【Side:林檎】

「林檎様、こちらの確認終わりました」
「では後は、開場の時間を待つだけですね」

 財団の設立式を前に、女官達と一緒にステージの最終確認を行っていた。
 財団の今後を左右する重要な式典だ。失敗は絶対に許されない。
 現在のところ運営資金に問題はないが、余り太老様にばかり頼ってはいられない。それは船穂様も私と同意見だった。
 だからこそ、出来る事ならこの機会を利用して支援者を多く募りたい、という思惑もあった。

「そういえば、林檎様。太老様に告白されて、その後はどうなったんですか?」
「――! あなた達、どうしてそれを!?」
「あんな大通りで告白したら目立って当然ですよ。皆、知ってますよ?」
「うぅ……」

 誰かに見られたかも……という自覚はあったが全員が知っているとなると、瀬戸様にも知られていると思った方がいいだろう。
 実はそれが一番恥ずかしく厄介だと思った。とはいえ、あの告白自体には悔いはない。
 ネージュ様にも言ったが、私の気持ちを太老様に知って頂きたくて取った行動だ。

「返事をもらってないんですか? そんなんじゃダメですよ」

 ネージュ様のような事をいう女官達。
 皆して『太老様もやっぱり鈍いタイプかー』と溜め息を漏らしながら言葉を口にしていた。

「ですが、太老様にご無理を言うのも……」
「そんな事ないですって。普通、林檎様に告白されて嬉しくない殿方なんていないと思いますよ?」
「それは大袈裟では……私などより素敵な方は沢山いらっしゃいますし」
『はあ……』

 さっきよりも大きな溜め息を吐き、『林檎様もか……』と肩を落とす女官達。
 そんなに変な事だろうか? 水穂さんは当然として彼女達だって、私と比べて決して劣っているとは思えない。
 それに私よりも美人で優秀な方々は沢山居る。太老様は特にそうした優秀な方々に囲まれているので、人一倍目が肥えておられると思うのだが……。
 太老様ご自身、そうした方々と肩を並べられる実力者だ。それを思うと、今の私程度では太老様に相応しいとは思えない。

「……林檎様は『竜木』家の縁者ですよね?」
「はい。とはいえ『竜木』ではなく『立木』ですが……」
「しかも経理部の主任。『鬼姫の金庫番』とまで呼ばれているのはご存じですよね?」
「余り、その呼び方は好きではないのですが……。今の私があるのは瀬戸様や影ながら支えてくれるあなた達のお陰ですから、私だけの功績という訳ではありませんし……」
『…………』

 さらにガックリと肩を落としてしまった女官達。『こっちはこっちで良い人すぎる……』とあちらこちらから声が聞こえてくる。
 良い人の何がいけないのだろうか?
 と首を傾げながら、彼女達の話を聞いていた。

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第60話『設立式』
作者 193






【Side:太老】

 林檎から連絡を貰い、俺は財団の設立式に参加するため、本会場へ向かっていた。西南の方にも心配した嫁達から連絡があったらしく、そちらに合流すると本人は言っていた。
 西南に抱かれた福が寂しそうにしていたが、また遊んでやる事を約束すると少し機嫌を持ち直したようだった。
 補給も兼ねて明後日までこちらに居ると言っていたし、また一緒に遊ぶ機会もあるだろう。

(しかし、やっぱり男はロボットだよな。西南とは趣味が合いそうでよかった)

 それに西南に神武を見せてもらう約束をしていた。
 以前に色々とロボットを作った話をしたら西南も随分と話に乗り気で、『男はやっぱりロボットだよな』と熱く語り合った。
 同じ地球出身と言うだけあって、男の浪漫がよく分かっている本当に話の分かる奴だ。俺も何だかんだで男友達が少ないし、西南とは良い友達になれると思った。
 最初は少し会話もぎこちなかったが、今では名前を呼び捨て合うような仲だ。やはり同じ村の出身で共通の話題があると話が盛り上がる。

(小学校、中学校と母校も同じなんだよな。本当に今まで出会わなかったのが不思議だ)

 学校で『災難(西南は『さいなん』と読めるため)』の名前は今も怪談話のように語り継がれていたが、こうして実際に合うのは初めての事だ。
 何度か里帰りをして柾木家にも訪れた事があると言っていたし、今まで一度も顔を合わせた事が無いというのが不思議なくらいだった。

