【Side:美守】

「船穂様、ご無沙汰しています」
「これは美守殿。こちらこそ、ご無沙汰しております」
「瀬戸様は、まだいらっしゃらないので?」
「もう直、顔を出されるとは思いますが……掃除≠ノ手間取っておられるようですね」

 瀬戸様が仕掛けた罠に誘われたバカな人達が、大勢釣りあげられている事はこちらでも掴んでいた。
 この機に瀬戸様や船穂様といった名だたる樹雷皇族の方々の暗殺を企んでいる輩もいるようだが、それは無謀な行為としか言えない。
 樹雷は上に行くほど組織ではなく個人が強くなる国だ。皇家の樹を持つ皇族に対抗できる力など、銀河中を探したところで見つかる物ではない。だからこそ、樹雷の秘密、皇家の樹を欲する国は数え切れないほど存在する。こうして機を見ては樹雷への侵入を試みる輩が後を絶たないのはそうしたためだ。
 先日の銀河軍の一件もそうした皇家の樹を欲した輩と、アイライの原理主義者達の思惑が一致したカタチで起こった事件だと推察していた。

「九羅密家の方々は今回は全員参加されているのですね」
「先日の一件もありますからね。吟鍛などは、かなり渋い顔をしておりましたよ」
「フフッ、それはご愁傷様です」
「ところで、その噂の少年の姿が見えないようですが?」
「美兎跳殿とご一緒してたらしいのですが、その途中で行方不明になったようですね」
「それは……」
「ご安心を。美兎跳殿は瀬戸殿が既に保護していらっしゃいます」
「また、ご迷惑をお掛けしたみたいですね」

 美兎跳を連れてくる時点で嫌な予感はしていたのだが、船穂様の話からも既にその予測のつかない事態は始まっている事に気付く。
 しかし『行方不明』とご自身で言っておきながらも、船穂様には余り焦った様子が見受けられない。
 それだけ彼や瀬戸様の事を信頼しているのであろうが、こうした非日常的な出来事さえも、彼にとっては日常茶飯事であると言っているも同じだった。
 美兎跳が巻き込んだのか、それとも美兎跳が巻き込まれたのか、今回の一件の鍵となるのは彼である事だけは間違いなかった。

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第54話『偶然×不幸』
作者 193






【Side:瀬戸】

「騒ぎもようやく収まってきたようね」

 日が沈むのに合わせるように徐々にではあるが、報告に上がってくる侵入者・犯罪者の捕縛件数も緩やかになっていた。
 女官達が頑張ってくれたのもあるが、謎の爆弾魔の活躍にも実はかなり助けられている部分があった。
 謎の爆弾魔が出没した地点は何れも警備の穴になっていた部分。しかも捕らえられた侵入者達は、何れもAランク以上のスパイばかり。
 どこに侵入者が居るのか予め分かっているかのような的確な行動だった。

(やっぱり……この爆弾魔が太老かしらね)

 こんな真似が出来そうな人物には一人しか心当たりがない。水穂と林檎もそろそろ爆弾魔の正体に勘付いている頃だろう。
 尤も、誰が犯人か分かったところで捕獲できる訳ではないのだが……。
 相手が太老であれば尚の事、本気で捕獲するつもりでいるなら人員を全てそちらに投入するくらいの事をしなくては不可能と私は考えていた。
 いや、そもそもここ天樹≠ナ太老を捕らえる事が本当に出来るのだろうか?
 正直に言って、これまでの経験からもそれは難しいと思わざるを得ない。自分から出て来てくれるのを待つしか今は出来る事が無い。

「さて、余りお客様をお待たせしてもいけないし、そろそろ会場の方に――」
「――! 瀬戸様一大事です!」
「……今度は何?」

 落ち着いてきたし女官達にここの事は任せて会場に向かおうとすると、またオペレーターが血相を変えた様子で報告を始めた。
 これで今日は何度目の『一大事』だろうか?
 そう何度も何度も一大事があるようでは、それは一大事とは言わない気がするのだが……実際そうした予測のつかない規模の大事件ばかり起こっている。

「多数の高エネルギー反応が近付いています。規模から考えて戦艦と思われます」
「戦艦? 数は?」
「数は千……いえ二千はくだらないかと。こんな数、見た事がありません」
「二千ですって……」

