――演習中の事故で銀河軍壊滅的被害。目撃された黒い幽霊とは? 海賊達の怨念か!?
 ――クリスタルで出来た巨人。伝説の海賊艦『魎皇鬼』の再来か!?

「演習の事故で銀河軍壊滅って……物騒だな。黒いクリスタルの幽霊なんて眉唾物だけど」
「そ、そうだね……」

 身体の調子が悪いのか、冷や汗を流しながら何故か視線を逸らす桜花。
 アカデミーに滞在して、そろそろ二週間。ニュースはどれもこれも銀河軍の艦隊壊滅騒ぎが一面を飾っていた。
 それに関連付けて、アカデミーでは件の宙域で確認されたという黒いクリスタルの巨人の話で持ちきりだった。

 ――海賊達の怨念とする説や、魎皇鬼の再来とする説

 全て憶測の域を出ない眉唾物の話だが、その手のゴシップネタが好きな連中には受けていた。
 それにぼやけていてよく分からないが、それっぽい映像が出回っていた事も、それらの噂に信憑性を持たせる原因となっていた。
 単なる合成写真という可能性や目の錯覚、とも取れる微妙な映像なのだが、それをネタに楽しんでいる連中には実際どっちでもいい話だ。
 よくある『未確認飛行物体発見!』などの記事と大差はない。

「何で……映像なんて出回ってるのよ」
「ん? 何か言った?」
「う、ううん! な、何でもないよ!」
「?」

 何だか様子のおかしい桜花。そんなに、このニュースが気になるのだろうか?
 桜花がこんなゴシップネタに興味があるとは知らなかった。
 ホラー好きの女性は結構いるって言うしな。何の影響かは知らないが、桜花もきっとこうした話が好きなのだろう。
 今度プレゼントする時は何かその手のネタを仕込んでやろう、と思った。

 きっと喜んでくれるはずだ。

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第44話『お別れ会』
作者 193






【Side:瀬戸】

「完全に想定外だったわ……」

 コアユニットは勿論、データも全て回収したつもりだったが、銀河軍のカメラが捉えていた映像が感染したウイルスによって既にアカデミー全域に流された後だと知った時には何もかも遅かった。

「不幸中の幸いは出回っていた映像はどれも、龍皇を特定できるほど鮮明な物ではなかった事ですね」
「光鷹翼の衝突の影響で空間に歪みが出来ていた事が、不幸中の幸いだったわね……」

 水穂の言うように流出した映像は全てぼやけていて、龍皇と断定できるほど鮮明な映像でなかった事が不幸中の幸いだった。
 尤も今の龍皇を見て、あのクリスタルの巨人を『皇家の船』と断定できる者は殆どいないだろうが――

「事件の真相に触れている報道機関は一つもありませんし、この噂のお陰で樹雷に矛先が向く事もなかったんですから、その点は助かりましたね」

 民間に向けて一度に、これだけ漏れ出た情報を止める手段はない。だが水穂の言うように、後の情報操作はその分やりやすかった。
 あの演習で起こった銀河軍壊滅の理由と樹雷軍を関連付けて考える者達は少なく、どちらかというと『海賊の怨念』や『魎皇鬼の再来』などといったゴシップネタに繋げる者達の方が多かったからだ。
 ここで銀河軍が事件の詳細を公表すれば話は別だろうが、彼等はその噂を否定も肯定もする事なく沈黙を守っていた。
 合同演習で銀河軍が遭った被害はかなりのものだが、その発端を開いたのは彼等の造った惑星規模艦だ。
 動力炉に無断で使用していた皇家の樹が原因である以上、その事を認めたくない隠したい彼等は樹雷を一方的に批難する事は出来ない。
 ましてや自分達の造った新造艦が暴走した事がそもそもの原因などと、世間に公表できるはずもなかった。
 樹雷が事件の事に触れず沈黙を守っている以上、彼等も事態の推移を見守りながら状況に身を任せる他ない。

「そう言えば、お見合いのやり直しをしてもいいのよ?」
「これでいいんです。本当に太老くんの事を考えるのなら、私の都合ばかりを押しつけても仕方がありません」
「それで太老≠ニ距離を取ると?」
「違います。以前と同じような関係≠ノ戻るだけです」
「……本当に不器用なんだから。両親公認だっていうのに、こんな良縁には二度と巡り会えないかも知れないわよ?」
「少なくとも太老くんが自分からその気になってくれるまでは、この話を進めるつもりはありません。お心遣いには感謝しますが、二度と勝手にこのような真似を為さらないで下さい」
「はあ……分かったわ」

 太老と水穂のお見合いに関して――
 半分は私の趣味を兼ねた物だったが、水穂が本気なら応援してやりたい、という気持ちは持っていた。
 しかし水穂なら、かすみ殿から話を聞いた後なら、こんな風に言うような気は薄々していた。
 そこに今回の事件だ。水穂が、太老と距離を取ろうとする理由も分からなくは無い。
 それだけ彼を失う事を、彼に嫌われる事を水穂が恐れているという証明でもあった。