「お兄ちゃん!」
「桜花ちゃん? そう言えば姿が見えなかったけど、どこに行ってたんだ?」
「パパとママの相手をさせられてたの。あの二人、私を伝書鳩か何かと勘違いしてるんじゃないかな……」

 不満そうな様子で愚痴を溢す桜花。兼光と夕咲の夫婦喧嘩に巻き込まれた、といったところか。
 夫婦喧嘩は犬も食わぬというが、確かにそんな物に巻き込まれた方は堪ったモノじゃないだろう。
 桜花が愚痴を溢したくなるのにも頷ける話だった。

「でも、遂にパパが私とお兄ちゃんの仲を認めてくれたんだよ!」
「おおっ、よかったな」

 これで俺も一安心だ。ようやく誤解が解けたという事なのだろう、と解釈した。
 俺にとって桜花は妹のような存在だ。だというのに兼光は過保護というか、まああれが娘を溺愛する父親の反応という奴なのだろうが、勘違いをして俺を目の敵にしている節があった。
 桜花は少しスキンシップが過激なところがあるが、それはまあ……あの夕咲の娘だし分からないでもない。
 単に大人の真似をしているだけの事で、あれは桜花なりの親愛の表現なのだ。

「お兄ちゃん、これからデートしない?」
「あ、ごめん。これから式典があるんだよ」
「式典? ああ、財団の設立式ね。それじゃあ、桜花も一緒に行っていい?」
「いいのか? 退屈かも知れないぞ」
「お兄ちゃんが一緒なら退屈な場所なんてないよ。それにパートナーが居る方が、恥をかかなくて済むでしょ?」

 そう言って俺の手を取ってくる桜花。最初は腕を組もうと考えたようだが、残念ながら身長差があって叶わなかったようだ。
 随分と小さなパートナーだが、ここで断って桜花の機嫌を損ねる必要もないだろう。

「それじゃあ、桜花ちゃんに付き添ってもらおうかな」
「うん」

【Side out】





【Side:林檎】

 今、私は――会場前で女官達と一緒にお客様に挨拶をしながら、太老様が来られるのをお待ちしていた。
 というのも女官達に、『太老様のエスコートをするように』とかなり強引に後押しをされたからだった。

「林檎様、頑張ってください!」
「ええ……」

 女官達が親切心から、こう言ってくれている事は分かる。だからこそ、断り難い。
 彼女達もネージュ様と同じで悪気はないのだ。

(彼女達の厚意を無駄にする訳にはいかないし、それに……)

 太老様の案内役は元々誰かに頼むつもりだったし、それを私が務めるだけの話だ。
 胸がドキドキ、ドキドキと鳴り止まず、嬉しさと不安の入り交じった不思議な感情が心の底から沸き上がってくる。
 しかしその心音の高鳴りも、今は心地のよい物に感じられる。太老様の事が好きだと自覚できる瞬間でもあったからだ。

「あ、林檎さん」
「――!」

 ドキン、と大きく心臓が跳ねた。太老様の声が聞こえハッと我に返り、少し俯きがちだった顔を上げる。
 ネージュ様や女官達の話に触発され、ずっと太老様の事が頭から離れないでいた事も、そうした緊張の原因となっていた。

「よかった、間に合ったみたいだ。式典はこれからですよね?」
「は、はい。あの……太老様!」
「はい?」

 たった一言。『太老様の案内をさせてください』と言えばいいだけの事だ。それなのに、その一言を発するだけでも凄まじい力が必要だった。
 それは例えるなら、連盟の重鎮を相手に交渉事に挑む時の更に数倍。いや、鷲羽様や瀬戸様といった方々と腹の探り合いをする以上に勇気の必要な事だった。
 これほど会話を難しい、人を誘うのが難しいと思った事はない。
 仕事柄、数多くの交渉事に関わってきたが、太老様をお誘いする以上に緊張した事はこれまでに一度もなかった。

「太老様の案内をさせて頂けませんか?」

 言えた。勇気を振り絞った甲斐があり、無事にその一言を太老様に伝える事が出来た。
 しかし、次の瞬間――
 またも太老様にばかり目がいって、太老様の横に居た桜花ちゃんの姿が目に入っていなかった事に気付く。

