【Side:太老】

『琥雪さん、お帰りなさい!』
「え? あの……これは一体?」
「琥雪さんが里帰りをするという話を聞いて、皆で準備してたんですよ。太老様の発案です」
「太老様の?」

 ここは歓迎会の会場となっている神木家の別宅だ。港まで迎えに行っていた林檎が琥雪を連れて帰ってきた。
 子供達を含め、全員でパーティークラッカーを片手に出迎えると、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で驚く琥雪の姿があった。
 直ぐ傍にいた林檎に話を聞いて、俺の方を見る琥雪。確かに発案者は俺なのだが、準備をしたのはここにいる全員だ。

「アカデミーではお世話になりましたし、その恩返しが出来ればと思って。琥雪さん、お帰りなさい」
「太老様……それに皆様も、ありがとうございます」

 そう言って丁寧に頭を下げ、満面の笑みを浮かべる琥雪。その気持ちが伝わったのか、子供達も照れくさそうな表情で笑っていた。
 残念ながら船穂はあのクリスマスパーティーの後、皇宮に帰ってしまい、今日も滞っていた公務があるとかで参加できなかった。
 最近は皆忙しそうにしているので集まれたのは俺に桜花、それに林檎と水穂、子供達だけだが、ホームパーティーといった感じで温かみのある良いパーティーになったと思う。
 子供達も喜んで居たし、招待を受けた主賓の琥雪も満足してくれたようだった。



「それじゃあ、太老くん。皆を送ってくるわね」
「では、行って参ります。太老様」

 昼から始まった宴会は日が落ちるまで続き、余り遅くなってはいけないと水穂と林檎が二人で子供達を送って行く事になった。
 ちなみにラウラだが、日中は孤児院の子供達の通う学校で一緒に勉強しているのだが、彼女は桜花と一緒にこの家に今は住んでいる。
 というのも夕咲が、『桜花ちゃんがこっちに住んでいるのに、ラウラちゃんだけ除け者はダメよね?』と言いだしたからだ。
 放任主義もいいところだが、そう言われてしまってはラウラを預からない訳にはいかない。
 とはいえ夕咲の笑顔を見ると、これも最初から仕組まれていたのではないか、と思えなくなかった。
 こうなるように裏で色々と手を回して画策した連中が居る可能性は高い。主に鬼姫とか……。

「それじゃ、お兄ちゃん。ラウラとお風呂に行ってくるね」
「ああ、うん。余り長風呂するなよ」
「そうだ! お兄ちゃんも一緒に入る?」
「お、お姉ちゃん!?」
「ちょっとラウラ! もう、冗談だって――」

 ラウラに引き摺られていく桜花。実のところラウラが居てくれるお陰で、家の中で桜花に振り回される回数が激減していた。
 そこは非常に助かっている。お調子者の姉に、しっかり者の妹。血は繋がっていないが、その姿は本当の姉妹のようだ。
 意外とあの二人は相性がいいのかも知れないと考えていた。

「太老様は、子供達に随分と慕われているのですね」
「あれは遊ばれているだけとも言えますけどね……」

 琥雪の口にした言葉に、溜め息を漏らしながら俺はそう答えた。
 ラウラは未だに俺とちゃんと口を利いてはくれないし、桜花は相変わらずあの調子なのでどこまで本気か分からない。
 まあ、子供の言っている事だ。嫌われてはいないだろうが、全てを鵜呑みにするほど俺はバカではない。
 孤児院の子供達と同じように、遊び相手として見られていると考える方が自然だろう。

「太老様、今日はお願いがあって参りました」
「……え?」

 姿勢を正し、真剣な表情で俺にそう話す琥雪。彼女の帰郷の理由。それを俺はこの後、知る事になる。





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第67話『黄金の腕輪』
作者 193






 琥雪の話を聞いて、俺は驚きを隠せなかった。
 てっきり一時帰郷だと考えていたのだが、仕事を辞めてきたという琥雪。そして――

「太老様のお力に成りたいのです」
「俺の力に?」
「はい。私に太老様の理想を叶える手助けをさせてください」

 そう言って深々と頭を下げる琥雪。俺の理想の手助けとはどういう事だろうか?
 もしかして、いつも思っている『平穏』な日常を過ごしたいとか、『より住みよい世界に』とか、そういう奴か?
 しかし気持ちは嬉しいが、そのためには障害となる人物が大勢居る。特に鬼姫と鷲羽(マッド)の二人だ。
 この二人の相手を琥雪にさせるのは、さすがに俺も申し訳ない気持ちで一杯になる。あの二人に振り回されるのには辟易としている俺だが、自分が助かるために誰かを犠牲にするつもりは無かった。

