【Side:瀬戸】
「――龍皇!?」
『瀬戸様、ダメだよ! この子、お兄ちゃんの存在を近くに感じて、興奮しているだけなんだから』
「……桜花ちゃん?」
『全く、お兄ちゃんったら、目を離すと直ぐにこうなんだから……』
龍皇のブリッジから通信を通して顔を見せたのは、紛れもなく桜花ちゃんだった。
船穂と龍皇と共に行方を眩ましたという報告は受けていたが、まさかこのタイミングで龍皇と共に姿を現すとは……。
それよりも問題は――
(やはり、あの子……龍皇を乗りこなしている)
光鷹翼を展開した事からも明らかだ。平田桜花は、正木太老と同様に皇家の樹の力を完全に引き出していた。
今の龍皇がかなり特殊とはいっても、他人の樹を制御するほどの樹との親和性の高さなど聞いた事がない。太老を除けば、そんな事が可能なのは彼女くらいのものだ。
正木太老同様、平田桜花の特異性を目の前の光景は確かな物として私達に示していた。
『独りぼっちで寂しかったんだよね。それで、お兄ちゃんを感じて、少し興奮しすぎちゃっただけ』
光鷹翼を前方に展開すると、惑星規模艦に突入していく龍皇。水鏡とのリンクは繋がったまま、龍皇の見ている突入風景が水鏡のブリッジにも映し出されていた。
あの惑星規模艦には、光速で飛来する物体の衝撃や侵入も、数メートルの厚みがあれば完全に防ぐ事が出来るジェル層が数百キロという厚みで充填されているにも拘わらず、龍皇の前には全くその効果が無い。それは当然だ。今の龍皇は光鷹翼を展開しているばかりか、普通の第二世代の樹を大きく超える力を有している。今の龍皇を止められる物があるとすれば、それは第一世代の皇家の船か、魎皇鬼くらいのものだ。
あの程度のジェルで龍皇の侵入を阻む事など出来るはずもなかった。
『大丈夫。これからは寂しくないよ。お兄ちゃんのところに――仲間のところに帰してあげるから』
あっという間に、中央のメイン動力炉に到着する龍皇。桜花ちゃんの優しい言葉に樹は喜びを伝えるかのように光を放ち、その想いに応える。
本来、明確な意思を持たないはずの第四世代の皇家の樹が、林檎の穂野火と同じように確かな意思を宿らせていた。
それがどれだけ異常な事か、皇家の樹の事をよく知る者であれば分からないはずがない。
彼女の力か、それとも別の何かの干渉による物か、今の段階では判断がつかなかった。
(……鷲羽殿ともう一度、相談してみる必要がありそうね)
龍皇にコアユニットを抜き取られ、暴走の止んだ惑星規模艦の姿がモニターには残されていた。
【Side out】
異世界の伝道師/鬼の寵児編 第43話『鬼姫の真意』
作者 193
【Side:太老】
「あ、水穂さん、お帰りなさい。母さんも一緒だったのか」
もう、日付が変わろうかという夜更け過ぎ、ようやく水穂が帰宅した。母さんを一緒に連れて。
一応、ホテルの方にも顔を出したのだが、やはり予想通りホテルに皆の姿はなかった。しかも運悪く、アカデミー全域が大規模なシステムメンテナンスに入っているとの話で、連絡を取ろうにも通信障害が起こって回線も使い物にならなかった。
何も、こんなタイミングでシステムメンテナンスに入らなくてもいいのに……本当に今日は運が悪い、と肩を落としたくらいだ。
地理に乏しい状態で、バカみたいに広いアカデミーで水穂を捜すのは困難だと判断した俺は、大人しくお世話になっているアイリの別荘で彼女の帰りを待つ事にした。
「た、太老くん……ど、どうしてここに?」
「どうしてって……さすがに一人で家にくらい帰れますよ」
水穂は俺が一人で家に帰っていた事が、それほど不思議だったのか、目を丸くして驚いていた。
悪いがそこまで方向音痴じゃない。それに、宇宙に上がってからもう一ヶ月以上だ。
たまに妙なところに出る事があるが、転送ゲートの使い方くらい知っている。
「――!」
「よかった。太老くん……無事で……」
「水穂さん?」
走り寄って来たかと思うと俺の背中に手を回し、ギュッと温もりを確かめるかのように抱きしめてくる水穂。
何だかよく分からないが母さんも目尻に涙を溜め、瞳を潤ませている。俺、そんなに心配されていたのだろうか?
(もしかすると、今まで俺の事を捜してくれてたのか?)
