【Side:琥雪】

 林檎様から連絡を受けていたが、水穂様とあの噂の太老様がお二人で店に足をお運びになるなんて、思ってもいなかった。
 だが、これが必然であろうと偶然であろうと、私からしてみれば大した問題ではない。林檎様の話で太老様の人となりは、ある程度は知っているつもりだ。それでなくてもあの林檎様が、あそこまで褒め称える男性と言うのも珍しい。私の知る限り、西南様を除けば、太老様以外にそんな話を林檎様の口からお聞きした事はなかった。
 それだけ、林檎様にとって特別な御方だという事だ。そしてそれは立木家の者として、私にとっても大切なお客様である事に変わりはなかった。

「立木琥雪と申します。正木太老様ですね」
「あれ? 俺の事を知ってるんですか?」
「林檎様から、お話をよく伺うものですから」
「ああ、なるほど……」

 一族の者がお世話になっていながら、態々店まで足を運んでくださった恩人の応対をしないなんて、そんな失礼な真似が出来るはずもない。それは、樹雷の女として、樹雷四大皇家に名を連ねる『竜木家』縁の者として恥ずべき行為だ。
 林檎様の人を見る眼は信頼しているつもりだ。それに、水穂様のこの態度を見れば分かる。この方は、水穂様にとっても大切な方だという事が――
 それだけでも、太老様を信頼するには十分な理由が私にはあった。この部屋にお招きしたのも、そのためだ。

「店の奥って、こんな風になってたんですね。美術館みたいだ」

 感心した様子で声を漏らす太老様。そう、店の奥は圧縮空間になっていて、ちょっとした展示場ほどの広さがある。職人達が様々な技巧を凝らして作った装飾品の数々が、円柱のガラスケースの中に収められ、林立するように立ち並んでいた。
 ここにある物は見た目には煌びやかで高価な物に見えるが、使われている素材は合成品を始めとする極ありふれた安物ばかりで、宝飾品としての価値は低い。バザーに出店しているアクセサリーもそうだが、試作品や、売れ筋とは外れた物、職人が作りたいと思って作った物ばかりだ。
 例え、流行から外れていても、高価な宝石が使われていなくても、ブランドの名前を冠していなくても、何れも職人が自身のプライドを賭け、心を込めて作った一品に違いはない。それが喜んでくれるお客様の手に渡る事こそ、職人とその商品を取り扱う私達の至上の喜びと言えた。

「皇玉がこんなに一杯……」
「水穂様は、ご覧になるのは初めてでしたね」
「林檎ちゃんから話は聞いてましたけど、実際に見ると……壮観ですね」
「私の唯一の趣味、ですからね。こうして皇玉を集める事は勿論ですが、それを身に付けて心の底から喜んでくれる方に巡り会う事が、何よりの楽しみですから」

 高価な品物は、それを作った職人の名前や世間の価値観だけで売れる物も多く、実際に大切にしてくれる人達の手に渡る事は少ない。勿論、お客様あってこその商売だ。世間の評判や、作品の評価の重要性は理解しているつもりだ。
 それでも、職人が丹精を込めて作り上げた作品の数々を、出来る事ならブランドに囚われるのではなく、作品その物を気に入ってくれた方にお譲りしたい。どんなに高価な代物でも、アクセサリーは身に付けてこそ、初めてその価値がある。決して金持ちの道楽だけで、飾って楽しむ物ではない。
 このバザーに店をだしているのも、本来はそうした人達にブランドを気にせず、安く良い物を手にして欲しい、という想いがあってこそだった。

 しかし、そんな事を考えてバザーに店を開いても、中には職人が趣味や手慣らしで作った試作品をここで安く仕入れ、それを原型にレプリカを作って商売にしよう、と考える者達が居るのが現実。安く仕入れ、高く売るのが商売の基本とは分かってはいても、その現実に悲しい物を感じずにはいられなかった。
 この店の奥に設けられたスペースは、そうした作品を大切にしてくれる方々しかお招きしていない、私の個人的なお客様をお招きする秘密の場所だ。ここにあるのは何れも私の私的コレクションであり、この店の経営者である老オーナーも、これらの品々には干渉する事が出来ない。
 名のある資産家や例え皇族であっても、条件を満たさない方をここにお招きしない。お招きする判断基準はあくまで私の主観によるものだが、大切なのはアクセサリーを欲する理由、その人の想いだった。
 純粋に作品を気に入ってくださる方であれば、誰であろうと身分は関係ない。これは、あくまで私の趣味でやっている事だ。
 両親への贈り物、恋人への贈り物、ちょっとした自分へのご褒美。理由や目的は人それぞれだろうが、そうした人達の笑顔を見る事が、私の一番の喜びだった。

「琥珀か……実際に見るのは初めてだけど、本当に綺麗だ」
「皇玉は、樹雷だけで取れる特別な琥珀です。普通の琥珀は宝飾品に加工する時、他の宝石と同様に加工研磨されますが、これは自然とこう言うカタチになった物ばかりなんですよ」

