【Side:鷲羽】

 ――解説しよう
 アカデミーの一件でシステムダウンの原因と成った太老のパーソナルデータ。それは確かに太老の手で回収されたが、ここで一つの疑問が残る。軍施設を襲い、『青いZZZ(トリプルゼット)』を引き起こしたデータの方はどこにいったのか?
 そう、原因は一つではなかった。分化したパーソナルデータの一部が太老が指に付けていた契約の指輪から『樹雷の鬼姫』、そして『水鏡』に関する情報を学習。コードネーム『青いZZZ(トリプルゼット)』へと変貌を遂げた太老のパーソナルデータは軍施設へと向かった。
 恐らくは水鏡の力で変異したパーソナルデータが、軍の惑星規模艦に向かったのも偶然ではない。皇家の樹が持つ膨大なエネルギーに反応したのだ。

『その結果、第四世代の皇家の樹についたパーソナルデータの一部が、今度はそれを回収した龍皇に乗り移ったと……』
「そういう事だね。いやー、それが今度は龍皇から離れて天樹で大暴れなんて、ほんと天才の私でも想像も付かなかったよ」
『はあ……』

 モニターの向こうでは、瀬戸殿が珍しく深く溜息を漏らしていた。まあ、今回の騒動を振り返れば溜め息の一つくらい吐きたくなるのにも頷けるが。
 樹雷で『青いZZZ(トリプルゼット)』が大暴れしているという緊急連絡を受け、『やっぱりそうなったか』と思ったのは心の中だけに留めておく。それにアカデミーで回収された太老のパーソナルデータをチェックしていて、その可能性に気付いたのはほんの少し前の事だ。
 今回ばかりは、私も気付くのが遅かった。

 ――そもそも何故、ZZZ(トリプルゼット)なのか?

 と言う当たり前の疑問に最初に気付かなかったのか? その時点で私も影響されていた可能性は高い。
 恐らくは水鏡から情報を学習すると同時に、皇家の樹からもたらされる膨大なエネルギーを吸収し自己進化を果たしたのだろう。
 言ってみれば、あれは第二の太老だ。オリジナルには遠く及ばないが、その効力は折り紙付き。
 どんなセキュリティシステムも、アレの前では紙屑に等しい存在となるだろう。まさに史上最凶のウイルスだと言えた。

「でもまあ、お陰で最高のデータが取れたよ」
『仕方がないわね。計画を聞いた時点で、ある程度の覚悟はしていたつもりだし……』

 瀬戸殿も観念した様子で肩をすくめ、そう言葉を口にした。
 確率の天才を一箇所に集めるという計画自体が、そもそも最初から無茶な計画だったと言えなくはない。
 しかし必要な事ではあった。太老の能力解析をこのまま行った場合、基礎解析だけでもまだ二百年以上の時間が必要な事が判明したからだ。
 美星殿を始めとする九羅密家の『確率の天才』の研究も以前から進めているが、予測プログラムを構築するためのデータ収集にアレも膨大な時間が必要となっていた。
 無限に等しい想定パターンを解析し、確率変動の流れから『事象の起点』を予測するシステム。
 その基礎構築に二百年というのは、まだ短くて済んでいる方だ。

 しかし、それでは余りに遅すぎる。一年後か、十年後か、または百年後か。もしかすれば数千、数万年後かもしれない。
 この私にも全く想像が付かないが、確実に来るであろう太老の能力暴走。
 一つの宙域の世界情報を書き換えた事からも、太老の能力の根幹は私達の理解の範疇を大きく超えたところにある事が分かる。
 時間への干渉。いや、そんな生易しいものではない。世界の情報を書き換えるという行為自体が、根源≠ヨ干渉できる事を意味していた。
 それは即ち、太老は世界を創造≠キる事が出来るほどの力を秘めているという事だ。
 そんな力、人間の手に余るモノではない。それだけでも私や津名魅、訪希深といった高位の存在に通じるモノがあった。

 ――光鷹翼

 少なくとも私の推測が正しければ、太老は光鷹翼を創り出す力、もしくはそれと同等の力を内包しているという事になる。
 だが、私が感じている違和感はそんなモノではない。例え光鷹翼を創り出せるほどの力を内包しているとしても、頂神の力で太老のアストラルへ干渉できない理由にはならないからだ。
 そんな事が可能な存在ともなれば私達以上の存在≠ゥ、もしくは――