この様子から察するに、その可能性が一番高いだろう、と考えた。
確かに二人からしてみれば、ホテルから突然居なくなったに等しいのだから行方不明と思われても仕方がない。
タイミングが悪かったとはいっても、今まで連絡が取れずに心配を掛けた事には違いはない。
水穂がこんなに取り乱すところを見るのは初めての事だけに、かなり悪い事をした気分に陥る。
「ごめん。水穂さん、母さん。心配を掛けて……」
「いいの……太老くんが無事なら、それで。私こそ、ごめんなさい……」
心配を掛けて悪い事をしたのは俺の方なのだが、何度も何度も同じ事を呟き、謝罪してくる水穂。
どんな理由があれ、水穂と母さんに心配を掛け、泣かせてしまったのは事実だ。
水穂の気持ちも考えずに今回ばかりは本当に悪い事をしたな、と反省させられた。
【Side out】
【Side:美守】
「そうですか。太老くんは無事でしたか」
『守蛇怪の方は残念だったけど、彼が無事ならそれでいいわ』
瀬戸様の話や九羅密家の情報部の報告から、大体の事情は分かった。事件の詳細は――こうだ。
聖衛艦隊に支給されている普通の闘士服と違い、情報部支給の制服には従来の闘士服にはない様々な機能が付与されている。情報収集や潜入工作など、情報部の仕事には高い技術力と冷静な判断力が要求される。それらの任務を的確にこなすために必要な装備が、その支給品の服には搭載されていた。
(偶然とはいえ、恐ろしい才能ですね)
太老くんの発信機付きの服を盗んだ銀河軍の工作員が、その服に仕込まれていたデータを無断で使用し、工房のドックから守蛇怪を強奪。
本来なら、本人以外にそれらの機能を使用する事は出来ないはずだったが、恐らくは今回のシステムダウン同様、制服のセキュリティにも問題が発生していた可能性が高い。彼の場合、余り高度な機能を付与した物を迂闊に持たせない方が安全、という事が今回の事でよく分かった。
だが工作員の彼等も、まさか太老くんのパーソナルデータの影響で守蛇怪がウイルスに感染していたとは思ってもいなかっただろう。
彼等のコントロールを離れ、皇家の樹に引き寄せられるように演習宙域に向かった守蛇怪。そこで、あの事故に遭った、と言う訳だ。
「瀬戸様が取り乱すなんて珍しい物を見せて頂きましたし、私も楽しませて頂きましたわ」
『意地悪ね……美守校長』
「フフッ、そのくらいは許してくださいな。理由はどうあれ、こちらも大きな被害に遭ったのですから」
アカデミーのシステム復旧には半日を要し、現在も完全復旧には至っていない。どうにか、必要最低限の機能を取り戻しただけだ。
その分、西南くんの事件以降、鷲羽様のシステムを元に組み直したシステムのバグやセキュリティホールを発見する事が出来たのは、確かにこちら側としても大きなメリットがあったが、銀河軍の件は一歩間違えば樹雷と連盟の外交問題に発展しかねない危ない問題だった。
『やはり、美守校長も知らされていなかったのね……。私も、システムダウンの隙をつかなければ、アレ≠ノ皇家の樹が使われている事に気付けなかったでしょうし。そちらには悪いけど、あの船のデータとコアユニットは、こちらで回収させてもらったわ』
「それは仕方がありませんね。ですが、何故、皇家の樹が?」
それだけが腑に落ちない。第四世代とはいえ、皇家の樹を易々と他国に奪われるような瀬戸様ではない。
もし、瀬戸様の目を欺けるほどの勢力が事件に関与しているとなれば、それは由々しき事態だった。
『……戦争を望んでいるバカは上手く利用されただけ、本題はその裏に居る組織の方。狙いは皇家の樹と見て間違いないわね』
「……なるほど、そこまで分かっているという事は、どの組織が裏で糸を引いているのか、目星はついておられるのでしょう?」
『私の情報網から逃れ、皇家の樹を欲しがっていて、そんな事が可能な組織は限られているもの。九羅密家を主体とする世二我か、あの事件以降、鎖国状態が続き一切情報の入ってこない、もう一つの大国――』
「……アイライ、ですか」
――アイライ教
この銀河で、その名を知らぬ者は居ない巨大な宗教国家だ。
なるほど。皇家の樹の件は予想外にしても、銀河軍と海賊の後にアイライの原理主義者が絡んでいる可能性には瀬戸様は既に気付いておいでだったのだろう。だからこそ、アイリ様にではなく私に話を持ってきた。
『あの事件で以前ほどの求心力を失っている、とはいってもあの国≠ェ持つ影響力は未だに大きなものよ。それに、あそこも一枚岩ではない』
「一部の強硬派の者達が暴走を引き起こしている、と?」
『確証はないけど、そうとしか思えない情報もあがってきてる。そちらの調査をお願いしてもよろしいかしら? 美守殿』
「銀河軍の事もありますし、連盟だけでなくアイライも絡んでいるとあっては協力を拒む事は出来ないでしょうね」
瀬戸様が態々私の事を『美守殿』と呼ぶ時は、私個人へのお願いも籠められている、という事だ。それだけ瀬戸様も今回の事件を重く見られている、という証明だった。
