「太老くんの歓迎会をしようと思って、これはお土産の食材ね」

 背中の大きなリュックサックを指差すアイリ。確かに、中に入っているのは未調理の食材のようだ。
 歓迎会をしてくれるのは嬉しいのだが、何もベランダから登場しなくてもいいだろう、と思う。普通に玄関から入ってくればいいものを……。

「それよりも太老くん。よく決意してくれたわ!」
「え? 決意?」
「水穂とのお見合い≠フ事よ!」
『…………お見合い!?』

 俺と水穂の声がハモった。今までの話のどこを曲解すれば、『お見合い』という話が出て来るのか、懇切丁寧に説明して欲しい。
 水穂も、予想だにしなかった突然の出来事に、ポカンと呆気に取られてしまっていた。
 アイリが何かを企んでいるような気はしていたが、まさかお見合いなんて……予想できるはずもない。

「えっと、何の話だがさっぱり分からないんですけど……」
「でも、さっき『水穂さんは素晴らしい女性』って言ったじゃない」
「確かに言いましたけど……ってか、盗み聞きしてたんですか?」
「それに、『応援する』とも言ったわよね?」
「それも言いましたけど……やっぱり盗み聞きしてたんですね」
「なら、責任を取ってお見合い≠オて頂戴!」

 敢えて、俺の話はスルーする気だ。いや、今のアイリには他の話など、まるっきり耳に入っていなかった。
 どこをどうすればお見合い≠ネんて話になるのか……確かに水穂を応援するとはいったが、俺がお見合いすると言う意味で言った訳ではない。

(ここは、水穂さんに委ねるしか……)

 アイリの扱いに慣れている水穂なら上手く断ってくれるはずだ。そう期待を込めて、水穂の方へと視線を向けた。

「それで、お見合いの会場なんだけど、ここなんて雰囲気があって良いと思うのよね。ほら、水穂ちゃん、どう思う?」
「えっ……でも、母さん」
「ウェディングドレスの試着もさせてもらえるらしいわよ。太老くんとのツーショット写真、欲しいと思わない?」
「ウェディングドレス……太老くんと一緒に……」

 どういう訳か、懐柔されて、その気になり始めている水穂。見事に期待は裏切られた。
 結婚に淡い夢を抱いている水穂に、ウェディングドレスの話をして懐柔しようだなんて、何と姑息な……。
 しかし、これで水穂に期待は出来そうにない。俺の力で何とかするしか――

「この話をしたら瀬戸様も乗り気でね」

 その一言で全てが終わった。あの世話好きの鬼姫に話が通っている時点で、このお見合いをなかった事に出来るはずもない。
 お見合いをセッティングして、破談ビデオの収集を趣味にするような、とんでもないクソババアだ。
 このアイリの様子から察するに、あらゆる方面に既に手を回し終わった後だと考えた方がいいだろう。
 どこにも逃げ場など……あるはずもなかった。

【Side out】





【Side:水穂】

 明後日、太老くんとお見合いをする事が決まった。
 当事者に何の相談もなく、強引に事を進めようとするのは母さんの悪い癖だ。
 しかし、いつもなら反論の一つもしたのだろうが、今回は断り切れなかった。
 いや、私もこのお見合いを、心のどこかで望んでいたのだ。

「太老くんとお見合いか……」

 私にとって太老くんは、本当に小さな頃から知っている弟のような存在だ。
 でも時々、七百年以上も生きている私よりも、彼の方が大人びて見える事がある。
 歳に似つかわしくない不思議な魅力を持つ少年。それが、太老くんだった。

「ウェディングドレス……」

 母さんが置いていったホテルのパンフレットに目を通しながら、純白のウェディングドレスを着た私の隣に、黒いタキシードに身を包んだ太老くんが並び立つ姿を想像し、思わず笑みが零れ落ちる。今までに数え切れないほど、お見合いをした事があるが、こんなに当日を待ち遠しく感じたのは初めての事だった。
 樹雷で待つ、林檎ちゃんや桜花ちゃんに少し悪い気がするが、それよりも当日に寄せる期待や楽しみの方が大きかった。

「フフッ……」

 お見合いをしたからといって、結婚をしなければならない訳ではない。
 それに、太老くんはまだ十五歳、未成年だ。結婚なんて話は、まだ先の話。太老くんからしてみれば、特別な意味など何もない事くらい分かっていた。
 私のために、『予行演習』に付き合ってくれるくらいの気持ちに過ぎないのかも知れない。例えそうだとしても、嬉しかったのだ。
 お見合いが本当ではなくても、私のために言ってくれた、太老くんのあの言葉≠ワで嘘になる訳ではない。
 慰めてくれた事も勿論だが、『応援する』と言ってくれた太老くんの言葉が、何よりも嬉しかった。

「今回は少しだけ、母さんに感謝してあげても、いいかもね」

 母さんには数え切れないほど迷惑を掛けられているが、私も同じくらいあの人に心配を掛けているのかも知れない。
 自分のためでもあるのだろうが、母さんなりに私の事を心配してくれているのが、今回の事で少し分かった。
 やり方は強引で、余り褒められた手段ではないが、それだけでも感謝したい、と考えた。

 明日は、太老くんと買い物に出掛ける日。
 仕事で来ている事も忘れ、私はデートを前日に控えた少女のように胸を高鳴らせていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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