 太老様がご覧になっている、透明なケースの中に浮かんでいる色取り取りの丸い宝石は、樹雷だけで見つかっている少し変わった琥珀だ。
 普通の琥珀は、色の濃淡はあるものの大抵は飴色をしているものだ。しかし、樹雷の琥珀は多種多様の色合いと内包物を有していた。
 銀河最大とも言われる巨大樹が生息する樹雷ならではの物だ。
 その中でも真球を形作った物は『皇玉』と呼ばれ、昔から樹雷の皇族に献上されてきた貴重な代物だった。
 ケースの中に浮かんでいる物は、真球とまではいかないまでも多少歪なだけで、見た目には殆ど差が分からない良質な物ばかりを集めてある。

「よろしければ、お譲り致します。さすがに真球は無理ですが、歪な物であればかなりの余裕がありますので。尤も、歪とは言っても見た目には殆ど分からないほどの違いですが」
「ううん……それはありがたいんだけど高そうだしな」
「ご予算の事ならお気になさらないでください。これは私的なコレクションですから、売り物ではありませんし、基礎パーツ代の加工費とケース代だけで結構ですよ」
「いや、さすがにそれは悪……水穂さん? もしかして、欲しいの?」
「えっ? 綺麗だと思って見ていただけで、別にそういうつもりじゃ」

 ショーケースをじっと見詰めていた水穂様の態度を見て、少し思案した様子の太老様。
 本来なら、満足して頂ける方の手に渡るのであれば、タダ同然でお譲りしても問題のない代物なのだが、それでは太老様の方が納得が行かない様子なので、予算をお伺いし、人件費や儲け分を差し引いた上で、琥珀の取り引き価格と照らし合わせて、お譲りする事で交渉が成立した。
 こうしたところは、やはり林檎様から聞いていた通り、真面目な御方なのだと思わずにはいられなかった。
 そして後日――御礼状と一緒に私宛に送られてきた、皇家の樹の実で作られた瓶詰めのジュースが入った木箱を見て、改めて林檎様の仰っていた意味を理解する事になる。

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第38話『嵐の前日』
作者 193






【Side:太老】

 かなり痛い出費だったが、水穂には頭が上がらないほどお世話になっているし、これも仕方がない。俺が酒のつまみを我慢すればいいだけの事だ。それに水穂に贈って、他の皆には別の物という訳にもいかない。全員分のアクセサリーを依頼した時点で予算を軽くオーバーし、琥雪に大分安くしてもらったとはいっても、生活費の余裕は殆どなくなってしまった。
 とはいえ、普段それほどお金を使う機会もないので、贅沢をしなければ生活に不自由するような事はない。
 第一、あれだけの物を、あの金額で譲ってもらえた事が奇跡だ。幾ら林檎の顔があるとはいっても、琥雪には随分と無理をさせてしまった。

「太老くん……私のまで、本当によかったの?」
「お世話になっている人達に贈るのに、水穂さんのが無いなんて本末転倒じゃないですか」
「……ありがとう」

 とにかく、これからは今まで以上に質素倹約を心掛けないと……そう考えると、イワシの缶詰が恋しくなった。

(後、琥雪さんに何か御礼をしないとダメだよな)

 樹雷に帰ったら、御礼の手紙と一緒に何か贈ろう。
 金のない俺に贈れる物があるとすれば、皇家の樹の実の詰め合わせか、そのジュースくらいの物だが……やはり、ここは手作りのジュースで誠意くらいは示すべきだろう、と考えた。

「夕食はどうしようか? 太老くん、何か食べたい物とかある?」
「……で、出来れば家で食べたいな、と」
「家で?」
「やっぱり、家庭の味っていうか……水穂さんの手料理が一番美味しいですし」

 幸い、昨晩アイリが持ってきてくれた食材が、まだ沢山残っている。
 水穂の手料理が美味しいのは本当の話だが、節約すると決めたばかりなので、出来るだけ外食は控えたかった。
 俺だけならカップ麺とかでもいいのだが、水穂が一緒だとそういう訳にはいかない。

「太老くんがそう言うなら……うんっ、腕によりを掛けて作るわね! それじゃあ、買い物をして帰らないと!」
「いや、余り物で十分なんですけど……」
「でも、それじゃあ……」
「食べ物を粗末にする訳にいきませんし、アイリさんが持ってきてくれた食材が随分残ってますから、あれで何とかしましょう」
「太老くんは、本当にそれでいいの?」
「贅沢は敵です。豪勢な料理が食べたい訳じゃないですから。俺が、そんな真似なんて出来ませんよ」
「――! そうよね。ごめんなさい……太老くんの気持ちも考えないで」
「分かってくれたならいいんです。それじゃあ、帰りましょうか」

 水穂が分かってくれたようでよかった。金のない俺が、贅沢なんて出来るはずもない。
 これからは船での生活も多くなりそうだし、水穂に頼ってばかりではなく、少しは自炊を心掛けてみようと考えていた。