(少しは気を遣ったのだけど焦りすぎたようね。時間はある事だし……彼の問題が解決してからでも遅くはないか)

 今の水穂に何を言っても無駄だ。だが今回の事で、水穂の気持ちがはっきりとした。
 好きでもない相手の事を、そこまで真剣に考える物好きは居ない。
 だとすれば、こちらが余計な気を遣わなくても自然と成るようになるに違いない。後はお互いの気持ちと時間の問題だ。
 本人に気持ちを自覚させる意味では、一応あのお見合いも無駄ではなかった、という事だ。

「そう言えば、瀬戸様」
「ん? 何かしら?」
「いつから太老くんの事を、『太老』と呼び捨てされるようになったのですか?」
「あ……」

 自分でも気付かない内にそう呼んでいた事に、水穂の指摘で初めて気付かされた。
 いつから……と訊かれれば間違いなくあの時≠セと言える。太老が乗っていたと勘違いした守蛇怪が撃沈されたあの時からだ。
 美守殿に『珍しく取り乱した』などと言われたが、そう言われても仕方がないほどに私はあの時、冷静さを欠いていた。
 皇家の樹の事など他の要因が重なった事も原因にあるが、一番は太老を傷つけられた事に対する怒りが強かったように思える。

「フフッ、心配しなくても水穂の『太老くん』を取らないわよ」
「――なっ!」

 お返しとばかりにニヤリと笑みを浮かべ、水穂にそう言って返す。顔を真っ赤にして慌てる水穂。
 自分でも自然すぎて気付かなかった感情に、水穂が先に気付いた事が悔しかったので少し意地悪をしただけの事だ。深い意味はない。
 いつの間にか、私の中で太老の存在が占める割合が長年仕えてくれている水穂や林檎、兼光と比べても変わらないほどに大きな物へと変わっていた。
 ――なるほど。これが鷲羽殿が言っていた事か
 と自覚できるほどに、私はいつの間にか彼に惹かれていたのだ。

「益々、彼が欲しくなったわ」
「あの……瀬戸様?」

 鷲羽殿には悪いが、彼には将来『伝説』ではなく『鬼』の名を継いで貰う。
 私の想いは固まっていた。

【Side out】





【Side:美守】

 報告書に一つずつ丁寧に目を通しながら、改めて彼の才能の凄さを私は実感していた。
 こちらが小細工をするまでもなく勝手に広まって行く憶測と噂。
 その中に『鬼の寵児』の存在を臭わせる話があった。

「……青いZZZ(トリプルゼット)。彼等が瀬戸様と関連付けて考えるのも無理のない話ですね」

 市民の間で広がっている噂の他に、銀河軍を始めとするGP内部で囁かれる噂。それが鬼姫の後継者の存在をほのめかす内容だった。
 噂を裏付けるかのように、あの惑星規模艦の乗組員の殆どは精神的に酷いショック状態にあり、うわごとのように『鬼』の名を呟いているという。
 当事者の銀河軍が黙秘している事もあるが、事実も含まれている話だけに余計にその噂は現実味を増していた。

「正直、彼には敵に成って欲しくないですね」

 実力で彼を勝る者は大勢居るだろうが、彼との戦いはそういう力と力の勝負ではなくなる。
 今回の事で彼の能力の恐ろしさの片鱗を、私は自分の目で深く認識する事になった。

 ――悪意には悪意を、善意には善意を

 自身の手を汚さず、あくまで切っ掛け≠与えるだけで相手を追い詰める能力。
 因果応報という言葉があるが、文字通り彼の力は良い因果も悪い因果も相手に送り返している≠セけの話で、西南くんの『不幸』とは違い起点となる物にプラスもマイナスも無い。プラスに傾いていればその方向に、マイナスに傾いていればその方向に、彼の確率の偏りはそれを増幅し加速させるモノだという事が今回の事で分かった。

 そう私に確信させるに至ったのは、システムダウンの騒ぎの裏で起こっていた犯罪者の一斉検挙が原因だ。
 あの騒ぎの裏で、彼の能力の影響を受け発生した思われる事件やトラブルは、私の想像を遥かに超える件数に上っていた。
 アカデミー内で毎日のように発生している事件の実に三割に相当する事件に、彼の影響が及んでいた事が判明したのだ。
 警戒のためにいつもよりも多く展開していた保安員によって拘束された犯罪者の数は、軽犯罪者も含めればその数は述べ二万三千人。窃盗犯に銀行強盗、更にはアカデミー全域に潜伏していたBランク以上のスパイ達の殆どが捕縛され、中にはGPの捜査から逃れ続けていた銀河指名手配犯の名前も挙がっていた。
 その成果には驚きを通り越して、ただ溜め息しか出て来ない。
 何も分からない内に気がつけば追い詰められているのだから、これほど犯罪者達にとって相性の悪い相手はいなかった。