(いや、答えを出すのは早計だね……)

 これは、それを知るための研究でもあった。
 太老の成長を促す事は原因を探り、力を制御させる事にも繋がる。それは暴走を食い止める一番簡単な手段だ。
 他にも二つほど保険を打ってはいるが、その内の一つは未だに発見≠ノ至っていない。

「まあ、綺麗な物が見られたんだし、良い事もあったんじゃない?」
『そうね。差し詰め――天樹からの贈り物、と言ったところかしら?』

 まるで雪のように白い煌めきを放ち、天樹に降り注ぐ光の結晶。それは太老の『ZZZ(トリプルゼット)』がもたらした偶然の産物だった。
 この現象の理由が知りたいのであれば色々と解説も出来るが、そんな事をここで言うのは野暮と言うものだろう。
 光の中で無邪気に走り回る子供達。その幻想的な光景に魅入る大人達。

「メリークリスマス。瀬戸殿」
『メリークリスマス。鷲羽ちゃん』

 果実酒を入れたグラスを傾け、モニター越しに乾杯を取る私と瀬戸殿。
 それは偶然によって導かれた奇跡の光。後に『星祭り(スターティカ)』と呼ばれる夏のクリスマス≠フ誕生の瞬間でもあった。

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第62話『星祭り』
作者 193






【Side:太老】

「はあ……」

 こんなつもりではなかったのだが、財団名は『ZZZ(トリプルゼット)』で確定してしまった。
 全ては『偶然』の名を持つ一人の天才によってもたらされた結果だ。

「今日は疲れた……」

 ドッと疲れが押し寄せてくる。色々と頭を悩ませ、何日も財団の名称を考えたあの労力はなんだったのか?
 事故とはいえ登録が済んでしまった事や、あれだけ派手なお披露目をしてしまった後では名称の変更など叶うはずもない。色々と問題の多い名称ではあるが、このまま行く以外に残された道はなかった。
 折角考えた『子(幼女)は国の宝』略して『KKT』や、『より住みよい世界に』略して『YSS』が使われなかったのは残念でならない。
 両方甲乙つけがたかったので林檎に最終判断を任せたのだが、まさかお披露目すらされないとは――

「もう、今日は寝よ」

 その後も深夜遅くまで続いたパーティーは、大成功といっても良いほどの盛り上がりを見せた。まだ飲んで騒いでいる連中は居るが、俺は先に切り上げて帰ってきた。
 さすがに未成年という事で酒を勧められはしなかったが、酒の有る無しではなくあの宴会は体力、いや精神力を激しく消耗する。
 鬼姫と水穂、それに林檎に船穂と美沙樹。平田一家に、聖衛艦隊の司令クラスの面々も勢揃い。更には樹雷皇に九羅密家の面々と――
 その他の参加者は樹雷皇族や連盟に名を連ねる重鎮ばかり。その場で直ぐにでも連盟最高会議が開けてしまいそうな面々が集まっていた。
 しかもそこに出席している全員が全員、体力も精神力も化け物みたいに飛び抜けている人達ばかりだ。あんな宴会に朝まで付き合っていたら、俺の身体が保たない。

「ん?」

 ――ムニュ
 ベッドに潜り込んで直ぐにおかしな感触がある事に気付く。生暖かく柔らかな感触。この感じ、以前にもあった。
 そう、美星が引き起こした津波に呑み込まれて意識を失った時だ。

(また船穂と龍皇か? 勝手に布団に潜り込んで……)

 丁度二つ、その柔らかい物体がある事に気付き、船穂と龍皇の二匹だろうと確信すると、俺はそれを布団の中から引っ張り出そうと勢いよく掴んだ。
 ――ムニュムニュ、ムニュムニュ
 しかし何か引っ掛かってるのか、全然取れない。それどころか――

「あ、あん!」

 艶めかしい女性の声が布団の中から聞こえてきた。
 あの二匹がそんな声を発するはずもない。おかしいと思った俺は、慌てて掛け布団をひっぺ返した。

「え?」
「……その……もう少し優しくして頂けると嬉しいです」

 思考が停止した。時が停止したかのような静寂と長い長い沈黙が訪れる。
 林檎が居た。布団の中に。それも女官達がパーティー会場で身に纏っていたようなミニスカサンタ≠フ格好で。
 では何か? 今、触ってた。揉んでた。掴んでた。あの柔らかい感触は林檎の――