 相手が何者かは知らないが、前代未聞の大艦隊だ。
 まさかとは思うが、樹雷に戦争でも仕掛けるつもりだろうか?
 樹雷が攻撃を受けるのは魎皇鬼の一件以来、実に七百年振りの事。それをこれだけの数で仕掛けてくるバカなど――

「映像出ます!」
「これは……」

 どこからどうみても軍の船という訳ではなく海賊艦だった。
 近隣を航行中だったと思われる海賊ギルドが幾つか共闘し、二隻の船と交戦しながらこちらに向かっている姿がモニターには映し出されていた。
 しかも海賊艦と対峙している船には見覚えがある。あれは――

「確認が取れました。山田西南様の守蛇怪、それに霧恋様の瑞輝です。もう一艦の方は九羅密美星様の船で間違いないかと」
「やっぱりね……」

 どこの誰の仕業かと思えば、『偶然』と『不幸』の名を持つ天才が一箇所に集まっていようとは……。
 それならばこの状態にも納得が行くというものだった。
 海賊達も二匹の獲物を追う事に夢中になって、大方前が見えてないのだろう。
 樹雷本星に近い宙域でこんな派手な戦闘をするなど自殺行為だ。分かっていて出来る事ではない。
 海賊なら尚の事、その事を理解していないはずがなかった。これこそ、まさに『ローレライ西南』の力だ。

「どう致しましょう?」
「内海殿の第十三聖衛艦隊が展開中だったわね」
「はい。ですが、この規模の海賊艦が相手では内海の部隊でも厳しいと思われますが」
「時間を稼げればそれでいいわ。第七聖衛艦隊の準備を急がせなさい。私も出ます」
「よろしいのですか?」
「丁度良い余興になるでしょう」

 侵入者を引き寄せるために罠を張ったはいいが、そのために防備を手薄にしていたのが徒と成った。
 第十三聖衛艦隊だけでは、確かにあの数の海賊艦を相手にするのは骨が折れるだろう。
 西南殿も物量に押されて美星殿の船を守るので精一杯のようだし、この状況を何とかしない事には始まらない。
 それに、これだけの規模の戦闘だ。観客に隠し通すには無理があるし、それならいっそ余興として楽しんで貰った方が楽で良い。

「樹雷領を荒らし、宴の邪魔をするような無粋な輩を捕らえる必要はない。全艦撃滅せよ!」

 さあ、行きましょうか。宴を彩る大きな花火を咲かせに――

【Side out】





【Side:霧恋】

「美星、テメエ! どっからこんなに海賊を連れてきやがった!」
『ふぇ〜ん! ごめんなさーい!』
「あの……雨音さん。俺の所為かも知れませんし……寧ろ、その方が可能性が高いというか」
「でも今回はお兄ちゃんだけというより美星さんが絡んだ所為、って考えた方が正しいかも」
「その美星さんの居る場所にピンポイントで向かった事こそ、西南様の才能と言えなくはないですが」

 怒鳴る雨音。謝る美星さん。フォローする西南ちゃん。冷静に状況を分析するリョーコさんとネージュ様。
 こんな状況だというのに全然慌てた様子のないクルー達。慣れというのは本当に恐い物だと思う一場面だった。

「あー、もう! そんな悠長な事を言ってる状況じゃないでしょ!? ここはもう樹雷本星の支配宙域なのよ!」

 瀬戸様がこの大騒ぎに気付かないはずがない。既に聖衛艦隊が事態の鎮圧に動き出しているはずだ。
 これだけの規模の戦艦で樹雷本星に近付いたのだ。今頃は大騒ぎになっているに違いなかった。

「だから、とっとと反撃して倒しちまおうって」
「これまでの連戦で福ちゃんと瑞輝もかなり消耗してるの。美星さんの船を守りながら、あれだけの海賊艦を相手にするなんて無茶よ!」

 ここ二週間、簾座連合を出てからずっと海賊との戦闘を繰り返していた事もあって、福ちゃんと瑞輝も疲れている様子で余り元気が無い。
 それでも私達だけなら何とでもなるかも知れないが、美星さんの船を守りながらとなるとそれも難しい。

「えっと、だったら俺が神武で……」
「西南ちゃん一人にそんな危険な真似をさせられる訳がないでしょ!?」
「す、すみません……」
「いっそ、美星を見捨てるか」
『雨音〜!』