「さて、私も自分の仕事をしなくていけませんね」

 瀬戸様の情報部も動いているようだが、連盟内部の事であれば九羅密家の情報部の方が動きやすい。
 それに美兎跳(みとと)の清掃部と協力すれば、短い期間で更に深いところまで調査をする事も可能なはずだ。
 清掃部はGP内のあらゆる施設・艦船が清掃対象となるため、その性質から様々な情報が入ってくる。新卒の頃から清掃部のおばちゃん≠ノお世話になっている隊員達も少なくなく、相談を持ち掛けられる事も多い事から内部情報が自然とそこに集まってくるのだ。
 瀬戸様の方で樹雷皇族やそこに繋がっている関係者の洗い出しをされているだろうから、私の役目はあくまで連盟内部の不穏分子の特定に限定される。
 問題はそこから、どこまでアイライを含める黒幕に接近できるかだが、そのために役に立つのが彼の力だった。

 そしてこの事件が――『鬼の寵児』の名を銀河中に広める切っ掛けになろうとは、この時の私は想像もしていなかった。

【Side out】





【Side:太老】

 突然だが、明後日アカデミーを去る事になった。

「太老くん……また、いつでも遊びにきて頂戴ね!」
「まあ……時間があれば」

 熱心に誘ってくるアイリの話を聞きながらも曖昧な返事をする。アイリにそう言われても二つ返事で頷く事は出来ない。
 何も余計な事をしないでくれれば助かるのだが、そんな事は期待出来そうにないからだ。
 アイリに関してはそういうモノだと諦めているだけに、ここで下手に二つ返事をして面倒な事に巻き込まれたくなかった。

「太老くんが責任を感じているのは分かるけど……」

 何だか妙な勘違いをしているようだ。とはいえ、俺としてはその方が都合が良いので敢えて黙っている事にした。
 アカデミーは確かに面白いところだが、次にここに来る時はアイリ対策を本気で考えておかないと今回の二の舞だ。

「太老様、本日はお招きありがとうございます」
「あ、琥雪さんいらっしゃい。御礼なら主催者のアイリさんと、準備をしてくれた水穂さんに言ってあげてください。俺は何の役にも立ってないし……」

 そして今、俺達が何をしているかというと『お別れの前に皆で集まってバカ騒ぎしましょう』というアイリの一言で、海を一望出来るアイリの別荘で定番の宴会を催していた。
 この宴会を企画した張本人のアイリは仕事が忙しいらしく当日まで理事長室に籠もりきりになり、準備は殆ど水穂が一人でやってくれた。
 多少、俺と桜花も手伝ったが……本当に微々たるものだ。桜花はともかく俺が料理で役に立つはずもなく、既に掃除するところがないほど綺麗な部屋を前に俺が出来る事といえば、皿を運んだり買い出しに付き合うくらいの事だった。
 買い出しも本来なら、注文をすれば家まで転送してくれるサービスがあるとかで、本当に役に立ったか疑わしい。
 お世話になった琥雪を誘う事を提案したのは確かに俺だったのだが、本当に礼を言われるべき人物は間違いなく水穂だと断言できた。

「そんな事ないわよ。琥雪さんを誘いたい、って言ったのは太老くんなんだから」
「水穂さん?」

 樹雷の正装ではなく、淡い緑色のワンピースに身を包んだエプロン姿の水穂に後から声を掛けられ、いつもと少し違う彼女の雰囲気に魅せられ思わず胸が高鳴るのを感じる。
 イメージとしては樹雷の服に身を包んでいる事が多い水穂だが、休みの時などに着る服は極普通の洋服が多い。
 派手な感じではなく大人しめの落ち着いた色の洋服が多いのだが、これはこれで水穂らしくて良く似合っていた。
 テレビに出て来るアイドルや、雑誌の表紙を飾るモデルと比べても全く見劣りするような事はない。寧ろ、水穂の方が勝っていると俺は思う。 水穂や林檎は勿論、情報部や経理部、水鏡で働く女官達も正直モデルと紹介されても違和感のない美女ばかりだ。
 樹雷は元々顔立ちの整った女性が多いのだが、特に鬼姫の部下は美人揃いだった。

「水穂様、お招きありがとうございます」
「気に入って頂けたかしら? 私の手料理で申し訳ないのだけど」
「いえ、どれも美味しい料理ばかりで驚きました」
「そう言って頂けると嬉しいわ」

 琥雪の感想はお世辞などではなく本心からのモノだろう。
 実際、水穂の料理は凄く美味しい。高級な料理と言う訳ではないのだが、ほっと安心できる家庭の味といった感じで俺は好きだった。
 正木家の味がアイリを源流としているというのだから、それにも納得が行く話だ。

「あれ? そう言えば天女さんは?」

 俺はふと違和感を感じて周囲を見渡す。いつもなら放って置いても絡んでくる天女が、今日に限ってやってこない。
 今日ここで宴会がある事は聞かされているはずなのだが、見渡す限り会場のどこにも天女の姿はなかった。

「天女ちゃんなら、鷲羽様に呼び出されて地球に行ってるわよ」
「へ?」

 アイリの口から聞かされた予想もしなかった話に、俺は目を丸くして間抜けな声を上げた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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