「すみませんでした!」

 即座に、大袈裟とも言えるほど大きな動作で力の限り頭をベッドにこすりつけ深く深く土下座をした。
 それはそうだろう。マシュマロ生物と勘違いしたとはいえ、女性の胸を揉み砕いていたなんて殴られても仕方の無い所業だ。ここで林檎に罵られても、踏みつけられたとしても文句は言えない。
 いや、それよりもこれが地球に居るあの連中に知れたら……鷲羽(マッド)辺りに知れれば確実に遊ばれる弄られる。
 それだけなら良いが、桜花の件でもあれだったのだ。魎呼と阿重霞に知れたら、どんな理不尽な折檻をされるか分かったモノではない。

「……もしかして、お気に召しませんでしたか?」

 瞳を潤ませ、頬を染めて恥じらいながら、そんな事をいう林檎。
 お気に召さないなんて、とんでもない。俺だって男だ。女性に全く興味が無いのでは逆の意味で危ない奴だ。
 大きすぎず小さすぎずカタチの良い、とても素晴らしい物をお持ちだったのだが……これはそういう問題じゃなかった。

 ――そもそも何でミニスカサンタの格好で林檎がベッドの中に居るのか?

 ここは間違いなく俺の部屋だ。間違って林檎の部屋に入ったなんて事は無い。

 ――だったら林檎の方が部屋を間違った?

 そう言えば以前にも朝起きたら似たような事があったが、林檎には部屋を間違えるような癖でもあるのか?
 幾ら考えても答えは出ない。それどころか混乱から、まともな思考が一切出来ないでいた。

「その……女官達とネージュ様に教えて頂いて、こうすれば殿方は喜ぶと」

 犯人は判明した。純真な林檎の事だ。その悪しき連中に騙されたに違いない。
 さすがは鬼姫の女官達。さすがは二千歳を超す元メルマスの巫女。俺の意表を突く見事な策だった。

「嬉しい事は嬉しいんだけど……」
「でしたら……私は太老様になら、何をされても構いません」
「う……」
「それとも私などでは、やはりお気に召しませんか?」

 今日の林檎はいつになく積極的だった。
 脳裏に『据え膳食わぬが男の恥』といった言葉が過ぎるが、成り行きに任せて林檎と関係を持ってしまったら、その時点で何もかもお終いだ。
 この手の罠。背後に鬼姫か鷲羽(マッド)が一枚噛んでいても全然不思議ではないだけに軽率な行動は取れない。それこそ、この状況を作り出した連中の思惑通りになってしまう。
 しかし、これは実に上手い作戦だ。故に真面目な林檎の性格が恨めしかった。真面目な奴ほど遊ばれやすく、且つ天然さんが多いのだ。無自覚に開けた胸元と短いスカートから見える太股を強調し、返事を求めてにじり寄ってくる林檎。本人がその事を理解していないだけに質が悪い。まさに本能と理性の攻防。俺の頭の中では天使と悪魔が激しい戦闘を繰り広げていた。

「林檎さん……」
「太老様……」

 もう少し近付けば吐息が触れ合うほどの距離。ベッドの上で男と女が二人。これだけ近い距離に居るのだ。ドキドキしない、興奮しないはずがない。
 しかも、身内贔屓などではなく林檎は美人だ。性格も申し分なく、スタイルも良い。
 その上、仕事も出来るし眷属ではあるが、あの『竜木』の血縁者。これだけの女性、探したところで滅多に居るものではない。

(俺はどうしたら!?)