「気持ちは嬉しいけど、それはダメだよ。琥雪さんを犠牲には出来ない」
「ですが、私は太老様のためなら……」
「俺一人が我慢をすればいいだけの事なんだ。分かって欲しい」

 琥雪の気持ちは嬉しいが、そんな真似が出来るはずもない。
 水穂や林檎を見ていて鬼姫を相手にする事の大変さ、そして鷲羽(マッド)の相手をする事の大変さは、俺は身にしみて分かっているつもりだ。
 折角安全なところにいるのに、自分から危険を冒すような真似をする必要は無い。しかし――

「太老様……どうして、何もかも一人で背負い込もうとなされるのですか!」
「琥雪さん?」
「林檎様や水穂様からも話を伺っております。太老様はいつも一人でなんでもかんでも抱え込み無茶ばかりを成されると……」
「それは……」

 いや、だって鬼姫や鷲羽(マッド)の相手だぞ?
 さすがに他人に押しつけるような非人道的な真似が出来るはずもない。それは余りに酷すぎる話だ。

(琥雪さん、俺の事をそこまで……)

 しかし、琥雪の覚悟は本物だった。俺を叱る表情には心配と怒り、その両方が宿っていた。
 本気で俺の事を心配してくれているのが伝わってくる。それは時折、水穂が俺に向けて見せる表情にも似ていた。
 鬼姫の事をよく知っているからこそ、俺の今の立場や境遇を理解し、心配してくれているのだろう。
 仕事を辞めてまで、助けになりたいと駆けつけてくれた琥雪の気持ち。申し訳なく思いながらも、俺は琥雪の気持ちを嬉しく思っていた。

「ありがとう。琥雪さん」
「それでは……」
「頼りにさせて貰うよ。でも、決して無理はしないで欲しい。俺にとって琥雪さんは大切な人だから」
「太老様……はい」

 最近はあの二人以外にも厄介な人物(夕咲とか)が周りに増えているので、俺としては琥雪の申し出はとても助かる。
 余り無理はして欲しくないが、琥雪の想いを無碍にするような真似はしたくなかった。

【Side out】





【Side:琥雪】

「気持ちは嬉しいけど、それはダメだよ。琥雪さんを犠牲には出来ない」
「ですが、私は太老様のためなら……」
「俺一人が我慢をすればいいだけの事なんだ。分かって欲しい」

 太老様のお気持ちは分かっていたつもりだったが、やはり予想通りの答えを返される太老様。
 私が仕事を辞めてきた事で、逆に太老様に重い負担を強いてしまったのかもしれない、と考えさせられる。
 しかし全て自分一人で被り誰にも頼ろうとせず、たった一人で背負い込もうとする太老様を私は黙って見てはいられない。

「太老様……どうして、何もかも一人で背負い込もうとなされるのですか!」
「琥雪さん?」
「林檎様や水穂様からも話を伺っております。太老様はいつも一人でなんでもかんでも抱え込み無茶ばかりを成されると……」
「それは……」

 ですぎた真似だという事は承知しつつも、言葉を荒らげずにはいられなかった。
 太老様のお気持ちは嬉しい。しかし、太老様が私達の事を心配してくださるように、私達もまた太老様の事が心配でならない。
 大切な人を想い、力に成りたいと考えるのは当たり前の事だ。その優しさこそが太老様の長所であり、唯一の欠点だと私は考えていた。

 太老様の境遇。『正木の麒麟児』の名が持つ責任の重さ、生まれ持った才能と周囲から寄せられる期待の大きさは私も承知しているつもりだ。
 恐らくは、そういう生き方しか選択できない人生をこれまで歩んで来られたのだろう。
 その上、太老様は優しすぎる。だからこそ、他人が傷つく事、大切な人が苦しむ姿を許容する事が出来ない。
 全てを自分だけで抱え込もうとし、たった一人で頑張り傷つく、そんな姿を私はただ見ているだけなど出来なかった。