 確かに西南ちゃんと神武ならそれも出来なくはないだろうが、西南ちゃん一人をそんな危険に晒し、私達だけ安全な場所に退避するなんて真似が出来るはずもなかった。
 見捨てるという雨音の言葉に、通信の向こうで両目に涙を浮かべて訴える美星さん。
 確かにその方法が一番生存確率が高いが、幾ら『偶然の天才』と呼ばれる彼女でも、この数の海賊艦を相手に見捨てるのは気が引ける。
 今回の件、『偶然』と『不幸』が重なった結果だというのはこれを見れば明らか。
 西南ちゃんで慣れているとはいえ、これだけの海賊艦を引き寄せる『確率の天才』の力に驚きを覚えずにはいられなかった。

「目の前に高エネルギー反応が多数。これは樹雷軍の船――それにこの反応って……皇家の船! 水鏡!?」
『瀬戸様!?』

 ネージュ様の報告を聞いて、全員が目を丸くして驚く。正面に展開しているのは間違いなく、神木家の聖衛艦隊だった。
 しかも水鏡まで出て来るなんて……どれだけ樹雷で大騒ぎになっているか物語っているようだ。

『やっ、お久し振り』
「せ、瀬戸様……お久し振りです」
『随分と派手なご帰還ね』
「えっと……まあ、色々とありまして」

 さすがに西南ちゃんを含めクルー全員が、この状況が下手な言い訳の出来ない状況だという事に気付いているようだ。
 何とか、私が受け答えするも全員が表情を引き攣らせて無理矢理笑顔を作っていた。

『まあ、いいわ。美星殿はこちらで預かるから大掃除を手伝って――』
『うわーん! 誰か止めてえぇぇ!』

 瀬戸様が話し終える前に正面の展開した聖衛艦隊の間を縫って、樹雷本星へと吸い込まれるように向かっていく美星さんの船。
 逃げる時に制御系をやられたのか? 明らかにコントロールを失っているようだった。

『…………』
「お、お手伝いさせて頂きます」

 美星さんの船がどこに向かったのかは知らない。
 しかしこの状況、明らかに拒否できる雰囲気ではなかった。

【Side out】





【Side:林檎】

 パーティーが始まって一時間。

「臆したか! 正木太老!」

 決闘場となっている広間では、先に広間に到着した阿主沙様が待ちきれない様子で声を荒らげていた。
 阿主沙様が苛立つのも無理もない。約束の時間から、そろそろ四半刻ほど経つが一向に太老様が現れる気配はない。
 太老様に限って決闘から逃げたという事はないだろうが、このままでは阿主沙様の不戦勝となってしまう。

「お兄ちゃん何をしてるんだろ……」
「こちらも行方を掴めていませんから……すみません。私達が見失ったばかりに」
「林檎お姉ちゃんの所為じゃないよ。お兄ちゃんが悪いんだし」

 桜花ちゃんに励まされながら、今はひたすら太老様が来てくださるのを祈る。それしか私に出来る事はない。
 余興の一つとして既に告知済みの試合なだけに今更無かった事にする訳にもいかず、このまま太老様がいらっしゃらなければ阿主沙様の勝利になるが、それでは阿主沙様ご自身も納得はされないだろう。
 桜花ちゃんを始め、太老様の応援にと駆けつけてくれた孤児院の子供達も、不安そうな様子で太老様が現れるのを待ち続けていた。

(太老様……)

 手を合わせ太老様が来てくださるのを心から祈る……その時だった。

 ――ドゴオオォォン!

 私達の願いが天に届いたのか? 大きな音と共に何かが大広間の天井から降ってきた。
 土煙の中から姿を現したのは真っ赤な衣装に身を包んだ――

「あれ? ここどこだ?」
「太老様!?」
「ん? 林檎さん。よかったー、やっと知り合いの居るところに出られたよ」

 真っ赤な衣装に白い付け髭、右手には大きな白い袋。
 サンタクロースの格好をしては居るが見間違うはずがない。間違いなく太老様だった。
 何やら安堵した様子の太老様。今までどこを彷徨っておられたのか?

「フフ……ハハハハッ! 正木太老! 恐れずにやって来た事だけは認めてやるが、動揺を誘おうとしても無駄だ。儂にはそんな小細工は通用せんぞ!」
「えっと……?」

 太老様に向かって、二本ある内の片方の剣を投げる阿主沙様。樹雷軍で採用されている極普通の光剣だ。
 ポカンとした表情の太老様はようやく事態が呑み込めたのか、ポンと手を打った。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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