【Side:兼光】

 ――二千を超す海賊艦が樹雷本星を襲撃
 という信じられないような報告を受け、俺と内海様は本隊に合流するためパーティーを途中で抜け出し軍港に向かっていた。

「一体何が起こっておるのだ!? これも瀬戸の仕業か!」
「まあ……瀬戸様が関わっているのは間違いないでしょうな……」

 内海様に聞こえない程度の小さな声で『それに太老殿も……』と言葉を漏らした。
 瀬戸様が一枚噛んでいるのは確かだろうが、そこに太老殿が関わっている事は疑いようがない。
 さっきから上がってきている非常識な報告の数々。それに先日のアカデミーの一件からも、太老殿が西南殿と同じ『確率の天才』に類する能力を持っている事は明らかだった。

 瀬戸様が太老殿を気に掛けている理由にも自ずと察しがつく。
 勿論、何らかの意味があっての行動ではあるのだろうが、この状況を一番楽しんでいるのは他の誰でもない。瀬戸様である事だけは疑いようのない事実だった。
 正直、頭に血が上って大人気ない行動に出てしまったが、決闘相手が自分にならなくてよかったと今では思っていた。
 内海様も正直、内心ではそう思っておられるのではないか、と思う。
 阿主沙様には悪いが、西南殿という前例を知っているだけに『確率の天才』に関わる危険性を、俺はよく理解しているつもりだ。
 それにこれまでの事を思い返してみれば、最初から夕咲(あいつ)も全てグルだったのではないか、と思える節が幾つもあった。
 恐らくは俺達三人、上手く瀬戸様の計略に嵌められたのだろう。

「ん? 何者だ、御主等?」
「……神木家当主『神木内海樹雷』と瀬戸の剣『平田兼光』か。これはまた……大物が現れたものだ」

 軍港へ向かう途中、怪しい黒ずくめの男達が俺と内海様の前に立ち塞がった。
 内海様が怪しい風体の男達を見つけ、警戒した様子で男達に問い掛ける。

「上手く鬼姫の隙をつけたと思っていたのだが……仕方がない。目撃者にはここで死んでもらう!」

 武器を構え、こちらに強い殺意を向けてくる黒ずくめの男達。
 数は十。そこそこ腕に自信のある賊のようだが――

「随分と甘く見られたもんだの。のう、兼光殿」
「ええ、全くですな」
『――なっ!?』

 内海様と俺から放たれた強力なプレッシャーを全身に浴び、身体を硬直させる黒ずくめの男達。
 ここ最近クソババアの思惑に乗せられて、ストレスがかなり溜まっていた事も原因にあった。
 籠められた殺気は普段とは比べ物にならない重圧となって、黒ずくめの男達に襲いかかる。
 影が薄く余り目立たないが、嘗ては屈強の闘士として名を馳せた内海様。そして俺も伊達に『瀬戸の剣』などと呼ばれている訳ではない。

「憂さ晴らしに付き合ってもらうぞ。小童ども!」
「運が悪かったな、お前達。恨むなら、クソババアを恨め!」

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第55話『天よりの災い』
作者 193






【Side:船穂】

「巌流島の決闘……考えましたね。太老殿」
「船穂様。いつの間に……それにそれはどういう……」
「地球では有名な話です」

 林檎殿の質問を受け、私は丁寧に解説を始める。私の数少ない趣味の一つに時代劇鑑賞があった。
 特に大好きなのが地球の時代劇で、『鬼●犯科帳』や『遠山の●さん』それに『水●黄門』などブルーレイを全巻揃えているほどだ。
 ちなみに水穂殿は時代劇鑑賞を趣味とする同志だった。
 太老殿が試みたのは間違いなく『巌流島の決闘』の再現に違いない。
 巌流島の決闘とは、地球に伝わる伝説の剣豪『宮本武蔵』と『佐々木小次郎』の決闘を描いた有名な話で、私もドラマで何度も見直した名シーンだ。

「なるほど……太老様は力が足りない分を心理戦を仕掛ける事で、阿主沙様に揺さぶりを掛けようとされたのですね」
「ええ……現にあの人は苛立ちから冷静さを欠いてしまっている」
「えっと……船穂お姉ちゃんと林檎お姉ちゃん。そこは桜花がツッコミを入れるところなのかな?」