銀河軍だけの問題であればよかったが、それほど話が単純で無い事は今回の事からも明らかだ。最悪の場合、先の大戦のような大きな戦争に発展する可能性もあるだけに事は慎重を要する問題だった。
今のアイリ様なら大丈夫だとは思うが問題が問題だけに万が一の可能性を考慮して、まだ話をするべき段階ではない。これからの行動は僅かな失敗も許されないからだ。
問題は、どこまで政治の中枢に絡んでいるかだが――
少なくとも今回の事件は、銀河軍の影響強化と復権を狙った軍幹部、皇家の樹の軍事転用を考えている勢力、そして第二世代以上の意思ある皇家の樹を欲しているアイライの原理主義者、と複数の思惑が絡んでいると思って間違いない。
今回、太老くんのお陰で一早く、その事に気づけたからまだ良かった物の最悪の場合はもっと最悪な状況になっていた可能性もあった。
「瀬戸様……まさか、彼をそのつもりで」
『外は西南殿のお陰で目処が立ちつつある。ならそろそろ、内の大掃除が必要でしょう?』
怖い御方だ。最初から、そのつもりで彼を宇宙に連れ出したのだろう。
以前から調査を進めておられたに違いない。その上で、彼を使って組織の膿を出すつもりでおられるのだ。
(なるほど……瀬戸様はどうやら本気で彼の事を――)
瀬戸様と、そして私の夢でもあった『銀河統一連合』の成立。
この銀河を一つに纏め上げる、という理想を叶えるためには、それを邪魔する者達が居る。そして瀬戸様はそのためであれば容赦なく、その邪魔者達を排除するつもりでおいでだ。
その尖兵と成る少年。我ながら、『鬼の寵児』とはよく言ったモノだと思った。
【Side out】
【Side:太老】
「桜花ちゃん……何でここに?」
「それよりも、お兄ちゃん! 水穂お姉ちゃんと仲良くデート≠オて、しかもお見合い≠ワでしたってどういう事!?」
「いや、それは成り行きっていうか……ってか、誰からその話を!?」
「瀬戸様から全部教えて頂いたの! 仕事じゃなかったの!?」
「し、仕事だったさ! 途中までは……」
冷や汗を流し、目を泳がせながら桜花の質問に答える。そう、アイリが絡んでくるまでは普通の任務だった。
しかし、最終的に受け取るはずだった品物とやらは、どうやら船だったらしいのだが……聞いた話によると進水式を待たずして工房のシステムダウンが原因で不慮の事故に遭い廃艦に――
GPの新造艦というのもあったらしいのだが、そちらも同様の原因で進水式を待たずして廃艦になってしまったらしい。
後者は知らんが、哲学科の敷地内にあるアイリの工房に例の船があったらしいので、前者はどうやら俺が原因のようだ。
でも発端を開いたのはアイリで、実行したのは哲学科の生徒だ。どれだけ多く見積もっても、俺の責任は三分の一といったところだろう。
とはいえ結局、何のお咎めもなかったのだが初任務は失敗に終わった。挙げ句、水穂は泣かせてしまうし本当に散々な出張だった。
「やっぱりママの言うとおりね。こっちにきて正解だったわ」
「えっと……もしかして、桜花ちゃんがこっちに来たのって夕咲さんは知ってるの?」
「うん。ママが、アカデミー行きを勧めてくれたんだもん」
衝撃の事実――黒幕は夕咲だった。いや、何となくそんな気はしてたけど。
あの人もお淑やかそうに見えて、隠し持ってる雰囲気が鬼姫やそっちに近いんだよな。嘗ては第七聖衛艦隊の司令を務め、あの兼光の奥さんで桜花の母親だ。それだけで、十分に納得が行く話だ。
鬼姫の副官をしていてアイリの娘のはずなのに、水穂が比較的まともに感じるくらい――
林檎も融通が利かないというか、思い立ったら一直線なところがあるし。樹雷の女性って逞しいというか、強かな人が多いんだよな。
「船穂と龍皇も一緒だったのか? まあ、もう今更、怒る気もおきんが……」
桜花から離れ、肩に飛び乗ってきた船穂と龍皇を見て、諦めに満ちた溜め息を溢す。
裏で夕咲や鬼姫が絡んでいる時点で俺が何を言っても無駄だ。もう、あれこれ言うのも疲れてしまった。
「それじゃあ、お兄ちゃん。桜花とデートしよ」
「え……でも、俺は仕事が」
「待機任務なんでしょ? 瀬戸様の許可もちゃんと貰ってきたから行こうよ」
「何て用意周到な……」
色々と後始末があるとかで、そのままアカデミーでの待機を言い渡されていた。
水穂には『仕事を手伝う』と言ったのだが、きっぱりと断られてしまってこの様だ。
「ふふん、見て回りたいところ一杯あるんだよね」
著者『柾木アイリ』と書かれた怪しげな観光案内を持ち、目を輝かす桜花の態度に物凄く嫌な予感を感じる。
この後、桜花のご機嫌取りに一週間も観光に付き合わされる事になったのだが、それはまた別の話だ。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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