 相手が林檎だけに拒否する事も拒絶する事も難しい。これが竜木家の縁者の力か?
 前にも後にも逃げ場がない事に気付く。まさに絶体絶命という奴だ。
 そう俺は今、まさに孔明の罠≠ノ嵌っていた。

「――林檎お姉ちゃん、抜け駆けなんて狡い!」

 その時だ。腰に目を回した女官達をぶら下げ、桜花が部屋に飛び込んできたのは――
 桜花はというと、何だか息を切らした様子で眼を血走らせていた。ここに来るまでに何があったかは、桜花の足下に転がっている女官達を見れば大凡の検討はつく。林檎を差し向けられた時点で裏がある事は分かっていたが、この様子から察するに桜花も女官達の足止めを食っていたのだろう。
 それでも必死に女官達を振り切り、俺を助けにきてくれた桜花。今だけは、桜花が救いの天使に見えた。

「あー、もう焦れったい! ぐずぐずしてるから桜花様が来ちゃったじゃないですか!」
「そうですよ! 太老様も男なら、もっとやる気を見せてください!」

 桜花を追って、大勢の女官達が部屋に飛び込んできた。部屋の外にもかなりの人数が居るようだ。
 その中にはビデオカメラを手に持った女官も居る。そのカメラで何を撮影しようとしていたのか、これは問い詰めていいところだろうか?
 さすがの林檎も、この急展開について行けずポカンと呆けてしまっていた。

「林檎お姉ちゃんがそのつもりなら、桜花だって!」
「こら、待て待て! 何で服を脱ぐ!」
「林檎お姉ちゃんだけ狡いもん!」
「林檎さんは脱いでないだろ!?」
「太老様は着てない方が好みなのですか?」
「いや、そこ! 天然ボケはいいから!」

 突然、服を脱ぎ出す桜花。それを煽る女官達。そして天然ボケ全開の質問をする林檎。
 カオスだった。もう何がなんだか分からない状況へと陥っていく。
 部屋に戻ってゆっくり休もうと思っていただけなのに、俺は何でこんな目に遭っているのか?

「では、私達も――」
「へ?」
「謎のサンタクロース≠ノ優勝は持って行かれましたから、全員引き分けという事で仲良く太老様を分ける事にしたんですよ」
「分けるってなんだ!?」
「イヤリングの御礼です。どうぞ私達の誠意を受け取ってください」

 冗談ではない。捕まったら食われ――色々な意味で花を散らせてしまう。
 本能で危険を悟った俺は、飛び掛かってきた桜花、それに部屋に雪崩れ込んできた女官達を避け、よく分からず呆けたままの林檎をその場に置き去りにして窓の外へと逃亡を図った。
 我ながら驚くべき回避能力だ。人間、危機的状況に追い込まれると限界以上の力を引き出せるというが、まさに今の俺はそんな感じだった。

【Side out】





【Side:水穂】

「水穂は参加しなくていいの?」
「それよりも女官達を止めなくていいんですか? また被害が増えますよ?」
「まあ、いいじゃない。お祭りなんだから騒いだもん勝ちよ」

 そう言って太老くん達の追いかけっこをモニターしながら、楽しそうにケタケタと笑い声を上げる瀬戸様。
 そんな瀬戸様を見て、私は大きな溜め息を漏らした。

(ごめん。太老くん……今回ばかりは力に成れそうにないわ)

 以前のアカデミーの事件が切っ掛けだったのだろうが今回の騒動が起爆剤となり、色々な意味で太老くんは注目される存在へと成りつつあった。
 正直、情報部の情報規制もどこまで役に立つか分からない。最低でも、今回のイベントを切っ掛けに『鬼の寵児』の存在は誰もが知るところと成ったからだ。
 太老くんと結びつけて考えられる者は少ないとはいえ、『ZZZ(トリプルゼット)』を使うもう一人の鬼≠フ存在は知られた訳だ。
 それに暗殺者の件やアイライの件以上に、太老くんが苦労すると私が思っている一番の理由は――

「桜花ちゃん頑張れ〜! ほら、あなたも応援して!」
「分かってる。お、男に二言はない!」
「フフッ、あなた。私達も励まなくてはいけませんね。ライバルは多いようですから」
「船穂……お前、酔ってないか?」

 いつの間にか仲直りをされた夕咲様に兼光様、そして阿主沙様と船穂様。
 他にも何人か、瀬戸様と同じくらい厄介な人達に目を付けられた太老くんに同情の視線が向く。

(これから色々な意味で、太老くん苦労しそうね……)

 星が瞬く夜空の下、沢山の女性から逃げ惑う太老くんを見ながら、私はもう一度大きく溜息を漏らした。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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