「んー、それじゃあ、お願い出来ますか?」
「え? よろしいのですか?」
「よろしくお願いします。こっちも助かりますし」

 自分で言い出した事とはいえ、隣にいる桜花ちゃんを見ると少し悪い気がしたが――
 それでも太老様に返事を頂けた事が、今は何よりも嬉しかった。

【Side out】





【Side:太老】

 とにかく、この本会場はビックリするくらい広い。野球場が軽く五つ、六つ入るほどの広さだ。
 思ったよりもずっと人が入っているみたいだし、こんなところで迷子にでもなったら大変だった。
 特に桜花とはぐれでもしたら、それこそ一大事だ。何処に向かえばいいか分からないくらいの広さだし、入り口で林檎と出会わなかったら、中に入って途方に暮れていた事だろう。林檎が案内役を申し出てくれて本当に助かった。
 いつもながら細やかな気配りの利く人だ。毎回思う事だが、林檎には感謝の言葉が絶えない。

「お兄ちゃんの鈍感……」
「ん? 何か言った?」
「何でもない!」

 先程までとは一転して不機嫌な桜花。俺、何かやったのだろうか?
 こちらも相変わらず、子供心……いや女心は複雑怪奇だ。そう、こういうところが自分でもデリカシーがないのだと自覚していた。
 子供扱いされて桜花が怒るのは当然の事だ。こうしたところから気をつけないといけない。多分、また桜花の機嫌を損ねるような事を、俺は知らず知らずの内に口にしていたのだろう。
 このくらいの年頃は難しいのだ。俺にも経験があるが、背伸びをしたいお年頃という奴は分かるつもりだ。

「きゃっ!?」
「あら、ごめんなさい」
「いえ、私もちゃんと前を見ていませんでしたから」

 林檎らしくないミスだった。
 丸々とした巨漢のマダムにぶつかり、その場に倒れ込む林檎。普段なら絶対にありえない失敗だ。
 告白から始まり、どうも今日の林檎は様子がおかしい。やはり仕事の疲れが溜まっているのだろうか?
 余り無理をして欲しくはないのだが、林檎は仕事熱心だから普通に言っても素直に聞いてはくれそうにない。そこが心配の種だった。
 とはいえ余り酷いようなら、無理にでも休ませる事を考えておかないと。

「大丈夫? 林檎さん」
「すみません……あっ!」

 このままでは危ないので、林檎の手を取って立ち上がらせる。
 その時だ。また一個団体が林檎にぶつかりそうになったので、慌てて林檎を自分の胸に引き寄せた。

(危ないな……)
「あの、太老様……うぅ……」

 大勢の人達が集まっている事もあって、会場はかなり賑やかだ。
 祭りのような喧騒とした雰囲気はないとはいえ、行き交う人々に注意していないと、さっきの林檎のように事故に遭いかねない。
 これと言うのも、やはり主催者である『柾木船穂樹雷』の名が大きな影響を与えているのだろう、と考えていた。
 ここ樹雷では、船穂の名前は美沙樹と人気を二分するほど有名だ。闘士達の間では、ちょっとしたアイドル的な存在とも言える。
 それに他国でも、樹雷第一皇妃という肩書きは大きな意味を持つ。船穂の事を知らない者は、この会場……いやパーティーに出席している人達の中には居ないとさえ断言できた。
 そうした事もあって設立式が目的と言うよりは、船穂目当ての客が多い所為で予想以上に客入りが良いようだった。

「お兄ちゃん。はぐれたら危ないし、私もその……」
「ん? ああ、そっか。ごめんごめん。気が利かなくて」

 桜花をいつものように肩車する。桜花くらい小さいと林檎以上に人混みに巻き込まれたら危険だった。
 市場でも良くやっている事だが、こうしていれば小さな桜花でも周囲を良く見渡せるし、人混みに巻き込まれるような心配もないはずだ。

「これで安全だな」
「……うん。そうだね」

 何だか元気のない桜花。人混みで疲れたのだろうか?
 一方、林檎も何やら心ここにあらずと言った様子で、顔を真っ赤にしてぼっーっと呆けていた。
 疲れているだけならまだしも、風邪とか引いてなければいいのだが……。
 桜花もそうだが、林檎の体調も心配でならなかった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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