地球人と同じヒューマノイドタイプでちょっとお調子者の金髪アメリカン青年『ケネス・バール』と、地球人型ヒューマノイドとは外観が少し異なり猫のようなライオンのような獣人とも言える顔立ちと尻尾を持った種族、ワウ人の『ラジャウ・ガ・ワウラ』という人物を知っているだろうか?
 そう、あのローレライ西南こと山田西南とは学生時代からの親友であり、現在はGPアカデミーを卒業後、銀河アカデミーで巡査として街の平和を守るため日夜活躍――

「ケネスくん、また変な物を買ってきましたね。何ですか、この『魔法少女セット』というのは……」
「ちがぁぁっう! 『魔法少女大全! キミも今日から魔法少女に成れちゃうぞ! 魔法のステッキ付き』だ! 」
「…………」

 しているのかどうかはさておき、今の生活を満喫している事だけは確かだった。
 ここ最近二人は、特にケネスはGPの隊員に成ってよかった、と思える充実した日々を送っていた。
 その原因と言うのが、このケネスが手にしている魔法少女大全であり、最近GPに配備されている哲学士タロの装備品の数々にあったりする。
 余りに熱の籠もった様子で『魔法少女』について熱く語るケネスに、さすがに学生時代からの腐れ縁で付き合いの長い親友のラジャウも少し引き気味だった。

「キミは本当に『プロフェッサー・タロ』の道具が好きですね」
「何を言う! あの方こそ、我等がオタクの神とも言うべき存在! 銀河の救世主と呼ばれている方だぞ!」
「いや、それは何度も聞きましたから。確かに凄い人だと言うのは分かっていますけど……」

 ラジャウも哲学士タロの凄さは知っていた。というか、GP隊員で彼の恩恵を受けていない者など一人としていないのが現状だ。
 ケネスのような熱狂的なファンも少なくない。特にケネスは哲学士タロが今ほど有名に成る前から彼のファンとして追っかけをしている古株の一人だった。
 彼の会員ナンバーは何と三桁台。これが凄いかどうかと聞かれれば、かなり凄い。哲学士タロのファンクラブ会員なら大声を上げて驚き、頭を深々と下げて尊敬するほど名誉な証だった。
 現在、GPで働く隊員の実に三割に上る数が哲学士タロのファンクラブの会員だと言われており、その数は実に数千億人、もうすぐ一兆人に到達すると噂されているくらい、とてつもない規模に膨れ上がっていた。
 その影響力といえば凄まじく、現在GPアカデミーに通う学生の多くは哲学士タロの道具に魅せられ、GPアカデミーの門を叩いた者ばかり。その正体は謎に包まれたままだが、それがより人々の想像を掻き立て彼を神秘的な存在へと昇華していた。
 本人が表舞台に出て来る事はまずないと言いたいが、彼の発言一つで銀河が傾くとさえ言われており、事実それは余り冗談とは言えないくらいの影響力を彼はここ銀河アカデミーで持っていた。

「それでケネスくんは、その魔法少女大全とやらで、魔法少女に変身するのですか?」
「……バカか? 男が着ているところを見て何が楽しい」
「それが分かっているならいいんですけど。それじゃあ、それどうするんですか?」

 ケネスに、こんないかがわしい服を着てくれる彼女が居ない事くらいラジャウも承知の上だ。
 だからこそ、そんな物を手に入れてどうする気だ、と問い詰めたかった。
 しかしそんなラジャウの言葉に、『チッ、チッ!』と人差し指を立てて答えるケネス。その表情は全く根拠の無い自信に満ち溢れているのがラジャウには一目で分かった。
 大抵、こういう時のケネスの考えというと完璧というには程遠く、どこか抜けている事が多いからだ。

「これの良さを広めて、女性警官の皆に着てもらい街の平和を守ってもらうんだ! どうだ、ナイスアイデアだろ!」

 ラジャウは固まった。自分の彼女に着せるだけでも大変そうなのに、それを女性警官の制服にするというケネス。
 そんな事が可能かと問われれば、ラジャウは間違いなく『不可能』と答えるだろう。
 そのくらい無謀とも言えるケネスの思惑に、ラジャウは酷い頭痛を覚えた。どう考えても結果は見えている。

「いや、ケネスくん冷静になって考えてください。絶対に着てくれないと思うんですけど……」
「何故だ!? 機能性の高さは実証済みなんだぞ!」

 この場合、それがどのくらい優れている装備かというのは問題ではない。
 良い大人が『魔法少女』に扮して悪者退治をしている、という構図に致命的な問題点がある事にケネスは気付かない。いや、そこまで思考が辿り付いていなかった。そこが変人ばかりが住むこのアカデミーで、ケネスが『変態』と呼ばれる証明でもあった。
 ラジャウは諦めた。こうなったケネスに何を言っても意味がない事を長年の付き合いで悟っていたからだ。

(ケネスくん、生きて帰ってきてくださいよ)