「ありがとう。琥雪さん」
「それでは……」
「頼りにさせて貰うよ。でも、決して無理はしないで欲しい。俺にとって琥雪さんは大切な人だから」
「太老様……はい」

 受け入れてもらえた事に安堵する。しかしそれでも、まずは他人を気遣う太老様の優しさに変わりはなかった。
 頼りにしている、と言ってもらえた事。そして『大切な人』と言ってもらえた事を嬉しく思いつつ、どうすればこの方の助けになれるかを私は考える。まず一番に大切なのは太老様のお気持ちだ。
 太老様をお慕いしてはいるが、私の望みは林檎様のように太老様の隣に立つ事ではない。
 出来るだけ太老様の負担を減らし、その理想のお手伝いをする事。それこそが私の望みであり、受けた恩を返す最善の方法でもあった。

 太老様の理想――それは林檎様に以前にお聞きした財団にある。あれが理想の終着点ではないのだろうが、一つのカタチなのだと考えた。
 誰もが穏やかに過ごせる『平穏な日常』。子供達から笑顔が絶えない、そんな世界を太老様は望んでおられる。
 甘い夢。高すぎる理想、と笑う者もいるかもしれない。しかしそれが叶わない夢だとは私は思わない。
 最近、噂されている『鬼の寵児』の話。樹雷の鬼姫の後継者が存在する。それこそが、太老様なのだと私は確信していた。
 瀬戸様が以前からずっと仰っておられる『銀河統一』の夢。それは太老様の理想に通じるところがあったからだ。

「あの……太老様。これを受け取って頂けますか?」
「これは?」
「皇玉の腕輪です。それは約束の印。今日のこの誓いを忘れないように、太老様に受け取って頂きたいのです」

 少し困惑した表情を浮かべられたが、『ありがとう。大切にするよ』と仰り腕輪を受け取ってくださった。
 今は、その言葉だけで十分だった。これで思う存分、迷う事なく太老様のために私は働ける。
 太老様が私を受け入れてくださった事、そして太老様の力に成る事こそ、私の願いなのだから――

【Side out】





【Side:太老】

 琥雪から皇玉をあしらってあるという高そうな腕輪をプレゼントされた。
 今日の約束の証という話だが、確かにこんな高価な物を受け取れば忘れられるはずもない。

「無くすと大変だし、大切にしまって置かないとな」

 金をベースに輪にそって幾つかの皇玉が埋め込まれており、腕輪に施された装飾も見事の一言しかない。
 素人目にも、これがただの腕輪では無い事は一目瞭然だった。
 仕事中にこんな物を身につける訳にもいかないし、情報部の仕事はともかく訓練や海賊討伐などには絶対に身につけてはいけない。傷つけでもしたら大変だ。元々、装飾品とかを身につける癖がないというのもあるが、こんな高そうな物を無くすとか傷つけるかも、と思うだけで精神的にダメだった。
 琥雪には悪いが、まさに『猫に小判』『豚に真珠』といった感じだ。

「やっぱり仕舞うなら金庫か? ああ、もっと完璧なところがあったな」

 ナイスなアイデアを思いつき、ポンと手を打つ。保管場所として最適な場所を思いついた。それが、天樹だ。
 天樹の中に入れる人間は限られている。俺は船穂と龍皇のお陰で出入りが自由だし、あそこなら簡単に誰かに侵入される事もない。
 皇家の樹の間の最深部にでも隠しておけば、一先ず誰かに盗まれるような心配はないだろう。
 それにあそこには皇家の樹という見張り役もいるし、下手に金庫とかにしまっておくより遥かに安全なはずだ。

「とにかく、琥雪さんには感謝しないとな」

 この時の俺は気付いていなかった。
 この何気ない行動が切っ掛けとなり、後にとんでもない事態を招く結果になろうとは――
 その話を語るのはまだ随分と先の事。しかしこれこそが、運命の岐路だったのかも知れない。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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