 地球出身の太老殿らしい戦法だと素直に感心した。
 現にあの人は太老殿の策に嵌り、苛立ちと焦りから剣筋が鈍り攻撃を紙一重のところでかわされ続けている。
 それに太老殿のあの動き――

「さすがですね。ここまで出来るとは思っていませんでした」

 あのスピード……技と経験ではあの人に分があるが、明らかに身体能力は太老殿が上回っていた。
 手加減をしているのか、あの人の動きが鈍いようにも感じられるが、何れにしても太老殿の力が優れている事に違いはない。
 しかし皇家の樹のバックアップを受けている皇族を、それも第一世代のバックアップを受けている樹雷皇を上回る力など通常では考えられない力だ。
 水鏡を始めとする皇家の樹との親和性の高さ。それに天樹の件。やはり太老殿は――

【Side out】





【Side:太老】

 現在、俺は必死に樹雷皇の攻撃を凌いでいるところだ。
 本来なら数合と持たないところだったろうが、しかし樹雷皇の頭に血が上っている所為か、俺でも何とか先が読める程度に動きが単調になっている事が幸いした。
 それに体調が良くないのか動きが鈍い。樹雷皇が本調子で無い事も、何とか勝負になっている要因の一つにあった。

(とはいえ、どうしよ……逃げてばかりじゃ勝てないし)

 条件はかなり俺に有利な状況と言えるが、それでも圧倒的に経験と技術が足りていない。
 勝仁の父親、それに樹雷皇の名は伊達ではなく、これだけのハンデを背負っているにも拘わらず付けいる隙が全くなかった。
 樹雷皇が本調子で冷静な判断力を持っていた場合、恐らくは瞬殺されていた事だろう。

「なかなかやるな! しかし、逃げてばかりでは儂に勝てんぞ!」

 全くもってその通りだ。しかし攻撃する隙がないのではどうしようもない。
 一瞬でも良い。樹雷皇の気を逸らす事が出来れば勝機はあるのだが、そんな油断をする相手には見えないし……。

「げっ! しま――」

 その時だ。距離を取るのをしくじり、左手に持っていた袋が樹雷皇の放った剣先にかすり、中身が宙に放り出される。
 何の準備も出来ないまま決闘が始まってしまい、誰かに預ける暇もどこかに置きに行くタイミングも逃し、そのままだった事が禍した。
 しかもそんな時に限って『勿体ない』という貧乏性が湧き起こる。プレゼント箱を掻き集めようと手を伸ばす俺――

「こんな目眩ましなど!」

 そこに樹雷皇の光剣が一閃――プレゼント箱を薙ぎ払った。
 次の瞬間、爆発音のような物凄い轟音が響き、眩いばかりの白い閃光が俺と樹雷皇を包み込んだ。

【Side out】





【Side:阿主沙】

 皇家の樹のバックアップを受けた皇族並の素早い動きもそうだが、完全に正木太老を侮っていた。
 身体能力だけではない。試合が開始すると同時に、まるで霧封が太老と戦うのを嫌がっているかのように力の供給を制限し協力を拒んでいた。
 これがクソババアが正木太老を重要視する一番の理由。
 皇家の樹との親和性の高さは知っていたつもりだったが、これはやはり間違いない。

(魅月……やはり、そういう事なのか)

 霧封が太老との戦いを拒否する理由。第一世代と同等、いやそれ以上の力のプレッシャーを太老から感じる理由。
 皇家の樹、いや天樹と無意識下でリンクを繋ぎ、皇家の樹から力の供給を受けている。そう考えれば、太老の異常な力にも全て辻褄が合う。
 樹雷皇家にとって、正木太老はまさに天敵。いや、絶対に敵に回してはならない最悪の存在だった。

「くっ! まさか、こんな手で来るとは……奴はどこだ!?」

 手に持っていた袋の中身をぶちまけ、しかもその中身に爆弾を仕込んで置くなど、何と狡猾な何と用意周到な事か。
 幾ら力で勝っていようと経験と技で及ばない事は分かりきっていた事。それを補う意味で策を講じるのは当然の事だ。
 真剣勝負である以上、その事を卑怯と罵る愚か者は、この樹雷にはいない。
 才能と力だけに頼った無能であれば与し易いが、実力差を的確に見抜き策を講じてくる相手となると、これ以上やり難い相手はいなかった。