 そのラジャウの心配は予想通り現実のモノとなる。
 この装備を女性警官の制服にしようと運動を起こし、逆に女性達の反感を買ってケネスが魔法少女のコスプレをする事になるのは自然な流れだった。とはいえ極少数ではあるが、この装備を身に纏って活躍している魔法少女が既に居る事を……ケネスが知るよしもなかった。





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第65話『鬼姫の誤算』
作者 193






 アイリは一人で寂しくモーニング珈琲(コーヒー)を飲みながら一息をついていた。
 何故そんな事をしているかというと、昨晩もずっとここ銀河アカデミーの理事長室に籠もって仕事をしていたからだ。
 全てはアカデミー全域を襲ったシステムダウンの後始末をやらされて、家にも帰れないほど忙しい事に原因があった。
 サボろうとしても有能な秘書達の監視付きとあっては思うようにサボる事もままならない。
 結局、瀬戸から招待のあったクリスマスパーティーにも参加できず、ここで泊まり込んで書類と向き合う毎日を送っていた。

「あー、瀬戸様だけ狡いな。太老くんと遊べて狡いな。私だって太老くんと遊びたいのになー」

 ずっとこの調子である。愚痴を溢しながらも理事長という役職上、これがアイリの仕事なのでやらない訳にはいかない。
 ここで仕事を放棄などすれば、それこそ秘書達を始め美守にだって何を言われるか分かったモノではない。
 その事が誰よりもよく分かっているアイリは、今のこの状況に不満を抱えつつも仕事をする以外に道はなかった。

「大変そうですね。アイリ理事長」
「美守校長……そう思うのなら手伝ってくれない?」
「私にも仕事がありますからね。こっちも色々と大変なのですよ? 手伝ってあげてもいいですが、代わりにGPアカデミーの校長も兼任してくれますか?」
「うっ……それは……」

 理事長室に入室した美守を見て、椅子の背もたれに疲れきった様子で体重を預け、現状を訴えるアイリ。
 しかし美守の口から返ってきた言葉に、嫌そうな表情を浮かべアイリは眉をしかめた。
 GPアカデミーの校長という役目がどれだけ大変な物かとアイリも知っているだけに、それ以上『美守に手伝ってくれ』と言えるはずもなかったからだ。

「そう言えば、そろそろ研修の時期なのよね……」
「ええ、今年は学生の数が多いですからね。例年よりも人手が足りなくて困ってるんですよ。アイリ理事長も引率をやってみますか?」
「遠慮しておくわ……」

 それにそろそろGPアカデミーでは基礎課程が終了し、毎年恒例の現場研修が始まる時期に入る。これから益々大変な行事が迫っている事を知っているだけに、安易に『校長の仕事を代わってあげる』などと言えないアイリだった。
 特に今年は新入生が多い。哲学士タロの装備品の数々がGPで採用され始めてから年々、入学希望者は増加傾向にあった。
 研修にはグループ毎に担当する引率者の教師が最低一人か二人は必要となり、この時期はそうした事情で教官資格を持ったキャリアの長い熟練の隊員が不足する時期にあるのだ。
 隊員の増加は人手不足で年中悩まされているGPとしては嬉しい悲鳴だが、その所為で教える側の教師が不足し、校長の美守まで教師役として借り出される事があるくらい大変なのが今の状況だった。

「以前は隊員が足りなくて悩んでたっていうのに、今度は入学希望者が多すぎて困るなんて……贅沢な悩みよね」
「とはいえ、必要な事ですからね。卒業すれば彼等も現場で活躍してくれる事でしょうから、ここが正念場ではありますし」
「はあ……こっちにも人手を回してくれないかしら?」
「アイリ理事長のところに必要な人材は、かなり特殊ですからね」

 GPの隊員に必要なスキルと、銀河アカデミーの理事長であるアイリの秘書に必要なスキルでは畑違いもいいところだ。
 単純に肉体労働者を雇うのとは話が違う。ここに居る秘書達は何れも秘書としても事務員としても、そして哲学士アイリの助手としても一流の能力を持った事務のエキスパートばかり。銀河アカデミーの情報科や中には哲学科を卒業したような生徒も交ざっているくらいだ。
 ここで働いているというだけで、それは銀行ならどんな銀行が相手でも無条件で融資を受けられ、大企業が相手でも経歴を盾に雇用条件の優遇を迫れるくらいの絶大な信用を得るのと同価値がある。故に、求められる人材にも厳しい条件が課せられていた。
 なかなかここに補充の職員が入ってこない理由はそこにあった。
 結局のところアイリの出す条件に適う人材など、そこらに転がっているはずもない。それは瀬戸のところで働く女官達にも言えることなのだが――