【Side out】





【Side:水穂】

 太老くんにアクセサリーを買ってもらえた事が嬉しくて、少し舞い上がっていたようだ。
 孤児院の話は私も聞いている。神樹の酒の件で、林檎ちゃんに相談をされたからだ。

『贅沢は敵です。豪勢な料理が食べたい訳じゃないですから。俺が、そんな真似なんて出来ませんよ』

 そう話す太老くんの表情は真剣その物だった。
 子供達のためを思って皇家の樹の実を惜しみなく出したばかりか、パテント料の一部を新設の財団の運営費に回したくらいだ。
 そんな子供達の事を思えば、自ら贅沢をするような真似が出来る太老くんではない。それに今回の買い物でも、彼は一つも自分の物を買おうとはしなかった。
 このくらいの歳の子なら、欲しい物の一つや二つは必ずあるはずだ。それなのに、彼は決して何かを欲しいとは言わない。
 少しくらいは我が儘を言ってもいいものだが、彼はそういう子供らしい部分が全くと言って良いほど欠如していた。

「太老くん、何か欲しい物とか……ないの?」
「え? 欲しい物ですか?」
「うん……私だけ貰ってばかりじゃ悪いし、何でも良いのよ。欲しい物があれば、遠慮無く言って」
「でもあれは、お世話になってる御礼に贈った物ですし……」
「それじゃあ、就職祝いだと思って。配属先も無事に決まった事だし、何かしてあげたいと考えていたのよ」

 そんな彼だからこそ、私は甘えて欲しかった。

「それじゃあ、イワシの缶詰を出来れば。あれ、地球にしかないんですよね」
「イワシの……缶詰?」

 子供らしい答えを期待していた訳ではないが、まさか『イワシの缶詰』とは……全く予想外の答えが返ってきた。
 欲がないとは思っていたが、まさかここまで欲がないなんて……それとも、私に遠慮しているのだろうか?
 いや、彼の様子から察するに、そんな気配は微塵も感じ取れなかった。恐らくは、本心から言っている。

(イワシの缶詰……ノイケさんに頼めば、送ってもらえるかしら?)

 太老くんが弱音を見せられる相手。甘えられる相手が、本当にこの先、現れるのだろうか?
 それは、私にも分からない。でも、少しでも彼の支えに成ってあげたい、そう――私は考えていた。

【Side out】





【Side:美守】

「港に爆弾が仕掛けられていたのは確かなのですね」
『はい。船がゲートを潜ると同時に爆発する仕組みになっていたようです』
「では、引き続き調査をお願いします」

 部下からの報告を受け、私は小さく溜め息を吐く。やはり、瀬戸様のお考え通り、彼を狙っている者がいるようだ。
 港に爆弾を設置して船ごと彼を亡き者にしようとしたみたいだが、ゲートが開かなかった事で、それは未然に防がれた。
 運が良いと言えばそれまでだが、ただの偶然と言うには出来すぎている。先日の海賊艦の一斉捕縛の件といい、これも彼の力と考えて間違いないだろう。

(瀬戸様が、ご執心のはずね)

 彼もまた、西南くんや美兎跳や美星と同じく、『確率に偏り』があるタイプなのだろう。そう考えれば、これまでの事にも説明が付く。
 最も、哲学士としての力や、地球での正木の麒麟児の話や、樹雷での噂を聞く限り、それだけではないようだが……。
 瀬戸様が彼を気に入る理由が他にもあるように、私には思えてならなかった。

「これからが問題ね。一度の失敗で、諦めるとは思えませんし……」

 このくらいで諦めるくらいなら、最初から暗殺なんてバカな真似を考えはしない。
 これは殆ど勘だが、この数日以内に確実に何か大きな事件が起こる、と私は考えていた。

「私宛ての直通回線?」

 その時だ。ピピッという音と共に、一つの空間モニターが開いた。
 私宛ての直通回線を知っている者は限られている。このタイミングで一体誰が連絡を取ってきたのか、と思考を巡らせながら、その通信を繋いだ。

『ご無沙汰しています。美守先生』
「あら、ノイケさん。お久し振りね。今日はまた、どういうご用件で?」

 モニタに映し出されたのは神木ノイケ樹雷。瀬戸様の養女になる以前は、GPに所属していた女性だ。
 嘗ては、美星とコンビを組んでいた事もあり、その関係もあって彼女の事は昔から私もよく知っていた。
 彼女の周囲の景色から察するに、地球ではなく船で、どこかに向かっているようだ。

『実は、太老さんの事で少しお願いがありまして』
「あら……タイミングが良い」
『タイミングが良い?』
「丁度、彼の事を考えていたところなのよ」 

 私の話を聞いて、モニターの向こうで目を丸くして驚く彼女。
 まあ、このタイミングで彼の事を考えていた、何て意味深な事をいえば、驚くのも無理はないだろう。
 地球での彼をよく知る彼女が自分から連絡してきてくれた事は、私としても嬉しい限りだった。
 皇家の船を持ち出して、太老くん絡みの話となれば、聞かない訳にはいかない。このアカデミーで、銀河で何が起ころうとしているのかを、私はこの事件を通して見極めるつもりでいた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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