「なっ!?」

 ようやく視界が晴れ、太老の姿を捜すも次の瞬間、儂は驚きを隠せない光景を目にする。
 皇家の樹とのリンク不良により感覚が鈍り、更に決闘に集中していた事が禍し、直ぐ近くにまで刺客≠フ接近を許してしまっていた。
 しかし刺客に襲われるのは今に始まった事ではない。それだけ儂や樹雷皇族に恐れと恨みを抱く輩が多いという事は、誰よりも当事者である儂が強く自覚している。驚くべき点はそこではなかった。
 その刺客と思われる賊共が、目を回して儂の周りに転がっていたのだ。
 そして、その賊共の傍らには太老が立っていた。間違いない。この者達を倒したのが太老だという事は直ぐに分かった。
 例え襲われたとしても、この程度の賊共に儂の防御フィールドを抜く事が出来たとは思えない。しかし太老にとっては、またとない好機だったはずだ。
 それを見逃し、儂を助けるような真似をするなど――

「……太老。御主、何故?」
「勿体なかったんですよ……」
「勿体ない?」
「まだ必要とされているのに、それを無駄にしてしまうのが……」

 その太老殿の言葉を聞いて、儂は胸に強い衝撃を受けた。
 儂を必要としてくれる人達がまだ大勢居る。だからこそ、儂を助けたという太老の言葉。
 無駄にしたくないというのは、そうした儂の事を支持してくれる大勢の人達の想いや願いを大切にしたい、という事に他ならなかった。

「……太老。御主という男は……」

 感情に走り個人的な理由から剣を向けた儂に向かって、そんな事を言ってくれる男が居るとは――
 儂は太老の事を誤解していたのかもしれない。
 先程まで争っていた相手に自然とこんな事を言える器の大きさを見せられては、正木太老という男を認めざるを得なかった。

「阿主沙――っ!」
「内海殿!?」
「首謀者はそこに居る天木家縁の者だ! 騒ぎに乗じて皇家の樹を持ち出そうとしていた賊共も取り押さえておる! そいつらが全部白状しおったわ!」
「何!?」

 会場に戻ってきた内海殿が指をさす方向を見ると、確かに天木家の縁者が二人、銀河軍の幹部と思しき連中と一緒に居た。
 内海殿の一言で注目が集まり、会場の皆の視線が集まった事で旗色が悪くなった事を察したのか、慌てて逃亡を図る男達。

「逃がさん! 必ず奴等を取り押さえろ!」

 会場に居る女官達に命令を下し、儂も広間から飛び出し男達の後を追った。
 この儂の命を狙おうとしたばかりか、儂らを謀り皇家の樹を持ち出そうとするなど言語道断。その所業を許す事は出来ない。

(許せ。太老……)

 決闘や勝敗など、もうどうでも良くなっていた。この決闘を通し、正木太老の人となりを知る事が出来た。それだけで十分だ。
 あのような真っ直ぐな志を持った男を、一瞬でも疑った儂の目が曇っておった。
 儂に対し『皇とはどうあるべきか』という大切な事を思い出させてくれた太老。今度は儂が行動を持って、その想いに応える番だ。

「くそっ! 何故、こんな事に!? 折角立てた計画も尽く失敗――な、何だ……この音は?」

 その時だった。『キィィィン』という耳障りで大きな音が近付いてくる。
 奇怪な音に驚いた男達の足が止まり、音のする方角、全員の視線が星が瞬く漆黒の空へと向けられた。

『――なっ!?』

 その場にいた全員の声が驚きと共に漏れ、見事に揃った。
 巨大な轟音と共に空から降ってくる一隻の宇宙船。全長百メートルを超そうかという巨大な質量の船が、男達の居る場所に向かって真っ直ぐに落下――
 男達が助けを乞う悲鳴と絶叫の声を上げるも、船が放つ轟音に声は掻き消され、その場に居る誰にも助けを呼ぶ声は届かない。

『ぎゃああぁぁ――っ!』

 宇宙船は男達の直ぐ目の前。本会場の周囲を囲う広大な湖へと落下した。

 ――吹き荒れる暴風。見上げんばかりの大津波

 まさに天変地異。最後の日かと思える規模の天災≠ェ――
 首謀者共々、儂らを襲った。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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