【Side:かすみ】

「瀬戸様まで、どういうおつもりですか!?」
『たまには息抜きも必要でしょう? それにお見合いをするもしないも、太老殿の問題。あなたも覚悟が出来ていると思っていたのだけど?』
「それとこれとは別です! あの子は、まだ十五歳なんですよ!?」
『未成年だって言いたいなら、ここは宇宙だもの。地球の法律を例にだされてもねえ……』
「うっ……」
『それに経歴や家柄から言っても、水穂は申し分のない相手だと思うけど? 別に直ぐに結婚しろ、って言ってる訳じゃないのだから、余り過保護すぎるのもどうかと思うわよ?』

 そう言い残し、プツンと一方的に通信を切る瀬戸様。私が太老と水穂様のお見合いの話に気付いたのは、全て話がまとまった後の事だった。
 さすがに、アイリ様だ。こうした悪知恵は本当によく働く。瀬戸様に話を持って行く事で、私が邪魔を出来ないように、と先手を打たれてしまったのだ。
 秘書達をけしかける事で、三日は時間を稼げると考えていたのだが、考えが甘かった事を痛感させられた。
 どんな裏技を使ったのか知らないが一日で書類整理を終え、しかもそれと平行してこんな計画を進めていたなんて……さすがは哲学士『柾木アイリ』と言ったところだ。普段も、このくらいやる気を出して仕事をしてくれれば、と秘書達が呆れていた気持ちも今ならよく分かる。
 太老の事になるとスペックアップするのは、アイリ様も他の娘達と同じだった。

「かすみさん! 太老くんと水穂様がお見合い≠チて、どういう事ですか!?」

 ようやく話を聞きつけた天女ちゃんが、アイリ様の小型宇宙船に備えられている、私のオフィスに駆け込んできた。
 この理事長室のある小型宇宙船に自分の部屋を持っているのは、数千人いるアイリ様の秘書の中でも特に限られた者と、工房に出入りを許されている書生や技師だけだ。私と天女ちゃんの部屋も、この宇宙船の中にあった。
 約三十畳ほどのワンルームのこの部屋で、仕事や寝起きをしている。内装は少し違うが、天女ちゃんの部屋も概ねここと同じだ。

「アイリ様の企みのようね。狙いは、あの子だと思うけど……」
「抗議してきます」
「無駄よ。今回の件には、瀬戸様が裏で手を引いているから」
「うっ……それじゃあ、太老くんは」
「お見合い、するしかないでしょうね」

 瀬戸様が関わっている時点で、既にどうしようもないと悟った天女ちゃんは、絶望に満ちた表情を浮かべ肩を落とす。
 気持ちは痛いほどによく分かるが、とはいえ、何も聞かされていなかったのは私も同じだ。
 アイリ様だけならまだしも、瀬戸様が加担しているとなると、このお見合いを止めさせる事は難しい。

「お見合いしたから直ぐに結婚、と言う訳でもないのだし……そこまで落ち込まなくても」
「そうかも知れませんが、万が一って事があるじゃないですか。それに、太老くんが水穂様と結婚したら、彼は私の伯父さんになるんですよ!?」

 確かにそれは嫌かも知れない……特に天女ちゃんの気持ちを考えると、何とも言えない気分だろう。
 好きな男の子を家に招いたら、その子を遊びに来ていた伯母に寝取られてしまった、と考えてみるといい。
 ここは日本ではない。樹雷では重婚は罪にはならないのだから、例え、水穂様と太老がそういう仲になったとしても、天女ちゃんに可能性が無くなる訳ではない。しかし、地球暮らしの経験もある天女ちゃんからしてみれば、伯母さんと一緒というのは、確かにやり難い気持ちも分からなくはなかった。
 それに恋する一人の乙女として、好きな男性が他の女性とお見合いするという話を聞かされて、冷静ではいられない気持ちもよく分かる。