「やっぱり、自分でやるしかないか……」
「頑張ってください。影ながら応援はしています」

 大きな溜め息を漏らすアイリに、そんなアイリを見て苦笑を溢す美守。人材育成の大変さを改めて噛み締める二人だった。





【Side:林檎】

「林檎ちゃん、ちょっといいかしら?」
「瀬戸様? 何がご用ですか?」

 情報部と同じく、ここ経理部も大忙しの毎日を送っていた。
 クリスマスパーティーに掛かった費用の再計算に壊れた施設や設備の修繕依頼。捕縛または死亡が確認された海賊や犯罪者達の懸賞金の処理など、他にもやるべき事は山積みだ。
 それに来週には琥雪さんが帰郷するという話で、太老様が彼女の歓迎会をすると仰っていた事もあり、それまでに今の仕事を出来る限り片付けておきたいという思惑もあった。

「パーティーの参加者に御礼状は送ってくれたのよね?」
「ええ、リストの人物には全員ご指定通りに送付済みですが?」
「おかしいわね。その割には一向に反応がないみたいなのだけど……」
「ああ……」

 瀬戸様が何を仰りたいのか、ようやく分かった。
 先日のスパイ騒ぎの際に、こちらにちょっかいを掛けようとして失敗した首謀者達の事を話しておられるのだ。
 あれだけ脅されて、しかもその後に瀬戸様からの手紙が届けば、余程神経が図太い人間でもない限り正気ではいられないはずだ。
 物でも金でも、とにかく今度は自分達がそうならないためにも誠意を示そうと行動を起こしてくるはず。彼等からしてみれば、命と引き替えに迷惑料を要求されているも同じだった。
 それがいつまで経っても支払われない。その事に疑問を持っておられるのだ。

「あれなら、もう入金されていますよ」
「え? それっていつもの口座に?」
「いえ、こちらの方に」

 私はそう言って端末を操り空中モニターを表示すると、入金のあった口座を瀬戸様に見せた。
 そこには『ZZZ財団』の文字が――そう、彼等の誠意というカタチで差し出された金の殆どは、この財団あてに振り込まれていたのだ。
 それを見て、ポカンと呆ける瀬戸様。忙しくて報告が遅れていたのは申し訳なく思うが、これは私がした事でもないし瀬戸様が勝手になさっていた事なので管轄外の話だ。

「えっと……どういう事?」
「勘違いしたようですね。あれだけ目立つお披露目をした訳ですから、彼等が財団の後に瀬戸様が居ると考えるのは自然な流れですし」

 何とも言えない微妙な表情を浮かべる瀬戸様。しかし今回ばかりは擁護する気も起こらなかった。
 そもそも太老様を餌に犯罪者を集め、その犯罪者から報奨金を搾取した挙げ句、更には首謀者からも金を巻き上げようとしたのだ。
 本来なら、そうした金は一番の功労者である太老様に支払われるべき物。だからこれは本来貰うべき人物の元に支払われるのが当然だと私は考えていた。
 何でもかんでも欲張りすぎた瀬戸様の自業自得だ。

「後、宴会に使われた費用に当初の予定にない使途不明金が幾つか記載されているのですが、その辺りの詳しい事情をご説明願えませんか?」
「え?」
「急にしおらしくされてもダメです。これが瀬戸様のモノだという事は分かっているんですから。以前からずっと言っている事ですが、無駄遣いは塵芥ほどであろうとも許しませんから」

 顔を青ざめて固まる瀬戸様。急に大人しくなったからと言って、それを許すつもりは私にはなかった。
 意識を立木林檎ではなく経理部主任としての業務モードに切り替え、絶対に逃すまいと瀬戸様を追い詰めていく。

「うっ……あれはほら……予定外のイベントに色々と必要だった事もあって」
「その予定外のイベントが、あの悪ノリですか? 一つだけ申し上げておきますが一銭たりとも事前に許可を得ていない余計な物は経費で下りませんので、瀬戸様のポケットマネーでどうにかなさってください」
「ちょっと林檎!? それはあんまりじゃ……」
「本当に必要な物であれば、その時点で私か水穂さんに話を通しておけばいいだけの話です。それを何故なさらなかったのですか?」
「うぅ……」

 この余計な出費の主な内訳は、瀬戸様が裏でこそこそと企画していたイベントと、朝まで延長して行っていたドンチャン騒ぎにあった。
 後者はともかく、前者は太老様を酒の席の見世物にして楽しんでいた結果だというのだから質が悪い。ちゃんと水穂さんや女官達の証言も取れているし、言い逃れは出来ない。少なくとも予定になかった分のそれらの費用は、経理部主任として容認する事は出来なかった。

「み、水穂ちゃん、助けて! あなた達も顔を逸らすなんて! この薄情者――っ!」

 慌てて水穂さんに助けを求めようとするも、通信拒否をされてパニックに陥る瀬戸様。
 周りにいた女官達も今回ばかりは瀬戸様の悪ノリに辟易としていたようで、冷ややかな視線を向けていた。

「さあ、行きますよ。瀬戸様」
「いやあぁぁ〜!」

 それから小一時間。瀬戸様にはみっちりと私の説教が待っていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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