「それじゃあ、明日……お見合いの会場に行ってみる?」
「いいんですか!?」
「大丈夫じゃないかしら? 私も保護者として呼ばれてるし……」

 瀬戸様の事だ。そうなる事を見越して、このお見合いを許可している可能性が高かった。
 第一、情報元がアイリ様側ではなく、瀬戸様側だというのが一番不可解でならない。明らかに、私達を煽っている証拠だ。

「私達の手で、太老くんを守りましょう! お母様!」
「太老をあげたつもりはないわよ?」

 明らかにこうなる事を予見して、情報を漏らしている瀬戸様の行動。

(はあ……瀬戸様に遊ばれてるのは、私も天女ちゃんも、それにアイリ様も同じか)

 これは地球の一件の意趣返しも含まれているのだろう、と考えた。
 それと同時に、どちらかと言うと瀬戸様の思惑よりも、天女ちゃんのやる気の方が不安でならなかった。

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第37話『お買い物デート』
作者 193






【Side:太老】

 お見合いの件は仕方がない。下手に抵抗して、アイリの機嫌を損ねる方が厄介だし、鬼姫が関わってる時点で素直に諦めてくれるとは思えない。水穂がアイリに何も言い返さなかったのは、鬼姫が関わっていると知って、俺と同じように考えたからだろう。
 別にお見合いをしたから結婚をしなければならない、という話でもないし、その事は諦めた。
 とは言え、面倒な事になっているのは確か。やはり、あのクソババア≠ヘ俺の鬼門だ。

「太老くんの言ってたのは、ここだったのね」
「あれ? 知ってたんですか?」
「ここを天女ちゃんに教えたのは、恐らく母さんね。私も、母さんから教わったのよ」
「ああ、なるほど」

 俺と水穂は昨日の約束通り、皆へのお土産を探しに、バザーまで一緒に買い物に来ていた。
 アイリが情報源だとすれば、天女が知っていたのにも頷ける。ここのバザーは、前にアカデミーを訪れた時、天女に教えてもらった場所で、バザーでよく見かける中古やジャンク品の他に、新鋭デザイナーから一流の職人が趣味で出している店もあり、幅百メートルほどの遊歩道の脇に、大小様々な露店が立ち並んでいた。
 樹雷で桜花が教えてくれた市場と同様、安くて良い物が揃っている、知る人ぞ知るアカデミーの穴場がここだ。

「どんな物を買うつもりなの? 一口にアカデミーのお土産といっても……元々、アカデミーは多種多様な文化が入り交じってるところだしね。アカデミーならでは、って物を考えると難しいわよ?」
「それなんですよね……」

 水穂の言うとおり、様々な文化や風習が入り交じっているのがアカデミーの特徴。それこそがアカデミーの文化と言える。
 それ故に、ここだけ、という物を探すのはかなり難しい。それに銀河の中心地、最新の技術と知識が集まる場所とあって、探して見つからない物は殆ど無い、と言えるくらい何でも揃っている。それがかえって選択の幅を広げ、選ぶのを困難にしていた。

「余り、お土産とか固定観念に囚われないで、普通にお世話になってる御礼みたいに考えようかと」
「なるほど……確かに、その方が選びやすいかもしれないわね」

 変なところに拘ると、丸一日掛けても買い物が終わりそうにない。それなら、御礼と割り切って考えた方が、プレゼントも選びやすいというものだ。
 それによく考えたら、ちゃんと引っ越しの挨拶も済ませてなかった。大分遅くなってしまったが、引っ越しそばの代わりと思って、贈り物をするのも悪くない。配属先も決まって、これからお世話になる事だし、特に水鏡で働く同僚の人達には、気持ちだけでも何かしておいた方がいい。

「それだと、一人ずつとなると大変だし……お歳暮みたいな感じの方がいいんじゃないかしら?」
「確かに、そうですね。侍従さん達や、情報部と経理部、後は水鏡の女官さん達には、まとめて皆で使えそうな物を贈る事にします」

 水穂の言うように一人ずつとなると大変だ。正確な人数を把握してないし、まだ全員の顔と名前を覚えている訳ではない。
 だとすれば、食べ物なら定番でクッキーなど全員で摘める物。何か、皆で使える物の方がよさそうだ。
 とは言え、桜花を始め、夕咲に船穂、それに林檎のお土産まで皆と同じ、と言う訳にはいかないだろう。
 特に、鬼姫にそんな物を贈ったら、後で何を言われるか分かったものではない。やはり、その辺りはきちんと個人個人の物を選ぶしかなさそうだった。

「それじゃあ、色々と見て回りましょう。きっと良いのが見つかるわ」
「はい。あっ、その前に」
「――太老くん!?」
「迷子になると困りますしね」

 この人の多さと広さだ。こんなところではぐれたら、再会できるとは思えない。このアカデミーは、街中であっても遭難しかねない広さがある。迷子になったら最後、捜索願いを出されても全然不思議ではなく、そこまでいかなくても、迷子の呼び出しなんてされたら恥ずかしすぎる。
 実は前に一度、アカデミーに来た時に、露店を見るのに夢中になってはぐれた天女に、迷子の案内放送をされた事があった。幼少期ならまだしも、今そんな事をされたら恥ずかしくて、名乗り出るのも勇気がいる。それなら、こうしてはぐれないように最初から手を繋いでおいた方がいい。樹雷でも、市場に買い物に行く時は、こうして桜花とよく手を繋いで買い物にきていた。
 これはこれで少し照れるが、最悪の事態を回避するには必要な事だ。それに水穂のような美人と手を繋いで歩けば、ちょっとした優越感に浸れる。迷子センターに出頭する恥ずかしさと比べれば、遥かにその方がマシだった。

「水穂さん? もしかして、嫌でした?」
「え? そ、そんな事はないわよ。そうよね。迷子になったら大変よね!」

 もしかして、俺と手を繋ぐのが嫌なのか、と思ったのだが、どうやら杞憂だったようだ。
 拒まれたら拒まれたらで、かなりショックを受けたのは間違いない。

【Side out】





【Side:水穂】

 太老くんと二人きりで、こうして買い物をするのは初めての事だ。実のところ、男の人と二人きりで並んで歩くのも、随分と久し振りの事だった。
 これまで何度も、数え切れないほどお見合いを繰り返してきたが、太老くんとのデートは、今までのそれとは少し違っていた。
 男性と二人きりで出かける機会が一度もなかった訳ではない。しかし、これまで私の前に現れた男性は、何れも紳士的ではあるのだが、必要以上に私を気遣って、どこか距離を隔てている人達が多かった。
 瀬戸様の副官であるという事、『柾木』の姓を持つ樹雷の皇族であり、銀河アカデミーの理事長の娘という肩書きがフィルターになり、どうしても相手を一歩引いたところに追いやってしまうのだ。
 今までに一番上手くいったパターンでも、恋愛感情にまで発展する事がないまま、一方的に相手に尊敬や憧れの気持ちを抱かれたまま終わる事が大半だった。

 いつものように普通にしているつもりでも、相手にとってはやり過ぎになってしまっている事が大半で、どうしても男性をたてる可愛らしい女性という物を演じる事が出来ない。以前、鷲羽様に相談に乗って頂いた時は、『本気で結婚する気はあるのか?』と尋ねられた事があるが、正直な話をすれば、『ある』と言えばあるし、『ない』と言えばなかった。
 結婚する気はあるのだが、好きでもない相手と結婚したい、とまでは思わない。それに、出来る事なら『瀬戸の盾』や『樹雷の皇族』、そして『理事長の娘』という肩書きを抜きして、本当の私を見てくれる人と添い遂げたいという、口には出来ない少女らしい淡い理想を抱いていた。
 そんな相手と巡り会える可能性が低い事くらい、自分でも理解しているつもりだ。友達や同僚はどんどん先に良い人を見つけて結婚していくし、結婚に対する焦りは確かにあるが、将来を決める大切な事だけに妥協したくなかった。

 それに七百年も独り身だと、最近では半分ほど諦め気味で、それほど焦る必要もないように思い始めていた。
 特に、西南くんの一件以来、『銀河統一』という瀬戸様の野望が現実味を帯びてきた事もあって、以前にも増して仕事は忙しくなるばかり。そこに加えて太老くんの事もあり、婚活どころでは無くなってしまっていた事も、そう考える一因にあった。
 しかし――

「おっ、これなんか桜花ちゃんに良いと思いません?」
「ヌイグルミね……でも、『子供扱いしないで!』って、へそを曲げそうな気もするけど」
「確かに……子供っぽくない物の方がいいか」

 太老くんと居ると、不思議な安心感がある。小さい頃から知っている事も理由にあるのだろうが、彼はこれまでの男性と違い、特に肩肘を張ったり緊張した様子もなく、極自然に私に接してくれていた。
 私は、太老くんの『水穂さん』という呼び方が好きだ。前に『様』付けで呼ばれた時に、そう呼ばれる事を拒んだ理由の一つに、呼び方を変えて欲しくない、という想いもあった。昔から変わらない呼び方、『水穂さん』と彼に呼んでもらえる度に、彼にとって私は『瀬戸の盾』や『理事長の娘』と言う前に、顔馴染みの親戚のお姉さん――ただの『水穂』なのだと、安心する事が出来たからだ。

 それは、宇宙にあがってからも、変わる事はなかった。瀬戸様や船穂様への態度もそうだが、身分や立場といった物で、接し方や態度が変わらないのが太老くんの良いところでもあった。だからと言って、公私の区別がついていない訳ではない。傍から見れば無礼に見える態度や行動も、彼なりのルールや考え方を基に、きちんとした線引きがある。悪意がなければ他意もなく、周囲の価値観に左右されず、自分の目で見て感じた、その人の性質を自然と捉えているのだ。

「やっぱり色々とあり過ぎて迷うな……子供っぽいのもダメで、出来るだけ不平等にならないように、って考えると女性なら無難にアクセサリーとかかな?」
「心の籠もった贈り物なら、何でも嬉しいとは思うけど……でも、確かにアクセサリーとかが無難かもね」

 こうしてプレゼントを選ぶ時にも、彼の考えの中には下心や思惑など一切見え隠れしない。
 どんな事にも、何者にも左右されない、太老くんらしい判断基準。価値観の持ち方だった。

「水穂さん、この店に入ってみません?」
「この店……」

 太老くんが指を差した先には、大型のバスを改装して造った、お洒落なジュエリーショップが建っていた。

(ここって琥雪(こゆき)さんの……)

 実は、この店には見覚えがあった。そう、忘れるはずもない。以前に、西南くんが初月給を手に買い物に来たお店だ。
 その時は、ここで林檎ちゃんの親族『立木琥雪(たつきこゆき)』と西南くんは出会い、貴重な琥珀『皇玉』を譲って貰い、それをお世話になっている人達にアクセサリーにして贈った、という経緯があった。
 私もその時、皇玉をあしらったブローチを貰った一人なのでよく覚えていた。
 後になって分かった事だが林檎ちゃんが手を回して、琥雪さんに話を通していたそうだ。西南くんへの恩返しと、霧恋ちゃんへの意趣返しもあったのだろうが、皇族ですら持つ者が少ない皇玉を贈られた方は、ただただ驚くばかりだった。
 嬉しい気持ちが半分、もう半分は困惑といった感じで、その感情をどう表現していいか分からないくらい、あの時は悩んだ事を思い出す。

「あら、水穂様。態々、お店の方までいらしてくださったのですか?」
「琥雪さん……」

 バザーに出店している数あるジュエリーショップの中で、態々この店を引き当てる太老くんの運の良さ。
 彼が『確率の偏り』を才能に持つ者だと改めて思うと同時に、『歴史は繰り返す』――そんな言葉が、私の脳裏を過ぎった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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